第55話 脱走者
『倭国は世界に対し真実を公開する義務がある。
月とジュノーに関して貴国が隠蔽している情報の開示、或いはスサノウの武装解除。
このいずれかが行われない場合、帝国は貴国に対し宣戦布告するものである』
帝国の初代永世大統領ロベルトが発したこの宣言は世界に対し大きな混乱を齎した。
倭国はジュノーに関し、他国が知り得ていない情報を有しているのではないか。これは有名な説で、ゴシップ雑誌やニュースでも良く取り上げられることがある。
言ってしまえばある種の陰謀説だ。
月から初めてジュノーを回収しその存在を世間に公表したのも、ジュノーエンジン開発し第四世代ギアを産み出したのも倭国であることがこの陰謀説の根拠として挙げられている。
とはいえその全ては憶測にすぎず、確かな証拠がある訳でもない。倭国側もこの噂に関してまともに取り合ってはいない。
そもそもの話、仮に倭国が何かしらの技術やノウハウを有していて、世界にそれを隠していたとしても、何の違法性もないのである。
ましてやそれを宣戦布告の理由にするなど、こじ付けにも程があるというものだ。
ロベルトがもう一つの条件として提示した、スサノウの武装解除。
二つの条件のいずれかを呑めば良いというのは一見譲歩しているように感じられるが、それが如何に受け入れがたいものであるか、倭国に詳しい者ならば容易に理解することができる。
スサノウとは倭国の神話に登場する戦神であり、古くから倭国の守護神として崇められていた。
そして八年ほど前に、倭国はこの戦神の名を冠する一機のギアの存在を公表した。
それが倭国の防人たる第四世代ギア、スサノウである。
このスサノウの武装を解除せよというのはつまり、倭国の誇りを地に堕とせという要求に等しい。
倭国はこの二つの要求に応じずロベルトに対し発言の意図を問い合わせたが、彼はそれに応じなかった。
その次の日、帝国は倭国に対する進攻を開始したのであった。
ロベルトによる倭国への宣戦布告の直後、帝国は倭国本土への攻撃の橋頭保を築くべく近隣の国家に対し協力の要請を行った。
協力とは帝国軍戦力の駐留許可と、物資の提供である。
多くの国家はこれを受け入れた。帝国の周辺国は十年前の『大戦』で帝国の支配にあった国であり、今なお帝国の影響を強く受けている。
軍が駐留することは歓迎できないながらも、提供する施設や物資には相場以上の料金が支払われる取り決めになっていた。
その気になれば自国を簡単に制圧出来るだけの戦力を持つ大国が素直に金を払うというのだから、多少思う所があったとしても素直に従うのが得策と言える。
これに唯一従わなかったのが、経済連盟加盟の中で最も帝国に近い位置に存在する国家、ノイデンである。
ノイデンは帝国の協力要請を拒否。宣戦布告時の言葉に対する説明と、倭国や主要国家を交えた話し合いを行うことを求めた。
これに対する帝国の返答が、ノイデンに対する武力行使であった。
迎え撃つのはローレスの傭兵達と、連合国が派遣した部隊からなる同盟軍。
「……厄介だな」
愛機である第四世代ギア、フランベルジュのコックピットの中。高高度を飛行するフォートレス――ランスロットが中継する映像を眺め。ヒルダは小さく呟いた。
航空戦力による制空権の奪い合いは概ね拮抗。地上に対する大規模な爆撃等は両軍難しい状態にある。
そうなれば勝負の決め手となるのは地上戦力だが、状況は些か不利といえた。
両軍の地上戦力の主力は第三世代ギアだが、帝国軍が採用しているEM03トルーパーは隊列を組んでの大規模な軍事行動に向いている。
盾を構えた前衛が歩を進めながら敵の砲撃を阻み、後方から曲射砲やミサイルによる攻撃を仕掛けてくる。
加えてミサイルに混じって飛来してくる、チャフやフレアを受け付けない遠隔攻撃。
それらに足止めされ、同盟軍側は持ち前の機動力を発揮できていない。
帝国軍への牽制として彼らが拠点とするボーディガー基地に対する進攻を行ったのだが、これ以上の成果は得られそうにない。
とはいえ最低限の目的は果たした。ヒルダが部隊の指揮官に対し撤退を指示しようとしたその寸前。
『ボーディガー基地より一機のギアが出撃。敵軍の動きに混乱が見られる』
「映せ」
ランスロットのオペレーター、ナーシャからの報告にヒルダは即座に反応する。
拡大表示されたボーディガー基地には一機の黒いギアの姿が見える。恐らくは帝国軍の第三世代ギア、ファランクス。
黒いギアはそのまま全速で移動を開始する。進行方向は、同盟軍と帝国軍がぶつかり合っている最前線。
「(陽動……にしては意図が不明瞭で敵側の被害が大きすぎる。脱走と判断するのが妥当か?)」
一瞬の躊躇の後決断を下し、ヒルダはナーシャに指示を出す。
「フランベルジュを出し、黒い奴の逃走を援護する。こちらの部隊は撤退の準備を進めつつ現状を維持。黒い奴に対しては向こうに撃たれるまで攻撃は控えるよう伝えろ」
『撤退の準備を進めつつ現状維持。黒い機体に対しては専守防衛。了解。フランベルジュ、カタパルトへ。……座標計算完了。出撃準備良し』
「出撃する」
ハッチ解放。ランスロットから中継されていた映像が途切れ、視界が開ける。
