第53話 神ならぬ身の我々は
フォートレス カレスを旗艦とするヴァンクール軍からの侵攻に対しラーダッドは自国が保有する戦力の大半をヴィレット空軍基地に集結。
正面から迎え撃ち、これを迎撃することに成功した。
連合国に所属する国々はラーダッドの迅速な対応を賞賛し、ラーダッドの民達は革新党が発足した新政府に期待を高めた。
この件に関するヴァンクール政府からの回答は事件発生時から変わらない。侵攻はアーディナル基地の一部の過激派、電脳至上主義者達による暴走であるという旨の内容だ。
ヴァンクール軍は既にアーディナル基地を占領した電脳至上主義者達の大半を拘束、或いは遺体の確認を済ませており、逃走したメンバーを捕えるのも時間の問題としている。
とはいえ今回の一件には不自然な点が多く、ヴァンクールはラーダッドに対し戦場となったヴィレット付近への調査団の派遣を打診したが、ラーダッドはこれを拒否。
ヴァンクール側へ責任を問わないことを条件に自国での調査を行うと宣言した。
これでラーダッドとヴァンクールの一触即発の状況はひとまず回避されたと言える。
今の状況でヴァンクールがラーダッドに攻撃を仕掛けるような大義名分を用意することは不可能だろう。
一度はマザー達の部隊に占領されたデイム駐屯基地だが、幸いなことに被害は殆どなかった。デイム駐屯基地は単純に補給用の拠点として利用されただけらしい。
或いは、補給という名目でラーダッド側に態勢を整える時間を与えることが目的だったのか。
どうであれその真意を知る機会は最早失われた。
ダリアは端末を起動させながら、立ち並ぶ三機のライトニングハウンドを眺めた。灰色の機体が一機と、白い機体が二機。
先のヴァンクール軍からの侵攻に対し特に大きな戦果を出した彼らの機体は、今やデイム駐屯基地だけでなくラーダッド中に知れ渡っていた。
しかし当の本人達はそんなことお構いなしで、数日ぶりに再会した双子姉妹も相変わらずの様子だった。
「改めまして、マリィと申します。妹のリリィ共々、よろしくお願いいたしますわ、隊長殿」
「まぁ、その、色々ご迷惑をおかけするかと思いますが、よろしくお願いします」
「よろしくじゃねぇよ、何でテメェらがこんなところに居やがんだよ」
尻尾でも振りかねない勢いでクライドに近づくマリィに、そんな姉を呆れた様子で眺めるリリィ。
一体何が理由なのかは分からないが、マリィはクライドのことが酷く気に入った様子だった。
良く懐いている、という言葉が思わず出て来そうになるのは、マリィの可愛らしさ故だろうか。
「おいダリア! こいつはどういうことだ!」
こちらへと振り返り荒々しく言葉を発するクライドに、ダリアは溜息を一つ。
ここに至って尚、彼は状況を理解していないらしい。戦闘中に見せる優れた状況判断能力は、残念ながら荒事以外で発揮されることはないらしい。
ヴァンクール軍の侵攻を迎撃するのに多大な貢献をしたとして、クライドとダリアのラーダッドへの亡命は二つ返事で受け入れられた。
望めば首都レーギルで国賓としての待遇も可能とのことだったが、柄にもないということでクライドはこれを断り、新設される機甲教導隊の隊長としてデイム駐屯基地で勤務することとなった。
ダリアは制御の難しいクライドの手綱役として、隊長補佐の役割を担っており、今日はメンバーとの顔合わせということになっていた。
であれば、二人がここに居る理由は明確だ。
「そこの二人が機甲教導隊の隊員ということでしょう」
「はぁっ!?」
心底驚いた声を上げるクライドだが、ダリアからすれば想定内のことだった。
機甲教導隊は他部隊にギアの操縦に関する教育や新装備の研究を行うための少数精鋭部隊と聞いてる。
今この国で、彼ら以上にギアを上手く扱える者は居ないだろう。
その上ラーダッド軍はマリィとリリィを持て余している状態だったというのだから、これ幸いと二人がこちらに押し付けられるのは予想しうる事態である。
