第58話 インモラル
PSIインモラルはEM03トルーパーをベースとする第三世代ギアである。
ベースとする、などと言うと何かしらの改造が施されているように思われるが、その違いはラヴァータ搭載の有無のみだ。
トルーパーが装備しているミサイルや盾に代わりラヴァータを搭載したのがインモラルで、それ以外は外見上の見た目も含めて何の差異もない。
無論、識別コード上では異なる種類の機体として認識されているが。
これは意図しての措置である。
PSI能力で操るラヴァータはあらゆるジャミングを受け付けず、センサーも有していない為に無力化することが困難ではあるが、射程が短いという欠点がある。
操作可能なのは凡そ1キロ程度で、制御する機体から目視でラヴァータを制御しなければならない。
ラヴァータを制御している機体を特定されれば、敵は当然それを狙ってくる。
この対策として、帝国はあえてインモラルとトルーパーの区別が付かないようにした。
木を隠すのは森の中、ということである。
今のところこの思惑は成功しているといって良い。同盟軍側はラヴァータの対策を取ることが出来ず、その被害を拡大させている。
このまま攻撃を続ければ同盟軍を疲弊させ、いずれはノイデンを攻め落とすことが出来るだろう。
しかし。
「(セレニアは一体何を考えているのかしら)」
通算四度目になるノイデンの主要都市、バーラム攻撃作戦の指揮を任されているPSI能力者、イリスはボーディガーから脱走した同胞を想った。
PSI研究機関――ラボのメンバー達の中でもとりわけ口数が少なく、何を考えているのか分からない少女だった。
メンバーの中で最も優れた能力を有していた彼女が何故基地で監禁されていたのか、何故今になって基地を脱走するような真似をしたのか。
イリスにはまるで分らない。
しかし気がかりはあった。彼女は同盟軍に保護された。もしも彼女がPSI能力に関する情報を敵に漏らしたとしたら……。
『IM01、IM05撃墜』
「撃墜した敵機は」
『フランベルジュ、それと……ファランクスです』
「(そう、情報漏洩どころか正面から敵対するのね。だったら容赦はしない)」
この時点でイリスはセレニアを最優先の攻撃対象と認識した。生かしておけば他のメンバー達にとっても脅威となるだろう。
「各機、ファランクスに攻撃を集中。私も」
『アッ、ハハハハハッ、そう、そこに居たのね、セレニアっ!』
「っ! シェリー、攻撃は許可していないっ!」
イリスの言葉を遮るように、通信機と機体の外側の双方から声が聞こえた。
通信機と外部スピーカーを同時に使用しているのだ。
PSI能力者は一般人と比べて得られる情報量が多い為か、精神に異常をきたしやすい。
イリスと共に後方での待機を命じていたPSI能力者、シェリーはその筆頭といえる人物だった。
イリスなど問題にならない程高いPSI能力を有しているが、シェリーの人格は破綻している。
それでもこれまでは最低限の意思の疎通はできていたのだが、ここに来て遂に暴走した。
「(これも貴方が原因なの、セレニア……)」
想定外の事態が続く状況に不安を覚えながら、イリスは友軍に対し矢継ぎ早に指示を出してゆくのだった。
同盟軍所属としてのゼクト達の初陣は、彼らが保護されてから三日後のことだった。
拠点とするバーラム基地に対し侵攻する帝国軍を迎撃するため、同盟軍は部隊を展開。ランスロットも出撃することとなった。
「十時から二時の方向。分散してる」
『細かい位置の特定は可能か』
「距離を詰めれば多分」
セレニア曰く、ラヴァータを操作する親機はトルーパーに紛れており外見から見分けるのは困難とのことだった。
しかし彼女ならば、その思念を読み取って親機を特定可能だという。
今回の防衛戦で親機を可能な限り叩く。それが同盟軍側の反撃への第一歩だった。
『十時方向に降下する。付いて来い』
「了解」
フランベルジュの指示を受け、ランスロットから降下目標地点とその後の進路が表示された。
親機を撃墜しながら、十時方向から二時方向へ移動してルートになる。
作戦の要はセレニア――つまりはゼクトの操るEMファランクス。中々に責任重大ではあったが、出来ることをする以外にないと腹をくくる。
『ファランクス、カタパルトへ。座標計算完了。出撃準備良し』
「お願いします」
ハッチ解放、ファランクス射出。ゼクトは加速のGに耐えながら、存在しない記憶に従って機体を姿勢制御。目標地点に向けて滑空してゆく。
先陣を切るのはフランベルジュ。第四世代である彼女の機体が盾を務める。
迎撃の為に放たれるミサイルを撃ち落としながら高度を徐々に落とし、目標座標に接近。
『A1より各機へ。ポイントAの各小隊、煙幕弾発射』
ヒルダからの指示と共に方々で煙幕が上がる。フランベルジュはその中の一ヵ所に降下し、ゼクトもそれに倣う。
視界が悪い為フランベルジュにぶつかってしまわないか不安だったが、ある程度の距離を取って降下したこともあり着地に成功。
「降下成功」
「目標は……十一時の方向。一番後ろの機体」
『良しっ!』
バジッと、フランベルジュから電光が生じる。事前に聞かされていた武装、レールガンだろう。
