第92話 導いた者
「さて、何から話そうか……」
第0番艦、結晶の間。
結晶の前にたたずむマーテルを囲うように、私とアラキア、結城、ジューク、ユニータ、カスト、フィデ、そしてアストレの8人は立っていた。
全員が完全展開した姿である。この環境ゆえに片山は本部で待機、となったのだが。
「……まず、あなたが何者なのか、と話していただけますか? 我々の味方なのか、あるいは?」
最初に口を開いたのはカストだった。いつもと変わらぬ淡々とした口調でマーテルに問いかける。私も聞きたいことはたくさんあるが、あの空気で最初に声を出せるほどの勇気はない。
カストの言葉にマーテルは頷くと静かに話し始めた。
「私は、今はマーテル、と名乗りAIだとされている。だが、貴方達の予想通り、それは偽りだ。私の本当の名は、ラース・ディエゴ。かつてこの惑星にて栄えた文明……貴方達から見ると古代文明の。イルタレンシア聖教の神子だ」
「……」
「私はかつて、神を具現化させようとして……失敗し、アルティレナスを、汚灰を生み出しだ。それまでの過程は、のちに話すとして……結果から言うと、私は私の過ちに気づき世界を破滅から救おうとしたイルタレンシア聖教の教皇に敗れた。しかし、遅すぎた。具現したアルティレナスの器の候補の1つ、《使徒》として私は目覚めた」
マーテル――ラースはそこで言葉を切ると、息を吐く。
「教皇は……それでも私を助けようとしてくれたが、すでに限界を超えていたのは確かだった。彼のほうが、クレアレアを扱う能力が高かったにも関わらず、汚灰に汚染されていた。それまでずっと、力を酷使し続けてきたのだろう。それに、彼はアルティレナスを封印していた。それでも、最後の力で、私を……切り離したのだ。魂と……肉体を」
「魂と肉体を?」
「ああ。《使徒》となった体と、そしてクレアレアと同化しなじんだ魂とに。今、ここにいるのは魂のほうだ。肉体はアルマとアラキア、貴方達が倒してくれただろう?」
そういうことか。
なぜ、審判者、と呼ばれたあの《使徒》に意思を感じられなかっのか。それは、彼に魂も心もなく、ただ汚灰の力が詰まった器だっただけだからだ。
あの肉体を動かしていたのは今まで戦ってきたような、人が汚灰の力を扱うような《使徒》ではなく、汚灰の力そのものだったのだ。
「私は、《使徒》となった肉体を監視のための機械兵士とともに白亜の塔の最上階に縛り付け、滅びた私達の代わりに汚灰に対抗できる人間を探そうと宇宙を彷徨い、地球にたどり着いたのだ。まさか、機械兵士まで《使徒》化してるとは思ってもいなかったがな。……たどり着いた先で、私はまずクレアレアを用いた戦闘のイメージを持ってもらうために、ペルグランデフェドゥスオンライン……PFOのシステムをばれないように書き換えた」
「じゃあ、PFOは……」
「ああ。イスクとして戦える人材を探すためにつくりだしたゲームだ。そして、その中で適性を持つ人間を見つけてはアンチ武器という形を目印にした。……いつか、来るであろう戦いに備えて」
その言葉にその場にいた所持者たちは目を見開く。
「だから、公式からなんのアナウンスも……なかった……」
「ああ。……そもそも運営は介入されていることに気が付いていない。そして、汚灰が地球に降り始めたその日、私は結城と接触し大旅団を組織させ……今ここにいる」
「つまり、儂らはそちの掌の上で踊らされていた、ということかな?」
「……否定したいが、ジューク、貴方のいう通りだ。私は自分勝手な計画に貴方達を巻き込んだ。本当は私自らこの災厄を終わらせられればよかった。そもそも、こんなことをしなければよかった。……だが、私にはそんな力はなかった。元から、偽物の……模倣した私の力では」
「じゃが、それだけではなかろう? 終止符を打つことに変わりはないが」
「その通りだ。私は、滅びへ向かう人間を見て見ぬふりはできなかった。多少強引な形をとってでも、彼らを貴方達を滅びの道から逸れさせたかった。……貴方達からすれば、迷惑な、話だろうな。勝手に戦うことを強要されて」