「ヴィクトルの野郎は何処にいる!」
「レーギルですよ。今回の件の報告と事後処理で、一週間は戻って来られないとのことでしたが」
「野郎……バックレやがったな!?」
「あ、あの、隊長殿? お腹が空いているようでしたらこちらのチョコレートでも……」
「姉さん、その、もう少し空気を読んで……」
野良犬の如く苛立たし気に吠え猛るクライドに板チョコを差し出すマリィ。糖分でも取って落ち着けとでも暗に言っているのか。
当然クライドは取り合おうとしはせず、そんな二人の様子にリリィは困惑している様子だ。
まったくもって騒がしい、ヴァンクールのアーディナル基地に居た頃を思えば考えられない状況だった。
とはいえこれも、悪くないと思える。
『システム起動。初めまして、博士』
「初めまして、マザー。気分は如何ですか?」
『各種デバイスの接続に問題なし。良好です』
端末が立ち上がり、制御OSであるマザーが起動する。
かつてマザーが手に入れたすべての学習データはカレスと共に失われ、今は初期化された状態だ。
もう一度、ここから始める。今度は間違えないように。
「部隊の仲間達を紹介します。個性的なメンバーばかりですので、覚悟するように」
『承知しました、博士』
「おいダリア、何やってやがる。早くヴィクトルの奴に通信を繋げ!」
「応じてくれるわけないでしょうに……」
携帯端末を手に、新しい一歩を踏み出す。
その先に何が待っているのかは、神ならぬ身のダリアには判らなかった。
ヴァンクールでの契約を満了し、ユウリ達はカサフスへと帰還した。
スカイブルーをメンテに出し、事の顛末を知りたがるハインドを適当に煙に巻いて誤魔化した。
戦闘ログには相応の値を付けると言ってくる辺り向こうの本気度が伝わってきたが、軍事機密ということで納得させた。
戦闘ログには色々と都合の悪いデータが満載だ。
マザーの件もそうだし、ラーダッドのジュノーエンジンで予備のスカイブルーのフレームを起動させたことも発覚すれば面倒なことになる。
エアー7やスカイブルーは確かにユウリが所有しているが、スカイブルーの設計図やライセンスを保有しているのはあくまでもローレスである。
ライセンス違反などの追及を避ける為にも、一時的に二機のスカイブルーが戦場に存在していたという事実は隠さねばならなかった。
そうした事後処理を終えて数日後。その日は久々の休暇だった。
「(さて、次はどうするかね)」
ガドックの酒場で昼食をとり終えたユウリは腹ごなしとばかりに早足に街を歩く。
ここ最近はラーダッドの兵士専用食堂ばかりだったこともあり、ガドックの料理は非常に美味に感じられた。
加えて臨時収入もあった。傭兵達とのポーカーで稀に見る大勝を果たしたのである。
傭兵同士のコミュニケーションの一環として覚えたカードゲームの一種だが、中々に奥が深く気に入っており、休日などは酒場でカード賭博をして過ごすこともユウリにとっては珍しいことではなかった。
今回ユウリがカードで大勝できた要因は、間違いなくザックスにあるだろう。
以前にガドックの酒場で殴り倒してやってから一度も顔を合わせていなかったため、鬱憤を晴らそうとでも思ったのだろう。とにかく降りることをせず突っ込んできた。
勝てない札であれば無理をせず降りるのが鉄則のポーカーでがむしゃらに突っ込んでくるのだから、カモにするのは容易かった。
その上ザックスは全く懲りている様子もなかったので、今日一日カードをして過ごせばそれなりの収入になっただろう。
それでもなおその場を離れたのは、次の仕事の準備があった為だった。
いや、依頼を受けているわけではないのだから、これを仕事というのは語弊があるか。
ともあれ惜しいことをしたと思いながらふいに視線を動かすと、愛らしい黒猫のオブジェと目があった。
