第56話 PSI能力者
ノイデンとの国境付近に存在する前線基地ボーディガーは、元々ゴーストタウンであった街を利用して作られている。
急ごしらえの前線基地とはいえ規模は大きく、維持には相応に人手も必要になる。中には正規の兵士に担当させるまでもない雑務や雑用も存在する。
そういった仕事をさせるため、帝国は現地の人間を雇い入れた。そのような経緯で雇われた民間人の一人がゼクトだった。
基地内のゴミ捨てや清掃、重要度の低い書類の運搬やコピー取り、そうした雑用が彼らに与えられた仕事だったが、ゼクトには他の者と異なりもう一つ仕事があった。
朝と夕、一日二回前線基地に軟禁されている少女に食事を届けること。それがゼクトに課せられた何よりも優先するべき仕事だった。
軟禁というのはゼクトの想像だったが、それ以外に彼女の置かれた状況を表す言葉はないように思えた。
少女が隔離されているビルは元々ホテルとして使用されていた場所で、ライフラインを復活させれば室内で全ての用を済ますことが出来る。そんなビルの一室に彼女は閉じ込められていた。
部屋の外には銃を持った見張りの兵士が二人常駐しており、用もなく近づけば警告なしで発砲される旨の警告がされていた。
その少女と必要以上に関わり合いになるべきではないということはすぐに察することが出来た。
そうした勘を働かせることはゼクトにとって、生きる為の必須技能だった。
空気を読めない者、知る必要のないことを知った者。そういう人間の辿る末路をゼクトは良く知っていた。
それを知りながら、それでも彼女に関わろうと思った理由はゼクト本人にも上手く説明できない。多分、理屈ではないのだろう。
「俺はゼクト。えっと、君の名前は?」
「セレニア」
幸い話をする隙はそれなりにあった。
兵士達はどういうわけだか部屋の中には決して入ろうとせずにずっと部屋の外に居たので、彼女が食事をしている間はゼクトは部屋でセレニアと二人きりになることが出来た。
「何でこんなところに居るの?」
「やらないといけないことがあるから」
「やらないといけないことって?」
「……言えない」
「そっか、まぁいいや。俺に何か手伝えることがあったら言ってくれ」
「どうして?」
「や、改めて言われると返答に困るけど……まぁ、俺がそうしたいからかなぁ」
食事を持って行って、彼女が食事を終えるまでは部屋に居て、空になった食器を持って部屋を出る。
それが毎回の流れだった。
「一日こんなところに居て飽きたりとかしない?」
「空を見てるから。あと、絵を描いてる」
「マジで? 見て良い?」
セレニアはあまり口数は多くなく、表情もあまり変わらない物静かな少女だった。そして空が好きで、絵を描くのが趣味らしかった。
手渡されたノートには白黒の家具や風景が幾つも描かれていた。およそ芸術とは無縁な生活をしていたゼクトだったが、そこに描かれているものは綺麗だと素直に思った。
「そういえば、この間見せて貰ったセレニアの絵。色とか付けないの?」
「道具がないから」
「俺が外から持ってくる……は、まぁ、無理だなぁ。ごめん」
「ううん、ありがとう」
そんなことがバレれば命がないだろう。
以前に何か手伝えることがあれば、などと口にしたが結局自分は使い走りでしかなく、出来ることなど何もないのだと自覚させられた。
そういう無力感に苛まれるのは今に始まったことではなかったが、やはり胸が痛かった。
そんな他愛ないやり取りが一週間ほど続いたある日。初めてセレニアの方から声をかけて来た。
「ゼクト」
「えっ、なに?」
「ここから逃げたいから、手を貸して欲しい」
ある意味でとても彼女らしい。端的で唐突で、そして驚くべき言葉。
そんなことをすればそれこそ命がない。
けれど、断るという選択肢は不思議とゼクトにはなかった。
「……今から?」
仮にその通りだと言われればそれはそれで付き合っただろうが、セレニアは首を横に振った。
