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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
姫と傭兵
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第5話 アサルトハウンド

 アサルトハウンドのパイロット、クライドはギアを操る傭兵として多くの戦場を渡り歩き、多くの修羅場を生き延びてきた。

 その経験を買われ、ノーラム社のテストパイロットとなった。


 ノーラム社の第四世代ギア、アサルトハウンド。第三世代の名機であるライトニングハウンドを改良した機体だが、その性能は凡庸とえる。

 ジュノーエンジンの搭載とエネルギーシールドの実装、小型化・軽量化による機動力の上昇といった一般的な第四世代の特徴を有してはいるものの、シールド強度・装甲は低い。


 汎用機とするには悪くないが、特化した性能・圧倒的な火力を有する第四世代に対し単機で戦える性能ではない。

 そもそもアサルトハウンドは単機での運用を目的とした機体ではないのだ。


 エレナが想像した通り、アサルトハウンドは人工知能によるギアの自律稼働とそれらを率いた集団戦闘のデータを収集するためのテスト機である。

 この仕事もまたその一環。

 この場での戦闘記録は全てノーラム社のデータベースへと送られ、人工知能に更なる成長を促すための材料として使用される。


「散開。アサルトⅢっ!」

『了解。フォーメーション、アサルトⅢ』


 クライドの言葉にオペレーターが応じる。

 ギアからの操作も可能ではあるが、基本的にハウンド達への指示はアサルトハウンド達を輸送するフォートレス――カレスのオペレーターから下される。


 クライドの役割は状況に即した戦術選択と戦術パターンの検討だ。

 僚機への指示やコンディションの把握といった面倒事は、全て優秀なオペレーターに任せている。


『アサルトⅢ、開始』


 オペレーターから指示を受けた二機のハウンドがそれぞれ距離を取り敵機の右前方、左前方へと移動する。

 そして敵機の正面にはクライドの駆るアサルトハウンドが布陣する。


 二機のハウンドの両手にはそれぞれガトリングガンが装備されている。

 標的に対し左右のハウンドが弾幕を張ってその行動を阻害し、アサルトハウンドが両手に装備したショットガンで敵機を仕留める。


 多対一対近距離用陣形、アサルトⅢ。

 左右どちらに逃れようとしても、いずれかのハウンドの射程に捕まり最終的には十字砲火を浴びることになる。

 そんな布陣を前にしても、敵は速度を落とさず正面から突っ込んでくる。


「(良いねぇ、そうこないとなぁ……!)」


 逃げ回る獲物を追い立てて狩っても何の自慢にもならない。対等な相手との、正面切っての刺し合いこそが本望。

 さらに言えば今回は相手も格別だった。幾度か前線で耳にしたことのある、『剣士』の存在。


 ギアによる白兵戦闘という、あまりに非常識な行為で数多の敵を撃破したとされる鬼神の技。

 曰く、爆炎を纏い迫るその存在を目にしたが最後、あらゆるギアは両断され撃破されるという。


「(そうだっ、こいつとやってみたかったっ!)」


 こういう頭のおかしい連中と渡り合うために、テストパイロットなどという退屈な仕事を引き受けたのだ。


「おら、行くぞっ!」


 言葉と共に二機のハウンドが接近する敵機に向かってガトリングガンを掃射。

 逃れる術があるとすれば、空中に跳躍する他ない。その瞬間をショットガンで狙い撃つ。


「なっ……」


 そんなクライドの算段は、しかしあっさりと打ち砕かれた。

 ガトリングガンの有効射程を読んでいたとでもいうのか。ハウンドによる掃射が開始されたその瞬間、敵機の後方から爆音が轟き敵機が更に『加速』する。


 機体の後方から吹き上がる炎を見て、クライドはその正体を看破した。

 アフターバーナー。推進力として使用されるジェットエンジンの排気に対して再度燃料を吹き付け燃焼、更なる推進力を得る、戦闘機に使用された装置だ。

 そのような機構をギアに設けるなど聞いたこともなく、そもそも接近戦で使用するなど気狂いも良いところだ。


 しかしこの状況にあって、その速力は確かに脅威であった。アフターバーナーを吹かして突撃してくる敵機の速度は、同じ軽量機であるアサルトハウンドの最大速度を遥かに上回っている。

 指揮官であるクライドが想定出来ないほどの機動力。当然ながら、ハウンドを制御する人工知能はそのような事態を想定していない。


 ハウンドによる十字砲火は敵機を捉えることなく、あっさりと包囲を突破される。弾幕を張ることを目的としている二機ですらこの有様なのだから、狙撃のために残した最後の一機など最早何の意味も成してはいない。

 気が狂ったかのような速度で迫る敵機の正面にはアサルトハウンドの姿がある。


「クソがっ!」


 迎撃の為にショットガンの照準を向けるが、あろうことか敵機はそれに対応しサイドブースターを噴かせて軌道を変更してみせる。

 人間の反応速度ではない。明らかに中のパイロットにも何かしらの手が加えられている。

 クライドが用いている、薬物による五感の鋭敏化などという小手先の対応ではない。眼前に迫る、狂った機動力を持ったギアを操ることに特化した処置が施された専用の使い手だ。


