第90話 神子
最初に感じたのは風だった。
天井はなく、壁もほぼない柱で囲まれた空間。それがこの白亜の塔の最上階、天上の祭壇だった。
ラストを出入り口に近い柱の側に下ろすとアラキアと2人、最奥にある祭壇に向かって歩き出す。数段高くなっているその場所だけは高い壁があり、その中央にはアトミアの紋章が描かれていた。
「……」
特に何かを塞いでいるわけでもない。
私たち以外に何者かの気配があるわけでもない。いや、もしかしたら濃すぎる汚灰の気配に紛れてしまっているのかもしれない。
「……神子は、どこに?」
「気配がない。……いや、待てよ」
同じことに気が付き背中合わせになって武器を構える。
風が、止んでいた。
同時に襲ってきた攻撃を剣をクロスさせて防ぐ。
目に見える攻撃ではない。まるで、風を刃としたもの。かまいたちだ。有利な点としては剣で受け止めることができるといったことか。
「……そこかっ!」
祭壇の上空に集まり始めた気配にいつでも飛べるよう羽を展開させる。
汚灰が形作りつつあるのは黒いフードを被った人影だった。だが。
「……1つじゃ、ないだと?」
人影だけではなかった。《使徒》の気配はもう1つ。
人影の真下。祭壇にも。
「……!」
よく遺跡で見かけたような機械兵士。魔導機械のように金属で形作られた何かがいた。
フルメイルを装備した人のようでもあり、ロボットのようでもあり。
「……《使徒》が単体じゃないとはね」
「うーん……双子とはまた違った意味でのペアだよねぇ……」
絶望的な状況だというのに何故か落ち着いている。
大丈夫だという確固たる自信もある。
そして、どうすればよいのかも、分かっていた。
アトミアの書を構えると祭壇に手を向ける。
「……」
絡み合う鎖をイメージし魔導兵士を絞める。こうすればしばらくは動けないはずだ。それに目立った抵抗もなく大人しい。これは予想外だった。
その間に上空の《使徒》を叩いてしまえばいい。
「さあ、やってやる! ボクが、終わらせてやる」
一撃一撃が高威力でめんどくさい事を除けば一番戦いやすい相手だと言える。
まるで人だという意志が感じられないのだ。
トルムアやラークなどの汚灰の狂気に一番近い。本能的な動きなのだ。直感で勝負することができ最も私が得意とする相手でもある。
それでも強いのには違いなかった。
ラストとの戦いは運がよかったのもあるのか、ほとんど傷を負うことはなかったが、ラース――神子――との戦いではすでに何カ所か血が服ににじんでいる。
戦いの興奮、というのだろうか。不思議と痛みは感じなかった。
風の流れが変わる。
風上へと大きく飛ぶと先ほどまでたっていた場所で身の丈ほどの竜巻が起こる。それが主な攻撃手段だった。
故に、近・中距離を主な攻撃手段とするこちらとしては近づきたいところを、あちらは離れたい。鬼ごっこだ。
「……くそ」
思わず悪態をつくがそれも仕方ないことだろう。
かまいたちや竜巻の攻撃で思うような進路がとれないことはもちろん、飛行速度が相手に追いつけるほど出せないのだ。数撃、アラキアの銃弾がラースに当たっているがそれもあまりダメージを与えられているようには見えない。
攻撃を受けることを覚悟すると重心を低くし、両手に持った剣の剣先を床へ向ける。
背中の羽を意識すると、羽と剣、2つ同時にクレアレアを流し込む。まるで体が光をまとったかのように青白い光が視界に入る。
足に力を入れると地を蹴る。
ものすごい勢いで宙へ飛び出した体は、一直線にラースへと迫る。ほぼ同時にこちらに向けられた手のひらが緑色の光を帯びる。
再び風の流れが変わる。
「……っ、あああああぁぁぁ!」
障壁など展開できる余裕はない。
こちらに向けられた手からあふれ出した風の魔法の中を無我夢中で飛び続ける。
「アルマっ!」
下でアラキアの声が聞こえる。だが、何を言っているのか、そんなことは頭になかった。一撃でも、入れる。それが私の役目だ。
目の前まで迫ると、フードの奥で輝く赤い瞳と視線が混じり合う。何の考えも読み取れない、感情さえうつしていない。狂気のみが感じられる。とても濃い汚灰のもの。
剣を右、左、と交互にその汚灰に包まれた体に向けて振ってゆく。
振り上げた剣がフードを切り裂く。
「……ぇ」
消え去った黒の外套の下から現れたモノに動きが止まる。
女性のような顔立ちだが、女性にしては背が高い。
肩甲骨あたりまで伸びた脂気のない黒目の青髪。そして身にまとうのは白いローブ。
「……マー……テル。……っしま!?」
振り落とされた右手に攻撃が来ることを悟るが、すでに遅かった。
上から吹き下ろす暴風に床に叩きつけられる。
「ぐっ……う……」
今更ながら全身に刻まれた傷が痛む。ふと、見たブーツにも血がついているのがわかる。
体が、思うように動かせなかった。
コツン、という音がし、視界に白い靴がうつりこむ。
なんとか動く首を動かして見上げるとラースが立っていた。マーテルと瓜二つ、いや、全くもって同じ顔をした男は手を軽く握る。
濃い汚灰が集まり、形作られたのは黒いレイピアだ。
華奢な刀身に花をモチーフにした装飾。ユリの花だ。
「……」
心臓の真上に構えられた剣先をただ見つめることしかできなかった。
剣が突き下ろされる。
とたんに、目の前が白い光で満たされる。
「……?」
「ば、馬鹿! 避けろよ!?」