「マーテル、いや、ラース。私はそうは思わんがね」
1歩前にでた結城が首を横に振る。
「あのままクレアレアという存在を知らなければ、我々地球人は汚灰に汚染され、狂化しトルムアと成り果て成すすべもなく滅んでいただろう。それに比べればこうして危険を伴っても強引であれども解決策がわかり、行動に移せていること。私は幸運だと思うがね」
「結城……」
「なにはともあれ、だ。我々は君のおかげで対抗策を手に入れることができた。その事実は変わらん。そちらの思惑がどうであれ、な」
「確かに、利用されていた、と考えるのは癪ですが総司令のおっしゃる通りでしょう。我々も、というより私もあなたに利用されていることには気が付いていましたが、悪い方向へ向かうのならともかく、どうにかなっているようでしたし。良しとしましょうか。利害は一致しているようですし、神子だから、なんだからと言って今更敵対する意味もありません」
ため息交じりにカストは言うと組んでいた手を解く。
「さて、あなたが何者でどんな目的を持っているのかはわかりましたが。……本題と行きましょうか。クレアレアとは何なのですか? そして、イスクとは。……何より、アトミア、とは?」
「……それについては、私たちでさえよく分かっていないのだ。……言うなれば、貴方達の科学、というものと同等の位置にあるものだ。しかし、根拠も原理も何も分からない技術として生活の中に取り入れられていたものがクレアレアだ。魔法だとか、魔術だとか、奇跡の力だとか言われていた。……人によって、扱える力の量の差があるというだけで、そして普通、というものがどれほどかわかっているだけだった」
「……じゃあ、今ボクらがわかっていること以上のことは、わからないの?」
「すまない……。だが、アトミアの書についてなら、あと少しだけわかる。実際に私が体感したわけではないが、書の継承者は身近にいたからな。知っていることだけなら、話せる」
「そうだ、継承者! トガも言ってたけど、継承者って何なの?」
「……ああ、そうか。確かに、そこからか。継承者、というのはアトミアの書に選ばれその力を引き出し利用できる者のことだ。イルタレンシア聖教の中では、教皇、がそれだな。……記憶が正しければ、世界にただ一人のみだった。その本に触れられるのは」
マーテルの言っていることは本当だろう。
前に書をハルやアラキアに渡そうとしてみたところ、どちらも熱いといい触れられなかったのだから。
しかし、それでは1つ説明が付かないことがある。
トガだ。ヤツはアトミアの書を持っており、その力を引き出すことができていた。そしてなにより、その力のことを知っていた。使い方も。
そのことをラースに伝えると彼は唸り腕を組む。
「……それは、私ではわからないな。……だが、書は私が保管し貴方に託した1冊だけだ。それは確かだ。教皇もそんなことは言っていなかった。……それに、トガについては不可解な点が多すぎる」
「ラース、結城総司令、そのことについてご報告が。よろしいですか?」
「何かね、カスト君? しかし、君が話を遮るとはよほどのことだろうな。いいだろう」
「はい。……実は、先日のはったり、でまかせ……あれが、冗談ではなくなりそうな結果が」
先日の結城から《使徒》ではないか、と疑われたことだろうか。
だが、それだけは、ないはずだ。
「……《使徒》か、と問われればそれは違います。ですが、そのあとです。……クレアレアと血液が一致した、というアレです。あの時点では口から出まかせ、でしたが……本当に一致してしまったんですよ」
「!?」
「どういうことだね!?」
「まったく同じ、というわけではありませんでしたが、限りなく近い別物、というのが正しいでしょうか。……もしかしたら、トガは……人を模倣できる可能性、があります。あるいは……一番考えたくありませんが、いえ、やめておきましょう。私もそれだけはあってほしくないですし」
「……」
カストが何と言おうとしていたのか、それはわからない。
