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第89話 忠臣


 行く手を塞ぐのは光る紋章。

 通路の真ん中に浮かぶアトミアの紋章は上層へと続く道を遮っている。それをいつもの要領で消し去ると先へ続く階段へ足を踏み入れる。

「……アルティレナス、か」

 予想が正しければ、そして本当にここが汚灰はいの流れの行きつく先ならば封印の場となっているはずだ。トガの話では近づくのは危険らしいが、これで汚灰はいが消え去るのならば倒すしかない。

 無理に倒すのではなく、ダメそうならば一度引くことも視野に入れている。

 そして、今が好機であるここは明白だ。

 トガはあの報告が本当ならば動ける状態ではない。そしてそのトガと戦っていたであろう人物は《使徒》であり、現状あの双子くらいしか思い浮かばない。その双子もトガとやり合ったのならば今は動けないだろう。問題はラストだが、あの後動いた形跡は見つかっていない。

 邪魔するものがいない現状だからこそ、好機なのだ。

「ねぇ、アルマ」

「ん?」

「これで、最後ならいいな」

「……うん」

 これで最後ならば、地球に戻れる。平和な生活に戻れる。

 別にこの大旅団での生活が嫌いなわけではない。むしろ楽しいと言ってもいい。

 けれども、ふと、何でもない日常が懐かしくなる。

「……あれ」

 隣を歩いていたアラキアが声をあげる。

 見つめる先は上だ。

 まだ頂上ではないのに階段が終わっているのだ。その先は円形の部屋になっているようだった。

 遺跡の通路と同じように窓がないのにどこからか光が入ってきている不思議な部屋で、微かに風を感じる。らせん階段の向かい側にはエレベーターの様な緑色の魔法陣が描かれている。おそらくそれが最上階へ続く道なのだろう。

 しかし、その前には人影が見えた。

 長い前髪が風で揺れる。

「……ラスト」

「……やっぱり、来たね」

 口元に微笑をたたえているが、あのナンパ魔、といった雰囲気は全く感じない。

 むしろ凛々しい。

「ここに来た、ってことは君たちはこの先に何かがあるってことには気が付いてるんだよね?」

「もちろん。……ボクたちは、危険であろうとも汚灰はいの根源を断つよ」

「……そっか。……きっと、正しい決断だよ」

「じゃあ、どうしてボクらの行く手を遮るの?」

 どこうとしないラストに問いかける。

 ラストは前にあった時、アルティレナスをはじめとする汚灰はいを滅ぼしてほしいと言っていた。ならば、《使徒》といえども大旅団と目的は同じ。協力体制は十分とれるはずだ。

「……例え、許されぬとも守り抜くと誓った方がいる。この命、この身を捧げた相手が。だからこそ、ここをどくわけにはいかない」

「人……?」

「僕はまえ、探している人がいるって言ったよね。……ラース・ディエゴ。僕の主だ。コンソールを調べたのならば、言った意味は分かるはず。……イルタレンシア聖教の象徴、神子だ」

「!」

 神子。

 反乱を起こし、古代人たちを滅びへ導いた者。

「……どうして。神子、って」

「忠誠を誓ったからだ。……昔も、そして《使徒》となった今も。何よりも先に、僕……いや、私はあの方をお守りする。それが、アルティレナスを復活させ、世界を滅びへ誘おうとも」

「……ラスト、一体お前は何者なんだ?」

「私は」

 ラストは腰に下げたレイピアを引き抜くと切っ先をこちらに向ける。

「ハイル・メーケン。イルタレンシア聖教白亜の塔ウーゾトゥルム守護隊長だ」

「……守護隊長。……本業、なんだ」

 今まで戦ってきたのはトルムアやラーク。《使徒》や他のイスクとも戦ってきたが、イスクについてはほとんどが大旅団員となる前は私も含め一般人だった。軍人、というくくりで戦ったことがあるのは光騎士こうきしくらいだが、彼らでさえ本気できていたとは思えない。

