第63話 降下
十年前の『大戦』以降、大規模な戦闘は行われたことがない。
連合国、経済連盟、帝国の三大勢力が拮抗状態を作っていた為だ。
ノイデンの国境付近で行われてきた同盟軍と帝国軍の戦いもこれまでは様子見、小競り合いといった程度のものだった。
そんな中遂に、ボーディガー基地を巡って同盟軍と帝国軍が真正面からぶつかることとなった。
同盟軍、帝国軍共に主力は第三世代ギアによる機械歩兵部隊。
砲撃部隊の放ったミサイルとそれを迎撃する為の対空砲火が飛び交う中、同盟軍側の前衛部隊が敵軍と接敵。各所で戦闘が行われてゆく。
前衛を務めるのは同盟軍の中でも特に練度の高いローレスの傭兵達だった。
ローレスの傭兵には大きく二種類がある。一つは国家との長期契約を結び、防衛戦力としてその地に常駐する者。
比較的危険が少なく、戦闘がなくても一定の収入を得られる代わりに、その額はそれほど高くない。
傭兵としての実力が然程高くない者は、概ねこちらに落ち着く場合が多い。
もう一つは輸送機や搬送車など独自の移動手段を有し、戦場を転々とする者。
前者とは報酬の桁が一つ二つ変わってくるが、その分危険度も高い。
そのような仕事を選ぶのは強い目的意識を持つ者や、頭のネジが二、三本飛んでいる戦闘狂だ。
この地に派遣されているのは後者の傭兵達。
武装の統一された軍隊と異なり、彼らの使うギアや武装は多種多様だ。
様々な機体のパーツが流用されており、己が得意とする得物を装備している。
ただ、敵の重装甲に対抗する為高威力の武装が主ではあった。
彼らはギア四機を一小隊とし、他部隊とある程度の距離を置きながら広く布陣している。
『おいおい、今の直撃だろ。なんつぅ装甲だ』
『腐らず攻撃を続けろ。手も足も止めるな』
『もう戦艦突っ込ませろよ。こういうの相手のクソ火力だろ』
『陸上戦艦をどうやって連れてくるつもりだ。向こうにないだけありがたいと思え』
帝国軍が得意とする、機体を密集させた防御陣形に対抗した戦術だ。
帝国軍側が得意とする足を止めての正面からの撃ち合いには応じず、常に足を止めることなく、絶え間なく波状攻撃を仕掛ける。
高速で移動しながらの攻撃は、ハウンドのような機動力の高い小型機を相手にするなら命中精度が著しく低下することになるだろうが、帝国軍の重量級のギアを相手にするなら十分なものだ。
連合国側もローレスの部隊と同様に小隊を編成。後衛役として前衛部隊にそれぞれ随伴させている。
前衛と後衛の二小隊で一部隊とし、それぞれに担当の士官とオペレーター達を配置。帝国軍に対し各個に攻撃を行う。
『GB3各機、ポイントC234に砲撃準備』
『GA3各機、離脱せよ』
『各機散開! GA3リーダーよりGA3Oへ、居残りなし!』
『GB3、十秒間の砲撃を開始せよ』
『GA3、砲撃後に再度攻撃を開始せよ』
オペレーターから士官の指示が届き、それに従って前衛部隊は攻撃を仕掛け、合図と共に離脱。
離脱を確認後、後衛部隊が火砲支援を行う。
そして再び前衛部隊へと攻撃の指示が下り、火砲支援で体勢の崩れたギアを狙って攻撃を仕掛けてゆく。
『ラヴァータを確認』
『撃ち落とせ!』
『くそっ、チマチマした的だ。母機を狙えないのか!』
『この乱戦じゃ無理だ』
対する帝国軍側は同盟軍の動きに合わせて部隊を分散させることはせず中隊単位で密集陣形を維持し、ラヴァータによる牽制を行いながら接近してくる敵機への迎撃に徹する。
自軍の被害は抑えられるが、消極的な戦法だ。ならば帝国軍側の攻め手は……。
『GB3の付近に大型の飛来物接近。三基。フレアを展開しつつ距離を取れ』
