第11話 狙撃
『姫様を誑かしたのは貴様か』
「誑かしたとは人聞きが悪いな。外の世界がよっぽど魅力的だったんだろう」
静かな口調の中に、確かな怒りが込められているのをユウリは感じ取る。
恐らく本心からアリシアのことを案じているのだろう。
そのことは昨日のやり取りでも良く分かっていた。
『一国の姫が国を捨て駆け落ちなど、認められるはずがない』
「人聞きの悪いことを言うな……。従業員として雇うだけだ」
『詭弁だな』
迷いのない強い言葉だった。それだけで、言って聞かせるのは無理だと確信する。
『姫様の命を狙う輩は、今後も必ず現れる。傭兵風情に身柄を預けるなど、有り得ん話だ』
「……なら見てみるか? その、傭兵風情の実力を」
『面白い、ならば見せて貰おう。生半可な腕ならば即座に斬って捨てるぞ』
「やってみな」
『フランベルジュ、コンバットオープン』
「スカイブルー。出撃する」
敵機からの通信が途切れる。言葉による応酬はそこまでだった。
何処までも澄み渡る青い空の下にスカイブルーが飛び出してゆく。
そしてそれを追うように、エアー7から2キロ程離れた場所に飛行していたフォートレス――ランスロットから深紅のギア、フランベルジュが出撃する。
『あー、もう……やっぱりこうなったか……』
代わって通信機から響くのは呆れ果てたエレナの声だ。
「いい加減慣れただろ」
『や、いい加減このノリを何とかして欲しいというか……っ、ユウリっ! くるっ!』
「っ!」
バチリと、フランベルジュから電光が生じた。
着地の寸前、ユウリは咄嗟にサイドブースターを噴かせスカイブルーを大きく左に旋回させる。
次の瞬間、フランベルジュから放たれた超高速の弾丸がスカイブルーのすぐ横を貫いてゆく。
『手筈通りにっ』
「分かってる」
すぐさま体勢を立て直し、エアー7から転送されたフランベルジュの現在位置へとスカイブルーを向かわせる。
フランベルジュの主武装はレールガン。物体を電磁誘導によって加速させて打ち出すその兵器の弾速と射程、そして威力はライフルとは比較にならない。
エネルギーシールドによる防御を貫通し、一撃でギアに致命的損傷を与えるに足りるという演算結果が出ている。
しかしそれは全て想定の範囲内。
フランベルジュの切り札がレールガンだというなら攻略手段は確立している。
『フランベルジュの観測はこっちでするから、ユウリは敵に接近することに集中して』
頷き、ユウリはスカイブルーを疾走させる。
威力と射程は確かに脅威だが、レールガンには連射が出来ないという致命的な欠陥がある。
電磁誘導による加速には大量の電力が必要になる。ジュノーエンジンを用いたとしてもレールガンの連射を実現することは難しい。
再充電と砲身の冷却にかかる時間は概算で十秒。かつ発射時に発生する放電の前兆はエアー7から観測可能。
加えてスカイブルーは速度に特化したギアであり、その操者であるユウリもまた並外れた反射神経を有している。
これだけの条件が揃えば回避することは難しくない。
フランベルジュもまたスカイブルーの狙いに気付き距離を取ろうとするが、既に加速を開始しているスカイブルーには追いつかない。
『次弾、来るよっ!』
その言葉に反応し、弾けるように右前方へと大きく跳躍。放たれた二発目の弾丸を回避する。
フランベルジュとの距離は三百メートル。次弾の発射よりもスカイブルーが距離を詰める方が早い。
『っ! 更に次弾、来るっ!』
「なっ!」
そんなユウリの予想を、しかしフランベルジュはあっさりと裏切って見せた。
予想だにしなかったレールガンによる追撃を回避できたのはひとえにユウリの反射神経と、幸運の賜物といえるだろう。
もう一度同じことが出来るかと言われればユウリにもその自信はなかった。
寸前で左へと旋回したスカイブルーのすぐ傍を、三発目の弾丸が通過してゆく。
『またっ!』
「くっ……」
無理な体勢での回避でバランスを崩したところに、更にレールガンによる追撃。
咄嗟にユウリは機体を後方へと跳躍させ、空中でサイドブースターを起動する。
「やってくれる!」
機体を反転させ、フランベルジュから背を向ける形となったスカイブルーはそのままオーバーブーストを起動。強引に獲得した推進力でフランベルジュから距離をとる。
逃れられたと悟ったフランベルジュもそれ以上追撃をかけてはこなかった。
とはいえとても楽観できる状況ではない。
『有り得ない。レールガンの連射なんて出来る筈がない』
「だがやって来てるんだろう。なら対応するしかない」
