第57話 戦いの備え
「この度のボーディガーへの攻撃で得られた成果は以上になる」
ランスロットのブリッジで一通りの報告を終え、ヒルダはナーシャの淹れた紅茶で喉を潤した。
すっきりとした柑橘系の香りと仄かな甘みでふわりと広がり、とても飲みやすい。自分が淹れたものとは雲泥の差だ。
『やはり正面からの撃ち合いでは不利ですね。基本は地形を利用しての防衛に徹するのが得策かと』
『しかし損害に見合うだけの成果はあった』
通信機から聞こえてくる男女の声。
女性の方はシャーリー。第四世代ギア、ウィズダムのパイロット。
男性の方はクルト。こちらも第四世代ギア、シュヴァルツシルトのパイロット。
いずれも非常に高い評価を得ているローレスの傭兵で、同盟軍の主力となっている傭兵達の代表といえる存在だ。
『しかし超能力ですか。正直信じられませんが』
「少なくとも筋は通っている。彼女が何か特殊な力を有しているのも間違いではないと思う」
ボーディガー基地に攻撃を仕掛けた最大の目的は、帝国が使用しているunknown――セレニア曰くラヴァータの鹵獲にあった。
作戦は成功。三機のラヴァータを無傷のまま鹵獲出来たのだが、結局この兵器の制御方法等は同盟軍側では解析できなかった。
それだけであれば侵攻作戦の成果なしとなるところだったが、ヒルダが保護した二人の脱走者から得られた情報には多大な価値があった。
『私も一度会って話をしてみたいのですが』
「あまり向こうに情報を与えたくない。この件はこちらに預けて欲しい」
ペテン師の正体を暴いてやろう、とでも考えたのか。
現実主義者のシャーリーからすれば超能力などという得体のしれないものは到底受け入れられないのだろう。
そんな彼女の提案をヒルダは却下する。
実際にセレニアと対話したヒルダには分かる。あの少女は間違いなく本物だと。
セレニアの目的がはっきりしない以上、彼女を同盟軍の者達に接触させるのはあまりにも危険すぎる。
『それより俺は一緒に逃げてきたっていう小僧の方に興味があるんだが』
「本人曰く地元のチンピラらしいぞ」
クルトがどんな反応をするかは予想できたが、あえて聞いた通りの情報を口にする。
『いいね、ますます気に入った! そいつはつまり、ただのチンピラが惚れた女の為に命張ったってことだろ?』
「まぁ、そういうことになるんだろうな」
遺憾ではあるが、ゼクトの話を総合すると彼がセレニアを連れて脱走したのはクルトの想像通りということになるだろう。
男の夢だの浪漫だのといった良く分からないことを度々口にするクルトのことが、ヒルダはあまり得意ではなかった。
理屈で計れないような判断を下すことがあるし、何よりアリシアを誑かしていった傭兵に雰囲気が似ている。
『一度俺にも会わせろよ。何ならまとめてこっちで面倒見てやってもいい』
『さっきのヒルダの話を聞いていなかったんですか? それにただでさえ手狭なのですから。これ以上人や物を増やされては堪りません』
『そう言うなよシャーリー。お前も興味あるだろ』
『それは、まぁ』
「とにかくっ」
気付けば内輪での会話が展開されていて、ヒルダは慌ててそれを遮る。
クルトはフォートレスを所有しておらず、シャーリーのフォートレス――エアー2に居候の身だ。
正反対の二人に見えるのだが案外と相性は悪くないらしい。
「二人の身柄はこちらで預かる。精々戦力として使わせて貰うさ」
『りょーかい。立場が面倒になったら何時でもこっちで預かるから心配すんなよ』
『許可した覚えはないのですが……まぁ、はい。その時は力になります』
「何かあった時は頼らせて貰う。それから、くれぐれもこの件は他の者には口外しないように。どれだけの火種になるか分からん」
きな臭いことこの上ない者達だが、彼女らの存在と情報にはそれだけの価値はある。
冒険をしなければ何も成し得ない。上手く使えばこの状況を好転させられるかもしれない。
とはいえ、厄ネタであることに変わりはない。まずは今と同じ説明を、上司であるクラウディアにもしなければ。
溜息を押し殺しながら通信を切って、ヒルダは紅茶のカップを傾けるのだった。
事情聴取の後、ゼクトとセレニアはランスロットの艦内にそれぞれ部屋を宛がわれ、当面はそこで生活するよう指示を受けた。