『ミサイル? ……いや、飛来物の分解を確認。ギアだ!』
『ミサイルにギア入れて飛ばすとか正気じゃねぇ!』
『GA3リーダーよりGA3Oへ、指示を乞う』
『構うな。撹乱が目的と思われる。部隊の一部を遊撃隊とすることで対処する。GA3各機は攻撃を続行せよ』
同盟軍の前衛を飛び越える形で『発射』されたトルーパー達が後衛を直接攻撃に掛かり、同盟軍はこれに対処しつつ攻撃を続けてゆく。
そして、最も勢いのある戦場に主力が固めて投入される。
同盟軍側は、帝国軍の第四世代がどのように動くかによって作戦を自軍の主力……第四世代の投入ポイントを変更する作戦だった。
敵の第四世代が分散して配備されていた場合はプランA。それぞれのポイントに同じ第四世代をぶつけて対抗する。
一ヵ所に集中していた場合はプランB。同ポイントに投入して対抗する。
そしてその姿が確認できなかった場合はプランC。優位な戦場に主力を投入し、そのまま戦線突破を図る。
『プランCが採用された。GA3、ポイントC232にACEを投下する』
『了解。野郎ども、我らが守護神と女神のご登場だ!』
先行するのはエアー2から出撃したウィズダムとシュヴァルツシルト。
二機はブースターを動作させ一気にポイントに降下。これに対応しようとした敵を優先的に攻撃し、クリアリングを開始。
『クルト、突っ込みなっ!』
『あいよ姐さん! テメェら、続けっ』
『威勢の良いことで』
クラベルの指示の元、右手にハルバード、左手に大盾、肩にレールガンという白兵仕様のシュヴァルツシルトが敵陣に向かって突っ込み、GA3小隊とウィズダムがこれに続く。
シュヴァルツシルトが向かう先へとウィズダムがミサイルを発射。
爆発を突っ切るようにシュヴァルツシルトが追加ブースターを起動しながらレールガンを放ち、手近な敵にハルバードを叩き付ける。
そうして敵を混乱させた上で、フランベルジュとファランクスが降下を開始される。
「ゼクト、緊張してる?」
「え? いや、まぁ……そうだな」
第三世代のファランクスのブースターでは単独での着地が出来ない為、HALO降下用の装備が必要になる。
一通りの説明は受けた。自分が何かをする必要はないということも分かっている。経験はないが、記憶もある。
しかし高度一万メートルからのギアで降下、というのはやはり緊張する。
「大丈夫、上手くいくから」
「お、おうっ!」
『まぁ、姿勢制御と開傘のタイミングはこちらで行うので、そちらですることは特にありませんが』
『プライベートなやりとりはミュートにしておけと言っただろう』
「うぁ……えぇい、ファランクス、発進準備良し!」
ナーシャとヒルダからの相次ぐ突っ込みに、羞恥に顔を赤くしつつゼクトは準備完了を告げる。
『了解。A1、A2、カタパルトへ。A2、降下完了まではこちらで機体を制御します』
「A2了解……ユー・ハブ」
『アイ・ハブ。A1は出撃後、A2に随伴。降下支援を行ってください』
『A1、了解した』
『A1、A2、出撃』
そうして、ファランクスとフランベルジュの二機がランスロットから射出される。
HALO降下――高高度降下低高度開傘と呼ばれるそれは、元々歩兵を潜入させるための降下方法だった。
レーダーによる警戒が薄い高高度から歩兵を降下させ、パラシュート開傘のタイミングを遅らせることで降下速度の低下を最低限に抑え、探知のリスクを軽減する手法だ。
第三世代ギアを空中から出撃させる際も基本的には同じ手法が取られる。その巨体故に探知を逃れることはできないにしても、降下速度を極力落とさずに降下することで迎撃のリスクは軽減できる。
