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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
少年と少女
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第54話 戦場の少年


 十歳の時、裏通りを歩いている少女を見かけた。同い年くらいの少女で綺麗な身なりをしていた。

 迷子だろうかとゼクトは思い、声をかけようかと躊躇って、結局声はかけなかった。


 立場が違いすぎると子供ながらに思ったのだ。

 親もなく、マフィアの手先として日銭を稼いで日々を過ごすような、そんな生き方しか出来ない自分が関わってはいけない人種なのだと感じたのだ。


 ―――次の日ゼクトは、死体となったその少女を見つけた。

 彼に与えられた仕事である、みかじめ料の調達の帰り。ゴミ捨て場にボログズのような姿で打ち捨てられていた。

 衣類は剥ぎ取られていたが幸い穢された形跡はなかった。背後から首の骨を折られて即死。


 金品目当ての浮浪者にでも襲われたのか。これだけ美しい少女が穢されなかったのは、下手人が女性だったからかもしれない。

 何にせよ、この街ではまぁマシな死に方だと思った。

 あの時声をかけていれば、別の未来もあったのだろうかとも思った。

 そういう星の下に生まれたからなのだろうか、ゼクトはそういう経験をすることが多かった。


 十一歳の時唯一といって良い友達を失った。自分と同じような立場のストリートチルドレンで、けれど少しだけゼクトより要領が悪かった。

 『ノルマ』を満たせない彼はよくマフィア達に殴られ、罵られていた。そんな彼にゼクトはよく仕事のコツを教えていた。


 仕事のコツを教えても、集めてきた金を彼に分けるような真似はしなかった。

 ゼクト自身余裕のある立場ではなかったし、殴られるのも嫌だったからだ。

 それでも、ある日癇癪を起こしたマフィアに彼が撃ち殺されたと聞いた時には、自分には何か出来ることがあったのではないかと思った。


 そういう経験を何度もしてきた。その度に後悔してきた。けれど最早どうにもならない。過去が変わることはないのだから。

 そういう経験を繰り返してきて、ゼクトは自然とこう考えるようになった。

 やらずに後悔するよりも、やって後悔したほうが良いのだと。




「はぁ、はぁ……」


 コクピットから広がる光景にゼクトは息を荒げる。

 戦いはこれからだ。体力は十全。手傷も負っていない。だというのに、目の前に広がる光景を見るだけで気力が萎えそうになる。


 ブラウンの装甲に覆われた、無骨なギア。敵国の主力機であるハウンドやナイトG3のような優美さはないが、頑強な装甲を有する機体。

 EM03トルーパー。


 帝国のギアはその多くが重量級の大型だ。機動性を犠牲にする代わりに、高い耐久性と火力を有している。

 そして低下した機動力を補うため、トルーパーにはミサイルやキャノン砲が装備されている。

 その様はさながら移動砲台。


 そのコンセプトはシンプル。標的を定め敵の撃墜が確認されるまで攻撃を続けるという力技。

 足を止めての真正面からの撃ち合いこそが帝国式。

 『大戦』時には同数のナイトG3を一方的に撃滅せしめたといわれる帝国の十八番、狙って撃って破壊する。

 牽制などという概念はなく、その全てが必殺の一撃。


 そんな機体が、ゼクトの視界の前に広がっている。

 無理もない話だ。先ほどまでゼクトが居たのは、帝国軍の前線基地ボーディガー。今目の前にいるトルーパー達はそこから出撃したのだから。


「は、ははは……」


 乾いた笑い声を上げながら、恐怖を誤魔化そうとして後部座席へと視線を向ける。

 スペースに余裕のある帝国の第三世代ギアにはメインパイロットの他に砲手が搭乗することがあり、サブシートがデフォルトで用意されている。


「……ゼクト」


 サブシートに座る少女が、ゼクトの視線に応じて彼の名を口にした。

 艶めく金髪にブラウンの瞳。飾り気のない薄青色の検査服から伸びる手足は驚くほどに華奢だ。

 その身体が驚くほどに軽いことを、白い手が信じられないほどに滑らかなことを、ゼクトは知っている。


 この状況にありながら、彼女には一切の不安の色がない。

 それは自分への信頼の表れなのだと、好意的に解釈することにした。


「ああ、任せてくれよセレニア。俺が、絶対に守ってやる」


 虚勢だ。そんなことは自分が一番よく理解している。それでも彼女を守るのだと、そう心に誓った。

 後悔はもう沢山だった。あんな思いをするくらいなら死んだほうがマシだと思った。


 役者でないことなど分かっている。幾ばくかの幸運に恵まれてボーディガーに勤務する雇われ兵になったものの、所詮は雑用係。

 銃など撃ったこともないし、ギアの操縦など知るわけがない。


 それでもやるのだと自身を鼓舞する。出来る、任せろと自分の中の何かが応じる。

 これまで一度として足を踏み入れたことのないギアのコックピット――手馴染んだ操縦桿の感触。

 今にも胃の中身をぶちまけたくなるほどの重い空気――肌を刺す戦場の空気に懐かしさを覚える。


『そこのファランクスのパイロット、何処の所属だ! さっさと降りろ、それは黒騎士卿の機体だっ!』


 通信チャンネルは当時から変わっていなかったのか、トルーパーのパイロットの声を通信機が拾う。

 しかし、即座に通信を切断した。こちらの正体や目的を明らかにしない方が混乱を誘うことができ、離脱がしやすくなる。


 自然とそういう思考が浮かぶ。自分の考えではない、しかし間違いなく自らの内から生じた思考。

 自分の中にもう一人の自分がいるというのは、こういう気分なのだろうか。


 そんな違和感を振り払う。迷っている暇などゼクトにはない。

 自分のものでない記憶に従って、一度大きく息を吸い込む。

 ゲン担ぎの一種だ。出撃の直前にはいつもこうして気持ちを整えていた。


「……行くぞぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 機体を反転させて、肩に装備したキャノン砲とヘビィガトリングガンを発射。目的は牽制。

 同時に突撃を開始する。

 帝国領の側に逃れたとしても、後方部隊と合流されて虱潰しにあって終了。

 ならば最も勝算が高いのは、前線を突破し帝国に敵対している勢力――連合国と経済連盟の同盟軍に合流すること。


 ゼクトが操る機体もまた第三世代だが、トルーパーとは聊か装備や外見が異なる。黒い塗装がされたその機体にはミサイルが装備されておらず、積載量一杯に重火器が搭載されている。

