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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
修羅と傭兵
17/75

第17話 ラーダッドの依頼


 昼食をとっている最中にハインドから連絡を受けた。緊急の用事とのことらしい。

 食後の一服を楽しむ間もなく、ユウリはエレナとアリシアを連れてローレスのカサフス支部へと向かった。


 受付で話をすると顔見知りの職員に案内され会議室に通される。

 ローレスの会議室は全てカードキーがなければ入室出来ない防音措置の施された特別室なのだが、今回通された部屋は更にその上を行っていた。


 防音措置に加えて多種の電波を遮断するジャミングが施された、窓のない部屋。

 政府関係者やローレスの重役が会議をする為に用意された、BIPルームと呼称される特別室。この時点でユウリはイヤな予感を覚えた。


 電話で要件の概要を伝えてこなかったのは情報が漏れることを避けるためか、或いは外堀を埋めるためか。

 ともあれ今更帰る訳にもいかない。せめてもの抵抗として部屋に入るなりユウリは意識して顔を顰め、釘を刺した。


「厄介事なら勘弁して欲しいんだけどな、ハインド」

「まぁそう言うな。ここに呼ばれた時点で今回の依頼が厄介事以外のでもないってのは想像が付いてるんだろう」


 一方のハインドも慣れたもので、表情一つ変えずにユウリ達三人に席を勧めてくる。


「ガドックの店で大立ち回りをしたんだってな。おめでとう、これでまた暫く噂の的だ」

「騒ぐ分には勝手だ。こっちに耳に入ってこない限りは大人しくしててやる。しかしまぁ、俺はそんなに気の長い性質じゃないからな」

「そんなことはここの連中は皆知ってる。まぁ、今回噂になりそうなのはそっちのアリーさん……ではなくて、アリシアさんの方なんだがね」


 そう言って、ハインドは意味ありげな視線をアリシアへと向ける。


「あぁ、えっと。先日はどうも、ハインドさん」


 言わんとすることを察して、アリシアは苦笑を浮かべた。


 ―――アリシアがカサフスの街で暮らす上で障害となったものが一つあった。戸籍である。

 傭兵が集まる街ということもあって去る者は追わず、来る者は拒まないといった風潮の強いカサフスだが、流石に戸籍がないとなると色々と面倒が生じる。


 戸籍がなければ公的機関を活用できないし、まっとうな不動産屋を活用することも出来ない。

 金で解決出来ないことはないが足元を見られるし噂にもなりやすい。


 ダメ元で戸籍を偽造できないかエレナに相談したのだが、流石に一朝一夕では無理があるらしい。検討したが準備に半年は必要だという回答だった。

 逆に言えば半年あれば何とかなる目処が付いているということで、改めてエレナの万能っぷりを思い知ったユウリだった。

 何の準備が必要なのか、あまり想像したくなかった。


 しかし戸籍の問題はすぐに解決した。フランベルジュを退けた次の日、ユウリのアパートに書類が届けられたのである。

 アリシア・ベル、20歳。本籍はクラナダ。念のためエレナが詳細を調査したが不審な点は一切なし。


 因みに行方不明となっていたアリシア第二皇女は無事保護されたとクラナダ政府から公式声明が出され、皇女誘拐事件は収束。

 本人に大事はないが状況を鑑みて、当分の間公務は控えるとのことだった。

 今頃姉様が影武者でも用意しているんでしょう、というのはアリシアの見解だ。


「……おい、うちの従業員に色目を使う為に俺達を呼び出したのか?」

「何が従業員だ白々しい。俺の女に手を出すなくらいのこと言う甲斐性はないのかお前は。……ともあれ、まぁ世間話はこの程度にしておくか」


 そう言ってハインドは資料をユウリ達に手渡す。

 何かの施設のようだが、それが何なのかユウリには分からなかった。しかしエレナには判別が付いたらしい。


「ギアの生産工場? かなり大きいみたいだけど」

「そう。ラーダッドに建設されたアルティマのギア生産工場だ」


 アルティマの名は流石のユウリも聞き覚えがあった。連合国の軍事産業の最大手だ。

 連合国が使用しているギアの五割はアルティマかその関連会社が開発した機体だった筈だ。


「情報規制がされてはいるが、このギア生産工場は現在テロリストに占領されている」

「まぁ、そういう話になるよな」


 ハインドの言葉をユウリはさして驚きもせずに受け入れた。

 傭兵に施設の見取り図が渡されるということは、要求は大きく三通り。防衛、制圧、侵入。今回は制圧ということらしい。


「敵はラーダッド解放戦線。施設占領から八時間が経過したが今のところ動きはなく、要求も出ていない」

「八時間? 本当に?」


 ハインドの言葉にエレナが驚いた様子で聞き返す。


「事実だ。夜明け前に占領されてから現在まで、状況に変化はない」

「えっと、それってそんなにおかしなことなの? 三十六時間の立て籠もりとか聞いたことがあるんだけど」

「衝動的な犯行や身代金目的なら考えられるけど、今回のケースは状況が違うと思う。ラーダッドの軍事力は確かにそれほど高くないけれど、ギアの生産工場には相応の警備を置いていた筈だよ」

