第18話 悪寒
『目標地点到着まで後十分。作戦の最終確認を行うよ』
スカイブルーのコックピットの中。ユウリは通信機から響くエレナの声に耳を傾ける。
テロリスト鎮圧の依頼を受けて一時間としない内に、ユウリ達はカサフスの街を離れラーダッドに向かっていた。
準備に時間をかけるよりも早急に敵の殲滅を行うべきという判断だった。
『目的はギア開発工場を占領しているテロリストの鎮圧。内部には精密機械が多く、また人質の存在も予想されているけど、最優先はそれらへの配慮は二の次で良いから』
「了解した。作戦に支障が出ない程度に対応する」
『……まぁ良いけど』
煮え切らないユウリの返答にエレナは何か言いたげだったが、いつものことと割り切ったらしい。
コックピット内に複数取り付けられたディスプレイの一つに、工場の見取り図が表示される。
『ギアが侵入出来る大きさの入り口は搬入口と出荷口の二つ。今回スカイブルーは出荷口から侵入を行い、内部のテロリストを鎮圧しながら搬入口に向かう』
これは工場内で組み立てられたギアを出荷する為の出荷口の方が、運搬用の設備が整っているためだった。
スカイブルーが出荷口を制圧するのに併せてラーダッドのギア部隊が搬入口を包囲。逃げ道を塞ぐという作戦だ。
これに対しアリシアは『私達のリスクが高すぎるのではないか』と異を唱えたが、第三世代ギアと第四世代ギアはそもそも運用方法が異なる。
小隊――三機から四機で一組の編成で集団戦闘を行う第三世代とは異なり、第四世代は基本的に単機で戦闘を行う。
エネルギーシールドが味方の攻撃にも作用するため連携が取りづらいということと、第四世代は機体数に限りがあること、そして第四世代ギア長所である機動力を活かすには単独行動の方が向いていることが理由だった。
量よりも質。数に頼った面攻撃ではなく、特化した能力を持った機体による一点突破が第四世代ギアの基本戦術。
練度の低いラーダッドのギア部隊と行動を共にしても、足を引っ張られるだけだ。
『挟撃を避けるため、四ヵ所存在する格納庫は全て内部を確認、制圧してゆく。また施設内ではエアー7によるナビは困難なため、偵察用ドローンを使用する。間違っても撃ち落さないようにね』
「善処する」
『行動で示して』
再びのユウリの玉虫色の回答に、今度はエレナも黙っていなかった。
しくじったと、ユウリは内心舌打ちする。
『前にも言ったけど、ホントに高い物なんだから! くれぐれも、く、れ、ぐ、れも! 打ち落とさないように注意してね!』
『ま、まぁまぁエレナ。ユウリだってその辺りは考えているだろうから』
噛み付いてくるエレナの背後から、とりなすようなアリシアの声が聞こえてくる。
施設内での作戦を円滑にするためとエレナが導入した偵察用の飛行ドローンは最高速度時速二百キロ、カメラ以外にも赤外線、音波、磁気、温度など様々なセンサーが搭載され、ちょっとしたステルス機能まで搭載された特注品だ。
正直機能過多だと思うし、趣味に走っている部分があるのではないかという疑惑もあるのだが、ユウリは口を閉ざした。
初回導入時、様々な機能に関する説明を一時間ほどかけて聞かされ、その後ものの十分と経たずにアサルトライフルで撃ち抜いてしまった初号機――ルカのことを思います。
驚いたことにエレナはドローンに名前まで付けていた。昔飼っていた猫の名前らしい。
ルカを撃墜してしまった時のエレナの悲痛な声を、ユウリは今でも覚えている。
それからエレナは一ヵ月ほど部屋に閉じこもり、口を利いてくれなかった。
その後彼女が執念で修理したルカは更に機能が拡張され、彼女の自室に飾られている。
本来の用途が果たせていない上に、渡された明細を見る限り修理には新品を買い直す際の数倍の値段が掛かっているのだが、藪をつついて蛇を出すのも旨くないためユウリは見なかったことにしていた。
今使われているドローンは、ルカを元にして発注された量産型だ。
『……次に敵の戦力だけど、これについては現場の指揮官に聞いた方が早いだろうね』