「ううん、明日の十四時」
「考えはあるのか?」
「詳しくは言えないけど、その時間なら上手くいく筈。ここに来てくれれば、それでいいから」
事前打ち合わせなし。現地集合。身一つ。後は流れで。
上手くいくとは到底思えない話だった。
「分かった。何とかして迎えに行く」
「うん。何があっても絶対、明日の十四時。約束」
「っ、ああ。約束だ」
初めて彼女から声をかけられた時にはとても驚いた。彼女から初めて頼られて、とても嬉しかった。
ここから逃げるということがどれだけ困難なことなのか想像も付かなかったが、その頼みを聞かないという選択肢はゼクトの中に存在しなかった。
その次の日。指定された時間になる直前に同盟軍がボーディガー基地を攻撃してきたが、ゼクトは迷わず彼女の元へと向かった。
何があっても絶対、明日の十四時。そういう約束だったからだ。
戦闘の混乱に乗じて二人で部屋から逃げ出して、セレニアの先導に従って辿り着いた先にあったのが第三世代ギア、ファランクスだった。
勿論、操縦の方法などゼクトが知る筈もなかった。
「セレニアは動かせる……訳ないよな。こんなデカブツ」
「動かすことは出来ないけど、ゼクトに動かし方を教えることはできる」
「は? いや、ちょっと教えてもらっただけで簡単に動かせるようなものじゃ……」
「サイコメトリー。このギアの元のパイロットの思念を読み取って貴方に伝えることなら出来る。……貴方が、望むなら」
どうやら彼女は不思議な力を持っていて、その力を使えばゼクトにもギアを動かせるようになるらしい。
彼女との会話でゼクトに理解できたのはそのくらいのことだけだった。
後はまぁ、彼女が珍しく躊躇しているらしいということは伝わってきた。彼女はどうやらゼクトを案じている様子だった。
だったらその背中を押すのは自分の役目だとゼクトは思った。
「なんていうか、良く分からないけど分かった。やってくれ」
「そんな簡単なことじゃない。他人の思考を流し込むということは……」
「構わないからやってくれ。時間もないし、他に方法も思いつかない。ギアならこの戦場を突っ切れるかもしれない」
「……だけど」
「俺にやれることがあるならやらせてくれ。何もしないで後悔するのは、もう嫌なんだ」
関わるべき存在ではないと理解しながら彼女の名前を聞いた時から、ゼクトは心に決めていたのだ。
彼女の為に出来ることがあるのなら、迷うことなくそれをすると。
その感情がどういったものであるのかは、ゼクト自身にも分からなかった。
「っ、ここ、は……」
意識が覚醒しゼクトは呟きを漏らす。
身体の節々が痛く、軽く頭痛がするが、今の自分の状況を思い出して身体に活を入れた。
ゆっくりと身を起こし辺りを見渡す。
下ろしたてのシーツに、良い匂いのする柔らかな毛布。硬くないベッドと清潔な部屋。
いずれも少し前までのゼクトには無縁な空間で、快適なのは間違いないが何処か居心地が悪い。
「(何処だ、ここ……。セレニアは?)」
「目が覚めましたね」
「っ!」
聞き覚えのない女性の声。
ゼクトは咄嗟にボーディガー基地で拝借した拳銃を取り出そうとするが、そこで初めて自分の服装がファランクスに搭乗した時とは異なっていることに気付き狼狽える。
「貴方の服は今洗濯をしています。着替えと、貴重品はこちらに」
言われて彼女が示した方を見れば、基地に居た時に使っていたポーチと年季の入った腕時計、それから用意されたであろう着替えがサイドテーブルに置かれている。
拳銃は、回収されたか。
とはいえひとまず敵意はなさそうだと思いながら、ゼクトは改めて目の前の女性に目を向ける。
年は二十台半ばといったところだろうか。落ち着いた雰囲気の、大人の女性といった印象だ。
「その……セレニアは?」
「お連れの方も本艦に搭乗しています。身支度を済ませられたらご案内致します」