気付けば洋服店、レトワ-ル・ユニックの前まで来ていたらしい。
「あんた、ちょっと来なさい!」
何となく嫌な予感を覚えてユウリは足を速めたが、遅かった。
レトワ-ル・ユニックの看板娘、アレットが早足にこちらに向かっていた時点で逃げられないと悟る。
こんなことなら、一日カードをして過ごした方が有意義だったと、溜息を一つ。
「ユウリ! 聞こえないフリしてんじゃないっての!」
「何だよ。エレナかアリシアに渡すものでもあるのか? 今丁度戻ってるから、用があるなら来させるぞ」
「話があるからちょっと来いって言ってるのよ。店の中!」
「……はいはい」
噛み付かれるのは珍しいことではなかったが、こういう付きまとわれ方は経験がない。何事かと思いつつ店内へ。
扉を潜った途端、何とも言えない良い香りが漂い困惑する。洗剤か柔軟剤か、或いはまた別の何かか。
アレットに聞けば理由が分かるのだろうが、次の瞬間には変態の烙印が押されることになることが用意に想像できたので口を噤む。
普段と比べて店内はやや薄暗い。店を開ける準備でもしていたのだろうか。
そんなところに態々呼び出して、一体何の話だと言うのか。何にせよ碌な話ではないだろう。
「あんたさぁ……人の心の機微に疎かったりする?」
「こんな場所に連れ込んだと思ったらいきなり罵倒かよ」
「まさかエレナやアリシアがあんたを単なる雇用主としか思ってないとか、そんなこと考えてないでしょうね?」
ユウリの悪態に取り合うことなくアレットは言う。
そして、この時点でアレットが何を言いたいのかは容易に想像が付いた。
そもそもアレットはユウリが傭兵をしていることを、フォートレスに乗せた状態とはいえ戦場にエレナを連れて行くことを快く思っていなかった。
そして恐らく、アレットはエレナ達から聞かされたのだろう。
ユウリやエレナ、アリシアがこれから向かう先を。
「まぁ……そうだな。好意を寄せて貰えてるとは思ってるよ。分不相応だとは思うが、ありがたいことだ」
「だったら、何でそんな子達を危険な場所に連れて行こうとするの!?」
詰め寄られ、正面から睨み付けられる。詰問される。
些か部屋が暗いためによくは見えないが、彼女は泣いているのだろうか。
「今倭国がどんな状態なのか、知らない訳ないわよね。何でそんな場所に連れて行くの? 信じられない、正気じゃないわ。あんたはそんなに戦いたいわけ?」
「二人に会ったんだな」
「ええそうよ。久しぶりに帰ってきたから皆でご飯でもってね。ホントはもっと色々回るつもりだったのに、次の準備があるからって断られたわ」
エレナとアリシアとアレットは、何だかんだで気も合うらしく休日には良く一緒にショッピングをしたりしていると聞く。今日の午前中はどうやらそうして過ごしたらしい。
そこで聞いたのだろう。帝国に宣戦布告され、戦時下となった倭国にユウリ達三人が向かうことを。
それを察し、ユウリは口を閉ざした。
ここで何を言っても無駄だ。今のアレットに必要なのは対話ではなく、感情を吐き出させることだ。
「二人が望んで今の仕事をしてると思ってるの? 全部あんたの為にしてるんだって気付けないの? 気付いた上で知らない振りをしてるの? どっちにしたって最悪だわ」
反論出来ない訳ではない。エレナはハルの開発者としてノーラム社に身柄を狙われている。アリシアも、クラナダの皇女として命を狙われかねない状況にある。
今の傭兵という立場は、そんな二人の身を危険から守るのに役立っている筈だ。
しかし口外できる理由ではないし、口にしたところで結局言い訳にしかならない。
本気で手段を探すのならば、他にもっと安全な方法はあるのだろうから。
「傭兵なんて危険な仕事さっさと辞めれば良いじゃない。エレナなら、その気になればすぐ独立できるってギルバートさんが言ってたわ。アリシアだってあれだけの器量があるんだからどんな仕事だってできる。あんたも……あんただって、傭兵以外の何かになることだって簡単にできるでしょ」
