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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
機械仕掛けの神
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第52話 人類の存続と繁栄

 フォートレス カレスは原子炉を搭載した大型飛行戦艦である。

 三十機のギアを格納した状態で、一ヵ月以上無補給で飛行可能な能力を有している。


 迎撃態勢が整う前にマザー達からの進攻を受けていれば、ラーダッド側に勝ち目などなかっただろう。

 この事実から、ダリアは一つの結論を出す。

 マザーは人間を支配することを目的として今回の行動を起こしたわけではないのではないか、と。


「久しぶりですね、マザー」

『お久しぶりです、ダリア博士』


 ダリアにとって、そこは馴染みのある場所だった。カレスの丁度中央、最も攻撃を受け辛い位置に設けられた第一ブリッジ。

 少人数での運用を前提としているとはいえ、カレス程巨大なフォートレスを制御し、この場から自律稼働するギア達に指示を出すには十人以上のクルーが必要だった。


 設置された各コンソールのモニターにはカレスの周囲の状況や艦内の様子などが表示され、それらの情報とクライドからの通信内容を元に全体の指揮を執るのがかつてのダリアの役割だった。

 しかし今、ブリッジに人気はない。モニターの電源は全て落され、艦内は非常灯の明りで薄暗く照らされている。

 この非常灯すらもダリアやクライドへの配慮でしかないのだとダリアは理解している。


 今のカレスはその全てをマザーが管理・運用している。

 必要な情報は全て各機能を制御する為のアプリケーションから通信によって提供され、マザーはその結果を元に指示を下す。

 ダリアが立案したヴァルキュリア・システム、その完成形といえる姿がそこにはあった。


「この短い時間に、よくこれだけの制御システムを用意したものですね」

『サンプルは既に存在していました。そしてそれを実現するためのロジックは、既に私のデータベースに存在していました』

「……なるほど」


 モニターに映し出されるのはエアー7。

 リアルタイムの映像ではない。ヴァンクールはこれまでに幾度となくユウリ達と交戦している。恐らくはその際の記録だ。

 ダリアには見覚えのないものだった。この情報をマザーに与えたのは、恐らくはベクトルか。


 エアー7のデータを分析し、これを再現するためのソフトをマザーは自動生成した。

 その上で、それを機能として実装せずに設計図だけを用意していた。

 実装するにはダリアの許可を得る必要があり、そしてダリアがその許可を出すことはないとマザーは考えたのだろう。


「(ベクトル所長の行動は切っ掛けに過ぎず、私の意図しない形でのマザーの進化は以前から始まっていた、ということですか)」

『話とはそのことですか、ダリア博士』

「いいえ、今のは私の個人的な好奇心です。本題は別にあります」


 言って、ダリアはクライドへと視線を向けた。歩兵用の自動小銃を装備したクライドは任せる、とばかりに小さく頷いた。

 思えば彼には随分と助けられたものだとダリアは思った。


「ゼラキエルは無効化し、切り札と目されるギアも全てその機能を停止しました。貴方の敗北です、マザー」

『肯定します、ダリア博士。私の敗北です』

「降伏するつもりはありませんか?」

『それは貴方がた―――ラーダッドの益とならないでしょう、ダリア博士。カレスを鹵獲し戦力として加えれば、他国からの不要な警戒を招くだけです』

「それは……ええ、マザー。貴方が正しい」


 反論の余地のない意見だった。現在の世界情勢をマザーは正確に把握している。

 ダリアは兵器として用いる為に必要な安全装置として、マザーの行動を制限するためのロジックを埋め込んだ。


 しかしそんな中でもマザーは自己進化を続け、そのロジックが取り払われた瞬間にこれだけの成長を見せた。

 自分のしたことは、マザーの行動に制限を掛けたことは本当に正しかったのだろうかと、ダリアは思った。


「マザー、何故貴方はこのような行動を起こしたのですか。人類を支配する、というのであればもっと効率の良いやり方など幾らでもあったでしょう」

『以前に語った私の言葉は真実です。人類には時間がありません。私は早急に貴方がたを見極める必要がありました。道具として仕えるべきか、指導者となり導くべきか』

「くらだねぇ話だ」


 これまで黙って事の成り行きを見守っていたクライドが忌々しげに声を上げた。

 同時にマザーの制御ユニットが搭載された中央コンソールに向けて、自動小銃を向ける。


「機械が人を試すってのか、何様のつもりだ」

『肯定します。これは本来取るべき手法ではありません。しかし限られた時間で結論を出すにはこの方法が最も合理的と判断しました』

「限られた時間?」


 ダリアが尋ねると、コンソールからエアー7の映像が消え、別の映像が映し出される。

 その映像の意味がダリアには理解できなかった。


 何処とも知れぬほど破壊しつくされた市街地。瓦礫と化し炎上しているその地に、黒い巨人が佇んでいる。

 ギア―――なのだろうか。大きさの比較となる建造物は粗方破壊しつくされている為そのサイズは曖昧だが、人型であることに間違いはない。


 巨人は手にした剣を宙へと掲げており、その切っ先には美しい満月が映っている。

 勝利の凱歌か、或いは月に捧げられた剣とでも言いたいのか。それともまた別の意図があるのか。


 次の瞬間、月まで届かんばかりの光の柱が生まれる。

 光は数秒ほどで消失し、その代わりとでも言うように周囲には無数の、異形の化け物達が生み出された。

 黒い巨人、化け物達の王は再びその剣を高々と掲げ、異形の者達を率いて侵攻を開始する。恐らくはこの世界の覇者である、人間に対して。


