第59話 オートマティズム
『見つけた、セレニア。私の友達だったセレニア。私を見捨てていったセレニア。私を裏切ったセレニア……」
重力を無視したかのように浮遊するギアを操り、シェリーと呼ばれた少女は歌うように続ける。
フランベルジュはその妄言に応じることなくライフルによる攻撃を行う。
ゼクトもそれに続くが、蝙蝠ギアは舞うように、踊るように宙を移動しその全てを回避する。
まるでその全ての軌道を見切っているかのように。
『ねぇメアリー、捕まえたらどうしましょうか? ……そうね、それが良いわ。足があったらまた逃げてしまうかもしれないし。四肢がなければもう何処にも行けないわよね』
『……PSI能力者か』
「シェリー。予知能力を使う。あの機体はオートマティズム。限界まで軽量化を施して、その分機動力を得ている」
ヒルダの問いにセレニアが答える。先程見せていた悲しげな様子は今はもう感じられない。
けれどシェリーはきっと、セレニアの友人だったのだろう。少なくとも彼女は友人だと思っていたのだろう。
セレニアは、どう思っていたのだろう。
『前衛はこちらで務める。援護しろ。こちらを巻き込んでも構わん』
「了解」
思考を切り替える。そんなことを考えている余裕はゼクトにはない。
オートマティズムが急降下してくる。
フランベルジュとゼクトは即座に迎撃するが、レールガンやキャノン砲といった本命は全てかわされる。
射撃では埒が明かないと見たフランベルジュがレールガンをラックに収納。エネルギーブレードを掴む。
機体が交差する寸前に抜刀。曲芸じみた軌道でこれを避けたオートマティズムがエネルギーナイフを振るおうとする――その寸前で、跳躍し距離を取った。
「(読まれた。マジで未来予知とかしてんのかよ)」
攻撃によって動きが止まったその瞬間にキャノン砲を撃ち込んでやるつもりだったのだが、当てが外れた。
危うかったとも言える。あと少し早く引き金を引いてしまっていれば、フランベルジュだけが被害を被る結果になっていたかもしれない。
『バラバラバラバラバラバラバラバラにしてあげる。手も足もいらない目も舌もいらない貴方は私の傍に居ればいい』
「っ、黙れ」
ゼクトは離脱した敵機にミサイルを発射。
オートマティズムは急加速。ミサイルを振り切りながら一気にファランクスとの距離を詰める。
迎え撃つように放ったキャノン砲は寸前のところで回避され僅かに足を止めるに留まる。
しかしその僅かな間に回り込んだフランベルジュが斬撃を放つ。
機体を宙で一回転させてこれを避けたオートマティズムが振り子の要領で前方に加速しつつナイフを繰り出す。
そうして迫るオートマティズムの機動を読んだフランベルジュがライフルを突き出し発砲。
至近距離で放たれた弾丸は、エネルギーシールドがその運動エネルギーを吸収するよりも早く着弾する。
……着弾の寸前。オートマティズムはサイドブースターを用いて機体を回転させ銃弾をやり過ごしフランベルジュを迂回。再びファランクスに狙いを定める。
『死ね死ね死ね死ねシネシネシネシネっ! 死んじゃえセレニア! 死んで私と居ればいい!』
「くぅ……」
外部スピーカーから狂気をまき散らしながら迫るオートマティズムにゼクトはたじろぐ。
ガトリング砲が調達できなかったのが悔やまれる。このような相手には弾幕こそが有効だというのに。
「三時の方向に跳躍」
「なにっ」
追い打ちをかけるようにセレニアの警告が飛ぶ。咄嗟に反応するも間に合わず、左腕を撃ち抜かれる。
アラート。左腕駆動系と照準システムに異常。ライフル使用不能。
隙を付くように突っ込んできたオートマティズムは、フランベルジュが割って入って時間を稼ぎ、その間にゼクトは体勢を立て直す。
『F1よりチームA。敵部隊がそちらに集結しつつある』
『第一部隊に支援を要請っ』
『他敵部隊の動きも活発化している。主力の二機は動かせないしまず間に合わない』
ヒルダの言葉に応じるナーシャの声には迷いがない。恐らくランスロットの方でもそうした対応策が検討され、難しいという判断が下されたのだろう。
突出したオートマティズムを孤立させるべく前線を引き上げた策を逆手に取られた形になる。
『一度後退し、態勢を立て直すことを推奨する』
「ダメ」
ナーシャからの言葉を、しかしセレニアは否定する。
「ここが彼女を倒す最大の好機だから」
「けど、こんな奴どうやって……」
敵味方が入り乱れる乱戦状態にこそ、オートマティズムの攻撃は最大の効果を発揮する。
正面の敵に加えて高速で移動する第四世代を相手にすることなど、こちらの最高戦力であるヒルダにも出来るかどうか。
