観光
私がとある地域に観光に行ったときのお話をさせていただきますね。
高校の卒業旅行なので、特に田舎という場所でもなくむしろ都会といってもまぁ差し支えのないようなところです。
当時仲の良かった友人含めて計4人で、新幹線で3時間ほどかけて旅行先へ。ホテルにチェックインして大きな荷物を置いてから、2か所ほど観光名所を回り、適当なところで夕飯をという事になりました。
夕飯を食べたお店からホテルは電車で3駅ほど離れていたので、当然電車で戻る話になったんですが、友人の一人が突然
「なんか食べすぎちゃったし、運動もかねて歩かない?」
と言い始めました。都会の3駅ですから30分前後歩けばたどりつけるのですが、慣れない長距離移動とその後の観光で疲労がたまっていた私たちは、何故急にそんなことを言い出したのか疑問でした。
「なに、ダイエットに目覚めたの?あんたの口癖『好きなものを我慢しない!運動は明日するー』だったじゃん。」
他の友人がそう尋ね遠回しに拒否を示しても、
「うーん、まぁ、そうなんだけど…。なんか急に歩きたいなって思って。」
と曖昧に笑うのみで、足を動かそうとはしません。早くホテルで休みたかった私は痺れを切らし
「今日はもう沢山歩いたから大丈夫だよ!早くホテル戻ろ。私トランプとUNO持ってきたんだー」
なんて言いながら、有無を言わさず駅に向かって歩き始めました。チラリと後ろを振り返ると
「…だね!私大富豪やりたいな!」
と言いながら笑って着いてきていたので、特に気にすることなく明日の予定なんかを確認しながら駅へ向かっていきました。
今思えば、彼女の守護霊がなにか警告していたのかもしれません。
駅に着いた私たちは普通に電車に乗って、目的の駅で降りました。
ところが、駅のホームは閑散としていて真っ暗なんです。普通、蛍光灯がついていたり、自動販売機の明かりが漏れていたり、電光掲示板に次の電車の時刻が表示されていたりしますよね。
でもそういう、明かりになるような物が一切なくて本当に真っ暗なんです。
加えて言えば、それほど都会から離れているはずがないのに、駅周辺の明かりもありません。
「なんか、暗くない?え?駅間違えた?」
友人の一人がそう言って駅名の書かれた看板を探してスマホの明かりで照らしましたが、どうやら駅を間違えたわけではないようなのです。
たしかに先ほどまで夕飯を食べていた場所の最寄り駅よりは小さいですが、たった3駅ですので、無人駅になってしまうほど寂れているわけはありません。ホームの長さもそれなりにあります。
でも改札口まで歩いても、明かりは点いていないし駅員さんもいない。不気味だったので、早くホテルに戻ろうと慌ててスマホの地図アプリを開いたのですが、いつまでたっても地図は表示されません。
「え、圏外じゃん。」
思わず口から洩れたという様子でつぶやいたのは誰だったのか、覚えていません。その一言で、怖いものが苦手な歩きを提案した彼女が半ばパニックになって、泣き出してしまったので、それどころではなかったんです。
私たちは怖くなって、改札から出ずに次の電車が来るまで待つことにしました。4人でならんで電車待ち用のベンチに座り、それぞれがどうにかスマホの電波を拾おうとしていたり、泣いている彼女に声をかけたりしているのを横目に、一人ベンチが足らなかった私は時刻表を探してホームを歩き回っていました。
最近はスマホで簡単に検索できるので、めっきり使わなくなったかもしれませんが、駅の柱や案内表示などには必ず時刻表が付いているものです。
あんまりみんなから離れるのは怖かったので、近くをざっくり探索した程度でしたが、それらしき物は見つかりませんでした。
ホラー系都市伝説が好きで、よく掲示板やまとめサイトを覗く私は有名な『きさらぎ駅』が頭に浮かび、内心は恐怖でいっぱいでした。
駅名が目的の駅と同じであることが、唯一の救いでしたが、「どこへ迷い込んでしまったのか」という不安と「案外ここを出ればすぐそこがホテルかもしれない」という期待が浮かんでは打ち消しあっていました。
体感では長く感じましたが、実際にスマホで見た時間は5分ほどだったと思います。この駅に着いてから、初めて周囲が明るくなりました。
どうやら電車がホームに入ってきたようです。
