第79話 室長の決意
「やはりか……」
大きな両開きの扉の前でレクトルは呟いた。
「……封鎖されている」
例の結晶のある部屋へ続く両開きの扉は固く閉ざされており押しても引いてもビクともしない。もちろん鍵穴の様なものもなく周辺に解除できるようなものもない。
おそらく権限により開閉の出来るものだろうが、その重要な権限はディアルによって封じられている。
「……」
対抗策はなし。
(……ここまで来て、なのか)
手を伸ばして扉の表面に触る。
この奥へ行ければいい。それだけだと言うのに。
たった1枚の扉に空間を分け隔てられてしまっている。
壊す、という手段を考えなかったわけではない。しかし無理なのは目に見えているのだ。どんな攻撃にも耐えうる船。それが大旅団の船をつくった時に最も重要視された要素だ。
たとえ扉1枚でも頑丈さは計り知れない。聞いた話ではクレアレアによる耐久試験も行われていたという。
「……あ」
同じように扉に手を当てていたトガが声をあげる。
「……できる、かもしれない」
「何が?」
「この扉を開けずに先へ進む……ことだ」
意味的にはおかしい。しかしヤツが冗談を言っているようには聞こえなかった。
それに今までの言動を見ていてうまい冗談が言えるような性格でないのは確かだ。
「具体的にはどうするのかね、トガ君?」
「コレと……ソレ……」
トガは自らの左手に握っていた剣を軽く持ち上げ、続いて私が左手に握っているクロノスの片割れを指さす。
「……アンチ武器クロノス。その特殊能力は時空干渉。つまり、空間へ作用することが可能だ」
「本当か!」
「……だが、その威力故に……限度はある。私一人では全員は運べない。……できても私自身ともう一人。……だが、同じ効力を持った同じ武器がここには2本もある」
「ボクに、やれと?」
トガは頷く。
PFO内では使い慣れた武器であるが、イスクとしてクレアレアで具現化し使用したのは今回が初めてだ。ましてや特殊能力など使ったこともない。
イメージできなければ、すなわちそれは具現化できず失敗に終わる。
「……イメージが付きにくいのならばワンシップから惑星へ降下する際の転送をイメージしろ。……同じだ」
「!」
なぜ、ヤツは私が考えていることが分かったのだ。
「その前にトガ君、一ついいかね?」
「なんだ?」
「何故、君はクロノスを持っているのだね? そして、その効力を、特殊能力を知っているのかね?」
「……それは。……話せない。言えることは、私はこの存在を知っていたということだけだ。……そもそも、これは今関係あることなのか?」
「……まあいい。今は信じるとしよう。で、どうするればいいのかな?」
「……私がレクトル、あなたを連れてゆこう。アルマ、貴様はアラキアを。……手を、離さぬように」
トガはレクトルの腕を掴むとクロノスを掲げる。
「こたえろクロノス。空を裂き道を示せ」
瞬間、空中にできた赤黒い切れ目に吸い込まれるように2人の姿が消える。
「……」
私もアラキアに近づくとその袖を掴む。
「袖……?」
「……?」
「いや、手は嫌だったのかなーと……」
「え、いや、別にそんなんじゃ……! むしろ……ううん……」
差し出された手を握るとぴったりと身を寄せて剣を掲げる。
「うまくいってくれ。……クロノス!」
「……貴方も諦めの悪い人だ」
「それはこっちのセリフだよ、マーテル。……素直に従っていればいいものを」
「……それはできない」
「……はあぁ」
首を横に振るマーテルにディアルは深いため息をつく。
「いい協力関係を築けたというのに、残念だよ。本当は稀有な存在の君に手荒な真似はしたくなかったんだけど」
す、とマーテルに向けられたディアルの右手に汚灰がまとわりつく。
「ねぇマーテル、君ならわかるよね? 《使徒》の性質がどういうものか」
「……! まさか、私を喰らおうというのか!?」
「ご名答。汚灰もクレアレアも元は1つの力。クレアレアの塊である君を喰らえば僕は最高の力を持つ《使徒》になれる。支配者となれるんだよ!」
「……や、やめろ。……そんな、ことをしたら!」
後ずさるマーテルに大股で近づくとディアルはその首を絞め挙げる。
「ははははは! やっぱり君の移動権限を制限していて正解だったよ。逃げられないだろう! ……それにしても最高だ。この震えるほどの力……」
「……っくぅ」
「あはははははは!!」
「ずいぶんと機嫌がいいようだな、スペルビアっ!」
刹那、2人の間に輝く刃が差し込まれる。
マーテルから手を放し後退したディアルにもう1陣の風が迫る。それをギリギリ避けたディアルは忌々しげに侵入者たちをみた。
「どうしてここに入れたのだ!?」
「さて? 総司令の権限として当然ではないのかね、ディアル君」
「ゆ、結城!? 何故だ……何故ここに……」
「それはもちろん、君を捕らえるためだよ。そして大旅団員を守るため。大旅団の……敵である《使徒》をとめる、いや、倒すためだ」
「……は、はは。な、何を言ってるんだい結城。この僕のどこが《使徒》だって? 証拠は?」
「証拠なら、ほら。私の部下は優秀でな。……大旅団襲撃の際の手引きに、今回の偽装……他にも秘密裏に惑星に降下した記録や《使徒》と接触した記録だ。これで言い逃れはできまい?」
「な……馬鹿な……」
レクトルは端末を操作するとさらに多くのデータを出力する。
宙に表示されてゆく資料の数々にディアルは口をパクパクとさせるとヒステリックに叫ぶ。
