第88話 古代の宗教
それが何なのか、それがどこから来たのか知る者はいない。
いるとすれば世界を創りし神のみだろう。
不思議で膨大な力を秘めたモノ。のちに『アトミアの書』と呼ばれることになったソレは、自らを所持しその力を振るう者を選んだ。
選ばれた者は指導者となり人々のために力を使い、世界は繁栄へと導かれていった。やがて、書を携えし者を教皇と呼び、ソレをもたらしたであろう神を祀る宗教ができあがった。
イルタレンシア聖教。
聖歴0年、アルガデシアにて興った世界規模の宗教。
人々を繁栄へと導くためのそれは、のちに世界を、人を滅ぼすものとなった。
表向きには教皇と並び、イルタレンシア聖教の象徴であった神子の反乱。しかし、裏では様々な思惑が絡みあい、それは神さえも巻き込み世界を滅ぼす災厄となった。
破滅への序曲を語るのはまた別の話である。
「……」
両手で書を抱え黙々と階段をくだるアルマを後ろから追いかける。
得られた情報は、あの書物が古代文明のモノであり、繁栄へと導きながら同時に滅びをもたらしたものだということのみだった。宗教についての概要も手に入れたが、詳細は意図的に削除されており結局のところほとんどクレアレアも汚灰も情報はない。
消されていたのは古代人が滅びたと思われる年の前後、数十年間の記録もだ。気象などあたりさわりのない情報は残されていたが、歴史の詳細や当時の主要人物の名前や顔写真などについてはやはり削除されている。
何かがあったのは確かだが、それが何だったのかは分からない。
ただ、アトミアの書を間違った使い方で使うと危険なのは確かだ。ここはマーテルからの警告にも当てはまる。
書の存在を知っているのは総司令と光騎士、そして一部の研究者のみだ。マーテルがここまでと制限をかけたからだ。そうでなくとも、結城もこのことは広めるべきでないと判断している。
「アルマ」
「ん?」
何事か、と振り返ったアルマ。その赤い瞳が見上げてくる。PFOでのアバターと同じだ。
エルフ姿である完全展開姿を初めて見た時にはまじまじと見つめてしまったが、最近はこれも普通の姿も何ともない日常になってしまった。それほどこの生活に慣れ切っているということに驚く。
まだ、1年ほどしか経っていないというのに。
「そういえばさ、この塔が宗教施設ならあの遺跡もそうなんだなってさ。祭壇があったしそうだろうってみんな言ってたけどさ。……でもさ、普通の人の生活のあとってまだ見てないよね?」
「うん」
「コンソールの情報でもいくつか王国も帝国もあったはずなんだ。宗教が同じだとしても様式は気候によってかなり違うはずだろ? ……なら、そういう王国とかはどこにあるんだろう、って」
いままで訪れた場所で人が住んでいた形跡があったのは遺跡とこの都市だけだ。言ってしまえば、普通、の生活のあとがないのだ。
それに、それらは惑星を隔てている。
しかし、未だに星を行き来できる技術は出てきていないのだ。
クレアレアによる転移装置も見つからない。
ならば、彼らはどうやって惑星間で交流を持っていたのだろうか。今の大旅団の技術をもってしてもワンシップで移動するしか術はない。
「……あのさ、惑星はこれで全部なの?」
「少なくともトガがくれた情報の中にはないな」
「……大旅団が追っていた汚灰の流れは?」
「……それは」
端末を取り出すとデータベースにアクセスする。
「アルマ……この塔だ……」
「ん?」
「この塔の最上階。……そこに、汚灰の流れの元が。きっと目的地だ」
「それで、出撃許可がほしいと?」
総司令室でゆったりと椅子に腰かけた結城はずり落ちていた総司令の制服を羽織り直す。同時にその下の白衣もなおすと机に肘をついて身を乗り出す。
「確かに危険な場所ではあるが、わざわざ周囲封鎖の上立ち入り制限までかける必要はあるのかね?」
「……しかし、アルティレナスの封印場所の可能性もあります」
「なら、なおの事。周囲で補助要員を待機させておく方がいいと思うがね。……リエースの崩落の件もあることだしな」
結城が言っているのは、つい先日、惑星リエースの深森の遺跡エリアで崩落事件が起きたというのだ。いつ起きたのかははっきりしないが、まるまる一帯が崩れ去ってしまったという。
「……先遣隊に調査に行ってもらったが、あそこからは強い汚灰の残滓が検出されている。おそらく《使徒》が関わったものなのだろう。その中で興味深いものも回収していてな」
結城が取り出したのは金属の破片だ。
黒く光沢のあるソレはどこかで見たようなものである。
「……正直言うと、私は反対したのだがな。これが落ちていた周囲は特に汚染がひどくてな、既に浄化は開始しているが芳しくない。だが、あの破片と共にこんなものまで回収してきてくれてな」
「!?」
栓をしてある試験管になみなみと入っているのは赤い液体、血液だ。
「……それは、誰の?」
「……トガ、だろうな。仮面の破片の側の血だまりのものだと言っていたからな。……ところで、アルマ君。君は何か知らないかね?」
「……どういうこと?」
「なに、簡単な事さ。君は、トガについて何も知らないのかね? ……いや、単刀直入にきこう。君は《使徒》ではないのかね?」
「え……?」
突然の言葉に言葉を失う。
私が、《使徒》だと。
「結城総司令! どういうことですか!? いくらなんでもそれは!」
私をかばうように一歩前に出たアラキアの声は聞いたことがないものだった。
初めて彼が怒っているところを見た。
「まさか片山を付けたのも、やはりアルマを疑っていたと!?」
「……」
「っ……!」
「待って、アラキア」
今にもとびかかりそうなアラキアの腕を掴むと制止する。
結城の目は本気だ。そして、気配はないがカストもどこかからこの状況を見ているだろう。攻撃などしてまた反逆者だと判断されては、今度こそどうしようもない。
「結城さん、ボクは《使徒》じゃないし、何も知らないよ。……ほんとに」
「……では、質問を変えよう。この血液が、アルマ君のモノとほぼ同じ性質を示したと言えば? そして、クレアレアも一致したと言ったら?」
「……それでも、ボクは何も知らないよ」
冷たくそれでもどこか引き込まれる瞳がまっすぐと見つめてくる。
ふいに、結城は口元に笑みを浮かべる。
「試したりしてすまなかったな、アルマ君。カスト君、もういいぞ」
「はぁ、まったく。人使いが荒いですね」
結城の背後にカストが現れる。ソピアーを握ってはいるが、臨戦態勢はとっていない。
「……と、お二人とも、試すような真似をしてすみませんでした。決戦が近いと思われる今、第2のスペルビアの相手をしている暇はありませんからね。足元を固めておきたかったのです」
「……陰険メガネ」
「よく言われます。……まあ、それが性分ですので。うそ、はったり、でまかせ。……正しい情報を得るのに手段は問いませんからね。それが私の役目ですし。と、いうわけで、大変失礼しました」
深々と頭を下げるカストにため息ができる。
よくアストレから飄々としてつかめず陰険だ、と話を聞かされるが思った以上だったらしい。悪い人ではなさそうだから、憎めない。
「さて、エリア封鎖と出撃許可だったな。もちろん、許可を出そう。ああ、ただし絶対に無事に戻ってくること。いいな?」
「……了解!」
2人が去った後の総司令室。
そこで2人は唸っていた。
「……やはり、違っていたな」
「ですが、これは本物ですよ」
「一体どういうことなんだか」
「私は引き続き情報を集めてきます」
「頼んだ、カスト君」
やっと、酒が飲めるっ!(ぇ