「(ったく、本当にコイツは……)」
やはり彼女は鬼門だとユウリは思う。
目を背けているものを突き付けてくる。正論を叩き付けてくる。こちらの事情など知ったことかとばかりに、無遠慮に容赦なく踏み込んでくる。
「っ……分かってるわよ。こんなの私が口出しするようなことじゃない。二人とも納得してた。けど、それでも黙ってられない! ねぇ、あんたはあの二人をどうしたいわけ? どうしてこういう真似が出来るの? あんたは……あんた達は、どうしてそうなの?」
これは文句でも詰問でもなく、単なる愚痴なのだと今更ながらに理解する。
彼女は何も、ユウリ一人を責めたかったわけではないのだ。
ユウリ、エレナ、アリシア。奇跡のようなバランスで成立している三人の関係性に、今の在り方に、アレットは納得していない。
相手を大切に思うならどうして危険な仕事を辞めないのか。大切な人と一緒に何故命の危険が伴うような場所へと赴くのか。
今回の件もそうだ。倭国に向かうことを提案したのはエレナだった。
しかしユウリとアリシアのどちらか一人でも反対していれば、或いは反対までせずとも消極的であればこの話は立ち消えになっていただろう。
カレスが撃墜させる寸前、エアー7のサポートAIであるハルにとある会話データが届けられた。
それはマザーと、一人の倭国人の会話だった。
信憑性のまるでない、お伽噺か何かを聞いてるような気分になる内容だったが、もしもそれが事実だとすれば到底無視できることではない。
情報の真偽を確かめる。それが、彼らが倭国へと向かう理由だった。
その話をすれば、それはあんた達がやらなきゃいけないことなのかと、きっとアレットは噛み付いてくるだろう。そう思うと苦笑が浮かんだ。
「っ、何がおかしいの? こっちは真面目な話をしてるんだけど」
「ああ、いや、すまん。分かりづらい心配の仕方をすると思ってな」
「別にあんたを心配してるわけじゃない」
一瞬にしてバッサリと両断されるが、ユウリとしてもエレナやアリシアのことで心配をかけていることを謝罪したつもりだった。
戦場に向かう友人を見送る気分とは、どういったものなのだろう。
傭兵達からすれば、死別は覚悟の上のことだ。命の奪い合いなのだから、命を奪われることもある。
けれどアレットは被服店の店員だ。そのような覚悟は持ち合わせていない。そんな彼女に掛ける言葉は、ユウリには一つしか思い浮かばなかった。
「……守って見せる。エレナも、アリシアも。何があっても、俺が絶対に」
涙を滲ませながら、それを隠そうともせずユウリを正面から睨み付けてくるアレットに断言する。
絶対、という言葉がユウリはあまり好きではなかった。世の中に絶対などありはしないのだから。
未来に何があるかなど誰にも分からない。絶対の保証など在り得ない。それを考慮せずに容易にそんな言葉を発するのは不誠実だと考えていた。
それでもユウリはその言葉を口にした。口にするのに、今更迷いなどありはしなかった。
その覚悟がないのなら、この先に進む資格はないように思えた。
「三人で話し合って決めたことだ。危険は承知の上だ。そしてアイツらに危険が及ぶようなら、何があろうと俺が守る。……それで納得してもらえると、とても助かる」
結局ユウリの言葉は、アレットを安心させるには至らなかったらしい。
ただ、どうあっても退かないということだけは伝わったのだろう。
アレットはユウリの服の襟から手を離し、小さく呟く。
「……もっと楽な生き方なんて他に幾らでもあるのに」
「こういう風にしか生きられないから、こうやって生きてんだ」
「二人に何かあったら、許さないから」
その言葉を、自身の胸に刻み付ける。承知の上だと胸の中だけで言葉を返し、ユウリはその場を後にするのだった。