「馬鹿な、馬鹿な! 嘘だうそだうそだ! 全て消したはずだ! 全て消したはずなのに、何故それがお前の手元にあるっ!?」
「……認めるのだね?」
「……」
静まり返った室内に、不意に笑い声が響く。
「あはははは!! で? それが何の問題が?」
「なんだと?」
気味の悪い笑顔を浮かべたディアルは両手を大きく広げる。
「幸い、ここには君達しかいない。そして全ての権限は僕の元。……日本ではこういうんだろう、死人に口なし、ってさ?」
「残念ながら、この状況は全て記録し……全船へ流している」
「だから? 言ったよね、死人に口なしって。まずは、目の前からだ」
「!」
目の前で光がはじけ、赤い光が満ちる不思議な空間が一瞬見えたかと思うと次の瞬間、白いブーツは青い光を発する不思議な床を踏んでいた。
赤いローブをまとった人物が同じ赤いローブを着た男に向かって床を蹴り、その姿が黒衣をまとった姿へと変わる様が見えてきた。そして、その手に黒い汚灰をまとった短剣が具現する様も。
「やめろおぉぉぉ!」
同じ言葉を叫び、同時に動き出したのは私だけではなかった。
マーテルを守るように立っていたトガも、地を蹴っていた。
そこからは何が起きたのか分からなかった。
私とアラキアが出現した場所からレクトルがいる場所までは、とうてい1歩で行ける距離ではなかった。それはトガも同じで、むしろ2人よりディアルがいた場所の方がレクトルに近かったと言える。
クレアレアで羽を展開してブーストした覚えもない。
それにクレアレアを込める時間さえなかった。
しかし、私達の身体は空を飛んだように素早く移動しディアルとレクトルの間に割り込んだ。
「……っ!」
目を見開いたディアルに向けて剣を引く。全てがいつも以上にスローモーションのように見えていた。
クレアレアの青い光をまとった私達の剣は、ディアルの短剣を叩き落とし腕を斬りつけた。
その勢いで大きく後ろへと飛ばされたディアル。しかし、その身体に傷はついていなかった。
「ははは……さすが、さすがだね。けど、《使徒》を含めた2人がかりでその程度かい? 笑わせるな! 感じろ、絶望しろ、僕の前から消え去れ! もう、駒は必要ない!」
「この感じは……!」
「!」
突然響きだした警報にハルは動きを止める。
『ぜ、全大旅団員に緊急通達です。環境値が、システムが……!』
ぷつり、と切れた通信に研究室内がざわつく。
「……」
寒気がして手元の温度計をみると水銀柱がどんどん下がっていっている。壁に備え付けられた気温計も同じ反応を示している。クレアレアを使用していないものであり、万が一システムが故障したときのために装備していたものだ。
「ハル、室長……!」
同じことに気が付いていたのか須賀谷が測定器一式が収まった木製の箱をハルの前に置く。
「……気温も、気圧も、……酸素濃度も!」
「……分かってるよ、副室長君。で、他の船は? 通信環境は?」
「もう、どれもめちゃくちゃです! ……気のせいなのか、さっきから体が……重く」
「……気のせいじゃないよ。……重力の制御もおかしい。いや、環境値、って言ってたよね。私達が生命を維持するために必要な環境がおかしいんだよ」
「……! って、だったらなんで室長はそんな落ち着いてるんですか!? 死ぬかもしれないんでしょう!?」
バン、とハルの右手が机を叩き大きな音を立てる。
その音に静まり返り、研究室中の人間がハルに注目する。
「私が、落ち着いてる? 私が落ち着いているように見える?」
「!」
メガネの奥の瞳は真剣そのものだ。
いつもの突き抜けた明るさとふざけたような笑みや態度は一切ない。
その気迫に須賀谷はつばを飲み込んだ。
「……いつか来るとは思ってたけど、まさかこんなに早く仕掛けてくるなんてね。……もう、私達も用済み、かぁ」
「え?」
「……この研究室は普通じゃない。……総司令直属の研究室。私の部下なら、今の状況とこれまで好き勝手した割に処分されなかった事実、このことからあることがわかるだろ?」
「……」
ハルは口元に皮肉な笑みを浮かべる。
「今まで私はずっとディアルのクソ野郎にいいように利用されて、いや、協力してたんだよ! この研究室ごと! そんなことにみんなを巻き込んでた。ばれないようにね」
「しかし、それは」
「確かに仕方ない事だったさ。全権を握られていたからね。私にはジュークを非難なんかできないさ。……でもね」
吐き出した息は空中で白く見える。
「ここからは私の独壇場だ! みんなのことは私が責任もって生き残らせて見せる!」
「室長……!」
「須賀谷、そこの引き出し。その中のバングルをみんなに配って。それには一定量のクレアレアが充てんされてるから切れるまでだけど、生存環境はつくれる。……あとは」
ハルは研究室の壁に埋め込まれていた結晶を取り外すと握りしめる。
途端に数値が回復し始める。
「私のありったけのクレアレアでこの部屋だけでも元の環境にする。……だから手が空いてる人は他の研究室を回って出来るだけ人をこの部屋に集めてきて!」
「ちょ、ちょっと室長! 室長はトゥルーエですよね!? 明らかに使役限度を超えます!」
「……分かってるよ。自分が開発した技術くらい、さ。……だから、そうなる前に、彼女たちがヤツを倒してくれることを祈ろうじゃないか。……今の私には、それくらいしかできないしね」