「ははっ、イカれてやがるぜっ!」


 敵機が『抜刀』し、その刃を振るう寸前。クライドはサイドブースターを用いて横跳びを行う。

 彼とて何の対策もなく数に頼ってスカイブルーとの再戦に臨んだわけではない。


 スカイブルーの振るうエネルギーブレードは確かに脅威的ではあるが、物理法則から逃れることは出来ない。

 右手にブレードを持ち横薙ぎの斬撃を放つ以上、敵は必ずアサルトハウンドの左側をすり抜ける。

 その攻撃範囲は正面からブレードを持つ手の側にあり逆方向は死角となるためだ。


 であればその死角へと飛び込み、逆にすれ違いざまの一撃を放ってやれば良い。

 そうして敵の左を取りショットガンを放とうとしたその瞬間……。


「っ! ……はっ、何だそりゃ……。ありえねぇだろ……」


 サイドブースターを稼働し、コマのように機体を旋回させた敵機の刃がアサルトハウンドの右腕を斬り飛ばし、胴を半ば両断する。

 そんな敵機の反応にクライドは大きく息を吐き、敗北を認めるのだった……。




 冠城ユウスケによって編み出さた冠城流抜刀術は桐原流剣術を原型として、ギアが使用することを前提に生み出された剣術である。

 攻撃の起点となる一本目『始刀』は、先を取ることを目的とした剣技である。

 抜刀術の神髄は初撃から続く連続攻撃にある。敵と交差した瞬間に一太刀を浴びせつつ、二の太刀三の太刀へと繋いでゆく。


 一太刀目で首尾よく敵を無力化出来たのであればそのまま離脱。避けられたのであれば敵の反応から次の一手を決定する。

 冠城流抜刀術は相手の回避方法を大きく分けて二種類に想定し、その対応を用意している。


 一つは大きく後退し射程から外れる方法。

 後に下がって避けるのであればそのまま上段に振りかぶり、間合いを詰めて斬り下ろしに繋ぎ仕留める。


 そしてもう一つが大きく横に跳ねる方法。

 サイドブースターを用いて横跳びを行うのであれば、即座に旋回。遠心力を武器として斜め上から斬り下ろす。

 横に跳ねるような動きを取った場合一時的に敵は速力を失っている為、旋回からの追撃を見込むことが出来る。

 今回アサルトハウンドが選んだのは二つ目の手段であった。


『アサルトハウンド、機能停止。同時に、敵ハウンドの武装放棄を確認。どうする?』

「捨てておけ。どうせこの連中からは碌な情報を得られないだろうからな。さっさとザールスに戻った方が建設的だ」

『だね。エンジンの点検も必要だし』


 通信機から響くエレナの声には何処か非難の色が混じっている。

 言わんとすることを察し、ユウリは小さく溜息を吐いた。


「不可抗力だ。一対一ならともかく、あの状況じゃああするしかない」

『そりゃまぁそうなんだけど。やっぱり整備する側としては、あんまり負荷のかかる使い方はしないで欲しいんだよねぇ……』


 一見すれば圧勝に見えたアサルトハウンドとの戦闘は、見た目ほど一方的な内容ではなかった。一つ間違えればスカイブルーの方が数に押されて撃墜に追い込まれかねなかった。だからこそ、切り札を切らざるを得なかった。


 ギアによる白兵戦を行う場合、相手との速度差が必須となる。敵機に近づくことが出来ないならば如何に強力なエネルギーブレードも意味をなさない。

 その為スカイブルーは軽量型の中でも、とりわけ速度を重視した設計となっている。

 そして、最後の一歩を詰める為の切り札を有している。アフターバーナーを用いた加速である。


 とはいえアフターバーナーを用いた加速はエンジンに負荷をかける。満足に冷却がされない状態での再燃焼はエンジン内部のタービンブレードにダメージを与え、その寿命を減らす。

