第12話 レールガン
「あと、一分……」
呟き、ユウリは敵機を確認する。
相対距離は約二キロ。廃ビルの屋上を陣取ったフランベルジュは、そこから移動することなく狙撃を続けている。
スカイブルーが白兵戦に特化したギアだと知っていれば当然の対応だ。このままの距離で狙撃を続ければそれだけで苦も無く勝ちを拾える。
この状況を打ち崩すのは困難。一度退いて体勢を立て直すのが賢い選択なのだろうが……。
「(クソくらえだ)」
実力を見せると啖呵を切った。ならば見せてみろとヒルダは応じた。
仕切り直しなど敗北に等しい。
「っ!」
サイドブースターを動作させ、機体を右に旋回。一瞬遅れてフランベルジュから放たれたスナイパーライフルの銃弾が空を切る。
スカイブルーに搭載された攻撃予測システムとユウリの動体視力をもってすればスナイパーライフルによる狙撃の回避は難しくない。
避け損ねて一発や二発食らったとしても、エネルギーシールドでその威力の大半は吸収出来る。
しかしその攻撃はあくまで牽制に過ぎない。
狙撃を食らって機体がバランスを崩せば、スカイブルーの速度が落ちれば、間違いなく本命―――レールガンによる攻撃が来る。
「……厄介だな」
照準が付けづらくなるよう、機体を左右に振り回避行動を取らせながら忌々しげに毒づく。
遠距離攻撃型のギアに対する最も効率的な対策は、被弾を覚悟で距離を詰め接近戦で仕留めるというもの。
しかし相手がレールガンとなると一発の被弾が命取りになりかねない。
その上相手の武装はあろうことか連射が可能だ。その性能が分からない限り、迂闊に飛び込むのは危険過ぎる。
『どうした傭兵風情、威勢が良いのは口だけか』
不意にフランベルジュからの通信が入る。
安い挑発だ。応じる必要はない。そう思いながらもユウリは言葉を返す。
どうやら自分は予想以上に、頭に血が上っていたらしい。
「聞かせろよ。アリシアの奴がアサルトハウンドに襲われたのは知ってたんだろう? ……何故助けなかった」
フランベルジュのパイロット、ヒルダが本気でアリシアのことを心配しているのだということは通信機越しからでも伝わってきた。
だからこそユウリは気に入らない。
それほど心配だというのなら何故彼女を見捨てたのか。
『クラウディア様は、内外に敵の多いお方だ。私情ばかりを優先するわけにはいかなかった』
「一度見捨てておいて、生きてるなら返せってのは、少しばかり都合がよすぎやしないか?」
『正論だな。しかしこの場においては、何の意味もない言葉だ』
「正論か……」
恐らくヒルダは、そしてクラウディアは今回の一件の首謀者を特定し根絶やしにするために、あえて事態を静観していたのだろう。
今回の件を未然に防いだとしても次にまた同じことを企てる輩が現れないとも限らない。
それくらいのことはユウリにも理解できる。
理解は出来るが――納得できるかと言われれば、それはまた別だ。
「それならやっぱ、アリシアは俺達と居た方が良さそうだ」
『貴様に何の義理がある』
「義理なんざねぇよ。ただ気に入らねえだけだ。気に入らねえからぶっ飛ばす。気に入ったから手を貸してやる。それだけだ」
それは間違いなく、賢い生き方ではないのだろうけれど。
そう生きようと決めたことに後悔はない。
「どうせテメェら、アリシアが居ようが居まいが関係ねぇんだろ? 優秀なクラウディア様とやらが、何とでもしてくれるんだろう?」
出会って数日しか経っていないが、アリシアが聡明な女性だということはすぐに分かった。
クラナダの皇女たらんと努力を続けていることも分かった。
ヒルダが、そしてクラウディアがそのことに気付いていない筈がない。
アリシアの気持ちを理解した上で彼女らはアリシアに死ねと命じたのだ。
それがユウリにはどうしても我慢ならない。
「必要ないってんなら、俺に寄越せよっ! キッチリ面倒見てやるからよっ!」
『っ!』
ヒルダが息を呑む気配が通信機越しに伝わってきた。
返答はないがどうでも良い。伝えるべき事はすべて伝えた。後は行動で示すだけだ。
アリシアと約束した五分が過ぎた。
大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。それで、熱くなっていた頭はある程度冷静さを取り戻した。
感情に従うことは悪いことではないが、その行動まで感情的であってはならない。
常に冷静に状況を把握し、目的を果たすための最善手を選択しろ。
ギアの操縦を習った時に強く言い聞かせられた言葉だった。
「(……行くか)」
フランベルジュとの距離は変わらず二キロ。
双方共に大きな損傷は受けてないが、急激な加減速を繰り返しているためスカイブルーの機体には相応の負荷がかかっていると思われる。
トラブルに見舞われるよりも早く、決着を付ける。
計画は当初の通り。フランベルジュの狙撃を回避しながら接近し、エネルギーブレードで斬り捨てる。
