第82話 上昇
「ふわぁぁー」
腕にここ数日でまた分厚くなったファイルを抱え、堪えきれなくなった欠伸をしたアストレは誰も見ていないことをいいことに廊下の隅で大きく伸びをする。
眼鏡を押し上げ、少々寝不足で腫れぼったい目をこすると扉を横にスライドして開ける。
レースカーテンのみで外からの柔らかい光が差し込んだ室内には先客がいた。
「毎日、毎日。アラキア君、君はいつ寝てるのかな?」
「その言葉、そのままお返ししますよ。アストレ先生」
「んー、そう言われると言い返せないなぁ。実際寝れてないし。……まあ、僕はいいとしてもアラキア君、君はちゃんと休まないと」
「あー、僕は大した怪我もないんで大丈夫です。3日も休んでれば、さすがに疲れも消えますって」
スペルビアとの決戦から3日の時が過ぎていた。
アラキア達が包囲網を突破する際に交戦したイスク達は安全装置が働くほど叩きのめしてしまったため、死者こそいないが大怪我をした人は多い。そこにスペルビアの暴走が重なったため大旅団は大混乱を起こしていた。
決戦後、満身創痍の結城は大旅団中を駆けまわりこの混乱を収めたわけだが、未だに本部の一部では混乱が続いていた。
大旅団の総司令であったディアルがいなくなったことにより空いた大旅団側の総司令の席には結城がつくことになった。そして、結城は大規模な組織改革を行った。
まず、自分が大旅団側に来てしまったがために交代人員がいなくなってしまった地球の総司令を、もう1人の地球側の総司令だったエリックのみに任せた。そしてスペルビアにより秘匿されていた情報を全公開すると、戦闘部の主に光騎士の体制を大きく変更した。
絶対命令をなくし、光騎士の総司令からの命令への絶対服従を撤廃したのだ。
「……まあ、とにかく、どうにかなってよかったよ」
「ほんと……。捕まってたら死んでたなんて考えたくないですよ」
「……あれもこれからそんなことがあったとしても、何も聞かないで処刑なんてことは無くなるから大丈夫、……というより、あんなことはもうないよ。結城さんだからね」
「そういえば、どうですか? アルマは」
アラキアが毎日この部屋を訪れている理由、それはアルマの様子をみるためだった。
あの日、自身の限界を超えたクレアレアを取り入れ行使したと考えられている。実際どうだったかは分からないがトガの話が真実だとすると、それも真実なのだ。そしてトガもうそをつく必要はないはずだ。
通常、限界を超えてクレアレアを行使すると、軽い場合は倦怠感や筋肉痛のような痛み、酷いと麻痺などが現れ死に至ることもある。全く使えない生物が取り込んだ場合も拒絶反応が起き、発狂するという実験結果もある。
「……幸運だと思うよ。あれだけ限界を超えた量を取り込んでダメージ1つないっていうのはね」
「でも……」
「大丈夫、大丈夫。……寝てるだけだよ。疲れてるんだろう、アルマちゃんも」
部屋に置かれたベッドには小さな人影が横たわっている。
3日の間ずっと眠っているのだ。
「……でも起きてくれなかったらアルマは知らないでしょう?」
「あー。それね、僕も不思議なんだよね。死んだっていう記憶とアルマちゃんたちの捕縛事件があってスペルビアの暴走があっただけで生きているっていう記憶、2つあるからさ。しかも全員、ね」
「……そう、なんですよねぇ。しかも、環境値が書き換えられたっていうのが嘘じゃないっていう証人もいますしね」
そんな話をしていると入り口のドアが勢いよく開く。
「やっほー、アラキアくんー!」
「げ」
噂をすれば、である。
「ここは、病室だと何度言ったら分かってくれるんですかっ!!」
怒りを露わに叫んだのは1人だけではなかった。
続いて入り口から入ってきた白衣の男もアストレと共に同じ文句を叫んでいた。
「うっひゃぁ、こわぁ……。そんなに怒鳴らなくてもいいじゃーん」
「よくありません。医師として看過できません」
「同じく、部下として看過できません」
ハルはえー、というとドサリとソファに座る。
「いいじゃーん。ひまなんだもん、誰か相手してくれるなら出てくけど?」