しかし今敵は孤立し、そして恐らく敵部隊の指揮官の意志を離れて暴走している。味方部隊との連携が取れていない今が奴を撃墜する絶好の機会。
それは分かる。ゼクトには理解できないが、ゼクトに埋め込まれた経験と知識がそう判断を下す。
しかし問題はその手段だ。ヒルダとの二人がかりですら、オートマティズムに傷一つつけることが出来ていない。
「もう少しだけ時間を稼いで。こちらで対応する」
いつの間にか、後ろからはカタカタと端末を操作する音が聞こえている。
何をしているのか気になるが確認している余裕はない。
『私が敵の足を止める。ファランクス単機でオートマティズムを撃破可能か』
「問題ない」
迷いのない即答だった。いつだってセレニアは、ゼクトに見えていないものが見えている。
『ここを任せて問題ないか。答えろ、A2!』
セレニアの回答を聞きながらも、ヒルダは再び問うてくる。
A2――ACE2。状況を打開する、部隊の切り札。ファランクスに与えられたコールサイン。
パイロットは、自分だ。
「どうにかします!」
『任せる』
何という思い切りの良さか。
ゼクトの回答を聞くとヒルダはあっさりとこの場を二人に任せ、先程の狙撃手が居るらしい敵陣へと向かってゆく。
「(あぁ、やってやるよ!)」
自分ではない何者かの記憶を探る。何度試みても不思議な感覚だった。
ゼクトの知る筈のない知識、経験だというのに、いざそれを思い出そうとすればソレは確かにゼクトの頭の中に存在する。
帝国内にあって唯一、第三世代ギア単機で第四世代ギアを撃墜せしめた英雄――黒騎士卿。
彼は常に自分よりも機動力の優れた相手と戦い続けてきた。
「おぉぉぉっ!」
迫るオートマティズムをライフルで迎え撃つのでなく、機体を加速させての体当たりを敢行する。
重量級のファランクスと軽量化を極めたオートマティズムの正面衝突は大型トラックと軽自動車のぶつかり合いに等しい。
正面衝突を避けようとするオートマティズムの動きを読んでサイドブースターで軌道を変更。強引にぶつけに掛かる。
しかしこれを予知したのかオートマティズムもまた寸前で軌道を変えてくる。
オートマティズムは擦れ違いざまにナイフを繰り出そうとするが、ゼクトもまたそれに合わせて強引に機体を反転。方向転換を試みながらのスピン。
グラリと機体が傾きあわや転倒しそうになるが、『経験上』機体はどうにか持ち堪えられる筈。
これはもう祈る他ない。ここで転倒しようものなら即死である。
「ん、くっ、げほっ……」
せり上がってきた胃液を押し戻し前を見据える。
狙い通り機体は安定する。機体の回転に合わせて動きの鈍くなった左腕をどうにか操ってライフルを突き出す。振り回されるソレは鈍器に等しい。
脅威を感じたオートマティズムは距離を取る。ゼクトもまた機体の回転を止めバックステップ。
この場は凌いだが、無茶な挙動で脚部に負荷がかかっている。もう一度同じことをすれば今度こそ転倒しかねない。
「(どうにかする)」
端から視えている世界の異なるオートマティズムを相手にゼクトが取れる戦術はただ一つ。
時間を稼ぐ。やれるとセレニアが言ったのなら、その時が来るまで耐え凌ぐ。
「根性論上等だってんだ!」
気炎を吐き、ゼクトはオートマティズムを迎え撃つのだった。
「(強い……)」
前衛のトルーパーを迎撃する敵部隊。その最前線で獅子奮迅の如き働きをするフランベルジュにイリスは顔を顰める。
これまで戦闘では、フランベルジュはレールガンによる火砲支援に徹することが多かった。
恐らくこちらの第四世代ギアが前衛に出ていないことを警戒しての行動だったのだろう。
しかし今モニターに映るフランベルジュは、これまでと全く異なる戦い方をしていた。
ライフルによる射撃を牽制として使い、距離を詰めてエネルギーブレードで敵機の一撃撃破を狙う。
その姿は噂に聞く倭国のサムライを彷彿とさせられる。
そこまで我武者羅な動きをすれば当然相応に被弾することになるのだが、要所要所でエネルギーシールドを展開して被害を軽減してくる。
自動起動ならとっくにオーバーヒートしているだろうに、それが起こらないということはマニュアルで制御しているということか。
致命傷を避け、牽制攻撃をエネルギーシールドでいなし、フランベルジュが前進しようとするトルーパーを両断してゆく。
そうしてトルーパー達が動きを鈍らせている間に、態勢を整えたナイトG3が砲撃を行ってくる。
無論イリスとてされるがままではない。攻撃のタイミングを狙って大口径ライフルによる狙撃を行おうと試みるのだが、フランベルジュは足を止めることがない。
