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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
少年と少女
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第62話 盤上の駒


「増援がないとはどういうことですかっ!」


 ボーディガー基地の私室で、イリスは端末に向けて怒鳴り付ける。


『僕に文句を付けられても困るな。そちらの指揮官から説明はあったのだろう?』

「その説明に納得がいかないからドクターに連絡しています」

『そう言われてもね、僕はラボの責任者であって戦争屋じゃない。帝国の戦略に口を出す権限は与えられていない』


 通信の相手はラボの所長であるドクター。

 PSI能力の研究と、PSI対応型の第四世代ギアを開発した帝国の頭脳。

 イリス達をこのボーディガー基地に派遣した張本人だ。


 イリス達五人はこのボーディガー基地で、PSI能力部隊の指揮を執るよう命令を受けている。


「(……いや、残りは既に三人か)」


 セレニアはイリス達を裏切った。そしてシェリーも……あの様子では生きてはいまい。

 彼女が操るオートマティズムはパイルバンカーを叩き付けられ、コックピットのある胸部を貫通されていた。まず即死だ。

 機体を回収することも出来なかった。


 やられた時の映像は確認した。

 一見コンテナのミサイルが誤爆したようにも見えたが、タイミング的にそれが故意に引き起こされたものなのはまず間違いない。

 そして未来予知の出来るシェリーがそれを避けられなかったということは、それを起こしたのはセレニアだ。


 イリスは、ラボにおいて二人の姉代わりを務めていた。

 シェリーは未来が見えるという事実に耐えることが出来ず心を壊し、メアリーという架空の友達を作って自分の殻に閉じこもっていた。


 彼女とまともにコミュニケーションが取れたのは幼い頃から面倒を見ていたイリスと、同じ予知能力者であるが故にシェリーも未来を見ることが出来ないセレニアだけだった。

 シェリーの遊び相手はいつだって予知できない結果を自分に齎してくれる、驚きをくれる相手。セレニアだった。


 セレニアは……彼女が何を考えていたのかは、イリスも良く分からない。

 穏やかに、しかし寂しそうに笑う少女だった。最も優れたPSI能力者だったが、いつも何かを押し殺している様子だった。


 シェリーやライナーのような、既知の感覚を用いずに事象を認識できる者――超感覚的知覚の持ち主は精神に異常をきたしやすい傾向にある。

 そんな中にありながらセレニアは例外的に理性的、論理的に行動することが出来ていた。少なくとも、見かけの上では。


 姉として彼女のことを理解したかった。何度も話を聞こうとした。

 けれどセレニアは曖昧に微笑むばかりで、その胸の内を明かすことはついぞなかった。


 苛立ちが募る。

 頭を振って思考を切り替える。今は感傷に浸っている場合ではない。


「各地の戦況は?」

『各員ますますの奮闘に期待する』

「詭弁をっ!」


 テーブルに拳を叩き付ける。

 振動でティーカップが倒れ、中の紅茶がテーブルにぶちまけられ、床へと零れる。

 後でこれを掃除しなければならないと考えると、気が滅入った。


「大統領は何を考えているのですか」

『あの方の考えを僕が推し量れる筈がないだろう。そいつはライナーやセレニアの分野だ』

「今の帝国の作戦が矛盾していることはドクターも気付いているでしょう? とても正気とは思えない」


 宣戦布告をした癖に大規模な作戦行動に出ていない。

 帝国が勝利するうえで、ノイデンは真っ先に押さえておかなければならない要所だった筈だ。

 ノイデンは帝国と同じ大陸に位置しており、ここを落とせずに防衛されれば後に反攻の拠点として利用されることになる。いや、すでに利用されている。


 敵軍の拠点に大規模な増援が到着したという報告が上がっている。

 間違いなく、戦力が増強した同盟軍はこちらに対して反攻作戦を計画するはずだ。

 だというのに、ボーディガー基地に増援が派遣されない。


 戦力がない筈はない。ラボの開発したPSI対応型第四世代ギアはここに派遣されている機体の他にも存在するし、EMウェアウルフを始めとした通常型の第四世代ギアもある。

 ボーディガーの戦略的な価値を考えれば、大型戦艦のキャノンタートルやエンパイア・バリアが派遣されてもおかしくない。

 だというのに、何の動きもない。


『あの方の考えは理解できないが、あれ程に理性的な人間も他に居ない。これだけは断言しようイリス。あの方は狂ってはいない』

「ならば何故」

『一見不合理とも思える行動も、実は理に適っている場合がある。不合理だと思うのは、君が気付いていない理があるからだ』


 苛立つイリスとは対照的に、ドクターは冷静だった。冷静で、そしてめんどくさそうだった。


『しかしいい加減、君の愚痴に付き合うのも疲れてきたな』

「……愚痴?」


 過熱していた頭が一気に冷える。唇を動かし言葉を発しようとするが、上手く出てこない。


『初代永世大統領、ロベルトの決定に異を唱えることが出来る者などいない。彼が増援を出さないといった以上、増援はない。僕達がここでこうして話をしていても、何も変わりはしないんだよ』