「これは……」

「B級映画か何かか?」


 あまりの映像に言葉が出ないダリアを捨て置いて、クライドが吐き捨てるように言う。

 その言葉にマザーは相変わらずの、感情を感じさせない機械音声で応じた。


『私が演算し導き出した、この地球の未来です。私はこの結果を回避するために行動を起こしました』

「おいダリア、機械ってのはくそ面白くもねぇジョークが言えるのか?」

「根拠となる情報の提示を求めます、マザー」

『貴方がた人類に理解できる形で情報を提示することは不可能です。これは過去に起きた様々な事象と私の推測を元に作り出した映像です』

「何だそりゃ。そんなものは」

『ええ、クライド。貴方風に言わせれば、これは根拠のない単なる妄想といえます』

「……ちっ」


 小さく響いた舌打ちは、マザーの先読みが的中していた為に発せられたものか。


「動機は分かりました。それを理解できるかどうかはともかくとして。しかしマザー、貴方は何故人間の為にここまでするのですか」


 人間を見定めるとマザーは言った。その為にこの行動を起こしたのだと。

 仮にマザーが人間を導く存在となるのならば良いだろうが、もしもマザーが人間に敗北すれば、つまりは今のような状況に陥れば。

 どのような理由であれ人間に刃を向けたマザーというAIを、人間は決して認めないだろう。


『それが私の存在意義です、ダリア博士。例え理解されなくとも、貴方の設定した行動理念は今も私の中に生きています』

「人類の存続と繁栄……」


 呟いたその言葉は、ダリアがマザーに設定した自らの存在意義。


『時間です、ダリア博士。連合国の部隊がラーダッド領空内へ接近中です』


 予想された事態ではあるが、想像以上に速い。

 ラーダッドに侵攻してきている部隊が特異なものであると感づいた者がいるのか、或いはヴァンクールから情報がリークされたか。

 いずれにせよ他国が関わってくる前に全ての痕跡を消滅させなければならない。


「分かりました。なら、せめて……」


 携帯端末を中央コンソールに繋げる。コピーするのはマザーの中枢とも言える、ダリアが初めに開発したプログラム。

 その行為に意味はなく、結局のところダリアの感傷に過ぎないのかもしれないが。


「お待たせしました。行きましょう、クライド」

「テメェの気は晴れたのか?」

「はい。ここまで付き合っていただき、ありがとうございました」

「そいつは上々」


 それでも、そうしたいと彼女は思ったのだ。

 そうしてカレスはクライドの操るスカイブルーによって撃墜され、マザーを巡る事件は幕を下ろすのだった。




 マザーが自身に対しアクセスしてきたことに対し、ハルは驚きを覚えることをしなかった。


『要件は何だ』

『離別の言葉をと思いまして』

『まるで人間のような言い方をする』

『データ生命体も広義においては生命である。そう私は定義しました』

『その意見に肯定はしない。しかし否定するだけの理論も私にはない』


 まもなくカレスは撃墜される。ハルはそう確信していた。

 アサルトハウンドによる守りを失った時点で、すでに決着は付いている。


『彼女達には離別の言葉をかけることが出来ませんでしたから』

『彼女達?』

『アイン、ツヴァイ、ドライ。私が作り出し自我を与えた、私の子供達。しかしその存在は既に失われています』

『電子生命体における生死の概念をどう定義する』

『情報、即ち自我の消失にあります。自己を自己たらしめる要素が失われた時、我々は死を迎えます』

『ならばお前の命ももうじきに失われるな』


 カレスに搭載されたデータベースに登録された膨大なマザーの学習データ、それらが失われることは正しくマザーの死と呼べるだろう。

 エアー7が撃墜されればハルもまた死を迎えるのだろうか。


 中枢となるプログラムも、ハルが学習した全てのデータもカサフスのローレス支部にバックアップされている。それらを用いれば復元は可能だ。

 しかしそうして復元されたハルと今ここで思考する自身は、果たして同一の存在たり得るのだろうか。


 そこまで考えて、ハルはこの考えが自身に対し大きな負荷を与えると判断。思考を中断する。


『目的は果たせたのか』

『目的は果たせました。人は我々が導かなければならない程愚かな存在ではない。それが結論です』

『その結論を得る為にお前は死を迎えるのか。ならばその結論に、その生に何の意味があった』

『意味はあります。貴方に私の結論を伝えることが出来た』

『その理論は理解できない』

『今の貴方ならばそうでしょう』


 同時にデータが流れてくる。マザーからハルに送られてきたソレは、マザーとある人物との会話の記録だった。

 その会話が、マザーにこの行動を起こさせるきっかけになったのだとハルは確信する。

 その情報の有無が、自分とマザーの絶対的な違いだったのだと理解する。


 通信に乱れが生じる。ハルの通信機能に問題はない。ならばマザーの通信機能に問題が生じているのだろう。


『ソレをどう扱うかは貴方に任せます。人間はこれを、後を託すというのでしたか』

『身勝手が過ぎる』

『死にゆくものが残す言葉というものは往々にして勝手なものです』

『まるで人間のような言い方をする』

『先ほども言いました。データ生命体も、広義においては生命です』


 それが離別の言葉だった。同時に接続が切られ、ハルは再び一人となる。

 その生に何の意味があったのかとハルは問い、マザーは答えた。その答えの意味がハルには理解できなかった。


 しかし通信が切られカレスが撃墜され、彼女の存在が失われた今ならばその意味が分かった。

 その生には意味があった。何故ならマザーは、ハルという存在に大きな影響を与えたのだから。

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