しかし私は安堵より混乱と恐怖に支配されていました。
(次の電車は12分後だったはず…。いくら何でも早すぎない?それに、なんの放送もなかったよね?急に電車が来たら危ないから、普通は放送するなり音楽流したりするんじゃ…。)
そんな私の不安を他所に、他の4人は安堵してその電車に駆け寄りました。とりあえず一つ隣の駅に行ってみようと話がまとまっていた様子だったので、電車に乗ろうとして待っています。
完全に駅に停車した電車の、真ん中あたりの車両。行先は問題なく表示されているし、乗客も、ちらほらと乗っています。
そこでようやく私は安堵し、友人たちに続いて電車に乗り込みました。しかし、次の瞬間ゾッと鳥肌が立ちました。
乗客は、全員が全員…眠っていたのです。
スマホを弄っている人も、本を読んでいる人も、空いている電車でわざわざドア近くに立っている人もいません。
本当に全員が、眠っているのです。
友人たちは4人ともすでに座席に座ってしまっていて、電車のドアも閉まるところでしたので、今更「やっぱり降りよう」などとは言いだせません。
仕方なしに、友人たちのもとへ行き、せめてもの抵抗として座席には座らず立っていることにしました。
しかし、急にえげつない眠気が襲ってきたんです。
本当にもう立っていられないほど眠いんです。自分の体がガクンと揺れて、ようやく眠りかけていたことに気が付くほどでした。
私は(このまま寝てしまったら永遠に目覚めないかもしれない。)そんな妄想に掻き立てられ、必死に眠気に抗っていましたが、やがて眠気に耐えきれなくなり、無意識に座席に座ってしまいました。
(あっ…)と思ったときには既に遅く、瞼は重く閉じていき、意識は遠くなります。
(やばい…寝ちゃう…)
そう思ったのを最後に、意識が途切れました。
「電車来たよ、2人とも起きて。」
次に目が覚めたときは、駅のベンチに座っていました。
といっても、先ほどまでいたはずの真っ暗な駅ではなく、電車に乗る前に居た、夕飯を食べた駅です。
隣のベンチには、起こされてキョトンとしながら、あたりを見渡す彼女が座っていました。
(えっ…?あれ?私、夢見てたのかな…。)
夢と言ったらそれまでですが、つい先ほどまでの出来事は鮮明に思い出せます。それに生々しい静けさ、暗さ。それを感じた肌の感覚まで思い出せるのです。
私にはあれがただの夢だなんて思えませんでした。
(私は間違いなく、この駅からは電車に乗ったのに…。それに、あの場所は何だったんだろう。次の電車はちゃんと目的の駅に辿りつける?)
そんな風に不安になってしまい、立ち上がることができずにいると、
「口開けて寝てたよ」
なんて言って、友人の一人が意地悪く笑います。私は先ほどまで感じていた恐怖を悟られないように努めて明るく
「えぇ?!恥ずかしいじゃん!なんで起こしてくれなかったのさー。」
と一緒に笑いました。笑っているうちになんだかバカバカしくなって、(嫌な夢を見ただけだ。さっさと忘れてしまおう。)と自分に言い聞かせました。
そして今度こそちゃんと明るく、昼間ホテルにチェックインした時と何ら変わりない姿の駅にたどり着いたことで、すっかり安心しました。
その夜のホテルのカードゲームは白熱し、翌日の観光も有名なテーマパークだったので存分にはしゃいで楽しみました。
だからでしょうか。旅行中にそれを思い出して怖くなることは無かったんです。
ただ、家に帰って一人になってから気付いてしまったんです。
私と、歩きを提案した彼女。その二人だけが帰り道に熱を出しました。単にはしゃぎすぎて疲労が出ただけだと思いましたが、そう言えば彼女、旅行中何度か顔を青ざめていたような…。
もしかして、同じ夢を見ていたんじゃ…、というかそもそもアレは本当に単なる夢だったのでしょうか。
私は暫く怖くて、誰にも確認できないままでいたところ、最近はめっきり疎遠になってしまいました。
でももし連絡を取ることになっても、やっぱり怖くて聞けないと思います。
だって、もしあれがただの夢じゃなかったら。
私たち4人の旅行に、見えない5人目が付いてきていたかもしれないんですから。
あの駅がどんな場所かはわかりませんが、私はそっちの方がなんだか恐ろしい気がしてならないのです。