すれ違いざまにエネルギーブレードを振り抜いて、機体の速度を落とすことなくそのまま次の標的へと向かってゆく。
トルーパーではフランベルジュの速度に対応ができず、撃墜を免れた機体もまた後詰めのナイトG3による射撃攻撃でとどめを刺される。
インモラルがラヴァータを用いてフランベルジュに攻撃を試みるが、ナイトG3がそれを撃ち落とさんと執拗に射撃を繰り返してくる。
PSI能力者の数がそれほど多くないこと、一度に複数のラヴァータを操ることが困難であるということが気付かれている。
対策はある。部隊の前進を中止して密集陣形を組んで迎え撃つ。帝国の得意戦術の一つだ。
しかしそうなれば当然足が止まる。孤立したシェリーに合流するのが難しくなる。そして相手もまた、間違いなくそれを狙って攻撃を仕掛けてきている。
「(私にもっと、力があれば……)」
歯噛みする。
この状況を打破する最適解は、敵主力に拮抗可能な戦力をぶつけること。本来シェリーのオートマティズムが担う筈の役割だった。
イリスの持つPSI能力は透視と千里眼。偵察や狙撃に向いた能力だが、単機での戦闘力はシェリーに比べて数段劣る。
未来視の能力を持つシェリーと極限まで軽量化の施されたオートマティズムの相性が良すぎる、とも言える。
個人戦で彼女と拮抗出来るのは、ラボのメンバーの中でもリーダーのクロースくらいなものだろう。
だからこそ、ここで彼女を失う訳にはいかない。
「シェリー、聞こえる。撤退するわ。クロースからの命令よ」
『クロースからの命令』。制御を失ったシェリーに指示を出す際の切り札だ。実験中に理性を失った際も、この言葉で宥めてきた。
依然孤立した状況ではあるが、オートマティズムの機動力があれば合流は可能。
一度撤退し、仕切り直す。
その決断がもう少しだけ早ければ、恐らくイリスの想定通りに事は進んでいたことだろう……。
『バラバラバラバラバラバラっ! あははっ!』
声が聞こえたかと思えばオートマティズムは既にそこには居ない。考えをまとめる時間が欲しかった。
それでもゼクトは自らの物ではないの経験を頼りにオートマティズムの攻撃を受けてゆく。
傷んだ左腕をナイフに捧げて攻撃をいなし右腕のパイルバンカーを放つ。
モーショントレースシステムを用いて上半身の動きだけで急所を避け、右手で相手の腕を掴んでチェーンデスマッチに持ち込む。
自陣に向かう素振りを見せて相手の攻撃を誘いつつキャノン砲を発射し、同時に間合いを詰めてこちらから接近戦を挑む。
円を描くような動きで徐々に距離を詰め背後を取ろうと試みてくるようなら追従することを放棄して、セレニアの警告を頼りに敵機の進行方向に機体をぶつけようとしてやった。
その全てが予知され避けられるが攻撃の手は休めない。相手の繰り出すあらゆる攻撃に合わせ、カウンターを放ってゆく。
こちらがまだ致命傷を受けていないのは相手が寸前で回避行動を取っている為だ。先手を許せば速度で押し切られる。
とはいえそれにも限界はあった。パイロットであるゼクトが神経を擦り減らしミスを起こすか、或いは無茶な挙動の連続で機体が先に音を上げるか。
そんな限界状況での攻防が幾度も続いた後。
「次の攻撃。相手に隙が出来るからそこを狙って」
セレニアの言葉にゼクトは無言で頷く。声を発しているだけの余裕がなかった。
オートマティズムがファランクスへと迫る。直前にステップを入れて、腕が動かなくなっている左側を位置取る。対応したゼクトが相手に向かって機体を加速させショルダータックルを狙う。
これを予知したオートマティズムは半歩左へステップを踏んでこれを避け……。
次の瞬間。衝撃と共に爆音がコックピットに響き渡る。
ファランクスの左肩に搭載されていた残り少ないミサイルが爆発を起こしたのだ。
自爆したミサイルはそれを装備していたファランクスと、至近距離に居たオートマティズムを巻き込み双方を吹き飛ばす。
『ぐ、あぁっ、いまの、なに……あんなの視てない』
「づ、あぁぁぁぁぁあっ!」
常に未来を先読みしていたオートマティズムはこれに対応することが出来ず転倒し、何が起ころうと自分が出来ることをするだけと決めていたゼクトは辛うじて踏みとどまり。
相手が立ち上がるよりも早く、その胸部にパイルバンカーを叩き付けた。
「貴方が何をするかだけは視えない。だからお友達になりましょう。貴方はそう言ってくれた」
抑揚の乏しいセレニアの声に、悲しみや迷いの感情は見られなくて。
「さようなら、シェリー」
そのことが、ゼクトにはとても悲しく感じられた。