「彼女の言う通り、第三世代のギア三機が警備に就いていた」


 エレナの説明をハインドが補足する。頷き、エレナは言葉を続けた。


「つまり、敵は第三世代ギア三機を無力化して施設を占領するだけの戦力を有しているってことになる。そんな連中が施設を占領したまま何の動きも見せないのは明らかにおかしい」


 工場で生産されたギアが目的なら、一刻も早く機体を奪取しそのまま逃走を図るだろう。

 施設の破壊が目的ならそもそも占領の必要がない。

 占領した施設の引き渡しを条件に何かを要求してくる気配もない。

 つまりは、目的が見えない。


「ラーダッド政府も同じ懸念を持っている。基地に留まる理由があるのか、或いは時間を稼ぐこと自体が目的なのか。どちらにせよこの状況を長引かせるのは好ましくない」

「そこで俺達、ってことか」

「そういうことだ。施設内のテロリストの鎮圧を依頼したい」

「相手が人質を取ってきたらどうする?」

「可能な限り保護を頼みたいところではあるが、最優先事項はテロの鎮圧だ。周囲への被害の配慮も考えなくて良い」

「そうか」


 ユウリは目を閉じ、結論を出し、閉じていた目を開く。そしてエレナとアリシアに視線を送った。それはチームで依頼をこなすようになってからの、ユウリの癖のようなものだった。

 咄嗟のことだったためかアリシアはビクリと身体を震わせる。一方のエレナは慣れた様子でその視線に頷いて見せた。


「テロリストの鎮圧以外は何も保証しない。それで良いなら引き受ける」

「構わんよ。さっきも言ったが、テロの鎮圧が最優先。それがラーダッド政府の意向だからな」


 ユウリの返答に、ハインドは小さく笑みを浮かべるのだった。




 ユウリ達の仕事をアリシアはよく分かっていない。ただ少なくとも、一山幾らのはした金で雇われる傭兵とはどうやら扱いが違うらしいということは理解できた。

 血と硝煙の臭いが漂う戦場をアサルトライフルを担いで突撃するような真似はせずに済みそうだ。いや、やれと言われてもアリシアは困っていたのだが。


「それは当然だね。ギアを扱える傭兵は貴重な上、スカイブルーは第四世代ギアだから」


 エアー7でラーダッドへ移動する際中、アリシアの疑問にエレナが答えた。


「フォートレスの建造には最新型の戦闘機をダース単位で購入できるだけの費用がかかる。それでも資金があればどうにかなるフォートレスはまだマシで、第四世代ギアはそもそも機体数に制限がある」


 第四世代ギアに使用されているジュノーエンジン。その原料となるジュノーは、月でしか採取することのできない希少金属だ。

 しかし十年前の『大戦』以降月の開発は停滞している。つまりは供給がない。

 現在地球上に存在しているジュノーエンジンの数は凡そ百と言われており、それらを巡って各勢力が小競り合いを繰り返しながらギアの開発を進めている。それが現在の状況だった。


「それにパイロットも貴重なんだよ。第四世代ギアの高速戦闘は特殊な訓練や強化措置が施された人間でしか対応出来ないから」

「強化措置……」

「うん。あんまり詳しくは聞いてないけど、倭国に居た頃はユウリもそういう措置を受けてたんだって」

「措置って、そんな簡単に……」


 あっさりとしたエレナの物言いに、アリシアは反感を覚える。

 強化措置に関する噂はアリシアもクラナダに居た頃に聞いていた。


 薬物による強化や、身体の一部を機械化して肉体強度を高める措置。そして、先天的にギアの操縦に適性を持った子供を作り出す遺伝子操作。

 そうした措置は多くの場合何かしらの代償をもたらす。その行いは非人道的と多くのメディアや人権団体に非難されながらも、未だ止まることなく続いている。

 それだけの価値が第四世代ギアにはあるのだ。


 ユウリのことが心配じゃないのか、そう尋ねようとしてアリシアは寸前で自制した。

 エレナがユウリの為にどれだけ尽くしているかは、この一週間でよく分かっていた。


「まぁ言いたいことは分かるけどさ。ユウリ自身そんなに気にしてないみたいだし、色々検査はして貰ったけど今のところ特に問題はないみたいだし。……寧ろあたしが言うまで何の検査も受けてなかったのが信じられなかったけど」


 何やら思い出したのか、エレナが不満そうに唇を尖らせ拳を握り締め始める。

 今までこうした愚痴を聞いてくれるような相手がおらず鬱憤が溜っていたのか、彼女は時折こうして過去の苦労話をアリシアに漏らすことがあった。

 アリシアとしても自分が会う前のユウリやエレナの話を聞くのは嫌いではないため、相槌を打って聞き役に回る。


「とにかく、第四世代ギアを所持してそれを操れるっていうのは凄いアドバンテージの筈なんだよ。なのに信じられる? ユウリの奴、あたしと会ってすぐの頃なんてフォートレスを質に入れてたんだよ!? 何でそんなにお金がないんだろうと思ったら、アコギな連中に仕事をやっすく買い叩かれててさぁ……。まぁ、そんな連中とはすぐに縁を切らせたんだけど」

