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第93話 つながる心


 自分の体がそこにあるという実感はない。

 ただ、その光景を眺めているだけ。

 だがその光景は目の前で起こっているようなものであり、視覚だけでなく聴覚や嗅覚にも訴えてくる。

 立ち込めるのは、血の匂いだ。視線の先、その血だまりに横たわるのは紛れもなく自分自身。その体を抱え、幾度も名を呼ぶのはアラキアだ。

(……何、が?)

 木が生い茂っているところを見ると、ここは惑星リエースの森林エリアヴァーホルツなのだろう。

 白い騎士装の左胸に突き刺さっている短剣はどこかで見たことがある。

(ボクは……)

 横たわる体が青白い光に包まれかと思うと、ガラス細工が砕け散るように飛散し光となって消え去る。聞こえたのは悲痛な叫び声だった。

 そこで視界に砂嵐スノーノイズがかかり、次の瞬間、みえていたのはどこかの室内だった。誰かがこちらに何かを向けている。だが、それも一瞬で切り替わり、私は空を見上げていた。

 どこか懐かしい、黒みがかった空からは汚灰はいが降っている。

 周りに立ち並ぶのは高層ビルの群れだ。だが、窓ガラスは割れ道路のアスファルトも砕け散り、街路樹もなぎ倒されている。まるで、そこで戦闘があったかのように。

 しかし、そこでは起こるはずはないのだ。

 遠くに見えた赤い高い電波塔はこの都市を象徴するものだ。東京タワー。そこは、地球だった。

(……)

 もはや、考えることを放棄していた。これ以上考えても意味はないと思ってしまったからだろう。

 視線の先では、白い騎士装の小柄なエルフと青い服に同じく青いベレーを被った人間の銃使いがそれぞれ武器の切っ先を向けあっていた。

 上空には青い巨大な剣が浮かんでいる。

「……もう……やめて」

 自分の口からかすれた声が漏れる。

「視たくない……」

 視たくない。こんな未来は望んでいない。

 どうして、私とアラキアが戦っているのだ。

 どうして、私とアラキアが戦わなくてはならないのだ。

(……いやだ)

 元々目を瞑っているため、どんなにきつく目を閉じてもその光景が消えることはない。

 むちゃくちゃに腕を振り舞わす。

(もう、やめて……)

「……ルマ!」

「やだ……ヤダ……!」

「……アルマっ!」

 安心する声が聞こえて目の前が暗くなる。

 ゆっくりと目も開くとアラキアの顔が見えた。いつの間にか、床に倒れこんでいて背中を手で支えられるような形になっている。

「アルマ!」

「……アラ、キア?」

「よかった。……急に……一体、何が視えたんだ?」

「……ボクが! ……アラキアが! ……うぅ」

 すでに涙の跡がついている頬を涙が伝う。

 そのあとは言葉にならなかった。アラキアにしがみつくと泣きじゃくる。

「……すまなかった、アルマ。まさか、あんなものが視えるとは思いもしなかったのだ」

「あんなもの?」

 頭上でアラキアの声が聞こえる。

「ああ。私も、共にみせてもらったのだが。……あれは、滅びの未来だった。それも、最悪な形での。……アルティレナスの復活という形だ。誰を依り代にしたかはわからないが、確かに」

「だけれど、そんな兆候は、ないんだろ?」

「……ああ。兆候があればすぐにでも……例え未熟なままでも、一か八か、封印の祭壇へと戦闘部員を送り出していただろう。そんなことはしたくないが」

 ラースは考え込むと、結晶のほうへ歩み寄る。

「……まさか、私が把握している以上に事態は深刻な状況なのだろうか。いくら封印が綻んでいようと、そこまでは」

「なあ、ラース。さっき封印の祭壇って言ったよな。それはどこにあるんだ?」

「……それは」

 ラースは一瞬ためらうが、覚悟を決めたような顔になると空中に巨大なホログラムウィンドウを表示する。

 そこに映し出されたのは宇宙の航海図だった。すでに惑星リエース、惑星ドラク、惑星ハーウィンがかきこまれている。ラースが指さしたのは惑星ハーウィンのすぐ横だった。

 そこに新たな惑星が表示される。

 ラベルには惑星ディーオとある。

「惑星ディーオ。……だが、ここにすべての人間が降り立てるわけではない。どこよりも汚染はすすんでいる。少なくとも第0番艦の環境に適応できるレベルのイスクでないと危険だろう。そして……最大の問題は」

