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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
姫と傭兵
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第9話 迎え

 エレナが屋台で買ってきたマンティ(小麦の生地に羊肉と、タマネギなどの野菜を挟んだもの)を胃に収め、食後の珈琲を啜る。

 ユウリとエレナはブラック。苦いのが苦手なアリシアは、ミルクと砂糖をたっぷり入れたカフェオレを作ることにした。

 完全に日が落ち、電燈の灯ったリビングには沈黙が満ちている。


「(や、やらかした……)」


 冷静になって、アリシアは自分のしでかした行為に頭を抱えてしまう。

 あんな風に大胆に身体を密着させてのマッサージなど、その手の店でなければ恋人相手にしかやりはしないだろう。


 恐る恐る様子を伺えば、ユウリは気まずげにエレナの様子を伺っており、エレナはそんなユウリを睨みつけている。

 まるで浮気現場の修羅場だと、そんな俗っぽいことを考える。考えて少しだけ落ち込んだ。

 これが浮気現場だとしたら、明らかに自分はエレナの仲に割り込んだユウリの浮気相手だ。


「……ええと、その、本当にごめんなさい。別に二人の仲に割り込もうとか、そういうことを考えてたわけじゃないの」

「いや、えっと……別にあたし達もそういう関係じゃないから、その辺りとやかく言う資格はないんだけど」

「や、でも同棲するくらいには……」

「ルームシェア! ルームシェアだから! ギアの勉強とかするのに都合良かったし、あたしも狙われてたから、護衛してくれてただけだから! ねっ、ユウリ、あたしたち、何もないよね!」

「……お、おう」


 話を振られたユウリは何とも味のある顔で同意する。

 三者三様、皆このような場面に免疫がないためどう収集して良いのか分からず途方に暮れる。


「とにかくっ! これからどうするか考えよう!」


 仕切り直すようにそう言って、エレナが印刷した資料を机に広げる。

 クラナダで発行されている新聞や、WEBサイトのニュース記事。内容は全てアリシアの死亡に関する内容だ。

 当初は即座に報復と、一瞬即発の様相を呈していたが、事実関係を確認した上で適切に対応してゆく、というクラナダの宰相、クラウディア・ハーティアスからの声明が出されてからは徐々に落ち着きを見せ始めているとのことだ。