 そして当然燃費の面においても問題を抱えており、長時間使用することができるものではない。


『燃料だってただじゃないし、エンジンの検査にだって手間がかかる。大将にまた怒鳴られるよ』

「分かってるよ……」

『ユウリ、そう邪険にしないでやってほしい。超音速での戦闘は機体以上に君の肉体に負荷をかける。こう見えてエレナは君の心配を……』

『うわぁっ、ハルは黙っててよ! って、どうしたの?』


 エアー7の操縦士にしてオペレーター、そしてメカニックをも兼任するエレナにユウリは頭が上がらない。

 戻るまで小言を覚悟していたのだが、不意にエレナの声が途切れる。


『……アリシアさんが、話がしたいんだってさ』

「ああ。……悪いな」

『ん。まぁ無事で良かったよ』


 拗ねたようにエレナはそれだけ言い残して、声の主がアリシアへと切り替わる。


『え、えっと、その……大丈夫なの? あんなに大勢相手だったし、肉体の負荷とか聞こえたけど……』

「問題ない。頑丈さが取り柄だからな。ちょっとばかり筋肉痛になるかもしれんが、そんなもんだ」

『なら良いんだけど。他に怪我とかは……』

「してないよ。そこに居たなら見てたんだろ、楽勝ってもんだ」

『えっと、ならそれもよくて……。あっ、お礼! 何かして欲しいこととかない? 持ち合わせはあまりないけど、私にできることなら何でも……』

「年若い娘が迂闊に何でもとか言ってんじゃねぇよ。色々考えちまうだろうが……」

『ユウリっ!』


 通信機からエレナの怒声が響きユウリは顔を顰める。

 客人を迎えたエアー7は一層騒がしく、帰還をするまで退屈することはなさそうだった。




 アサルトハウンドのフォートレスであるカレスは、最大20機のハウンドを搭載可能な大型輸送機である。

 内部にはメカニックや操縦士、有事の際にギアの有人稼働を行うためのパイロットなど多くのスタッフが存在している。


 ノーラム社の開発主任であるダリアは、そんなカネス内の全人員への指揮・命令権を有する責任者であると同時に隊長機であるアサルトハウンドとの通信と人工知能への指示を行うオペレーターでもあった。

 化粧っ気のない相貌に野暮ったい眼鏡、真新しい白衣。典型的な研究者といった容姿の彼女は表情一つ変えることなく報告書を一読し顔を上げた。


「アサルトハウンド、並びにハウンド2機が大破。想定していた被害に比べれば小規模なものです。相手にこちらを全滅させる意図がなかったのは幸いでしたね」

「それだけか?」


 顔色一つ変えることのないダリアに対し、クライドは忌々しげに問い返す。


「それだけ、とは?」

「作戦は失敗、第四世代は大破。この状況を引き起こしたテスト機のパイロットに、色々言いたいことがあるんじゃねぇのか?」


 流石にバツの悪そうな顔でクライドは言う。

 コックピットの存在する胴体に大きな損傷を受けながらも、奇跡的にクライド自身の負傷は軽い打ち身程度に留まっていた。

 メカニック曰く、斬撃の位置があと少しズレていたら命がなかったとのことなので、これは幸運といえる。

 とはいえそれで済むとは考えていない。


 ギアを自立稼働させるための人工知能の開発並びに、第四世代に対応するための新たな戦術の考案。それが彼らの役割だ。

 そんな彼らが、敵の第四世代に対し有効打を与えられないまま隊長機を大破され敗北した。

 役割を果たせなかった以上部隊を指揮していたクライドに対し何かしらの処罰が下されるものと覚悟していたのだが、ダリアの反応は普段と変わりなかった。


「クラナダとのパイプが作れなかったことは残念ですが、そうした損得勘定は我々の役割ではありませんので。我々の役割はあくまで、次世代機の開発とその運用手段の検討です」


 言って、彼女はディスプレイに映像を表示させる。映し出されるのはアサルトハウンド、そして各機のハウンドから録画された今回の戦闘記録だ。


「そもそも、この敗北は貴方の責任ではありません。敵機……スカイブルーは完成された第四世代。始まりの一機です。試作段階であるアサルトハウンドが敵うような相手ではない」

「そうかよ」


 淀みのないダリアの回答にクライドは胸の内だけで舌を打つ。ようは、『端から期待されていなかった』ということだ。

 それを承知したうえでダリアはクライドに追撃の許可を出したのだ。


「なんにせよ、ご無事で何よりでした」

「……は?」


 屈辱に顔を歪めていたクライドにとって、ダリアから発せられたその言葉は酷く予想外のものであった。


「貴方がどう思っているかは分かりませんが、私は貴方を評価しています。第四世代に適合した措置を受けないまま、第四世代と正面から挑もうとする者はそれほど多くない。その執念と、そこから生じる発想は私達の計画にとってなくてはならないものです」


 その言葉に世辞や打算はない。彼女から発せられる言葉は常に本心から生じるものだ。


「それよりも、戦闘で課題は明確になりました。ギアによる超高速戦闘への対応……予想はしていましたが、あの動きに人工知能が対応するのは難しい。戦術を検索、模索しているようでは到底間に合わない。もっと直観的な対応が必要です」

「(……あぁ、なるほど。コイツ……ただの研究バカだ)」


 これまで正体の定かではなかった、無愛想な上官であった彼女の考えがようやく理解できた。

 トライアル&エラー。全ての失敗は成功へと至るための糧でしかない。


 済んだことになど頓着はしない。敗北を問題とするのではなく、その理由を考察することにこそ価値がある。

 ダリアの発想はどこまでも効率的であり論理的であり、そして――クライドの好みに合っている。


「まずは現状で取れる戦術を考案。最終的には思考ルーチンそのものの改善案を検討します。話は以上です。下がって休んでください」

「……了解。まぁ、これからもよろしく頼むわ」


 愉しげな笑みを浮かべながらそう言い残し、踵を返す。

 新しい職場と第四世代のギアはクライドを退屈させることなく、彼を新たな戦場へと誘うのだった。

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