アリシアのとりなしを受けて、エレナも一応は落ち着きを取り戻したらしい。
ディスプレイのマップに敵機の情報が表示され、音声が切り替わる。
『現場指揮を任されているヴィクトルだ。面倒をかけるな、ユウリ』
「だろうと思ったよ」
聞きなれた神経質そうな男の声に、ユウリは大きく溜息を吐く。
若くしてラーダッド陸軍の大佐を務める男、ヴィクトルはユウリの古い友人だった。
ラーダッドが隣国の支援を受けることなくこれまでテロリストを撃退できてきたのはヴィクトルの手腕と、そしてユウリの力によるところが大きかった。
「相変わらず面倒事ばっか任されてんなぁ、アンタ」
『なにぶん人材不足なものでな。手足になれる人材が居ないというのは如何ともしがたい。いい加減ラーダッドに移住する気はないか?』
「んな貧乏クジ誰が引くかってんだ」
『まぁそうだろうな』
ユウリの返答にヴィクトルは乾いた笑い声を漏らす。
お馴染みのやり取りだが、ヴィクトルが憔悴しているのが伝わってきた。
ラーダッドにアルティマの工場を誘致するのは、国防の戦力を他国や傭兵に依存する状況を打開するためにヴィクトル達革新派が推し進めていた計画だった筈だ。
その改革がようやく成果を出し始めた矢先にこの事件では、頭が痛くなるというものだろう。
しかしヴィクトルはそのような愚痴を漏らすことなく、本題に入る。
『敵戦力については、事前に連絡している内容から変化はない。搬入口と出荷口にそれぞれ二機ずつ、工場で強奪したと思われるナイトG3が布陣している』
マップに映った敵機に情報が追加される。武装はアサルトライフルにショットガン。
周囲の被害を考慮しない、近距離戦の武装だった。
『それから、テロリストが持ち込んだらしい戦車が四台か確認されている。見た限り旧型だ。固定砲台の代わりにでもするつもりだろう』
「それだけか」
『外から確認できる範囲ではそれだけだが……』
ユウリの言葉に、ヴィクトルが大きく溜息を吐く。
『工場内で組立されていたギアは全部で十機。最悪工場内で残り六機を相手にする必要があるかもしれない。それに、工場を占領したときに使われた手段も明らかになってない』
警備を行っていた三機のナイトG3を、援軍を呼ぶ間もなく一瞬で無力化した戦力。
そういう存在にユウリは心当たりがあった。
「第四世代が関わっているなら少しばかり面倒だな」
『相変わらずだなお前は。少しばかり面倒で済む話じゃないだろうに』
「ま、やれるだけやってみるさ」
『……そうだな、頼む。こちらからの通信は以上だ』
余りにも簡潔なユウリの言葉に、ヴィクトルはそれ以上何も言わなかった。
通信が切られ、束の間の静寂が訪れる。
「(どうにも厄介そうだな)」
これまで何度もラーダッドからの依頼を受けてはきた。ラーダッド解放戦線の連中とも戦ってきた。
しかし今回の一件は、これまでとは毛色の違う事件なのではないかという予感がある。
根拠はない、ただの勘だった。しかしこういったイヤな予感ほどよく当たるものだ。
見えない目的、占領された工場内というアウェーでの戦闘、定かではない敵戦力。
その一つ一つはこれまでも経験したことがあるものだが、これだけ不安要素が重なるというのは偶然だろうか。
「(まぁ、良いだろう)」
壁があるならぶち壊すし、立ち塞がるものがあるなら斬って捨てるだけ。
器用ではない自分はずっとそうしてきたし、恐らくはこれからもそうだろう。
そして力及ばず敵わないならば、潔く散るまで。
「……?」
そこまで考えて、ユウリは何か違和感を覚えた。
何かが引っかかる。思考の歯車が噛み合わない。言ってしまえば、調子が悪い。それもまた根拠のない勘だった。
大きく首を横に振り、ユウリはそんな考えを振り払った。
肉体的、体力的な問題はない。ならば後は集中力の問題だ。考えても仕方のないことは考えない。
今はただ、目の前の敵に集中するだけ。
「スカイブルー、出撃する」
そうして、ユウリは戦場へと降り立つのだった。