第2話 前哨戦
何処までも続く青い空の下を、一機の輸送機が飛行している。
フォートレス。それが最強の戦力であるギアを戦場へと運び、その戦闘を補助する用途で開発された輸送機の呼称であった。
低翼配置の主翼と、その主翼よりも下方に配置された水平尾翼。総じて輸送力よりも速度と旋回性を重視した構造。
フォートレスとしては珍しい形状ではない。フォートレスの目的は速く安全に確実にギアを戦場まで送り届けることと、その戦闘を支援すること。
離着陸性能や輸送力は必ずしも必要とするものではない。
青い塗装が施されたそのフォートレスの名は、エアー7。そのパイロットを務める少女、エレナが二機のギアを発見したのはまったくの偶然だった。
「確認した。やっぱり二機ともギアだ。一方は相当な年代物……連合国の第二世代だね」
『追っかけられてる方はどうでもいい。問題は相手だ』
予想通りの返答にエレナは思わず小さな溜息を吐く。
「ノーラム社のアサルトハウンド……第四世代だね。ねぇユウリ、ホントにやるの? これ、絶対厄ネタだよ。分かってるよね?」
『動きを見るに、連合国のギアを動かしてるのは素人だ。あの様子じゃ碌な訓練も受けちゃいないだろう。……なら、何でその猟犬野郎は態々時間をかけてそんなものを追い回してるんだ? その気になりゃ一発で片が付くだろう』
明らかに苛立たしげな、不快げな声。自分の相方、ユウリの人間性というものをエレナはよく理解していた。
興味がないことには無気力な為に落ち着いた人物であるように見えるが、その実直情的な性格で、気に入らない相手には噛み付かずにはいられない。
不器用で後先考えずに厄介ごとを背負い込む正義の味方。
「遊んでるんでしょ。それが気に入らないのは分かるけどさぁ……」
『分かったらさっさと出せ。手遅れになる』
「りょーかい。まぁ、機体を壊さずに帰ってきてよ」
仕方がないと再び溜息を吐き、指定の装備を準備。後部のハッチを開く。
「こちらエアー7、出撃準備完了」
『スカイブルー。出撃する』
ブースターを噴かせ、エアー7と同様の青い装甲で覆われたギアが地上に向かって降下していく。
通信機から響いた声に、若干の喜悦が混ざっていたのは恐らく気のせいではないだろう。
とはいえそれはいつものこと。ならば仕方のないことだ。
血の気の多い相方の面倒を見るのはいつだって彼女の役目なのだから。
「……さて、こっちはこっちで、準備しないとね。……ハル?」
『応答』
エレナの言葉に機械的な音声が応じる。
「周辺諸国の情報収集。政治関連を中心に。アクセスはレベル3まで許可する。ただし、ログは残さないように」
『了解。……それからエレナ』
「ん、なに?」
『ユウリが心配ならば、素直に心配だと言った方が伝わると思う』
「余計なお世話だよ! いいから早く情報を収集して!」
最近妙に人間じみたことを言い出すようになった人工知能に言葉を返しながら、エレナは再度命令を下すのだった。
降下に合わせてブースターを動作させ、アサルトハウンドへと迫る。
背後から高速で強襲したスカイブルーに対し、アサルトハウンドの対応は迅速でありまた的確であった。
『ハハッ……聞いてねぇぞ! 何だテメェはっ!』
背後を見せたまま機体を加速させ、その場からの離脱を計る。
「(狩りが趣味の、単なる戦闘狂じゃないな……)」
加速しないままあの場で反転するようならば、即座に斬って捨てていた。
とはいえ未だにこちらが追う側。ユウリは上空からの垂直降下で稼いだ加速を殺すことなく機体を着地させ、ギアを走行させる。
平地においてギアは二足歩行で走るということをしない。脚部からローラーを展開し、ブースターを噴かせて疾走する。
『お前、アレに雇われた護衛か? にしちゃぁ遅い到着だが……ハハッ、どうでも良いっ! 飽き飽きしてたんだよ、こんなつまんねぇ仕事はよぉ!』
「通りすがりだ。運がなかったな」
『いいや、最っ高の幸運だねっ!』
瞬きすら許されぬ攻防。
背後を見せるアサルトハウンドに向かってユウリは左手に装備したアサルトライフルを放つが、それを読んでいたかのような蛇行でその殆どを回避してのける。
運良く機体を捉えた銃弾も、エネルギーシールドに阻まれ無力化される。
音速に匹敵する最高速度と、あらゆるエネルギーを吸収するエネルギーシールド。それがギアを地上最強たらしめる要因であった。
生半可な攻撃ではシールドに阻まれ、相手を加速させるだけに留まる。
故に本気で逃げるギアを追撃し撃破するには相当な技量差か、或いはスペック差が必要になる。
スカイブルーとアサルトハウンドにそれ程の差はない。スカイブルーは機動力を重視した軽量級の機体だが、対するアサルトハウンドも同様に軽量級。
加えてアサルトライフルによる射撃を行えばその反動でスカイブルーの速力は低下する。この状態で逃げるアサルトハウンドを仕留めるのは難しいものがあった。しかし……。
『ハッ……ハハハハハッ!』
いつまでも逃げ回る程、アサルトハウンドのパイロットは気の長い性質ではなかった。
両肩よりウィングを展開。ブースターの噴流の向きを変え推力を偏向。アサルトハウンドが飛行する。第四世代のギアは限定的ながら飛行能力さえも有する。
稼いだ速度エネルギーを高度エネルギーへと変換しながら鮮やかなJターン。高度を下げながら失った速力を取り戻し、スカイブルーを迎え撃つ。右手にはショットガン、そして左手にはアサルトライフル。
