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思い出の魔法

作者: 枕木碧

 これは、ちょっと不思議なお話。



 時計が、深夜12時を告げる。静まり返った部屋に鐘の音が響く。それは、闇が深くなったことを引き立たせているようだった。窓からは、白い光が差し込んでいる。


 12時……シンデレラの魔法が解ける時間。しかし、この家では逆に魔法がかかる時間。


 おや。早速、動き出す音がする。かすかにカサカサと。今日は、少しばれないようにその夜に行われる話し合いに聞き耳を立ててみよう。



 まず聞こえてきたのは、少し渋い声だ。


「おい、聞いたかい?昨日あそこの棚にいた古株の一人の熊じいがやられたって話」


「え、なんですかそれ。初耳です」


「そうかい。これで、また仲間が一人減って行ったなあ」


誰かが会話しているようだ。あれ……棚の熊ってもしかして……。


「最近多くない?こういうこと。年末だから?ただの物だと思ってうちの人たちは捨てちまうのか」


「わしらだってただの“ぬいぐるみ”じゃないというのになあ」


 これは、ぬいぐるみたちの話だった。



 いなくなった熊とは私がまだ6歳のころ、母と父、私とで少し遠出して大きなデパートに行った時のことだ。


「ねぇ、父さん。この熊さんほしい」


私は本当に唐突にそう言葉を発した。


「なんだ。これがほしいのか。ようし、父さんがサンタさんに頼んでおこう」


父は快くそれを承諾した。


「サンタさん来るの?」


「ああ、いい子にしていたらきっと来るよ」


 そう、あの熊はサンタからのプレゼントとしてお願いしたんだ。

 我が家は決して裕福ではなかった。かといって、食べるのに困るわけでもない。いわば、中間層というところだろう。だから日頃からあまり物は買ってもらえなかったし、それを知っていたからねだりもしなかった。

 しかし、この熊の時は違った。その頃の私には、熊が光って見えた。運命の出会いとは言わんばかりに。そして、結局サンタからのプレゼントとしてもらった。その時の気持ちは、今でも鮮明に覚えている。子供のようだが、率直にうれしかった。

 その日から、熊と私の生活が始まった。ご飯を食べる時も寝る時も、いつも一緒だった。(さすがに風呂やトイレには一緒にはいかなかったけれど)しかも、それは長い年月続いた。

 どのくらい続いたのだろう。中学校卒業までは続いただろうか。そのあたりはよく覚えていない。まあ、それでも10年弱年がら年中生活を共にしたのだ。想像がつくと思うが、その頃には愛された証拠である汚れで熊が色褪せていた。

 熊との生活から離れ、約10年。私は、趣味でペンギン、ヒツジ、ネコ……いろいろなぬいぐるみを集めていた。やがて、私はぬいぐるみ用の棚を設けそれらを並べていった。ただし、例の熊だけは別の棚に置いていた。


 なぜ忘れていたのだろうか。

 年末なので、先日私は大掃除に取り掛かった。コレクションのぬいぐるみも少しずつ処分していった。その時つい、思い出深いはずの熊を捨ててしまったようだった。落ち込んでいる私の耳に、またぬいぐるみたちの声が入り込んでくる。


「どうしたものかのぅ」


「どうしたものかって言われたって仕方ないじゃないか。もう1日ぐらいたっている」


「しかし、あの熊じいは私たちにとっても大切な存在でしたよ」


「確かにそうだけど、もう今頃灰になっちまったんじゃない。もうテレパシーも通じないし」


「いやいや、あれには半径4mという上限があるし、ここ山奥だから処理所につくまで1日と半分かかるそうだよ」


「じゃあ、まだ少し助かる希望があるということになるのかのう」


「でも、俺たちじゃ何もできないぜ」


「はいはい!12時から2時までの間は動けます!」


「それがなんだっていうんだ。つく前に私らの足じゃ時間が来てしまうよ」


「んん~」


どうやら、ぬいぐるみたちが頭を抱えているようだ。それでも彼らは、まだあきらめていない。私が動けば……。しかし、驚いてみな答えてくれなかったらどうしようか……。かといって、私一人で言った場合見つけられないかもしれないし……。