 そして機体の背面には、巨大な外付けブースターが搭載されている。

 ファランクス。帝国兵の中でも選りすぐりのエリートだけに与えられる、トルーパーの改良機。


「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!」


 裂帛の気合と共にブースターを起動して機体を加速。一時的ながら軽量機にも匹敵する速力を得たファランクスは、そのまま手近なトルーパーに向かって突っ込んでゆく。

 同時にヘビィガトリングガンによる弾幕を張りつつ、間近に迫ったトルーパーへとキャノン砲を発射。


 向こうは機体をぶつけてでもこちらの動きを止めるつもりだったようだが、キャノン砲の直撃を受け大きく体勢を崩す。

 ハウンドやナイトG3であればこの一撃で戦闘不能に陥っていただろうが、流石は頑強さが売りのトルーパー。どうにか持ちこたえそのままミサイルを発射してくる。


 重量大型の機体の弱点は、ミサイルのような追尾性能を持った兵器だ。振り切るだけの機動力がないため迎撃を余儀なくされる。

 しかし、それは一般的なトルーパーであればの話だ。


 大型ブースターによって高い推進力を得たファランクスは、そのままミサイルを引き連れて次のトルーパーの元へと向かう。

 トルーパーの火力は確かに脅威だが、その火力の高さ故に味方を巻き込むリスクが生じる。敵機に近づいてやれば遠距離砲撃を封じることが―――。


『左っ』


 脳裏に響いたセレニアの声に、咄嗟に機体を左に跳ねさせる。

 次の瞬間二発の砲弾がファランクスを掠めてゆく。


「(お構いなしかっ)」


 セレニアにとっても死角であったであろうその攻撃を彼女が如何なる手段で感知したのか気にならないでもなかったが、それよりも今は優先するべきことがある。

 動きが鈍ったのを好機と取ったか、トルーパーが間合いを詰めてくる。その手に握られているのは大振りのアックス。


 突進力と機体の重量を上乗せした、叩きつけるようなアックスの一撃は高い威力を持つため帝国では愛用されている武装だ。

 しかしそれも、当たればの話。

 ゼクトはブースターをフル稼働させ、寸前で大きく右に跳躍。ファランクスをの背後から迫るミサイルは追尾しきれず、トルーパーへと命中する。


 直後、爆風と爆音が機体を揺らすがトルーパーを盾にしたため損傷は軽微。

 再び機体を加速させる。

 傍から見れば、修羅場を潜り抜けた、歴戦のギアパイロットの如き獅子奮迅。

 しかしコックピットの中は酷いありさまであった。


「うっ……あっ、ぐえぇぇ……」


 急激に増加したGによってゼクトは激しい嘔吐感に襲われ、胃の中の物をコンソールへとぶちまける。

 それでも何とか機体の体制を整えられたのは、以前に同じことをした経験があった為か。

 この経験をして以来、出撃前の食事は取らなくなった――これはいったい、誰の記憶だ?


「えふっ、ごふっ……あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 すえた匂いを放つようになったコックピットで、それでもゼクトは気炎を吐き突撃を敢行する。

 瞬間、その進路を塞ぐようにトルーパーが立ちはだかった。