息を切らして駆け寄ってきたアラキアに何が起きたのか理解する。スペルビアを吹き飛ばしたときのような極太のビーム攻撃でラースをなぎ払ったのだ。
抱え上げられて起き上がる。まだうまく力のはいらない足の代わりにありあまるクレアレアで羽を展開させると宙に浮かぶ。
「……ラースは?」
「あそこだ」
アラキアが指さす先は祭壇の上空。
その姿が一瞬光ったかのように見えると、アラキアの光弾を模したような黒い砲撃がアトミアの書の力で生成した鎖を幾度もうち貫く。
「……くっ!」
打ち抜かれるたび感じていた痺れが、鎖が砕けた瞬間痛みへと変わり体を貫く。
「アルマ?」
「大丈夫……」
一度におそってきた反動に軽く息を吐いて意識を切り替える。まだ、剣は振れる。
しかし、ラースはこちらに来るのではなく一直線に機械兵士の《使徒》のほうへ飛ぶと、まるで吸い込まれるようにその姿を消す。
「いったい、何を……?」
今まで動きを止めていた機械兵士の瞳が赤く光る。
「まさか、《使徒》を喰らって……身体だけ乗っ取ったということなのか?! そのために手元に置いていた!?」
「……あり得る」
トガはそのようなそぶりを見せたことはないが、きっとできるはずなのだ。
前にマーテルは言っていた。クレアレアは想いの力。想像の力。
その源は心ではない。心はただ、その力を増加させるためのブースターに過ぎないのだと。
その根源は、私たちが『魂』と呼ぶものだと。それは命の根源でもあると。
結城もその説明をうけていたはずだ。
だからこそ魂と結びつき稼働するガライアやジリウラの実装を躊躇したのだ。魂が傷つき死ねば、それは肉体の死と同意義。しかし、それを説明し理解できるのはクレアレアを扱い完全展開できるイスクのみだろう。彼らのクレアレアを完全展開した姿は、魂の姿なのだから。
だからこそ、それが消え去れば何も残らず消え去る。
逆に言えば、魂さえあれば、それを入れる肉体という器を用意すれば生きることはできる。心は後から生まれるモノだといっていた。魂の付属品のような存在だと。
《使徒》がその原理を使って肉体を乗っ取ることに何の問題があるのだろうか。
「……アラキア、あの《使徒》……なんとしてでも倒す」
「……大丈夫なのか?」
「不思議とさっきより調子がいい!」
軽くなった身体で駆ける。
機械兵士ならば今まで何度も遺跡やこの都市で戦ってきた。
動きが速かろうが、攻撃威力が高かろうが、たとえ空を飛ぼうがアラキアと一緒ならば負ける気はしない。先ほどまでの根拠のない自信と焦りからくる闇雲な感情は消え去っていた。
「でやぁぁぁっ!」
キラリ、と光った剣から剣撃が飛ぶ。真正面からぶつかった機械兵士の身体にうっすらとヒビが入る。
「アラキア、ムータ!」
「いくぞ!」
上空に向けて撃たれた銃弾は光を帯びて機械兵士の上に降り注ぐ。
間髪入れず懐に飛び込むと障壁で身を守りつつ体当たりをかます。
「っ!」
空中で一回転すると金属質の側面を蹴って後退する。振り回された腕が身体をかする。
着地すると同時に再び地を蹴るとほんの少し飛行能力を使いブーストさせる。《使徒》もこちらに向かってきていたためちょうど交差する形になる。
最大限までクレアレアを込められた刃は青白く輝いていた。強い衝撃が腕に伝わり攻撃がうまくはいったのだと知覚する。
足が地に着いたのを感じるとブレーキをかけて振り返る。
「アラキア……!」
先ほどの攻撃だけではやはり突進は止められていないようで巨体はアラキアの方へ迫っていた。
剣形態にパージを切り替えたアラキアは防御姿勢をとる。
しかし、間に割って入った影があった。
すでにボロボロだというのにその人物は振り下ろされた太く重い兵士の腕をはじくと、素早い突き攻撃を放ち《使徒》を吹き飛ばしてた。
「ラスト!? どうして!?」
「……動けるようになったもので。……それに、確信した。こいつは、私の主ではない、と!」
ラストはレイピアを横に振ると構え直す。
「……正確には、私の主の肉体を使っていた全く別の何かだった! そういうことならば、話は違う。……こいつは私の敵だ。そうだろう、《使徒》アケディア!」
踏み込んだラストは正確無慈悲な攻撃を仰け反った《使徒》へと繰り出した。核と思える胸部の赤い宝石に傷が刻み込まれる。
「我が主を侮辱した罪、許されるとおもうなよっ!」
ズガァッ、と轟音を鳴らしレイピアは核を幾度も穿つ。
「アラキア、追撃!」
私も剣を構え直すと連続して斬りかかる。
「でやあぁぁぁっ!」
パキリ、という音がして核が砕け散る。
崩れ落ちる《使徒》アケディアの残骸を眺めているが、そこから黒いもやのようなモノが立ち上がり人の形をなしてゆく。
「まだか……!」
風が吹き荒れ、汚灰は最上階全体を包み込む。
次に最上階全体が見えるようになったときには柱はほぼ崩れ去り、その外に見えていたはずの空も眼下の白い街並も黒い汚灰に覆われ見えなくなっていた。
「……まさか、これは」
ラストはつぶやく。
「……隔離結界か!」
「隔離結界?」
「その名の通り、隔離するための結界だよ。……逃げ道を断つ、っていう意味でね。もちろん、外部からの侵入も無理だよ。術者を倒さない限り、ね」
「それじゃあ、パッパと倒しちゃおうか」
「アルマ……。まったく、さっきまで死にかけてたとは思えないな……。無理はしないでよ!」