 私は、時計を見た。時計の針はすでに1時を回っていた。月光は雲に遮られ、あたりは暗闇になっていた。まずい……。悩んでいる場合ではない……。

 私は決死の覚悟で、棚の死角から姿を現す。


「どうか、私に力を貸してください」


私の姿を見たぬいぐるみたちは驚いたようだったが、その中の一人がこういった。


「力を貸してくださいって……主様が捨てたんでしょう。自己責任というものだよ」


意外にも……いや、もっともな意見だ。それに関して私には反論の余地がない。


「確かに、捨ててしまったのは私のミスです。しかし、大切な思い出が詰まったあの熊をどうしても取り戻したいのです。どうか」


私は、深々と頭を下げる。私の後ろにある窓から、また白く美しい月光が差し込んでくるのを感じた。

しばらくの間があった。どうやら話し合っているようだった。ほんの数十秒だったはずなのにやけに長く感じられた。自分の心臓が血を懸命に送っている音がはっきりと聞こえた。


「よし、我々の総意は決定した。わかりました。わが主、力をお貸ししましょう。我らが動けるのは、あなた様が溢れんばかりの愛情を我らに注いでくださったからです。我らからもよろしくお頼みしたい」


この場をまとめていた鹿がゆっくりと頭を下げた。この鹿は、8年前からいる古株だ。私は、感激のあまり全身に鳥肌が立つのを感じた。固まっている私を見て、ぬいぐるみたちが声をかける。


「主様。固まっている時間はありません」


「何感激しているんだ」


「早くいきましょー」


もう誰が何を言っているのかわからないほどになっていた。私は、零れ落ちそうな涙をこらえ車に乗り込む。後部座席には、古株たちが勢ぞろいしていた。

 私は、アクセルを踏み車を発進させた。空からは、月明かりと雪が舞い降りていた。

 山の中、一本しかない山道を猛スピードで進んでいく。エンジンの音だけが静かな車内に流れていた。車内の空気は、張りつめた糸のようだった。

 スリップしないようにしながら、曲がりくなった道を下っていく。永遠とも思われた坂道が、ようやく終わりを告げた。坂を抜けると、里に出た。ごみ処理場まではこのような里をあと3つ通らなければならない。間に合うだろうか……。私はしても意味のない自問自答を繰り返していた。

 1つ、2つ、3つ……と里を通過していく。そして、森を抜け最後の里。

 ――いない。ごみ収集車はいなかった。この先は、もうごみ処理場のある町しかない。焦る気持ちを精一杯抑えながら、車の運転を続ける。

 ああ、あれがごみ処理場の煙突だ。もうだめなのか――。


「主様、あれを!」


鹿に声をかけられ、彼が指さす方に目を凝らす。あれは……ごみ収集車だ。間に合っ……。

 正直、言葉にならなかった。ちょうどごみ収集車は、中の物を大きな穴に落とすところだったのだ。もう間に合わない。手遅れだ。


「あきらめなさるな!」


そういったかと思うと、全部で10人ほどいた古株ぬいぐるみたちが車の窓からごみ収集車のフロントガラスに向かって飛び込んでいった――。


 結果いうと、何とか助けだすことができた。そう、ぬいぐるみたちの決死の飛び込みが収集車の作業を一時中断させたのだ。私は、収集車の人に頼んで中のゴミを荒らさせてもらった。熊は、私が捨てた衣類がぎっしりと詰まった袋の真ん中に入っていた。そのおかげで、何とかごみの汚れが付かずに済んだ。

 その後、ごみ処理場の人にはこっ酷く叱られたが私はちっともへこまなかった。なぜなら、彼を助け出せたのだから。

 今日も、変わらずみな棚に並んでいる。今度は、熊も一緒に――。今日も、何か話しているのだろうか。



いかがでしたでしょうか。約1か月ぶりの投稿です。今回は少し色を変えてみました。身近にいるぬいぐるみ。夜中に動いていたらかわいいですよね。

もしかしたら、これで続編を書くかもしれません。

では、また次の投稿でお会いしましょう。

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