生活必需品は勿論、嗜好品なども申請すれば用意するとは言われたが、指定されたエリア外への立ち入りは許可されなかった。
脱走兵の処遇としては破格のものだとゼクトは思った。
衣食住の保証がされて一先ずの安全が確保され、ゼクトは生まれて初めて勉強というものに挑戦してみた。
「えーと、a、d、c、b……」
「違う。a、b、c、d。ちょっと紛らわしいけど」
「何でこんな分かりづらいんだ。大文字と小文字、どっちかにしとけよ」
「そういうものだから仕方ない」
教育というものを受けた経験のないゼクトにとって、勉強はまず読み書きを覚えることから始まった。
共通語で使われている26文字のアルファベット、大文字小文字で合わせて52文字。
物を覚えることが苦手なゼクトにとっては難敵だった。
そんな話をセレニアにしたところ、彼女が教えてくれるということになり、それからはセレニアの部屋に居座っている。
「長居したら迷惑じゃないか」と尋ねたが「そんなことはない」と言われたので、その言葉に甘えている。
「そういえば……」
苦手ではあるものの、セレニアに勉強を教えて貰えるのはゼクトにとって嬉しいことで望む所ではあるのだが。
「サイコメトリーだっけ。アレで読み取った人の記憶で使えば、読み書きも出来るようになるのか?」
「そんなに便利なものじゃないから、戦闘以外では使わない方が良い」
「まぁ、簡単なことじゃないって言ってたもんなぁ」
話のネタとして口にしては見た物の、ゼクト自身それをするつもりはなかった。
ファランクスのコックピットの中で味わった、見ず知らずの人間の知識や経験が頭に入り込んでくる感覚。
頭の中の一部が、自分以外の何かに塗り替えられるような感触。
あまり何度も味わいたいものではない。
「……ごめんなさい」
そんなことを考えていたら、不意にセレニアが呟いた。
ランスロットに回収される前、意識を失う直前に見せた、今にも泣きだしそうな顔。
「私の都合に、貴方を巻き込んだ。貴方がこんなところで戦う理由なんて、何もないのに」
「巻き込まれたなんて思ってねぇよ。俺が決めたことだ」
気にするなとゼクトは笑う。少し大げさに、わざとらしく。
「寧ろ感謝してんだ。セレニアに会えたから、ここでこうしていられるんだから」
何の取り柄もない、その日生きるだけで精一杯だった自分が。
女の子を助けて、ギアに乗って戦うなんて。
そんな経験、彼女に会わなければ一生出来やしなかっただろう。
「セレニアがここで何をしたいのかとか、知らないけどさ。それで良いよ」
彼女が何か、秘密を抱えてることなんて百も承知だ。
誰にも聞かせられない、重たい何かを背負っているんじゃないかと思う。
こんなにすまなそうに、申し訳なさそうにしながらも、それでも「貴方は戦わなくて良い」とか、「ここで降りて良い」とか、そういうことだけは決して口にしない。
きっと全部、必要なことだから。なら、その求めに応じようとゼクトは思う。
「……ありがとう」
「任せとけよっ!」
セレニアにあまり沈んだ顔をして欲しくないので、ゼクトはやっぱり少しだけ意識して、大袈裟に自分の胸を叩いて見せた。
勉強の合間に色々と話もした。セレニアは外の世界の話を聞きたがったので、ゼクトは自分の経験した中で血生臭くない部分を選んで話した。
セレニアはこれまでも部屋に隔離されていることが殆どで、その間は動物や植物の図鑑を読んだり、小説を読んだりすることが多かったらしい。
実は絵本を描くのが趣味らしいので、その本を基地から持ち出せなかったのは失敗だったとゼクトは思った。
目下のところ、彼女が書いた絵本を読めるようになるのがゼクトの密かな目標だった。
そうして彼らがヒルダに保護されて一日が経過した、次の日の朝。
朝食を取り終えて勉強を再開しようとした矢先、セレニアの部屋がノックされた。やって来たのはヒルダだった。
「こっちに居たのか」
「勉強見て貰ってるんですよ」
「教材を用意しておこう」
テーブルに広げられたノートと歪なアルファベットを一瞥し、ヒルダは応える。
「セレニアに話ですか?」
「いや、君に話がある」
正直意外だった。彼女らからすれば重要なのはセレニアの方で、自分など単なるオマケでしかないと思っていたから。