『今の状態で接近戦は危険すぎる。今の距離を維持して、回避に専念して。こっちで情報を集める』
「……分かった」
そうして一旦通信が切られ、ユウリは歯噛みする。
容易い相手ではないと覚悟はしていたが、予想以上の難敵だ。
「(まぁ……今は出来ることをするしかない、か)」
エレナが解析を行う時間を稼ぐためスカイブルーはフランベルジュから一定の距離を保ち、回避に専念するのだった。
「今の状態で接近戦は危険すぎる。今の距離を維持して、回避に専念して。こっちで情報を集める」
『……分かった』
エレナの言葉から、戦況が芳しくないことは見て取れた。
それでも二人とも諦める様子は見せていない。
そんな状況に罪悪感を持つのはもう止めにするとアリシアは決めていた。
「何か、私に出来ることはある?」
難しそうな顔で計器を眺めているエレナに、アリシアが尋ねる。
この状況はアリシアの選択の結果だ。そしてユウリとエレナは彼女の選択を認めてくれた。
だったら自分は、そんな二人のために出来ることをしなければならない。
「そこのモニターを見てて。フランベルジュの周囲のエネルギーが上昇したら色が濃くなるから、ユウリに警告してあげて」
「分かった。……レールガンって、フランベルジュの持ってる兵器よね」
「うん。物体を電磁誘導で加速して打ち出す兵器。弾速が速すぎて、エネルギーシールドによる防御は追いつかない」
「追いつかないって……」
「エネルギーシールド、なんて言われてるけど、実際に行われてるのは自機に向けて放たれた物体の運動エネルギーの吸収することによる、攻撃の無効化なんだよ。だけどレールガンは弾速が速すぎて、エネルギーの吸収が追い付かない」
エネルギーシールドはギアの動力として使用されているエネルギー吸収物質、ジュノーの特性を利用したものだ。
ジュノーには電流を流し活性化させることで、運動・熱・光・電磁気など、無機物が保有するあらゆるエネルギーを吸収し、発熱しながら高速で回転するという特性がある。
周囲のエネルギーを吸収するという特性を利用して、自機へ向けて放たれた攻撃の持つ運動エネルギーを吸収するのがエネルギーシールドの仕組みとなる。
「でも、レールガンの発射には大量の電力と、発射後の排熱が必要になる。ジュノーエンジンで再充電するにしても早すぎる」
「外部にバッテリーを持ってるとか……」
エレナの指示に従って注意深くモニターを眺めながら、アリシアが思いついたことを口にする。
「レールガンを4発も連射できるバッテリーとなると相当な大型だし、充電が効かない兵器をああも大盤振る舞いしてくるとは思えない」
「電力に当てがあるってことね……」
一方で、モニターに映し出されるフランベルジュとスカイブルーの戦闘は膠着状態に入りつつあった。
二キロ近く離れた距離で回避に専念するスカイブルーに対し、フランベルジュは散発的にスナイパーライフルによる狙撃を繰り返している。
と、不意にフランベルジュの周囲が赤く染まる。
些か緊張しながらも、アリシアは先ほどエレナに指示させた通りユウリとの通信を開く。
「えっと、ユウリ! 来るわよっ!」
『アリシアっ!?』
突然聞こえたアリシアの声に、ユウリは一瞬戸惑い反応が遅れる。
それでもどうにか機体を急旋回させ、レールガンによる狙撃を回避する。
「ちょっと、しっかりしてよ。オペレーターが私に変わったから撃墜されましたじゃ、お詫びのしようがないでしょ」
『……エレナはどうした』
「解析中。手が離せないみたいだから、私が代理。そっちはどうなの? 暫くもちそう?」
『正直厳しいな。この調子だと良いとこ五分が限界だ』
「なら五分もたせて。その間にエレナが何か考えるから」
『五分経ったら構わず突っ込むぞ』
「オーケー、それで行きましょう」
「ちょっ!?」
『話が早くて助かる』
エレナの静止の声も空しく、アリシアの言葉にユウリは心なしか満足げな声で応じ通信が切られる。
「……えっと、ユウリ、五分経ったら突っ込むって」
「いや、聞こえてたけどさ……」
「うっ……」
ジトッとした視線を向けてくるエレナに、アリシアは一瞬怯む。
「や、でもユウリがやられちゃったら元も子もないでしょ?」
「まぁ、それはそうなんだけど……」
まだ何か言いたげなエレナから話を逸らすように、
「ところでエレナ、レールガンを撃った後に、上昇したフランベルジュの周辺の温度が急激に元に戻ってるんだけど、これが排熱なのかしら?」
「え?」
アリシアは、先ほどから気になっていた疑問を口にするのだった。