「とりあえずカサフスに居る限りは、この間みたいにギアに襲われるなんてことはないと思う。後はアリシアがどうしたいか次第だけと……」

「そうだな。ここで暮らしたいなら、ハインドに話を付けてもいい。クラナダに戻りたいっていうなら、まぁ、送っていくことくらいは出来る」

「ありがとう……」


 応えながら、考える。

 二人に助けられてから、ずっと考えていた。自分がどうしたいのか。自分に何が出来るのか。


 答えは出ている。やりたいことは明確だった。だけどそれを望んで良いのかが分からない。

 望んで、暴走して、さっきのマッサージのように『やらかして』しまったら。そう考えるとどうしてもそれを口にすることを躊躇ってしまう。

 クラナダに居た頃はそんな悩みを持つことはなかった。相手に求められたことをこなしていれば誰からも責められることはなかったし、そうしているだけで皆に褒められた。


「(難しいなぁ)」


 自分で考えるのは難しい。

 自分で望んで自分で行動するのには責任が伴う。自分のせいで誰かを傷つけたり、迷惑をかけてしまうかもしれないという恐怖が伴う。

 だけど……。


「(ああ、私は今、生きてるんだ……)」


 その恐怖感はきっと自分の意思で生きている証拠だ。

 クラナダでは決して、こんな想いを味わうことは出来ないだろう。


「でも、ごめんなさい。もう少しだけ、考えさせてもらえないかしら。考えをまとめる時間が欲しいの」

「うん。大丈夫だよ。簡単に決められることじゃないと思うから、ゆっくり考えて」

「ま、好きにすりゃいい。手助けできることは手助けするさ」

「……うん」


 頷いたその瞬間、唐突にリビングのディスプレイが点灯する。

 同時にエアー7で電子音声、ハルの声が部屋に響く。


『フォートレス、ランスロットより通信』

「……ハル、繋いで」


 表情を険しくさせエレナが指示を出す。

 ディスプレイに映し出されたのは、紅蓮のように美しい髪を長く伸ばした美しい女性だった。


『私はクラナダ第一機甲師団所属、ギア・フランベルジュの騎士、ヒルダ。そちらはエアー7の関係者で良かっただろうか』

「ああ。スカイブルーのパイロット、ユウリだ」

『応答に感謝する。こちらからの用件は一つ。貴公らが保護した人物――アリシア・ハーティアス第二皇女殿下をこちらに引き渡していただきたい』


 凛とした声。堂々とした佇まい。その姿はアリシアが最後に会った時と変わらない。


「ヒルダ……」

『そのお声を再び耳にでき、嬉しく思います。ご苦労おかけしました』


 こちらからは音声しか届いていないのだろう。

 アリシアの声を耳にしたヒルダは言葉の通り安堵の息を吐く。


『姫様のお命を狙った一派について、調べは付いております。クラウディア様も動いておられます。どうか安心して、クラナダへとお戻りください』

「……ええ、そうね」


 元より選択の余地などない。

 死亡したと思われているのならば、或いは死んだものとして扱ってくれるのであれば他の道もあり得るのかもしれないが、こうして生存を知られ、迎えが来たというのなら是非もない。

 頷いて、アリシアはヒルダの言葉に従うことを決めるのだった。




 色々あって疲れているだろうと、アリシアにはエレナのベッドを使うよう話を付けた。

 彼女はしきりに恐縮していたが、予想の通り疲労が溜っていたのだろう。ベッドに入ってすぐに眠りについた。

 その様子を確認して、エレナはユウリの部屋を訪ねた。


「フランベルジュ。クラナダが保有する、三機の第四世代の一機。中型機で、データベースの戦闘記録を見る限りは遠距離型だね」

「あまり参考になりそうなデータじゃないな」


 エレナの携帯端末には、真紅のギア――フランベルジュが砲撃を行い敵を殲滅していく様子が映っている。

 とはいえ長距離砲撃による一方的な蹂躙だけで決着がついており、詳細なスペックは確認できない。

 ローレスのデータベースにフランベルジュの戦闘記録は3本存在したが、その全てが同じ戦闘方法だった。


「そう? 相手の武装が分かるだけでも大きいと思うけど。少なくとも、この戦闘で使用してるのはレールガンだね。多分、この機体の主武装だと思う」


 そう言ってエレナは湯気の立つ珈琲を一口。


「で、ユウリはどうするの?」

「アリシアがクラナダに戻るというなら、それ以上何も言うことはない。引き渡して、それで終わりだ」


 クラナダに戻るとアリシアは言った。

 本人がそれを望んでいるのならそれ以上口を挟むことはない。

 しかし……。


「だったらどうして、あたし達はこんなことしてるのかな?」


 それなればどうしてエレナはフランベルジュの情報を集めたのか。


「……別に、頼んだわけじゃない」

「うん、頼まれてないね。でもあたしがやらなかったらユウリがやってたでしょ? なら、あたしがやった方が効率良いよね」


 さも当然、とでも言うようにエレナは笑う。

 『あまり参考になりそうなデータではない』とユウリは言った。

 それはつまり、フランベルジュとの戦闘を想定していることに他ならない。


「そうだな……。すまん、助かる」

「ん、良いよ」


 不器用だなぁと、つくづく思う。


「思うところがあるなら、アリシアに話してみたら?」

「俺の考えは関係ない。肝心なのはアリシアがどうしたいか、それだけだ」


 アリシアの問題は、彼女自身が答えを出さなければならない。

 力になることは出来ても代わりに答えを考えることは出来ない。

 それは、エレナが出会った頃から持っているユウリの信念のようなものだ。


 他人の選択に対して責任を取ることは出来ないからだと、以前にユウリはそう言った。

 その方針は今も変わっていないらしい。


「(関係ないことはないと思うんだけどなぁ……)」


 アリシアの世界の中心は、確かに彼女自身だけれど。

 大切な相手が自分にどうして欲しいと思っているのかは、本来とても大切なことなのだ。

 そのことに気付かないのはユウリが不器用だからなのか、或いは未だそういう気持ちになったことがないからなのか。


「それじゃあ、あたしももう寝るね。お休み」


 ヒルダとの待ち合わせは明日なのだから、あまり遅くまで起きていては支障がある。

 このままユウリのベッドを借りてしまおうかとも思ったが、それはそれで明日の朝、アリシアに何と思われるのか分からないので素直に部屋へと戻ることにした。


「……悪いな、俺の我儘に付き合せて」


 立ち上がったエレナに対し、随分と悩んでからユウリは言った。


「エレナにはいつも、面倒を掛ける」

「……ドルチェのイチゴパフェDX。奢ってくれたら、チャラにしてあげる」


 カサフスの喫茶、ドルチェのチャレンジメニュー。バケツ・イチゴパフェ・デラックス。

 二人で食べるにしても量が多すぎるから、出来れば三人で行きたいものだと思いつつ、エレナはその場を後にするのだった。

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