第68話 捨て駒の矜持
ボーディガー基地を巡る同盟軍と帝国軍の戦いは佳境を迎えつつあった。
同盟軍側の第四世代ギアがナイトメアを撃墜したことで、第四世代ギアの数においては同盟軍有利となったものの、敵主力部隊は未だ健在。
その士気も高く保たれている。
前線から離れた地点で戦況を見守るシャーリーにとって、この結果はいささか予想外だった。
ナイトメアが広範囲に対する焼夷攻撃を開始した時は肝を冷やしたが、最終的にその攻撃は味方すら巻き込み、そしてナイトメアは撃墜された。
この事実は帝国軍側に少なくない動揺を与えるものと思っていたが、敵はすぐに形勢を立て直し反撃を試みてきた。
第一陣、人間ロケットならぬギアロケット――超高出力ブースター「サンダーアロー」による後衛部隊への直接攻撃に対処している間に敵部隊の両翼が前進。
中央の部隊はその場に留まり、半包囲の陣形を作って火力を集中させてくる。
中隊単位でそのような連携を取り、同盟軍の戦力を確実に削りにかかっている。
ならば狙うのは突出した両翼の部隊なのだが、両翼の付近で戦う兵士たちからは体調の不良を訴える声が上がってきている。
PSI兵器、サイコジャミングを搭載した敵機が混ざっているのだろう。
思うように実力が発揮出来ず、その成果は芳しくない。
敵の主力ギア、EM03トルーパーもまた厄介だ。
機動力こそ低いもののとにかく頑丈で、遠距離からの射撃では中々有効打を与えられない。
「(硬く、そう簡単には崩れない。それに加えて高い火力。正面からの撃ち合いでは分が悪い)」
重量級ギアのお手本といった戦い方だ。
同盟軍側も良く連携して戦っているが、やはり集団戦は帝国軍に分があるということか。
「(しかし、それにしても……)」
離れた場所で戦況を観察して気づいたが、こちらの攻撃に対し敵の対応が的確すぎる。
防御と攻撃の見極めが抜群に上手い。
攻勢をかけようとすれば退かれ耐えられ、他方向からの砲撃で足並みを乱される。
体勢を整えようと一旦退こうとすれば、それまで防御に回っていた前衛がここぞとばかりに攻勢をかけてくる。
「(全体の指揮を執っている者が並外れている? けど、全軍の動きを把握したうえで個々の部隊に的確な指示を出すなんて……)」
優れた前線指揮官がいる一部隊であれば分からなくもないが、全軍がそのような戦い方をするなど有り得る話なのか。
そこまで考えて、シャーリーは一度思考をリセットした。
何しろ敵はPSIなる超常兵器を実用している部隊だ。こちらの常識で考えるのは無意味なこと。
重要なのは如何にしてこの状況を打開するか。
「……クルト、復帰まであとどのくらい掛かりますか」
『っと……あと三分』
「遅いです」
『無茶言うなっ! 戦場での換装だぞ……』
反射的に遅いと文句をつけたものの、これは彼女なりの軽口。
返ってきた所要時間は概ねシャーリーの想定通りだった。
エアー2からシュヴァルツシルトの予備フレームを投下し、換装する。今クルトが試みようとしているのはそんな曲芸だった。
敵の攻撃が集中する恐れがある為、投下地点は自陣の深く。一度シャーリーも後退し、その護衛に付いている。
同盟軍側が劣勢なのは、シャーリーが前線を退いていることも影響しているだろう。
今前線に居る同盟軍の第四世代ギアはヒルダのフランベルジュ一機だ。
しかし換装に成功すれば、同盟軍側にウィズダムとシュヴァルツシルトという二機の第四世代ギアが加わる。
敵の指揮、連携がこちらを上回っているというなら、こちらは戦力の質で勝負する。
「(クルトを突っ込ませて、こちらでそれを支援。私たち二人で敵のかく乱と突出した部隊の排除を務める。後はフランベルジュが遠距離から睨みを利かせば、戦況はこちらに傾く……)」
『こちらF2。A3、状況はどうだい?』
周囲を警戒しつつ今後の展開を試案していたシャーリーだったが、不意に通信が入りそれを打ち切る。