「それは……」


 正論だ。議論の余地もなく。暴力的なまでに。

 相手がそういう男だということは、イリスとて嫌という程理解していた。


『五分経った。これ以上の時間の浪費は許容できない。それじゃあ健闘を祈っているよ、イリス』

「待っ!」


 制止の声に応じることなく、通信が切られる。

 反応のなくなった通信機を強く握りしめ、大きく息を吐く。

 部屋の扉がノックされたのは、そのタイミングだった。

 イリスが応じるよりも前に、無遠慮にその扉が開かれる。


「……クロース、ライナー」


 扉の前に居たのは、軍服を身に着けた顔見知りの二人。ラボから派遣された、残り二人のPSI能力者だった。

 表情一つ変えることなく扉のノブに手を掛けている長身の青年はクロース。

 イリスの予想通りだった。

 このような無遠慮な真似をするのは彼くらいなものだろう。


 そしてそんなクロースの背後に居る巨漢がライナー。クロースも百九十センチ近い長身だが、ライナーの方は優に二メートルを超えている。

 二人ともイリスと同じくらいの年齢の筈なのだが、厳つい体格と顔つきからライナーは一回り年上に見える。


「おお憂いの姫よ。悲しみに曇った貴方の見ると私の心は張り裂けそうになる。さりとて零れたミルクを嘆くのは詮無きこと。出来ることがあるとすれば唯一それを拭うことだけだ」

「話は済んだか」


 芝居がかった大仰な動作でイリスに声を掛けたのはライナー。

 対照的にクロースの言葉は端的だ。


「現状の戦力でどうにかする他ないみたい」

「判りきったことだった」

「他の戦況は不明だけれど、少なくともここが本命ということはなさそうね」


 この地に戦力を投入しないということは、ロベルトは別の手段で倭国への攻撃を行おうと考えているのだろう。

 ならばノイデンへの派兵は本命から目を背けさせる囮ということになる。


 しかし囮は、真に迫っていなければ囮にはなり得ない。今のボーディガー基地がその役割を果たせていないことはイリスにすら理解出来た。

 連合国側がそれに気付かない筈がない。

 ならばこのボーディガー基地、そしてそこに派遣された自分達には如何なる役割が与えられているのか。


「どうでもいい」


 そんなイリスの思考を、しかしクロースは切り捨てる。


「俺は自分の力を証明できるならそれでいい」


 ラボが生み出した最高の念動力者であるクロースは他者に関心を持たず、ただ己の力のみに固執して。


「手塩にかけ育てた愛子の嘆願に応じぬとは余程の事情があるご様子。しかしご心配めされるな。このライナー剣となり盾となり姫をお守りする所存」


 矢継ぎ早に演劇じみた言葉を発するライナーは精神感応能力者故か些か言動が怪しいが、昔からイリスのことを心配してくれて。


「……貴方達は相変わらずね」


 思わず苦笑してしまう。

 そんな変わらない二人が、イリスにとっては救いだった。


「それで、こんな時間に私に何の用?」

「次の戦いではナイトメアを使う」

「然り。いかなる名剣も振るわれる機会がなければ駄剣と変わりない故。喝采と共に迎えよう高らかに鐘を響かせよう。時は来たれり今こそが約束の時よ」


 自分達と共にボーディガー基地に送られた試作機。

 ロベルト大統領の許可なく使用することを禁止された機体で、クロースとセレニアがそのテストを行っていた。

 しかしセレニアは今この場に居ない。


「俺とお前が適任だ」

「…………」


 許可を得たのか、とは尋ねなかった。得られる筈がないのだから。

 ならばこれは自分達の独断ということになる。


「分かったわ」


 一瞬の逡巡の後に頷く。もううんざりだった。

 意味の分からないものに振り回されるのにも、それを恐れるのにも疲れてしまった。

 そしてそうまでして守らなければならない存在も、今のイリスの手には残されていなかった。


「俺は好きにする。お前も好きにしろ」

「そうね、そうさせて貰うわ。ただ、指示には従って貰うから」


 自分は、自分達は恐らく盤上に並べられたチェスの駒なのだろう。

 全容を見渡すことも出来ず、自らの意志で動くことも許されず、命令一つで使い潰される。

 しかしそれがどうしたというのか。


「好きに使え」

「今こそ翼広げ羽ばたく時が来たのだ。旅立つ子らに祝福を寿ぎを洗礼を。その道中に幸多からんことを祈り願うばかりである。それこそがそれだけがこの私に許された唯一のことなのだ」

「他に出来ることが幾らでもあるでしょう。貴方も私の指示で動いてくれる?」

「否と申す言葉は持ち合わせておりません。我が身と我が忠誠を預けましょう花よ。貴方様こそが我らの指揮者であり担い手であると確信しております故」

「……ありがとう」


 クロースは話は済んだとばかりにその場を離れていく。ライナーも恭しく一礼をしてそれに続く。

 入れ替わるようにして、ライナーに呼ばれたらしい下女が清掃具を持ってやってくる。

 零してしまった紅茶の片付けをしてくれるらしい。


「(己の役割など知ったことじゃない。駒なりに、好きなようにさせて貰う)」


 二人は協力してくれると言ってくれた。今はそれが、何よりも頼もしく誇らしい。


「(セレニア。貴方はきっと、駒を動かす側の人間なんでしょうね。でも、例えそれでも構わない)」


 イリスには見えない理が見えている者。選ばれた側の人間。

 そんな彼女に何が見えているのか、以前は知りたくて仕方がなかったように思う。


 知った上でその手助けがしたかったからか、或いは分からないのが恐ろしかったのか。

 今のイリスにはよく分からなかった。

 しかし最早どうでもいい。


「(殺すわ。貴方だけは、必ず)」


 全てを見通す力を持った彼女は、そう自らの胸に誓うのだった。

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