「……悪い、セレニア。ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい」
その場で話し始める様子がないので場所を変えたいのだろうと察して、ゼクトはセレニアに一声かけて立ち上がる。
部屋を出ると、ヒルダは一度大きく息を吐き出した。どうやら緊張していたらしい。
「セレニアには聞かせられない話ですか?」
「そうだな。この際正直に言うが、私はあまり彼女と関わりたくないと思っている。だから彼女に用がある時も、君を介することになると思う」
「別に構いませんよ」
話しながら歩き出したヒルダの後を追いながら承諾する。
セレニアと関わりたくないと言われるのは不本意ではあったが、仲介役を引き受けるのは問題ない。
ヒルダはそのまま暫くの間無言で歩いていたが、やがて再び口を開く。
「君は、彼女のことが怖いとは思わないのか?」
「どうして?」
「PSI能力だったか。彼女の持つ力は明らかに異質だ。心を読まれるだけでも相当な重圧だというのに、この上他の能力まで有しているという」
「銃を向けられるよりは怖くないんじゃないですかね」
「彼女がその気になれば、銃を使わなくても同じことが出来るかもしれない」
「銃を使おうが他の手段を取ろうが結果は変わらないし、そもそもセレニアはそんなことしないでしょ」
未知の手段であろうと銃が使われようと、殺されるという結果に変わりはない。
寧ろゼクトとしては、セレニアのことが気がかりだった。
彼女がテレパシーと呼んだ能力は制御できるものなのだろうか。もしも制御出来ないものだとしたら、ヒルダが今考えていることもセレニアには伝わってしまっていることになる。
これまでもそうした感情に晒され続けたとしたら、彼女は酷く傷ついているのではないだろうか。
そんな想いを口にすると、ヒルダは苦笑を浮かべた。
「君は優しいんだな」
「……どうなんでしょうね」
「私には無理だ。そんな風に考えることも、彼女を信じることも出来ない」
苦々しげに言うヒルダを酷い人とだとは、ゼクトは思わなかった。
立場の違いというものもある。ヒルダは恐らく部隊を指揮する立場にある人間で、同盟軍全体に関わるような機密情報も持っているだろう。
そういったものが筒抜けになってしまい敵に悪用されれば、そのまま同盟軍は全滅しかねない。
「ここに置いてくれて、セレニアの望むことをさせてくれるだけでも十分ありがたいですよ」
「彼女が君と共に居たのは、私達にとって幸運だったな」
そう言ってヒルダが目の前の扉を開ける。案内された場所は格納庫だった。
そこには駐機姿勢になったフランベルジュと、ゼクトが操縦していたファランクスが並んでいる。
「ガーランド」
「おう、連れてきたか」
ヒルダが呼びかけると、整備服を着た男がそれに応じる。190センチ近い長身と、赤茶けた髪が印象的だ。
「彼はガーランド。ランスロットの専属メカニックだ。君の機体のメンテナンスも担当することになる。装備に希望があれば申告するといい」
「大型の得物が必要なら早めに申告してくれよ。標準的なものはともかく、その辺は用意してないからな」
「あぁ、はい」
ゼクトとセレニアは今後ランスロットに搭乗し、ヒルダと共に作戦行動に参加することになっている。
これはその為の準備なのだとゼクトはようやく理解する。
理解して、自分の頭の中にある知識を元に、必要な装備を列挙する。
「キャノンにミサイル。その辺りは調達できそうだが、ガトリング砲はちょいと厳しいな。ま、基地の方に当たってみるか。動きも見たいから、テストには付き合えよ」
「それは勿論」
何しろ自分とセレニアの命をかける機体になるのだから協力は惜しむつもりはない。
「明日にはギア用のシミュレータも用意しておく。時間があれば模擬戦の相手にも付き合おう。あまり時間はないが、準備だけは万全にしておくことだ」
そんな言葉を聞いてようやくゼクトも合点がいった。
どうやらヒルダは、自分とセレニアのことを心配してくれているらしい。
「ヒルダさんも十分優しいじゃないですか」
「お、なんだ坊主。そこに気付くとは中々見る目があるな」
「……話は以上だ。私は会議がある」
ゼクトとガーランドの言葉に取り合うことなく、ヒルダはその場を後にするのだった。




