第67話 ゼクトの懇願
『敵機の沈黙を確認』
「……良し」
ナーシャからの連絡を受け、ヒルダは大きく息を吐いた。
最優先の撃破対象であったイレギュラーの第四世代ギア、ナイトメアの撃墜に成功した。
こちらもファランクスを撃墜され、シュヴァルツシルトも半壊状態だが、彼女の操るフランベルジュとシャーリーのウィズダムは健在。
二機の第四世代を前面に押し出しせば残存勢力の相手は十分に……。
『F2からA1。正体不明の飛行物体を確認した』
そんなヒルダの思考を断ち切るように、エアー2の艦長、クラベルから連絡が入る。
『こちらに向かってくる気配はない。通過が目的かもしれない』
「帝国のフォートレス、或いは輸送機である可能性は」
『それにしては小さい。しかし戦闘機というには大きすぎる。追いかけるかい』
「いや、残存する敵勢力の掃討を優先する」
僅かな思考の後、ヒルダは結論を下す。
動員可能な戦力はこちらに集結させている。この周囲に対象の足を止められる予備選力はない。
そうなるとこの戦場の航空戦力を回す必要があるが、飛行物体の正体が不明となると適切な戦力の配分が難しい。
二機のフォートレスのいずれかを向かわせるという手もあるが、そうして戦力を分散させるのが敵の狙いである恐れもある。
しかしそんなヒルダの判断は、直後に否定された。
『A2からA1。追撃の必要があります』
「セレニアか? 敵の詳細を知っているのか」
『第四世代ギア、エンペラー。永世大統領……ロベルトの機体です』
「ロべッ……目的は?」
『エンペラーによる、倭国への直接攻撃』
あまりにも現実離れした、埒外の連絡。
帝国のトップが単機で倭国に対して直接攻撃を仕掛ける意味が分からなかったし、事実だとしてもそれが成功するとはとても思えなかった。
しかし、その連絡を入れてきたのはセレニアだ。
彼女が同盟軍にもたらした情報はいずれも重要なものばかりで、ナイトメアの撃墜は彼女なしでは成し得なかっただろう。
ならば……。
「F2、後を任せる。こちらの部隊もそちらの指揮下に入るよう指示しておく」
『ははっ、退屈しない戦場だねぇ。あぁ、任された。目標の座標は転送しておく』
「F1。こちらを回収後、追撃する。準備を」
『私達も同行します。回収をお願いします』
「許可する」
『こちらF1、了解。A1、A2を回収後不明機の追跡を行います』
『それから、他に回収して欲しいものがあります』
「……好きにしろ」
もうどうとでもなれとばかりに、ヒルダは投げやりに許可を出すのだった。
ギアの脱出装置はパイロットの存在するコックピットブロックを分離して射出する形で動作する。
装置の起動はパイロットの任意、或いは機体のステータスチェックの結果に伴い自動的に行われ、自動起動の閾値や条件はパイロット側で細かく設定することが可能である。
第三世代ギアにて初めて実装されたこの仕組みは撃墜されたパイロットの生還率を著しく向上さた。
また第四世代ギアを運用する際にはパイロットと共に、替えの効かないジュノーエンジンを高い確率で回収するための手段として用いられている。
自軍の陣地の方向へと射出方向を調整したファランクスの脱出装置は、同盟軍によって回収された。
そんな最中にゼクトはナイトメアが撃墜された旨の報告を聞き安堵したのだが、直後のセレニアとヒルダのやりとりで、再び心を乱された。
「エンペラー倭国へ…………。フォート……で…れを追撃。倭国…空…、首都……にてこれを……これで、条件が……」
「セレニア、っ、おいセレニアっ、大丈夫なのかっ!」
思わず声を荒げる。ヒルダとの通信を終えてから、セレニアは何かぶつぶつと呟いている。
限界だと、すぐに分かった。
そもそもギアによる高速戦闘はそのGと衝撃でパイロットに負荷をかける。
特にファランクスは重量級の機体で、ブースターで無理矢理方向転換させるような無茶苦茶な運用をしているのだ。
その負荷は正規のギアパイロットでも耐えられるかわからない程だというのが、ガーランドの説明だった。
その衝撃の凄まじさは、実際に操縦しているゼクトが一番良く分かっている。
そんな機体に同乗しながらこれまで苦鳴一つ漏らさなかったセレニアが今、ゼクトの言葉に反応する余裕がないほど消耗している。
肉体的な消耗か精神的な消耗か、或いはその両方か。
「くっ」
居てもたってもいられず、シートベルトを外して立ち上がる。
非常電源に切り替わっているため、辺りは薄暗い。
コックピットごと車両で医療班のいるポイントに運ばれている為か振動が伝わってきて、転んでしまいそうになるのをどうにか堪えた。
「セレニア、おいっ!」
「んっ……けほっ……ごほっ……」
立ち上る胃液と血の匂いの混ざりあった匂い。セレニアが後部座席に突っ伏している。
意識はあるようだが内臓を損傷している可能性が高い。
すぐに検査を受けるべきだと、ジョシュアの経験をトレースしたゼクトは判断した。
「第3後方支援隊です!」
コックピットが開かれ、十字の腕章を付けた連合国軍の兵士が姿を現す。
良かったと、ゼクトは安堵の息を漏らす。
「彼女がさっき吐血しました。意識はあるみたいです。見てやってください」
「了解。タンカを用意してます」
「ゼ…ト……んっ、けほっ……。んっ……はぁ、はぁぁ……」