だが、なんとなく嫌な予感がした。そして私にとってあまりよくないことであることはこちらを見つめる冷たい瞳が語っていた。
「その件については、把握した。しかし、アルマ君についてはすでに調査済みだろう? これ以上は用心するに越したことはないとはいえ、度を超す対応だ。……そうだな、片山君もついている。何かあればすぐに報告は来るはずだ」
「わかりました。以上です」
「では、話を戻そうか。ラース……、限度を超した力の使役による代償があると言っていたな。それはどういうことだね?」
「……それは、多少の無理ならば不調くらいですむ。が、継承者レベルの使い手だと話は変わってくる。我々が魔法と呼んでいたのは大旅団でいうイスクレベルが扱える規模のものだ。……しかしアトミアの力という本質は変わらずとも、より大きな効力を発揮できる継承者……教皇や、そこまでのレベルに至らずともより強力な力を扱える眷属、と呼ばれた者たちだと話は変わる。わかりやすく言えば、眷属とは大旅団でいう光騎士レベルのイスクだ。それでいて継承者を主とする者達。力による主従関係にある者。……彼らが本気を出せば、世界の理さえ通用しないだろう。そして、その効果を発揮するために扱った力が術者の限界を超えたとき、アトミアの力は呪われた力となる」
「……理さえ……じゃあ、あれは。……あれは」
スペルビアとの交戦後、大旅団が壊滅した、という知らせを聞いたとき、私が何をしたのかはアラキア達から聞いた。
あの時のことはほとんど記憶にない。ただ無我夢中だったことしか。
時を巻き戻し、世界を分岐させる。並行世界を作り上げた、という行為はそれにあたってしまうのではないか。
しかし身の回りで何かが起こったという自覚はない。
「……どういうことなの、ラース」
「それは……能力の範囲内だったということだ。……貴方が、継承者として無意識にアトミアの書を使っていたから。そして貴方の能力上それは限界ではなかった。呪われた力にはなっていない。安心するといい」
その言葉にホッと胸をなでおろす。
「あ、あの、じゃあ限界を超えると、どうなるの?」
「これも聞いた話だが……人ではなくなる、というのだ。……具体的な話は……すまない。……わからないんだ。聞くことが、できなかった。……ああ、だが……これだけは言える。……まるで暴走した彼は何か強大な力に操られているような、そんな感じがした。まるで、審判者のように……自らの意思は感じられなかった。だが、汚灰の力ではない。それだけは確かだ」
「つまりは、自我を失うということかね?」
「私が知っている例では、そうだな。……その人の技量にもよるが自我を取り戻すこともある。……理由はわからないが。ああ、それとアルマ。貴方は不思議な幻影をみたことはないか?」
「! ……ああ、ある!」
かなり昔のことに思えるがはっきりと覚えている。
あれはインヴィディアが大旅団を襲撃してくる直前のことだった。
待機命令中だった私は第1番艦の市街地ががれきの山となっている光景を視たのだ。あの光景はインヴィディアが破壊した後の市街地と一致していたのだ。
今の今まで忘れていたが確かにそんなことがあった。
「やはりか。あれは神器……アンチ武器クロノスの力だ。……無意識のうちに発動していたのだろうな。未来を視る力。それは今現在の世界が辿る道筋であり、枝分かれした先の世界の出来事はみえない。……今、発動することはできるか?」
「え……? んー……、やってみる」
もはや何を言われようと驚くことはない。
そんな気持ちでクロノスを手に持つと目を閉じてクレアレアを流し込む。
(未来を、視る……未来を……)
だんだんと音が遠のいてゆく。
「……」
あの、ザザザという音が聞こえたかと思うと、目の前で光がはじけた。
口から洩れたのは、悲鳴だった。
ソリストデグローリアもここまで来たってことで過去編「グローリアアドコントリーティオ」も投稿始めます(不定期)
今のところ週1更新予定
間に合わない……ひえぇ……