エアー2、クラベルからの直接通信だった。
「問題ありません。あと三分程で換装が終わるそうです。戦況に変化がありましたか?」
『喜びな、こっからはアタシらの独壇場だ。F1とA1、A2が離脱するってさ』
「はぁっ!?」
あまりの事態に、思わず間が抜けた声を上げてしまう。
急造の第四世代ギアもどき、ファランクスの離脱はまぁ良い。ナイトメアと相打ちの形で全壊しているため戦力外だ。
しかし敵軍との戦闘が佳境に入ったこの状況で、連合国軍の最高指揮官を務めるヒルダが旗艦ごと離脱するというのはどういう了見だ。
そのようなことが起きれば全軍の士気に影響するだろうし、指揮系統にも当然問題が生じる。
『お姫様からのご神託だとさ』
「正気じゃない!」
反射的に叫び、また彼女が原因かと歯噛みする。
シャーリーの中でのセレニアの評価は下がるばかりだった。
亡命者の癖に連れの男と一緒に最前線に立ち、出撃のたびに撃墜或いはそれに近い状態に陥りながら多大な戦果を挙げている。
なまじ成果を出している分たちが悪い。
役になっていないのならばそれを理由に前線から遠ざけるよう、ヒルダに意見出来たというのに。
そんな得体の知れない存在の意見を聞いて、今度はヒルダたちが戦線を離脱するという。
率直に言って頭がおかしいと思う。そんなことを要求するセレニアも、それを受け入れるヒルダもだ。
全軍を預かっているという自覚がまるでない。
『なぁに、旗艦がなくても司令部がなくなるわけじゃない。上同士の話はこっちで付けるさ』
「ですがっ!」
激怒するシャーリーとは対照的に、クラベルの様子は変わらない。
彼女が最初に発した言葉の通り、活躍の場が増えて喜ばしいとしか思っていない様子だ。
『まぁ落ち着けよ、シャーリー』
「くっ……」
クルトにも通信が繋がっていたようで、彼もまたシャーリーを宥めにかかる。
そこで、わずかばかり冷静さを取り戻した。
二人に動揺した様子は見られない。慌てているのはシャーリー一人。
まるで自分だけが道化になったような気分で、それが殊更に彼女を苛立たせた。
『今更状況は変わらない。大事なのはこっからどうするかって話だろ』
『そういうことさ! ま、アンタたちは最前線で仕事してくれりゃそれでいい』
「……はぁ」
深く、大きくため息を吐く。
クラベルの仕事を引き継いでから随分と経つが、未だにクラベルの思考が理解できない。
クルトとクラベルが意気投合しているのが更に口惜しい。
この齟齬は経験の差からきているのだろうかと悩んだ時期もあったが、共に仕事を続けるうちに、性格や個性、考え方の差異によって生じているらしいと割り切れるようになった。
恐らく一生、自分は彼らのようにはなれない。
しかしだからと言って腐る必要もない。
「友軍には、ランスロットの離脱は事前の計画通りの行動であると強調してください」
『ちっ、面倒だが……まぁ了解したよ』
クラベルの指揮は明快で勢いがあるが、嘘がなさすぎる。
取り繕わないその言動は彼女の強みだが、弱点でもある。
時として目的を果たすためには、虚構も必要になるものだ。
「フランベルジュの穴は私たちが埋めます。働いてもらいますよ、クルト」
『ははっ、人使いの荒いこって』
「それからF2。作戦があります。プランBの準備を」
『悪だくみかい? 聞こうじゃないか』
自分は彼らのようにはなれないだろうし、その必要もない。
自分にないものを持っているから、シャーリーは彼らと共に居るのだ。
「(残る竜は三……いや二匹。しかしてその姿は月明かりも届かぬ闇へと消えた。その牙はいずこへと向けられる?)」
「D防御に専念。EA、CBでD正面の敵に攻撃」
自分の見ている世界と他の者の見ている世界が大きく異なっていることを、ライナーは物心付く前から理解していた。