「本艦? そういえば、赤いギアの人が回収してくれるとかなんとか……」
「連合国のフォートレス、ランスロットです。申し遅れましたが、私はナーシャ。この艦のオペレーターを担当しています」
「あぁ、えっと、ゼクト……です」
「熱は……ないようですね。身体に異常はありませんか?」
医学の心得でもあるのか、ナーシャと名乗った女性は慣れた様子でゼクトの額に手を当てて熱を測り、軽い問診を済ませた。
それからゼクトは着替えを済ませて、彼女に連れられて別室へと向かう。
「連れて来ました、ヒルダ」
「ああ、入れ」
案内された部屋の中からは、ファランクスの機内で聞いた声が聞こえてくる。恐らくは赤いギアのパイロットが居るのだろう。
ナーシャが扉を開け、共に中へと入る。さほど広くないそこには赤い髪の女性と、ゼクトの探していた人物が居た。
「セレニアっ!」
「ゼクト。無事でよかった」
「そっちこそ怪我はないか?」
「大丈夫」
再会したセレニアは服装こそ検査服からカジュアルなものに変わっていたが、特に外傷はなさそうだった。
手荒な扱いを受けた様子はない。ひとまずは胸をなでおろす。
「感動の再会のところ申し訳ないが」
そんなゼクト達に向かって声を掛けてくるのは、セレニアと共に居た赤い髪の女性。
年はナーシャと同じくらいだろうが目つきが鋭く、意志の強さが伝わってくる。
「君を守るナイトは目を覚ましたんだ。我々の質問に答えてくれるかな」
「わかりました」
「あぁ、えっと、何。どういう状況?」
「良いから君もそこに座れ」
「……はい」
赤髪の女性に促されるままゼクトはセレニアの隣に腰を下ろした。
二人掛けのソファーにセレニアと二人で座り、テーブル越しに赤髪の女性と向かい合う形になる。
ナーシャは女性の隣に座り、携帯端末を取り出した。事情聴取、ということだろうか。
「私はヒルダ。この部隊の責任者だ。こちらはナーシャ」
「俺はゼクト。彼女はセレニアです」
「結構。で、君は何だ。ギアの扱いには長けているようだが、帝国軍のパイロットか?」
「や、えぇと……」
ゼクトは返答に困った。
隠し事をするつもりはないが、正直に話したとして信じて貰えるかはいささか疑問だったのでどう答えたものかと戸惑った。
「取り繕う必要はない」
気楽に応えて良い、という意味合いなのかもしれないが、目つきの鋭いヒルダに言われると『隠し事は為にならんぞ』と言われているようにしか思えなかった。
諦めて、ゼクトは正直に話すことにする。
「帝国軍に現地で雇われた、地元のケチなチンピラです」
「ほう……」
ゼクトの答えに対して、ヒルダは一言そう返しただけだった。
心なしか部屋の温度が下がったような錯覚を覚えた。心なしかヒルダの目つきがまた鋭くなっているように感じられる。
なまじ美人なだけに、睨まれると迫力が凄かった。
明らかに信じて貰えていない。ゼクトは慌ててやや早口で、知っていることを洗いざらい話した。
帝国に雇われたこと、セレニアに出会ったこと、二人で逃げ出して、逃げ出した先にあったギアに乗ったこと。
包み隠さずすべて打ち明けたのだが、ヒルダの視線は相変わらず鋭いままだ。
まぁそうなるだろうな、とゼクトは嘆息する。
「……話は分かったが、そのチンピラがどうしてギアを操縦することなど出来るんだ?」
一通りの話を聞いた後、ヒルダはすかさず尋ねてくる。
流石に的確に痛い所を突いてくるなと思ったが、しかしどうして操縦することが出来るかなどゼクトにも分からない。
そんなので信じて貰える訳ないよなぁと頭を抱えながら、隣に居るセレニアに視線を向ける。
「あぁ、えっと、サイコ……なんだっけ?」
「サイコメトリー。超能力の一種で、物体に込められた人の残留思念を読み取ることが出来る」
頷いて、セレニアはファランクスの中でゼクトにした説明を繰り返した。
「これを使って、ファランクスに残留していたパイロットの知識や経験をゼクトに与えた。彼がギアを操縦できるのはそれが理由」