 迂回すればまた別の機体に捕まる。強引にでも、突破する。


「あああぁぁぁっ!」


 一発、二発、三発とキャノン砲を連射するが、トルーパーは装備した盾でその攻撃を受け止めながら突っ込んでくる。

 機体をぶつけてでも足止めをするつもりか。


「どけぇぇぇぇぇっ!」


 そんなトルーパーに向かって右の拳を叩き付け、パイルバンカーを使用。

 右手に装備された巨大な杭打機から打ち出された鉄杭が、トルーパーの頭部を穿つ。


『後ろにもう一機。左に避けて』

「こ、のっ!」


 崩れ落ちるトルーパーの背後に、もう一機のトルーパー。

 セレニアの警告に従って機体を大きく右に跳躍させると、次の瞬間ゼクト達が元居た場所に砲弾が突き刺さる。

 セレニアの警告がなければ、あのままトルーパーに足止めされて砲撃をまともに食らっていた。


「(クソッ、イカれてるだろっ、怖くないのかよ!)」


 やはり、足止め役への誤射など微塵も配慮していない。

 トルーパーの頑強な装甲であれば多少の被弾には耐えうるであろうし、当たり所が悪いならそれはそれ。

 いかなる損害を出そうとも敵を殲滅する。

 それが帝国兵なのだとゼクトの中の記憶が告げる――だから、これは一体誰の記憶だというのだ!


『ゼクト』

「っ、ああ!」


 脳裏に響く、セレニアからの警告。動揺の為か、機体の速度を落としてしまっていた。

 足を止めれば死ぬ。自分も、そしてセレニアも。

 それでは何の意味もない。


 機体を奔らせる。再び喉まででかかった吐瀉物を無理矢理胃に突き返し、全力で疾走する。

 あと少しで包囲を抜けられる。三機のトルーパーがこちらに近づいてきているが、この速度を維持すれば振り切れ―――。


 ピーと、耳元に不快な機械音声が響き、推進力が急速に失われる。

 外付けブースターの燃料が切れたのだと、ゼクトの中の何かが告げた。


「あっ、あぁ……」


 必死に記憶を辿り――あれ程不快に感じていた何者かの記憶を呼び起こし、この状況を打開する手段を探る。

 残弾はある。接近しつつある三機を倒すことは出来るかもしれない。

 しかし駄目だ。大型追加ブースターによる補助がなければ進行速度が落ち、足を止められている間に十字砲火に晒される。


 速度を落としながらも走行するファランクスを、三機のトルーパーが包囲する。各々が手にしているのは接近戦用のアックス。

 とても無視できる脅威ではなく、振り切る術も失われた。

 応じる他ないが、応じれば詰む。


「くっ、あぁ……ごめん、セレニア」

「……いいえ」


 けれどセレニアは、ゼクトが命を懸けて守ると誓った少女は静かにその言葉を否定した。

 抑揚のない小さな、綺麗な声。先程のように頭の中で話をされるよりも、やっぱり直接話をしてくれた方が嬉しいとゼクトは思った。


「間に合った」


 進路を塞いでいた三機のトルーパーが背後から銃撃される。この戦場にゼクトの味方は存在しない。けれど敵の敵は存在する。

 攻撃してきたのは、連合国と経済連盟の同盟軍。

 ファランクスのカメラは、トルーパーの後方に深紅のギアの姿を捉えたのだった。

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