第70話 空の大戦の開幕
風を切り、雲を抜け、ギアが空を飛ぶ。
いや、そもそもそれは、果たしてギアと呼んでよいものかどうか。
大型機の代表とされる帝国のEM03トルーパーの倍を超す体躯。
オレンジを基調としたカラーリングを施されたその機体は六本の腕を持ち、それぞれに武器を装備している。
本来はギアが両手で振るうことを想定して設計された、グレートアックスが二本。
迎撃用のレーザーガトリングとレーザーバルカン。
遠距離攻撃用の高出力レーザーライフルに、広範囲の敵を薙ぎ払うためのレーザーランチャー。
白兵用の近接武器を除けばすべて、最新の光学兵器で固められている。
単騎での無双。単体戦力による軍勢の撃滅。
弾薬切れを気にせず、そのエネルギーが尽きるまで戦い続ける。そんなコンセプトの元作られた機体。
孤高の王―――エンペラー。それが帝国の永世大統領、ロベルトの専用機だった。
『プレジデント』
「どうした、ミラルダくん」
エンペラーに搭載された制御AI、ミラルダからの連絡が入る。
ロベルトが自ら開発に携わり命名したそのAIは、エンペラーの制御になくてはならない存在といえる。
六本の腕に加えてこの巨体。レーダーやセンサーの数も数倍に膨れ上がっている。
幾らGUIが搭載されているといっても、到底ロベルト一人で制御できるような代物ではない。
ミラルダはロベルトの秘書であり、この闘いに同行してくれるただ一人の仲間だった。
『ボーディガー基地陥落の連絡が入りました』
「そうか」
驚くべきことではない。
ボーディガー基地に配置した戦力では同盟軍の攻撃に持ちこたえられない。
分かっていたことであったし、予知されていた事柄でもあった。
望む未来に辿り着くための条件が、また一つ満たされた。
しかし、そのことに喜びを感じることはなかった。
「……彼らには恨まれるだろうなぁ」
彼ら。ボーディガー基地で散っていった、帝国軍の兵士たち。
そして、その兵士たちに命を奪われた同盟軍の兵士たち。
全てはロベルトの宣戦布告が引き金となって起きたことだ。
『お止めになられますか』
「ノーだ」
感情の籠らないミラルダの機械音声に即答する。
その犠牲を悼みはしよう、彼らの死の責任が全て己にあることも認めよう。
しかし後悔はしない。己が行いが間違いであったとは思わない。
恨まれようと嘆かれようと、断言しよう。
これは、希望ある未来に行きつく為に必要なことだった。
『プレジデント、正面から戦闘機が接近。数六。国際周波数で通信あり』
「繋げたまえ」
『こちら、倭国第三飛行隊。天二三号。貴機は倭国の領空を侵犯しつつある。速やかにその目的を明示し、誘導に従いたし。繰り返す』
「対話するつもりはない」
元より、そのようなお決まりの文言を聞くために通信を繋げたわけではない。
「速やかに道を開けたまえ。さもなくば実力で排除する」
それだけを告げて、通信を切る。
『ロックされました』
「先ずは向こうに撃たせる」
その判断は言ってしまえば、ロベルトの感傷のようなものだった。
死にたくなければ道を開けろ。そのような脅しを受けて退き下がるような兵士はいまい。
ならば結局のところ戦う他ない。戦う他ないが、それでも出来るのならば退いて欲しいという思いもあった。
戦闘機がエンペラーの背後を取り、機銃を掃射してくる。
三機の戦闘機による機銃の一斉掃射はしかし、エネルギーシールドによって遮られる。
しかしここまでは向こうも予想していたのか、更にミサイルが発射される。
これだけの攻撃を受ければ、エネルギーシールドもオーバーヒートを起こす。
―――搭載しているジュノーエンジンが、一つであったならば。
『損傷なし』
感情の籠らないミラルダの報告。
これもまた、分りきっていたこと。
「攻撃」
『了解しました』
ロベルトはただ、それだけ宣言すればよかった。
ミラルダが操るレーザーガトリングとバルカンによって、戦闘機たちは瞬く間に撃ち落とされてゆく。
残った二機が離脱を図ったが、それもまたレーザーライフルに貫かれ海へと墜落してゆく。
「(圧倒的だな)」
虚無感さえも覚える一方的な虐殺。