「ホントに、ユウリはエレナに感謝してもし足りないくらいなのね」

「自分のことに無頓着なんだよユウリは。俺は好きにやってるんだ~、とか言って。好きにやってても貰うものは貰わなきゃだし、そんなんじゃ都合よく使われるに決まってるよ」


 その辺りはアリシアも同感だった。どうもユウリは自分の価値というものを正しく理解していないように思える。

 ローレスという組織のことをそれ程詳しくは知らないが、ヒルダを――つまりは連合国の最強戦力であるラウンズを退けることのできる傭兵などそうそう居るものではないだろう。

 カサフスの街で、ザールスで――いやローレスという組織の中で、ユウリを上回る実力を持った者が一体どれだけいるだろうか。


「都合よく使われるって意味じゃ、今回の仕事も大して変わらないように思うんだけどね」

「流石にその辺りの事情には詳しいんだね」


 エレナの愚痴を聞いたためか、アリシアはこれまで黙っていた本音を口にした。

 クラナダの隣国であったこともあり、ラーダッドの情勢についてはアリシアもある程度知っている。


 ラーダッドは『大戦』時にヴァンクールから独立し、連合国に加わった国家だ。

 高い軍事力を背景に周辺諸国を平定、或いは衛星国としてきたヴァンクールで起きたこの独立は、ヴァンクールの支配力の低下を強く印象付け、『大戦』終結の決定打になったと言われている。


 当時帝国と同盟を結んでいたヴァンクールの勢力を削ぐ目的で、連合国と経済連盟からの支援を得て、ラーダッドの独立は驚くほどの速度で行われた。

 しかし『大戦』の終結から十年が過ぎた現在、ラーダッドはあまりにも急速過ぎた独立のツケに悩まされている。


 『大戦』後にヴァンクールは経済連盟に加盟したもののその勢力は衰えておらず、独自に第四世代ギアの開発に着手するだけの力を有している。

 帝国との同盟も解消されているが、それも表向きの話。ヴァンクールは未だ野心を捨てておらず、周辺諸国を侵略する機会を虎視眈々と狙っているというのがもっぱらの噂だ。

 そんなヴァンクールが真っ先に取り戻そうとしているのが、かつて自国領であったラーダッドだ。


 その為の手段として使われているのが今回鎮圧の対象となっているテロ組織、ラーダッド解放戦線だった。

 彼らはヴァンクールから横流しされた兵器で武装しており、メンバーには元ヴァンクールの軍人も多い。保有している戦力はラーダッドの正規軍を上回っているとまで言われている。


 一方でラーダッドは連合国でありながら、クラナダを初めとした周辺諸国の支援を受け辛い状況にある。

 物資や技術開発、果ては軍事力に至るまで。あらゆる面で隣国であるクラナダから支援を受けている現在のラーダッド政府を、自国民さえも傀儡政権であると批判している。

 そんなラーダッドがクラナダに代わる戦力として近年利用しているのがローレスの傭兵だ。


「スカイブルーは、ラーダッドでは英雄なんて呼ばれてるんだよ」


 その言葉の響きに反して、エレナの表情は険しかった。


「火中の栗なんて誰も拾いたがらない。今回の依頼なんてまさしくそうだよ。自国の正規軍が対応出来なかったテロリストの鎮圧なんて、本来は相当な依頼料が必要になる」


 相手は第三世代ギア三機を短時間で無力化できるだけの戦力。

 周辺基地への救援要請が出されなかったことから、相手は大部隊ではなく少数精鋭であることが予想される。

 加えて工場内の現在の状況は不明。


「そういう依頼を、ユウリは断らずに引き受けてるんだよ。普段と大して変わらない相場でさ」

「何でまたそんなことを……」


 流石のアリシアも言葉を失う。

 英雄と呼ばれるのも頷ける。そんな真似をすれば、ラーダッドで起きる厄介事はユウリに集中するのが目に見えている。


「古い友人が居るから、だってさ」

「ほんっとに、アイツはもう……」

「ね、見てるこっちが堪んないよ。厄介事ばっかり抱え込んじゃって」


 そう言ってから、エレナははっとした様子でアリシアの手を取る。


「あっ、あぁっ!? いやその、別にアリシアの件が厄介事だったとかそういう話じゃなくて、最近の仕事の傾向というか、そもそもあたしの時もそうだったわけで」

「いや、そこまで気を使ってもらう必要はないというか、流石に自覚はしているというか」


 結局のところ、それがあるからエレナもユウリに強く出られないのだろう。

 アリシアも、そしてエレナも、そんな彼に救われたから。


「あぁでも、こういう話が身近に出来たのはホントに嬉しいなぁ。以前はアレットに聞いてもらうしかなかったから」

「そのせいでユウリへの印象が最悪なことになってるのね……」


 また一つ明らかになった事実に、アリシアは大きく溜息を吐くのだった。

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