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ギアフォートレス  作者: 佐乃上ヒュウガ
姫と傭兵
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第1話 逃走の皇女

私の好きなものをこれでもかと詰め込んだ作品です。

評価、感想など頂けると励みになります。

 アリシア・ハーティアスは己の立場というものを良く理解していた。

 連合国の一角に名を列ねるクラナダの第二皇女であり、その家名に恥じることなき人間になろうと常に努力を続けながら、一方でその努力が全く意味もないのだということもまた理解していた。


 それゆえ単身で隣国ラーダッドへと赴くよう命じられた際も、悲嘆することなくそれを受け入れた。

 その命令が単なる死刑宣告に過ぎないことを承知した上で、受け入れた。

 拒否すれば自分を擁護する者も居たのだろうが、それではその者に迷惑をかけることになる。


 そうして、アリシアは一人逃げていた。”偶然にも”遭遇してしまった敵国のギアから。

 ギア。現代の戦争の主役と呼ばれる、戦争のあり方を変えた人型兵器。

 高速で地を駆け、あらゆる攻撃を遮断する盾を持った最強の兵器。


 そう、偶然だ。まったくもって不幸なる偶然だ。そうとしか呼べないだろう。アリシアがラーダッドに向かうという情報も、彼女がどういったルートを辿るかもクラナダの首脳以外は知る由もないのだから。

 かくして不幸な事故で第二皇女は身罷られ民衆は悲しみに沈み、怒りと共に報復を叫び軍拡へと向かってゆく。

 捻りに欠ける、面白味のない三流の脚本。考えが透けて見えるというものだ。


 とはいえどうしようもない。そんなものを透いて見たとしても、脚本家に心当たりがあったとしても今この状況を解決する手段にはなりえない。

 だからアリシアは意味もない思考をこの時点で放棄して、この状況をどうにかすることに集中することにした。どうにかできるとも思えなかったが。


「あぁ、もうっ……もっと早く走りなさいっての!」


 半ば八つ当たり気味にアリシアは機体を加速させる。

 最強の兵器たるギアの追撃をまがりなりにもここまで逃れてこれた理由は二つ。

 一つは、彼女もまたギアを操っている為であった。


 本来の乗り手であった護衛の兵士は、国を出る前に逃がした。

 行く当てがあるかは定かではないし今更軍にも戻れないだろうが、捨て駒として諸共に殺されるよりはマシだろうという判断だった。

 説得には時間がかかったが、それでも兵士は承知した。彼女の語る言葉がすべて真実であると理解して。自分に出来ることが、何もないと理解して。

 せめてもの誠意のつもりなのか、兵士はアリシアにギアの扱いを教えた。

 お陰で反撃こそ出来ないものの、どうにか転ばさずに移動が出来る程度にはギアを扱うことが出来た。


 彼女が逃げおおせている理由の半分がそれであり、そしてもう半分は追手が手を抜いている為だった。

 碌な遮蔽物もない砂漠地帯。その気になれば遠距離からの銃撃で簡単に片が付く。

 にも拘らずそれがないということは相手が手を抜いていることに他ならない。


『ハハッ、おいどうしたよ! 逃げてばっかじゃ勝負になんねぇだろうが!』


 通信機から声が響く。酷く楽しげな男の声。

 遭遇して既に十分。何時でもアリシアのギアを無力化出来るにも拘らず、相手は言葉を投げかけてくるばかりでアリシアを本気で狙おうとはしてこなかった。


「くぅっ!」


 ガツンッと、機体に衝撃が走る。混乱しながらも体勢を立て直し加速。

 床を踏み抜く程の勢いでアクセルを踏むが、やはり振りきれない。


『ハハハッ! 遅ぇんだよ、第二世代の旧式が。連れてんだろ? テメェのとこのお姫さんをよぉっ! そんな様で守れるとでも思ってんのかっ!』


 背後から、再びガツンッ、ガツンッと衝撃が走る。

 背中を軽く小突かれているのだとアリシアはようやく理解した。

 暗に言っているのだ。何時でもそちらを撃破することは可能なのだ、と。


 それでも、そんな相手の通信に応じることなくアリシアは逃げ続ける。

 機体を操作しているのが兵士ですらない、件の姫その人であるのだということが割れればこの相手は自分に対し興味を失うだろうから。

 しかしそんな逃走劇も長くは続かない。


「つぅっ!」


 アリシアの操るギアが突然バランスを崩し転倒。凄まじい衝撃と共に、灰色のギアの片足が視界に入ってくる。

 足を引っ掛けられたのだ。


『オートバランサーの性能も劣悪……。情報に偽りなし、か。つまんねぇ仕事だ。ったく』


 心底退屈そうに呟く声が聞こえる。


「くっ……あぁっ!」


 轟音と共に、アリシアのギアの右腕が吹き飛ぶ。正面の壁に頭をぶつけるが、頭を振って痛みを誤魔化し敵を見据える。

 見れば、灰色のギアの手にはライフルが握られていた。


『理解したか? 理解したなら……まぁ後腐れなく死んでくれや』


 遅すぎるとさえ言える最後通牒と共にこの追走劇は幕を下ろす。最早逃れる術はない。


「……あーあ。やっぱりダメか」


 漏らしたか細い呟きは、誰にも届くことなく立ち消える。

 分かり切った結末であった。そもそも最初から勝負になどなっていないのだから。

 そんなことは誰よりもアリシアが一番よく分かっていた。


「ま、都合の良い展開なんて期待してなかったけどね。元々運の良い方じゃないし」


 敵わぬことなど、結果を覆すことなど出来ないことは分かっていた。思えばそんなどうしようもない運命ばかりが彼女の前に立ちはだかった。

 努力は報われず評価さえされることなく、自らの手で何かを掴んだこともない。

 それでも手を伸ばしたのは、諦められなかったからだ。生きることを。何かを掴もうとすることを。


 それを諦めてしまえば、彼女の人生にはそれこそ何の意味もなくなってしまうから。

 しかしそれもここまで。せめて最後まで目だけは背けないようにと、自らの命を奪うギアの姿を視界に入れて、そして見た。


「……え?」


 空と同じ色の、青いギアを……。

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