それ程までに、エンペラーの能力は圧倒的だった。
ジュノーによる数々の埒外な実験の果てに帝国が辿り着いた、完成させてしまった歪んだ技術。
トリプルギア。
ジュノーエンジンを搭載した三機のギアを連結させ、その操作系を一つに集約する。
ナイトメアに使われたツインギアの技術は、あくまでエンペラーを生み出すための試作に過ぎない。
相性の良い三つ子のジュノーエンジンを見つけ出し、調整を重ねた末に完成したのがエンペラー。
恐らくはもう二度と再現できないであろう、ロベルトの為だけに開発された専用機。
そのエンジンの出力はギアによる長距離飛行すら可能とし、三つのエネルギーシールドと分厚い装甲はあらゆる攻撃を寄せ付けない。
第四世代ギアを超えたギア、第五世代。
ロベルトはこの機体をそのように認識していた。
「(しかし果たして……現存する兵器で、この機体に対抗することは可能なのか?)」
それは純粋な疑問だった。
三機のジュノーエンジンを搭載し、その出力に物を言わせて空を自由に飛び回る鋼の巨人。
対抗するには戦闘機では火力が足りない。地上からの砲撃だけで撃ち落とすのも難しかろう。
ミサイルによる飽和攻撃も、果たしてどれほど有効なものか。
同じコンセプトで作られた試作機であるナイトメアが撃墜されたという報告は受けており、その映像も確認した。
複数の第四世代ギアによる連携攻撃、激しい白兵戦の末に、レールガンによって撃墜された。
地上であれば或いはそのような戦い方も可能かもしれないが、制限なく自在に飛行する敵に、第四世代ギアは対抗できるのか。
『後方より機影。フォートレスと推定』
「映像を」
ディスプレイに映される、鮮やかな紅の機体。
「……ふっ……はははっ」
その機体の先端に取り付けられているモノを見た瞬間、ロベルトは思わず笑い声を漏らしてしまった。
なるほどその手があったかという驚きと、向こうも向こうで相当に傾いているという、畏敬の念が入り交じった笑いだった。
エンペラーに対抗しうる兵器が存在するのか、などという考えはやはり傲慢なものであったと、ロベルトは己が慢心を恥じるのだった。
『航空部隊の全滅を確認』
「……化け物だな」
セレニアから話には聞いていたが、ここまでとは思わなかった。
オペレーターのナーシャからの報告と、目の前で映し出された光景にヒルダは顔を顰める。
自力で飛行する第四世代ギア。その上、ジュノーを三つ搭載しているのだとか。
エンペラー、その名にふさわしい孤高の王。
この化け物と正面から戦えるのは、確かにあの場では自分たちだけだっただろう。
ギアでは難しい。第四世代でも長時間の飛行は出来ず、フォートレスや輸送機を足場にするにしてもまずその足場が撃墜される。
フォートレスを始めとした航空戦力でも難しい。耐久力が違い過ぎる。
ならばどうするか。
「総員準備は」
『完了しています』
「よし……始めろ」
『了解。フランベルジュ、固定完了。メインブリッジ格納』
フォートレス、ランスロットの艦首、メインブリッジが上方へと跳ね上がる。
クラナダが誇る第一皇女にして、ギア設計士であるクラウディアが設計したギアとフォートレスには、とある仕掛けが施されている。
それこそがラウンズの奥の手にして切り札。
『フランベルジュ、移送開始。3、2、1……移送完了』
格納庫のフランベルジュは、前方から伸びるアームに捕まれ、メインブリッジが元あった艦首の位置へと運ばれる。
ギア以外の機械とジュノーは相性が悪く、ギア以外の動力としてジュノーを用いた場合、著しくバランスを損なう。
これは最早ジュノーを扱う者たちの間では常識だ。
ならば、ギアを介すればどうなのか。
その疑問に対する解答がここにあった。
『動力同期。ジュノーエンジンとの接続、完了』
ギアでは難しい、フォートレスでも難しい。だからこそ、この二つを組み合わせてことに当たる。
そもそも、武器と騎士は対として共にあるものだ。
『ランスロット・フランベルジュ。戦闘準備完了しました。……ご命令を』
「ランスロット、コンバットオープン」
かくして、空の大戦はその幕を開けるのだった。