「超能力とはまた……随分とオカルトじみているな」
「オカルトではなく技術。帝国ではジュノーや第四世代ギアの研究と同じくらいに超能力の研究が盛んで、既に実戦配備されている。PSI能力者と呼ばれる存在で、私もその一人」
セレニアの説明に、ヒルダは半ば呆れている様子だった。
無理もないことだ。実際にそれを体験したゼクト自身、今でも信じられないくらいだ。
そんなヒルダの考えを理解したのか、セレニアは付け加えた。
「貴方達が私たちから情報を得ようとしている兵器にも、その技術が使われている」
「なに?」
胡乱気な目でセレニアを眺めていたヒルダだったが、その言葉に対して反応が違った。
構うことなくセレニアは続ける。
「一見すればライフルと一体化したドローンのような形状だが、回避性能が高く迎撃は困難。チャフやフレアのようなミサイル迎撃用の装備は有効ではなく、ECMジャマーも効果はない。撃ち落した子機を幾つか鹵獲したものの解析は出来ていない。貴方達はこの兵器をunknownと呼称し……」
「もういいっ!」
「ヒルダ」
セレニアの言葉を遮ってヒルダは怒気の籠った声を上げた。そんな彼女窘めるようにナーシャが彼女の名を呼んだ。
落ち着きを取り戻す為か、ヒルダは一度大きく深呼吸した。
「今のは私の心を読んだのか」
「そう。思考を読むPSI能力、テレパシー。有用ではあるものの有効範囲が狭いため、戦闘で使用されることはあまりない」
「敵が使っている兵器に心当たりはあるのか」
「ラヴァータ。PSI能力者の思念で操作される攻撃用ドローン。それほど強い能力がなくても運用可能な、最も汎用的なPSI兵器」
「対処法は?」
「操作している機体を探して撃墜するのが効率的。対象の能力の強さにもよるけれど、ラヴァータの射程は凡そ一キロ程度。攻撃を行うには対象を視認している必要がある。また、一度に制御できる数は限られるので、迎撃も不可能ではない」
「……なるほど」
ヒルダが深く頷く。初めはゼクトに向けられていた視線は、今はセレニア一人に集中している。
ギアのパイロットということでゼクトの方が事情に精通していると思われていたが、実際の所そうでないことが露呈した為だろう。
「帝国全体で、PSI能力者とやらはどれくらい居る?」
「全容は不明。しかしそれほど多くはないと思われる」
「今君が把握しているPSI能力とPSI兵器についての情報、並びにその対処法を教えて貰いたい」
「それはできない」
「……何故だ?」
「その情報こそが私のこの場における存在価値であるから」
セレニアのその言葉で、ようやくゼクトは理解する。
彼女は今、ヒルダ達に対して取引を持ち掛けているのだ。
「クラナダへの亡命を望むのなら、私の権限でそれを許可することが出来る」
「私が望むのはこの地でこの戦いに関わり続けること。この艦への駐留を希望したい」
セレニアの言葉はゼクトにとって意外なものだった。
彼女の望みは帝国の手の届かない場所に逃げることだとばかり考えていた。けれど、そうではなかった。
「何故戦いに関わろうとする? 私怨か、それとも別の目的があるのか」
「答えられない。けれど貴方達と敵対する意思はない」
「分かった、なるべく意に沿う形になるよう関係者と交渉する。それで……君の方はどうする」
そう言って、ヒルダはゼクトに向けて視線を向けてきた。
降りるなら今の内だ、と言外に告げているようにも感じ取れた。
「俺もセレニアと一緒に居ます」
「そうか」
ゼクトの返答にヒルダは短く応じ、ひとまず話はここまでだと聴取の終了を宣言する。
終始口調は厳しかったものの彼女の対応には誠意が感じられ、相手を騙して利用するといった意図は最後まで感じ取れなかった。
彼女に保護されたのはもしかしたら最高の幸運だったのかもしれないと、ゼクトは改めて思うのだった。