レールガンの連射が可能だったのは予想外だったが、『連射してくる』ということを想定すればやってやれないことはない。
避け損じたのならば、その時はその時と腹を括る。
そうして再度オーバーブーストを起動させようとしたその時……。
『お待たせ、ユウリ』
エアー7からの通信が開き、エレナの声が響く。
「……エレナか」
『なにそのちょっとガッカリしたような言い方』
「気のせいだろ」
実際のところ、確かに出鼻を挫かれたという思いはあった。
とはいえ間に合ったというのならそれに越したことはない。
「で、何か分かったのか?」
『うん。アリシアのお手柄。フランベルジュはエネルギーシールドの特性を利用してレールガンの連射を行ってるんだよ』
流石に向こうもくだらない話をしている余裕はないと分かっているのか、早々に本題に入る。
『昨日話したと思うけど、レールガンは発射時に多くのエネルギーがジュール熱として奪われるから、エネルギーのロスが激しい。……だけど、もしもこのエネルギーロスを吸収し、再利用できるとしたら?』
「エネルギーシールドでジュール熱を吸収してるっていうのか? だが……」
ジュノーは自身が要因となって発生したエネルギーを吸収することはしない。
そう言いかけて、ユウリは押し黙る。
『気付いた? 多分レールガンの発射機構には、ジュノーエンジンとは異なる動力が使われているんだと思う』
「そういうことか……」
呻くようにユウリは言う。
フランベルジュは本来ロスする筈のエネルギーを利用してジュノーエンジンの出力を上昇させ、充電の効率を上げている。
それがレールガンの連射のカラクリだというのなら……。
『攻撃の瞬間、致命的な隙が生じる。なら、何とかなるよね』
ユウリの考えを代弁するようにエレナが言う。
通信機越しでも、彼女が微笑んでいるのが伝わってくるようだった。
ヒルダはクラウディア・ハーティアスの近衛兵だ。主従という立場の違いこそあるが、年が近いということもあってか、ヒルダとクラウディアは親友ともいえる関係だった。
ギアについての知識を得る為、倭国に留学する際も、クラウディアはヒルダを護衛として同行させた。
それだけの信頼を置いているからこそ、クラウディアは今回の一件をヒルダに一任していた。
「(気に入らん輩だ)」
スカイブルーのパイロット、ユウリ。出身地は倭国。
『大戦』を生き残った英雄、キリエからギアの扱いを学びスカイブルーとエアー7を譲り受けた。
現在はエレナと二人で傭兵業を営んでおり、ローレスからの評判は上々。些か直情的で脇の甘い部分はあるものの信頼出来る仕事をする。
事前に調べたプロフィールを思い返しヒルダは嘆息する。
先程少し話をしただけで、プロフィール通りの人物なのだと確信が持てた。そんな人物だからアリシアも心を許したのだろう。
「(しかしよくもまぁ、アレだけの啖呵を切ったものだな)」
感情的で衝動的で、後のことなど考えていない。その時になったら考えれば良いなどと甘い認識を持っているのだろう。
力技で解決出来る問題など、ごく限られた範囲ものもでしかないというのに。
しかし些か癪ではあるが、確かにパイロットとしての腕は一級品だとヒルダは思う。
レールガンを織り交ぜたフランベルジュの狙撃を、スカイブルーはこれまで一発も食らうことなく避け続けている。
異常なまでの反射神経と集中力。勘も良い。第四世代との戦闘にも慣れている。
強いと素直にそう思う。しかしそれだけだ。避け続けるだけでは状況は変わらない。元より射程が違いすぎる。
「……大口を叩いた以上は、その腕を見せてもらうぞっ! 傭兵風情っ!」
無意識のまま口元に笑みを浮かべ、ヒルダはレールガンのトリガーを引く。
同時にエネルギーシールドをカット。ジェネレーターから電力が供給され、フランベルジュの右肩に装備されたレールガンへと送られる。
そして射出。電磁誘導によって加速された銃弾は、超高速でスカイブルーへと放たれる。
攻撃を察知していたスカイブルーは即座に回避行動を取り、そのまま弾かれたように、打ち出された弾丸のような速度でフランベルジュへと迫る。
それは正しく五分前に行われた攻防の焼回しだった。
確かに遠距離攻撃の手段を持たないスカイブルーがフランベルジュに挑むには、距離を詰めての白兵戦以外有り得ない。
「(覚悟を決めたか……しかしっ!)」
弾丸の射出に合わせて展開されたフランベルジュのエネルギーシールドが、周囲のエネルギーを吸収してゆく。
エネルギーを吸収したジュノーエンジンはその出力を増加させ、ジェネレーターに急速に電力を蓄えて行く。
二秒と掛からずに、再充電が完了する。
そうして再び、レールガンを放つべくトリガーに手を掛けたその時。
「……なっ!」
その攻撃を察知していたスカイブルーは、アサルトライフルによる銃撃を行うのだった。