 つまり、今回は経験豊富な相手だということであり、同時にこれまでにない強敵だということになる。こちらの癖などすぐに見抜かれ、つかれてしまうだろう。

「本当に、通してくれない?」

「……私が動ける限りは、ね」

 こういう相手ほど面倒だ。

 特に、何かを守るという決心をした人間は。強い。

「……君達も引く気はないみたいだし。もう、話すことはないよね?」

「……うん」

「それじゃ、それぞれの信念のために。いくよ、……聖なる光のためにっ!」

 ふ、とラストの姿が消える。

「!」

 次の瞬間、目の前に現れた人影から突き出された光る刃をとっさに弾く。

 鳴り響いたのは澄んだ金属音だが、その重さは凄まじい。そして、とても速い。

 最後の切り札としてとっておこうとしたが、使うしかない。右手のクロノスを強く握るといつもより多くクレアレアを流し込む。

「……クロノス」

 途端、クレアレアを完全展開したときと同じように、あの時間から切り離され周りがスローもションに見えるという現象が起こる。

 自分自身にクロノスの時間操作をかけたのだ。周りからは私の動きが素早くなったように見えているはずだ。

「……!」

 一気に距離を詰めると連続して突き攻撃を繰り出す。レイピアでないがクロノスは細い部類に入る。しかし、ラストはそれをことごとく弾いてみせた。

 後ろに下がろうと重心の位置を変えるが、ブーストをかけていても間に合わない。しっかりと胸の中心を狙われている。

 だが、ラストはその手を止めると横にとぶ。

 そこに撃ちこまれたのはアラキアの光弾だ。

 その間に体勢を立て直すと再び踏み込む。

 二刀だったクロノスを両剣形態にすると思い切り振り回す。やっと一打目が入る。

 それはこちらも同じだった。自分が傷つくことを分かっていながらラストは私の攻撃をふさがずに、私の腕に向けてレイピアを突き出してきたのだ。左肩付近を赤のマントを切り裂いた刃は通り過ぎる。

「アルマ、ムータ!」

「ん!」

 これ以上踏み込むのは危険だと判断したのは私だけではなかったようだ。後ろからかかった声に大きく跳ぶと青い刃を持ったアラキアと入れ替わる。

「やあぁぁぁっ!」

「おっと」

 アラキアの攻撃をラストは軽々と避ける。

 当然だ。私でさえあれだけの傷しか負わせられていないのだから。とにかく一刻も早くアラキアを下がらせて私が前に出る必要がある。または、アラキアが攻撃を入れられるほどの隙を作ることが必要だ。

 ラストと戦ってみてわかったことと言えば、予想通り強いということと素早いということのみだ。

 弱点が分からない。

 素早いながら正確にこちらを狙い繰り出される攻撃の数々は彼の経験量を物語っている。

「……アラキア、……ムータ!」

 叫ぶと飛び出す。

 こうなったら自分の技量を信じて正攻法で行くしかない。どうせ私は策など考えられないのだから。

 クロノスを片手剣の形状に変化させると切っ先を自分の左後方へ向け構える。クレアレアが込められた証である青白い光を刃が纏ったかと思うと、私はラストの背後へと瞬間移動していた。PFOでいう片手剣技『バックハッシュ』。

 振り返るとがら空きの背中へ向けて思い切り横に凪ぐ。

「くっ!」

 今度こそ大きく切り裂かれた傷からは血が滴る。

「……まだですよ」

「!」

 私を睨み付けたラストが持っているレイピアはどす黒い光をまとっていた。いつかのインヴィディアと戦った時を思い出すようなものだ。

 避けたいが、クレアレアを使役し技を繰り出した影響で重心は前にいっている。後ろへは跳べず、そして横も無理だ。

「アルマっ!」

「っ!」

 とっさに足から力を抜き、身体をそらす。幸い攻撃範囲は狭かったらしく顔面すれすれを通過していく。それでも切れた髪が宙を舞うのが見えた。

 そこからは自分でもどうしたのかよく分からなかった。

 体を精一杯ひねりラストの背後で立ち上げるのと同時に、渾身の力で逆手にもったクロノスを後ろへ引いたのだ。

 何かに突き刺さるような感覚が手に伝わり動きが止まる。

「……」

 恐る恐る振り返るとクロノスの切っ先は背中側からラストの左胸を貫いていた。

「……っ!」

「……ま、さか、ね」

 レイピアが右手から落ち、カラン、という音が静まり返った空間に響く。ラストは開いた右手を左胸にあてると床に血だまりをつくってゆく己の血を眺めた。

「……私は、……また、ここで」

 膝をついたラストはなにが可笑しいのか笑う。クロノスが抜けた傷跡からは次々と血が流れ出ていた。

「……また、守れない……そうか」

「……ラスト」

「同情は、不要だよ。……私……僕は、負けた。ああ、前もこんなんだったな。……あの方に負けた時も」

 先ほどの攻撃は確実に心臓を貫いていた。

 しかし、まだ生きているというのは《使徒》故に、なのだろうか。

(……とどめを、ささないと)

