第4話 強襲
案内されたブリッジには見たこともない複雑そうな計器が多数設置されていた。
迂闊に触れば何が起こるか分からないので、アリシアは後ろ手を組みユウリと通信するエレナの背後で様子を伺う事しかできなかった。
「攻撃を仕掛けてきているのは第三世代のギア、ハウンド。間違いなくさっき交戦したギアと同じ勢力だね。今のところ攻撃は散発的だから、ハルに回避行動を取らせれば暫くは持ちそう」
『振り切れないか?』
高高度を飛行するフォートレスに対し、ギアが有効な攻撃を加えることは難しい。
それはフォートレスが最強の地上兵器である、ギアを意識して設計されたものであるためだ。
専用に設計された対空ミサイルか、或いは超長距離スナイパーライフルでも用いない限り射程の問題をクリアできない為だ。
対空ミサイルは撃ち落とすことが可能であり、スナイパーライフルにしても一発や二発ではフォートレスを撃墜することはできない。
そのため攻撃を避けて離脱することは通常であれば難しくないのだが……。
「多分無理。一機なら何とかなったけど、現時点で三機のハウンドがこっちの進路を塞ぐ形で布陣してきてる。加えて後方から三機、こっちを追いかけて来てる」
「合計六機って……それじゃ傭兵じゃなくて軍隊じゃない……」
「ハウンドを作ったノーラム社は、量産型ギアの開発を得意としてる。実際ハウンドは第三世代の名機と言われてて、派生機も多い。とはいえ今の主流は量より質。ノーラム社はそのシェアを失いつつある」
戦闘が高速化するにつれ、一般の兵士がギアを操ることは難しくなった。
現在各国、各企業が競い合うようにして開発を進めている第四世代ギアを操るのは、皆特殊な訓練や、何かしらの処置を施された者ばかりだ。
一定数のパイロットが確保できない以上安価な量産型ギアを使用するメリットは薄く、またノーラム社は第四世代ギアの開発に一歩遅れている。
「巻き返しのために、ノーラム社はギアの新しい運用プランを検討しているって噂があるんだ。それが……AIによるギアの自律稼働」
『ノーラム社の連中とは昔少しばかり揉めたことがあるからな。やり口は想像がつく。ま、何とかなるだろ』
「油断しないでよ、ユウリ。前に戦ったときから時間も経ってる。AIがどの程度改善されてるかは分からないけど、第四世代ギアとの戦闘を想定して用意されている可能性がある」
『状況は大体分かった。何にしても、完全に包囲される前にこっちから打って出るしかないだろう。連携を取れる前に、各個撃破を図る』
「それしかないだろうね。装備はどうする?』
『換装の手間が惜しい。このまま行く』
「りょーかい」
勝手知ったるということか。流れるようにスムーズに話が進んでいく。
詳しいことは分からないが、どうやらユウリは六機以上のギアを相手にこちらから打って出るつもりらしい。
アリシアを引き渡すという選択肢も存在するはずなのに。
「こちらエアー7、出撃準備完了」
小さく溜息を吐き、肩を竦めながらエレナは言う。
だけどその表情に悲壮感はなく。
『スカイブルー。出撃する』
応じるユウリの声もまた自信に満ちたもので。
そうしてユウリの駆る青いギアは、地上に向かって出撃して行った。
エアー7から転送されてきた敵機の位置情報を確認する。
狙撃を行ってきた機体は三機。散開して追撃を行うためか、それぞれの機体の距離はそれなりに開いている。
「(連中の能力がどれ程かは知らんが……連携させる暇は与えない)」
最初の標的は右端の機体と定める。中央を攻めるのが最短だが、挟撃のリスクは避けた。
ブースターを稼働させ降下しながら一直線に、最短距離で標的との距離を詰める。
無論敵機とてされるがままではない。直ちにスナイパーライフルによる迎撃を行ってくる。
「(思った通り、大したことはないな)」
対フォートレス用の、射程に特化したスナイパーライフルでは第四世代のギアを相手にするには役不足というもの。
音速を超える速度で放たれる銃弾を最小限の動きで回避して着地。止まることなくユウリは機体を加速させる。
二発、三発と敵機による銃撃は続けて行われるが時間稼ぎにもなりはしない。
足を止めるどころか速度さえ落とすことなく、スカイブルーは標的に迫る。
右手に装備されたエネルギーブレードは左脇の下へと構えられ、『納刀』の状態にある。
「まずは、一機」
ハウンドの左側をすり抜け、すれ違いざまに『抜刀』。ブレードが生成される。
冠城流抜刀術・一本目『始刀』。すべての攻撃の起点となる抜刀術。
成す術もなく一機目のハウンドは胴を両断され、その動きを停止する。
それを見届けることなくユウリは機体を加速させた。
ギアを用いた戦闘での基本は、足を止めないこと。
ギアの持つ最大の強みはその機動力にあるが、静止状態となればこの優位性は失われ直ちに狙い打たれることになる。
だからこそ一刀目を放った後も足は止めない。
スカイブルーは倒れ伏したハウンドをすり抜け、二機目の標的を目指して駆けていく。
『ユウリ、追加で三機。ハウンド二に、アサルトハウンド一。高速でそっちに向かってる。多分これ、待ち伏せされた』
「こっちの動きは想定済みか。まったく面倒な……」
これまでエアー7のレーダーに反応がなかったということは、それまでギアが稼働していなかったということに他ならない。
つまり待ち伏せ。こちらがギアで迎撃に出ることを予測されていた。
『どうする?』
「はっ……分かりきったこと聞くなよ」
不敵な笑みを浮かべ、レーダーに映った敵機を見据える。
相手が集団と聞いた時点でこの程度の事態は覚悟している。承知の上で打って出た。
ならばやることに変わりはない。
「正面から捻じ伏せる。相手の第四世代が一機ならやりようはある」
『まったく……仕方ないなぁ』
周囲は砂漠地帯。障害物らしい障害物はなく、最大速度でギアを運用することも容易い。
十秒と経たず二機目のハウンドを視界に捉える。
本命の部隊が出てきたことで行動方針に変更があったのか、敵のハウンドは背を向け離脱を図っている。
恐らくは本隊との合流を目的としているのだろう。
「逃がすと……思うかっ!」
見逃す道理などない。
スカイブルーはエネルギーブレードを腰だめに構え、ブースターを稼働させ更に加速。
冠城流抜刀術・六本目『追刀』。背後から相手に迫り、腰だめに構えた刃を突き出し相手の胴を貫通させる。
「(これで、二機)」
すかさずハウンドの腹部を貫通したブレードを横薙ぎに払い進路を開けると、ユウリは再びスカイブルーを加速させる。
「……ちっ!」
加速させようとして、直後にサイドブースターを動作させてL字に方向転換。
一瞬遅れて、先ほどまでスカイブルーが居た場所にスナイパーライフルの弾丸が突き刺さった。
『思った通り、大した腕じゃねぇか。人形共じゃぁ歯が立たねぇわけだ』
通信機から響くのは以前に聞いた男の声。
男の操るアサルトハウンドは新たに二機のハウンドを従え隊列を組みながら、スカイブルーに接近してくる。
更にその背後、見通しの良い高台の上には狙撃を仕掛けてきた三機の内の、最後の一機が布陣している。
合流された。
『それじゃあ……さっきの借りを返させてもらうぜっ!』
「(上等ぉ……)」
胸の内だけで呟いて、ユウリは敵を迎え撃つのだった……。