そうして兵士たちがセレニアを運び出そうとするのを、他ならぬ彼女自身が手で制した。
どうするんだと、兵士がゼクトの方に視線を向けてくる。
正直に言って迷った。
このまま有無も言わさず運び出して病院に放り込めば、少なくとも彼女がこれ以上傷付くことはない。
もういい。もう十分だ。これ以上は無理だ。
誰しもがそう思っている。
主任メカニックのガーランドも、オペレーターのナーシャも。
この軍の指揮を任されているヒルダですら、ファランクスにジュノーエンジンを積んで復帰するという話を聞いた時にはこちらの正気を疑ってきた。
皆がセレニアと、そしてゼクトの心配をしているのが伝わってきた。
その度に、なんて恵まれた環境なのだろうとゼクトは思ってきた。
無論、善意だけではないだろう。
セレニアのもたらす帝国軍の兵器、特にPSI兵器に関する情報はヒルダたち同盟軍にとっては変えの効かないものだ。
そんなセレニアを、命を落とす危険性のある最前線に送り込むなど正気の沙汰ではない。
寧ろフォートレスに待機させ、全体の状況を俯瞰させた方が高い成果を得られることだろう。
それがセレニアの出した、彼女が同盟軍側に協力する条件ではあったとはいえ、ヒルダたち同盟軍側には採れる手が幾らでもあった。
例えば戦略的に価値のないゼクトなど、セレニアに対する人質に最適ではないか。
それでもヒルダたちは、これまでそうした強硬手段に出ることなくセレニアの願いを聞き届けてきた。
そしてゼクトもまた、セレニアの望みを叶えるべく最大限努力してきた。
その上で思う。やはり、もう限界だ。
「セレニア。もう喋るな、お願いだから」
これまで彼女の傍で、彼女の無茶を叶え続けたゼクトでさえそう判断した。
だというのに、セレニアは首を横に振り、必死に呼吸を整えようとする。
「ダメ……。エンペラー……。ランスロっ……乗っ……フレームを……」
「分かってるよ。けど、もう無理だろっ!」
彼女が何を言おうとしているかなんて予想がつく。
自分をランスロットに乗せろ。エンペラーを追え。ファランクスのコックピットを予備のフレームに搭載して戦えるよう準備をしろ。
だけど、もう無理だ。
「なぁ、よくやったじゃねぇかよセレニア。お前は……俺たちは良くやったよ。だからもう休めよ。休もうぜ!」
監禁されていた女の子が、チンピラ崩れのゼクトを従えて。
二人でギアに乗って、第四世代まで倒して。果てはあんな、意味の分からない化け物とまで渡り合った。
十分な貢献だ。これ以上を誰が求める。
「ダメ」
「俺はっ!」
なのに、セレニアは首を横に振らない。他の誰が許したとしても、彼女自身がそれを許さない。
どうしてそんなに頑ななんだと、ゼクトは初めてセレニアに対して怒りを覚えた。
「俺は……お前が好きだ。だからお前が望むならなんだってするし、どんな相手とでも戦ってやる」
セレニアに抱くこの感情が愛情なのか、或いは憧れなのか、ゼクトには分からない。
そういった感情を抱く余裕はこれまでゼクトにはなかった。
仮にそうした感情を持ったとしても、それを押し殺してきた。
それは生きてゆく上で余分なものだったから。
「でもさ……それでお前が死んじまったらなんにもならねぇじゃねぇか」
そして、そんな風に自分を抑えたことを何時だって後悔してきた。
もうそういうのは嫌だった。だから言うのだ。行動するのだ。
仕方がない、どうにもならないからといって諦めることは、二度としないと心に決めた。
「なぁセレニア。どうしてそこまですんだよ。何でお前がそこまでしなきゃいけねぇんだよ」
賢い人も、強い人も、金持ちも権力者も。沢山居るではないか。
PSI能力者なる特殊な能力の持ち主も、セレニア一人ではないではないか。
なのにどうして、彼女がここまでしなければならないのだ。
「ゼクト」
セレニアは呼吸を整えて、ゼクトを安心させるため微笑みさえも浮かべて。
「これはきっと、この世界で私と貴方にしか出来ないことだから。だからお願い。力を貸して」
初めて頼ってくれた時と同じように。
迷いなく、真っ直ぐに彼女は自分の望みを口にするのだ。
思えばセレニアは出会ってからここまで、自分の意見を曲げるということを一切してこなかった。
それは彼女が強情だとか頑なだとか、そういうことではない。
他に道がないことを、きっと彼女だけは知っているのだろう。
その感覚を共有し理解することは、自分にはきっと一生出来ないだろうとゼクトは思った。
「くそっ……畜生……」
悪態をつく。最早そのくらいしか、ゼクトには出来ることがなかった。
自分が涙を流しているのに気づいて死にたい気分になった。
惚れた女の前で泣くなど何という情けなさだ。
これだけ情けなく泣きついて懇願して、それでも聞き届けて貰えなかったのでは、最早やむを得ない。
気が済むまで、それに付き合う他に道はない。
「何時でもいい。話せる時が来たら、全部聞かせてくれ。セレニアが抱えてるものを。今見えているものを。それまで……俺が絶対お前を死なせないから」
「ありがとう、ゼクト」
「(俺が折れることもお見通しなんだろう、畜生め……)」
もしかして彼女は魔性の女という奴ではないだろうかと本気で思った。
己の提案が聞き届けられず、不本意で悔しくて仕方がないのだが。
それでもやっぱり、彼女に頼られるのは嬉しくて、堪らなく気持ちが昂るのだ。