「暇も何も、寝ててください!」
「ほんとに大人しくしててくださいよ……。死にかけたって自覚有ります?」
「ない!」
自信満々に言い放ったハルに医師と部下が怒りを爆発させたのは容易に想像できるだろう。
「わかったよぉ……。お願い、これだけ聞いて……。私も何の用事もなく来たわけじゃないって」
涙目になったハルは懐から青い球体を取り出す。
「これ試してほしくってさ」
「未認可の実験協力はお断りします」
「いやいやいやいや、そうじゃないって! ちゃんと認可されてるってば! クレアレアのレベル測定装置だよ!」
「……で、それがどうしました?」
「それは試しに握ってみてから聞いてよ」
しぶしぶ球を受け取ったアストレは右手で握りしめる。すると級の内から光が漏れ始めた。
「握りましたが?」
「それね、光の強さで10段階に分けて測定できるんだけど、その光の程度が大体8。イスクの測定用につくられたから10段階って言っても上の方の割合は大きいけど、……0は全く使えない。4からがトゥルーエ、5からがイスク。……その中で8からは光騎士レベル」
「!?」
「9は光騎士でもジュークぐらい。……10は見たことない」
「ちょっと待ってください。確かに私はイスクですが、前の測定時は同じ基準で6でしたよ? そんな急にあがるなど」
「実はね、あの事件があってからある特定の条件をみたす人の数値が一気に上昇してるんだよ。これは結城にも確認とったから間違いない」
ハルの表情は真剣そのものだった。
「……で、その特定の条件とは?」
「彼女と親しいかどうか、だよ。アルマちゃんと」
「は?」
「私も結城も、それにカイとクレアっていう子たちも。ある程度親しい人。……しかも、親密なほど上昇の度合いも大きい。だから、アルマちゃんに何か変わったことはないかなってさ」
「……と、言われてもなぁ。特に変わったことはないんだよなぁ……。全部正常値で。目を覚ましてくれないってだけで」
「ふーん」
何が彼女のスイッチを入れてしまったのか。
ハルの瞳がきらきらと輝き満面の笑みを浮かべる。
「まるでさぁ! 眠り姫だよね! 王子様のキスで目覚めるかもよ!! はは」
「うわ、ちょっと、やめてください!!」
羽交い絞めにしようとするハルとそれから必死に逃げるアラキア。いつの間にか部屋中を駆け回っていた。
「ほらほら!」
「だーかーらー、なんで僕なんですかぁ!?」
「一番王子様っぽいじゃん! 若いし!」
「若いって関係あります!?」
「いいじゃんいいじゃん! そーれーにー、仲いいと思うし?」
「ちょ! うわ!」
「もらい!!」
ベッドサイドに追い詰められたアラキアにハルがとびかかる。
「ちょ、ちょっと! ハル室長、バランス、バランスがあああ! 押さないで、くださっ!」
崩れたバランスに腕を振り必死に抵抗するが、そのまま後ろへ倒れる。
「いい加減になさいっ!!!」
完全にきれた医師が放った魔法がハルを吹き飛ばしてくれたおかげで何とか手をつくことができた。
が。
「……?」
手に当たっているものは温かく、そして柔らかい。
そして2人の視線が痛い。特にアストレのものが。
「……」
恐る恐る振り返り手をついている先を見ると。
「……あ、るま」
「さて、アラキア君、ちょっといいかな」
「え、……って、え!?」
「ちょーっとおいで」
「ちょっと待ってください、これは不可抗力で……! わざとじゃ!」
「はいはい」
この一件のあとアラキアがハルに対し警戒を強めたのは言うまでもない。
「うーん……」
右の手のひらで左腕をさする。
見た目上は何ともないのだが、何故かそこだけ違和感があるのだ。
目覚めてみてはじめに見たのはアストレに叱られるハルとアラキアの姿だった。最初は夢かと思ったが、夢ではなかった。
アストレに抱きついて大泣きしてしまったため、未だに鼻をすすっていた。
「……本当に何ともない?」
「寝すぎちゃったときみたいな感じがあるだけだよ。……あ、あと」
「ん?」
「……お腹空いた」