強いGと共に、格納庫に設置されたカタパルトからフランベルジュが射出される。
ブースターを吹かせ、射出と降下による加速を味方に付けてフランベルジュは高速で前線へと降下してゆく。
手にしている武装は二丁のライフル。スカイブルーとの戦闘で使用したレールガンは圧倒的な攻撃力を有するが、エネルギーシールドが使えなくなる都合上乱戦には向かない。
「(良い動きだ。反応が早く操縦に淀みがない。相当な熟練者……その割に残弾やエネルギーの管理は雑、妙なパイロットだ)」
後先など何も考えずに攻撃し、ブースターを使って我武者羅に突き進む黒いギア。
動きは良い癖に周囲への警戒が甘く、何度か危うい攻撃を受けそうになっている。にも関わらず致命的な攻撃だけは尽く回避、或いは迎撃している。
勘が良いのか、はたまた運が良いだけなのか。ともあれ追い付く前に撃墜されなかったのは僥倖だった。
「そこの黒いギア、援護する。死にたくなければ指示に従え」
オープンチャンネルで呼びかけつつ、黒いギアの退路を阻むトルーパーに向けて二丁のライフルで銃撃。降下。
三機の内の一機が反転、フランベルジュを迎撃してくる。
「(狙いを変えるつもりはないか。しかし……)」
右手のライフルを格納。その手で腰に下げたエネルギーブレードを掴み、抜刀。アックスを振り被ったトルーパーを横一文字に斬り付ける。
ハウンドやナイトG3であればこの一撃で致命傷だったかもしれないが、頑強さが売りのトルーパーは未だ戦意を失わない。胴を半ば切り裂かれながらも構うことなくアックスを振り下ろしてくる。
「(一機で足止めが出来ると思ったなら、私も安く見られたものだ)」
しかしヒルダとてその頑強さは承知の上。抜刀の直後に機体を加速させ、トルーパーの攻撃を空振りさせる。
向かう先にはフランベルジュから背を向けたままの二機のトルーパー。
置き去りにした一機から警告でも受けたのか二機のトルーパーが同時に機体を旋回させようとするが、その判断は最悪だった。
「(遅い)」
旋回が追い付かず、一機のトルーパーは半身のまま急所であるジェネレーターにエネルギーブレードを叩き込まれて撃墜。
もう一機のトルーパーには近づいていた黒いギアが胸部にパイルバンカーを叩き込む。
直撃。トルーパーは大きく装甲を凹ませてその場に崩れ落ちる。
「(あと一機)」
熱源反応を探知してフランベルジュはフレアを展開。先程仕留め損ねたトルーパーの放ったミサイルを迎撃しつつライフルによる射撃を破損した胴部に集中させ、止めを刺す。
「退路確保した。砲撃に警戒しながら付いて来い」
『……っ、了解』
黒いギアのパイロットがヒルダの言葉に応じる声が聞こえてくるが、些か精彩に欠ける。
負傷でもしているのかと考えたが、ここで足を止める方が危険と判断。
友軍に対して作戦の完了と撤退を指示し、ヒルダは黒いギアを連れて戦場から離脱するのだった。
「助かった、のか……」
赤いギアの先導に従ってゼクト達は戦場を離脱して、先程待機を命じられた。
最低限の説明し課されていない為良く分からないが、どうやら航空機がこちらの機体を収容してくれるらしい。
「うん、もう大丈夫。ゼクトが頑張ってくれたおかげ」
「あ、れ……セレニア?」
思った以上にセレニアの声が近くから聞こえて困惑してしまう。気付けばサブシートのシートベルトを外してセレニアがこちらに来ていたらしい。
「来なくていいよ。こっち、酷ぇ状態だし」
コンソールにはゼクトの吐瀉物が残っている。戦闘中は気にならなかったが、酷い匂いだ。
一分もかからないような短時間の戦闘であったにも関わらず全身汗だくで不快だった。
加えて頭痛が酷い。自分の記憶と誰だか分からない他人の記憶が混ざり合い脳が混乱している。頭がどうにかなりそうだった。
「ああ、くそっ……だっせぇ」
思わず毒づく。自身の足りなさに嫌気がさす。もっと上手くやれると、心の中で思っていたのだ。
囚われの女の子を助け出し、手を取り合って逃げ出して巨悪を相手に大立ち回り。
そんな理想の自分とは裏腹に現実の自分は力がなくて、自分一人の力ではセレニアと二人で逃げることすらできなかっただろう。
「そんなことない。ゼクトは私を助けてくれた。貴方が居なければ、私はここに来られなかった」
身体を固定していたシートベルトが外されて、操縦桿を握り締めていた手の上から滑らかな少女の手が添えられる。
閉じかけていた瞳を開けば、目の前にはセレニアの姿。その美しい金髪とブラウンの瞳に、何度目を奪われただろう。
現金なもので、その姿を見ただけで込み上げていた無力感や自己嫌悪の念は消え失せて、彼女を守ることは出来たのだという達成感と安堵感へと形を変える。
随分と無様ではあったが。赤いギアの助けがなければ逃げおおせることは出来なかっただろうが。
それでもゼクトは産まれて初めて、生きる以外の目的で自発的に行動を起こし、それを成し遂げたのだ。
「もう大丈夫だから、今はゆっくり休んで。……それから、ごめんなさい」
そう言った彼女の顔はとても悲し気で、申し訳なさそうで。
いつか彼女の笑った顔が見たいと思いながら、ゼクトは意識を手放すのだった。