連射式ではない為再使用に十秒ほどの時間がかかるそうだが、その威力はキャノン砲のそれに匹敵する。
攻撃を受けた目標機が体勢を崩すのを見てゼクトもキャノン砲を発射。直撃を受けた敵機が黒煙を上げる。
「反応途絶。次、二時方向」
『D1より各機へ。ラヴァータの機能停止を確認。効果有り。効果有り!』
『A1より各機へ。作戦を継続。各機、A2をフォローしつつ後衛を優先して狙え』
興奮した様子の友軍からの報告に、ヒルダが次の指示を出す。
「こちらA2。二時方向に向かう」
『A1了解。援護する』
「三時方向から砲撃」
「っ!」
セレニアの警告に従ってサイドブースターを使用。瞬間的、かつ強力なGに吐きそうになるが対Gスーツを着用していることもあって以前程ではない。
攻撃してきた敵部隊には構うことなく二時の方向へ。
フランベルジュはライフルで敵を牽制しつつ、チャージが終わる度にレールガンを進路上の敵に向けて放つ。
ゼクトもまたキャノン砲とライフル、ミサイルで敵を迎え撃つ。
砲弾が飛び交い、各所で爆発が起き、進路上の友軍機がゼクト達が向かう道を開けるべく果敢に攻撃を行う。
攻撃するということはその分反撃を受けるということだ。撃墜される機体も一機や二機ではない。ギアや戦車が撃墜された際の生存率はどの程度だったか。
「砲撃。そのまま加速して」
「あぁぁっ!」
「(考えるな。俺は俺の仕事をするだけだっ)」
至近距離で爆発。大きな衝撃が伝わってくるが、致命的なものではないと判断。
致命的なものであればセレニアが警告を上げている筈だ。
未来視。セレニアは数秒先の未来を見ることが出来る。彼女はファランクスに命中する未来の見える攻撃の中から、致命的なものだけを判別して警告を発している。
セレニアと二人でシミュレータに挑んだところ、物の数回で最高難度をクリアしてしまった。
対G訓練さえ積めば第四世代のパイロットに匹敵する戦果を挙げられるだろうとヒルダに賞賛されたのはセレニアのナビあってこそだ。
「目標十二時。盾を持った機体の後ろ」
『崩す。そちらで仕留めろ』
大きく左に跳ねたフランベルジュが斜め前方のトルーパーに向けてレールガンを放つ。
盾に守られてない右側を攻撃されたトルーパーが体勢を崩し、背後の機体が姿を見せる。
「らぁっ!」
ミサイル、ライフル、キャノン砲。つまりは持てる限りの火力を目標に集中。
「反応途絶。次、三時方向」
『A1よりA2。突出しすぎた。一度下がるぞ』
部隊の後方に居る親機を狙うということは最前線に飛び出すということだ。
最短距離を移動し続ければ必然、その分多くの危険に晒される。
フランベルジュの指示に従って後退しつつリロード。
その間に周囲の友軍が集まって進路を開いてくれる。
『A2、損傷を報告しろ』
「あ……えっと、軽微。まだ行けます」
『判断が遅い。反射で答えろ。次、目標は』
「二時方向」
『了解。A1より各機へ。目標ポイント更新。周辺部隊は支援に回れ』
先程と同じ要領でラヴァータの親機を狙おうとしたところで、ランスロットからの連絡が入る。
『F1より各機へ。A小隊に高速で接近する敵機有り。ギアの速度ではない。注意されたし』
『こちらG1。迎撃すっ……き、消えたっ! あぁぁっ!』
『G小隊ロスト。敵機は第四世代。繰り返す、A小隊に接近する敵は第四世代』
『A1より各機へ。作戦変更。目標はA小隊で対応する。他の敵を近づかせるな』
発生したイレギュラーに対しヒルダの反応は早かった。他部隊へ指示を出しつつフランベルジュは前進、ゼクトも後に続く。
向かった先に見えたのは軽量小型、骨と皮しかないような印象を受ける黒い機体。
トルーパーが頑強なボディをしているせいでその機体の華奢さが際立つ。中型のフランベルジュと比べても二回りは小柄だ。
そんな機体が空中を飛行している様子は異様で、翼を畳んだ蝙蝠のような印象を受けた。
しかし、ヒルダはそのような光景に怖気づくような女ではなかった。
『攻撃開始』
これまで同様、迷いのない声で攻撃を指示しライフルを発砲。ゼクトもそれに続いて武装を展開。
「なっ!」
しかしトリガーを引こうとしたところで、突如視界から消えた敵機にゼクトは驚愕の声を上げる。
「下がって」
反射的にセレニアの指示に従いバックブースターを点火。後方に向けて移動。
視界を上空から地上に戻したところで、目の前に蝙蝠ギアが迫ってくるのに気付いた。
「こいつっ」
上空から一気に急降下。地面に衝突すれすれの低空飛行でこちらに向かって突っ込んできたのだと理解する。
敵機の振り抜いたエネルギーナイフがファランクスの装甲を掠める。
『見つけた。見つけた見つけた見つけた、セレニアっ!』
再び宙へと上がり、機体をファランクスへと向けた蝙蝠が声を発する。
まだ少女であろう蝙蝠のギアのパイロットが発した言葉からは、狂気と歓喜と憎悪と侮蔑と悲哀と……。
様々な感情が入り混じっているかのように感じられた。
「……シェリー」
普段感情を表に出すことのないセレニアが、酷く悲し気にその少女の名前を呼んだ。