アサルトライフルによる牽制を行いながら、アサルトハウンドは最短距離、真正面からスカイブルーに接近する。
ギアのエネルギーフィールドを突破し有効なダメージを与える手段は複数存在するが、最も単純な力技とされているのが面攻撃によるオーバーヒートであった。
放射状に散弾を撒き散らすショットガンは正しくそれを狙う為の武装と言えた。
エンジン部を狙って至近距離で直撃させれば、一撃でギアに致命打を与えかねない。
『オラッ……死ねやっ!』
「お断りだ」
しかしユウリからすれば想定の範囲内。その武装を見れば、至近距離からの一撃撃破を目的としていることは一目瞭然。
サイドブースターを噴かせながら地を蹴り、左に飛び退り攻撃を避ける。そうしてすれ違いざまに、右手に装備された武装を振るった。
柄だけの剣。それは振るわれると同時に青白い光の刃を纏う。―――エネルギーブレード。
『っ!』
アサルトハウンドは咄嗟に身を捻り紙一重でブレードの直撃を避けたものの、その右腕は根元から切断された。
構うことなくアサルトハウンドはそのまま機体を加速させ、スカイブルーとの距離を取る。
スカイブルーもまた、アサルトハウンドを追撃することなく機体を加速させる。
「(避けられたか……)」
機体を加速させながらユウリは小さく息を吐く。
戦果は右腕一本。腕以上に相手の主武装、ショットガンを奪ったことが大きい。左手に残ったアサルトライフルだけではギアに対して効果的なダメージを与える事は出来ない。
しかし欲を言えば先ほどの交錯で決着を付けたかったとも思う。こちらの手の内が知れた以上、相手も迂闊に近接戦闘を仕掛けてはこないだろう。
『テメェ……『剣士』か。まったく楽しませてくれる……』
アサルトハウンドから楽しげな声が響く。
銃の普及と共に剣の時代は終わりを迎えた。射程に勝り、筋力に劣る女子供でも訓練された兵士と同じ威力を発揮することが出来る銃はやがて剣を駆逐し戦場を支配した。
この原則は当然のようにギアによる戦闘においても適用される。
事実、ギアの武装として多く採用されているのはミサイルや実弾兵器、或いはレーザーライフル等の光学兵器である。
そんな常識を覆したのは、一人の男だった。
桐原流剣術皆伝の腕を持つ現代の侍、冠城ユウスケ。優れたギアパイロットでもあった彼はエネルギーシールドを突破し確実に敵のギアを破壊する術を編み出した。
超至近距離から相殺出来ないほどの高出力エネルギーの塊をぶつければ、どのようなギアであったとしても破壊することが可能である。
その理念の元に開発されたのは有効射程十メートルにも満たない白兵武器、エネルギーブレードであった。
その兵器は当初、嘲笑と共に否定された。あまりにも愚かで夢見がちな武装であると。
そもそも音速に近い領域での高速戦闘では機体同士が触れ合うほど接近することは稀であり、白兵戦闘に縺れ込むことなどまず有り得ない。
そんな言葉など聞く耳も持たず、何一つ反論することなくユウスケはただ一振りの武装とギアを携えて戦場に立ちその刃を振るいに振るった。
エネルギーシールドを展開しながらギアが持つ最高速度にて突撃を慣行し、致命的な攻撃を潜り抜けながら間合いを詰めブレードで確実な撃破を狙う。
その圧倒的な破壊力と特攻じみた捨て身の突撃を実行に移す精神性。そして無謀な突撃を脅威の戦術へと変えるユウスケの技量は戦慄と共に賞賛され、ギアによる白兵戦闘の有用性を示したのだった。
「続けると言うならなら相手をするが、どうする?」
その状態でまだやるのかと問う。そんなユウリの言葉に対するアサルトハウンドの対応もまた、迅速であり的確であった。
『……テメェを相手取るにゃ流石に準備が足りてねぇか。お色直しを済ませたらまた遊びに来てやっから、楽しみにしてろや』
機体を反転させることなく三下じみた捨て台詞を残し速やかに撤退。右腕が失われているとはいえその機動力が健在な以上、撤退するアサルトハウンドの追撃は容易ではない。
或いは敵のフォートレスを捕捉し、撃沈するというプランも考えられなくはないが……。
「態々こっちから藪を突くこともないだろう。お色直しだか何だか知らんが、準備が整うまで律儀に待つこともない。第二世代を回収後、離脱する」
『りょーかい。ま、妥当なところだね。街まで戻れば向こうだって手を出してくることはないだろうし』
ユウリ達の目的は敵の全滅ではない。ならば相手をするだけ時間と労力の無駄というもの。速やかに離脱する方が建設的だ。
そう判断し、ユウリは倒れている第二世代の元へと向かう。
「応答を求む。こちらはローレス所属、機体コード・スカイブルー。貴機を狙う敵機は撤退した。こちらが貴機と遭遇したのは偶然だが、状況の如何によっては貴機を保護する用意がある。応答を求む」
国際周波数による通信を行うが反応がない。第二世代のギアは立ち上がり、何やら慌てた様子で両手を上げている。抵抗しない意思を見せる、ホールドアップ。
「繰り返す。こちらは……」
『聞こえてると思うよ、ユウリ。こっちに従うって言ってるみたいだし、そのまま先導して連れてきちゃって』
「いや、だけどな……」
『通信機の使い方が分からないんだよ、多分ね』
小さな溜息と共にエレナは言う。その言葉の中には、諦めの色が混ざっている。
やっぱり厄ネタじゃないか。そんな声が聞こえてくるようだった。