 床に崩れ落ちたラストの背にクロノスを振り上げるが、それを振り下ろすことはできなかった。

「……」

 思えば今まで、敵を、意思を持った敵を殺したことがない。

 仲間を侮辱され怒りのままにスペルビアを貫いたことはあったが、あれもとどめはトガがさしている。

 ラークやトルムアは数え切れないほど倒してきたというのに。それと何が違うというのだ。

 目の前にいるのは敵なのに。

 汚灰はいの元凶だというのに。

「……」

「……敵に情けを、かけるつもり?」

「情けなんかじゃない」

「……へぇ?」

「……どうして、ラストとは分かり合えそうなのに。一緒に笑えそうなのに」

 その言葉にラストは皮肉な笑みを浮かべ、声を出して笑った。

「ははは、分かり合えそう? 絶対的な《使徒》という敵と? ……それならば、そのせいぜい甘い夢に縛られ苦しむといい! 自らの理想と現実の間で……。お前に……その覚悟があるのならば……」

「……ボクらは本当に敵なの、ラスト。ううん、ハイル。ボクはこんなこと間違ってると思うのに。まだ、間に合うでしょ?」

「……」

「戦うしか道はないの?」

「……っくそ!」

 突然泣きそうな顔になったラストは歯を食いしばる。

「どうして、何故、同じ反応をするんだ!? お前は、あの方と! 何故、聖下と……! ……様と!」

「え……?」

「……前にも、僕は、ここで負けた。だが、この思いの強さ故に……《使徒》となり、世界崩壊の死から免れた。……忠誠を誓った主が《使徒》だったから。その影響を受けたんだろう。……だがな、その時私を打ち負かした……お前なんかよりはるかに強い騎士は、死んだ。何が起きたのかは知らない。……だが、その方もおっしゃっていた」

「……」

「これは望まぬ戦いであり、話し合えば分かり合えるのではないか。今からでも間に合うのだと。本当に戦うしか道はないのかと! ……私達が納得したとしても民たちが許しはしない状況だったというのに。……甘い夢を掲げた、だが、……強い騎士だった」

「……」

「……結局、全てが手遅れだった。……どちらも苦しんだというのに。近くで見てきた私達には何もできない。ただ側に仕えること。それだけが出来た。……報われない戦いを見るのは、辛い」

「……」

「……だからせめて、《使徒》となった今回こそすべてを、行く末を見届けたかった。主を、守りたかった。……いとも容易くやられるとは、慢心したな。……だから、これ以上、恥を……かく前に。その剣で終わらせてくれ。僕を。そして戦いを」

 ラストが浮かべたのは穏やかな笑みだった。

 その笑みに私は剣を消し去る。

「だったら……ボクはお前を苦しませる。……そして、お前の願いを叶えてやる」

「え?」

「最後を見届けろ、ハイル! ボクらが切り開く未来を、行きつく結末をその目で見ろ。……そして、お前の主人が行きつく先も!」

「……なにを、いって」

「ボクらは、先に進む。そこについてこいと言ってるんだ。……《使徒》となったお前の主のもとに。そして結末をその目で確かめるんだ。ボクらの思いが勝つのか、そこで砕けるのか」

「……結末を、この目で。……今度こそ」

「ああ」

 私は両掌をラストに向けると上に動かす。クレアレアに包まれたラストの身体はその動きに呼応するかのように床から浮く。

「何て言おうとも、連れてく!」

「……馬鹿か……お前は。……どうして」

「……言っとくけど、情けなんかじゃない」



 あの時も、そうだった。

 もっとも人だった身はすぐに力尽き、最後を見届けることはなかったが。それでもその時まで敵だったあの男は自分を、そして主を信じてくれていた。

 甘く幼稚で馬鹿馬鹿しい理想。その裏で渦巻いていた感情なんて知らずにただそう思っていた。

 その時のことを再体験しているような感覚だ。

 だが、《使徒》となったこの身ならば、今度こそ見届けられるかもしれない。

 行きつく先を。

 戦いの終わりを。

「……感謝します」

 その呟きは彼女には聞こえていなかった。



 

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