 ラースは私のことを見つめる。

「……?」

「惑星ディーオはこの次元とは少しずれた次元に存在する。ゆえに、完全にクレアレアで体を構成できるイスクでないと降り立つことはできない。特に、封印の祭壇には。並みのイスクでは降りたてたとしても、長時間の滞在は不可能。……そして、こちらで把握している限り影響がないのは、ここにいる中でも片手に入るほどだ。まず、アルマ。そしてアラキア。……結城、アストレ、カスト。それだけだ」

「では、アルティレナスに対峙できる人員は……その5人のみだと!?」

 アストレは上ずった声をあげる。ラースは静かに頷いた。

「……まだ、足りないのだ。封印状態のアルティレナスを倒すには。……今の大旅団員では、器を得て実体化したアルティレナスしか攻撃することができない」

 静まり返った室内に呆れたような声が響く。しかし、その声はどこか楽しそうな響きを含んでいた。

「やれやれ。……次々と面倒ごとが出てきますね。しかし、それでこそ情報の集めがいがあるというものです。ラース、コンソールの情報を改変していたのはあなたですよね? すぐにすべて開示してくれると大変助かるのですが。すべて解析し、突破口がないか調べてみましょう」

「……ああ、もちろんだカスト。私が書き換えた個所はすべて元に戻し開示しよう。だが、元から抜けている部分もある」

「その部分は少しでしょう? それくらい、自力で答えを導くか、調べてみせますよ」

「それじゃあ、私とジュークとフィデは戦闘員を鍛えて回ろうかしら。ねぇ?」

「そうじゃな。儂らにはそれくらいしかできんしのぉ」

「……ああ。……武器、振るうこと……任せろ」

 頷くと光騎士こうきし達は笑う。

 私とアラキアは顔を見合わせる。涙をぬぐうと、アラキアとともに立ち上がる。

「……ボクらも、何かいい方法がないか、……探してみるよ。あんな未来、認めたくない」

「ああ」

「なら、僕は医療部の体制見直しと技術向上を図ってみます」

「……だ、そうだ。ラース。……我々は諦めはしないよ。むろん、地球側にも協力を要請しよう」

「皆……。ああ、……ああ! ありがとう」




 何もかもが白い空間。

 しかし、その一角にうずくまる黒衣の人物の周りには乾いた茶色い血の跡がついていた。

「うっ……ゲホッゲホッ……! はぁっ……」

 口の端から滴った赤い液体は床に新たな模様を描く。傍らには大きくヒビが入り、一部が欠けている仮面が置かれていた。

 トガは大きく息を吸い込むと、左わき腹に刺さっている短剣を引き抜く。傷口から大量の血液が流れる。

 それでも特に気にした様子はなく、ただその様子を眺めていた。

「……」

 痛みはほとんど感じていなかった。

 これほど傷つけば人ならば死んでいただろう。だが、それはトガには関係ないことだった。

 そうでなくとも、自らの生死になど興味はなかった。

 トガが動く理由はただ1つ。

 それを叶えるためならば、手段は選ばない。そう心に決めてここまで来た。

 大方、それは達成しているといえよう。

 だが、根源は絶たれていない。いくら行動しても、ソレは変わらなかった。ソレはいつも同じだ。

 きっとソレは、変わらない。

 実行しなければ。

「やはり……貴、様だけ、は……」

 殺す。

 そう心の中で覚悟を決めると、トガは仮面をつけ立ち上がる。

 黒い汚灰はいを纏ったその姿は先ほどまで死にかけていたものとは思えなかった。




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