そしてライナーはそんな自分を偽り、他に同調するということをしなかった。
そのために異端として排斥され、ラボに収容されることとなった。
「(姫と騎士なき城は陥落し蹂躙される運命であるのか。ああ、逃れえぬ定めよ、翼持たぬ者は地へと引かれる)」
「AはBと交代。部隊立て直し。ACはAAと合流。ADはABと合流」
ライナーの認識において、PSI能力者達は全ての人類がいずれ手にするであろう力を先に与えられた存在だった。
即ち進化した人類であり、人の可能性と考えていた。
ライナーは優れたPSI能力者であり、桁外れの頭脳を有していた。その力を駆使し人心を掌握してゆけば、巨大な結社を作ることも難しくなかっただろう。
しかし彼はそれをしなかった。彼は自身が他と比べて優れていることを自覚していた。
自覚していたが為に、そんな自分が周りに迎合するなどあってはならないと考えた。
そのようにして生きて来たから理解者などおらず、友人と呼べるものもいなかった。
しかし少なからず仲間はいた。同じPSI能力者の仲間達が。
「(しかして我は、我らは空を仰ぐだけの愚衆にあらず。その心は折れることも砕けることもせず剣を振るうのだ)」
「F一斉攻撃20秒。のちHと交代し補給」
自分と、そしてその仲間達が俗人達に利用される立場にあることには初めから気付いていた。
己よりも明確に優れた存在を、俗人は決して同じ立場にはしない。平等に扱えば自分たちの方が排斥されると知っているから。
その判断を、愚かとは思わなかった。
『チームA、後退!』
A中隊の後退に合わせてサイコジャミングを起動し、後退を支援。10秒後に機能停止。
その間にB中隊がカバーに入り、戦線を維持する。
両翼の部隊にはサイコジャミングを搭載した第三世代ギア、ファナティックを複数配備して敵の動きを牽制しているが、PSI能力者の数が足りず中央の部隊には配備できていない。
中央敵部隊の足止めは全てライナーが担当している。
彼の操るパラノイアは、ファナティックをベースとして作られた第四世代ギアである。
攻撃能力は低く、サイコジャミングによる周囲の攪乱が主任務となっている。
ライナーほどに長く、そして広範囲にサイコジャミングを使用できる者はラボにもいない。ファナティックは彼の為に作られた機体だった。
加えて今のファナティックのメインディスプレイには、司令部から送られてきた各部隊の戦況と全体図が映されている。
ファナティックの外の状況が分からなくなるほどにディスプレイを覆いつくす、それらの情報を元にライナーは状況を判断し、司令部に指示を下す。
この簡略化された指示を元に司令部が各部隊に指示を出すことで、帝国軍は高度な連携を成立させている。
『良いぞ、戦況はこちらが有利だ。増援が来るまで戦線を維持しろ!』
司令官の言葉が気休めであることは分かっている。
攻撃の要であったクロースとイリスを早期に失ったのはあまりにも痛手だった。
そしてこの間のイリスとドクターのやり取りを聞く限り、増援の到着とやらも期待は出来ないだろう。
―――しかし、だから何だというのか。
桁外れの思考力を持つライナーにとって、大抵のことは事前に想定された事柄の一つ。
自分たちが捨て駒に過ぎないことは百も承知。
分かっていてもどうにもならないことというものはある。
とりわけ多くの可能性が見通せてしまうライナーの世界には、そんなものが溢れかえっている。
今に始まったことではないし、今更嘆くような事柄でもない。
目的のために利用され、切り捨てられたラボのメンバーたち。
そのような真似をしてまで目的を果たそうとするセレニアと、永世大統領ロベルト。
どちらが悪いということはないし、どちらを憐れむ、憎むといったこともない。
「(例え落ち行く定めであるとしても、抗い空を目指そう。そうして我らは月にまでその手を伸ばしたのだから)」