これに加えて、ファランクスの前にはエネルギーシールドを持つ第四世代、フランベルジュが壁役として遮蔽になっている。
通常の降下に比べれば安全度は高い。ゼクトも頭ではそれを理解している。
しかし、だから大丈夫だと言えるほどゼクトの肝は据わっていない。
「(ぁ、あぁぁぁぁ……っ!!!)」
セレニアの手前、声だけはそれでもどうにか必死に抑えた。一人なら情けなく悲鳴を上げていたかもしれない。
機体が落下してゆく浮遊感と、ファランクスが勝手に操縦されているという事実がゼクトの恐怖心を煽る。
ギアでHALO降下を行った経験はあるかと問われた際、ゼクトは『記憶はあるが経験はない』と素直に回答した。
続いて、降下を自ら行いたいかと問われ、これに対してゼクトは首を横に振った。
『高度四千』
自分がサイコメトリーで引き継いだジョシュアの記憶には、HALO降下に関するものも含まれていた。
その気になればギアの操縦と同様に、自分でも降下を行えるような気はした。
しかし、恐らく大丈夫だろうで突っ込んでいくのはリスクが高すぎた。失敗したら自分もセレニアも一貫の終わりだ。
そういうわけでナーシャに機体を遠隔操縦して貰うことにしたのだが、これはこれでとても不安だった。
操縦桿が勝手に動いて、ブースターが起動して機体のバランスが調整される。他人に命を握られている感が凄い。
ナーシャ曰く大規模なフリーフォールのようなものとのことだったが、こんなものに喜んで乗る奴がいるものなのか。
『高度三千』
目をつぶっていられればまだ恐怖を紛らわせることが出来たのだろうが、アクシデントが起きた際に速やかに操縦を引き継げるよう、目を閉じることは禁止されている。
アクシデントってなんだ? と思いつつも、具体的に想像するとこれまた不安になる。
楽しいことを考えよう。聞くところによると遊園地とやらはとても楽しい施設らしい。
綺麗な庭園があったり、ショーやパレードなんかがあったり、派手なアトラクションがあったり、夜には花火が上がったり。
落ち着いて平和な国に亡命できたら、絶対セレニアと行ってみよう。腕とか組んで、デートという奴だ。絶叫マシンには絶対乗らないけど。
『高度二千』
そこまで考えて、もしかしてこの思考も全部セレニアに読まれてしまっているのでは? と考えたら物凄く恥ずかしくなった。
深く考えたことがなかったが、セレニアはどれくらいの精度で心を読むことが出来るのだろうか。
考えたことを当てるゲームとかちょっと楽しそうだ。今度やってみよう。
『高度一千。耐衝撃姿勢を』
そうしている内に高度一千メートルを下回り、ナーシャからの指示に従い耐衝撃姿勢を取る。
身体を前方に倒し、首を固定。開傘と着地の衝撃でむち打ちになるのを避ける為だ。
『五百……四百……三百……開傘。着地用意』
宣言と共に身体が上方向に飛ばされそうになり、シートベルトで押さえつけられる。
その次の瞬間には、足元から衝撃が伝わる。
『着地成功。A2、ユー・ハブ』
「ごほっ、けほっ……あ、アイ・ハブ」
振動と衝撃に咽つつもどうにか応え、周囲を確認。
先行している部隊に向かって合流を開始。
「セレニアは大丈夫か?」
『大丈夫だから、気にしないで』
セレニアからの返答は言葉でなくテレパシー、念話で行われた。
最近気づいたのだが、セレニアは高速戦闘時や今回のように衝撃を受けた直後など、声を出すのが困難な場合に念話を用いるようだ。
つまりはあまり大丈夫ではないということだが、足を止める訳にもいかない。
「怪我とかしてたら、ちゃんと言ってくれよ」
『うん、ありがとう』
戦闘は、これから始まるのだから。




