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第65話 不思議な《使徒》

「ねぇ、アルマちゃんは好きな人とかいないのかしら?」

「は?」

 突然の問いにアジの竜田揚げをつまんだ箸が止まる。

 何を言い出すのだ、この上官は。

「じゃあ、誰かのファンになったりとかは?」

「ファンっていうのはないよ?」

「ならこの話もきっと知らないわね。最近海岸エリアベナートレーヴェンで怪しい報告が寄せられているの。なんでも女性ばかり話しかけてくるっていうのだけれども、どうやら大旅団のデータにはない相手の様なのよ」

「データにない……?」

 確かに任務先での接触は厳重に管理されている。

 光騎士こうきしレベルならば官制に知られず接触することも可能だろうが、大抵は安全のために周囲にいる生命体の情報を参照しているはずなのだ。そしてそれが敵性反応なら直ちに警戒態勢に入るよう通達される。

 そもそも味方と出会う方が珍しいのだ。

 任務地が密集していることは少なく、大抵はバラバラ。稀に遭遇してもおかしくない距離だとしてもこんな短期間に同一人物が複数回などほぼあり得ない。

 そしてデータにないなどまるで。

「……《使徒》?」

「そうなのかしら、って私も疑ったのだけれどもこちらに危害を加えてくる様子はないのよね。ただ」

「ただ?」

「ナンパしてくるってだけで」

「は?」

 だから女性だけなのか。

 しかし、データにないという点だけが気になる。

「で、どうしてその話を?」

「まあ、一種の報告よ。あと警告かしら。まあ、出会って素性をきいても答えない、で逃げだしたら容赦なく捕まえてOKよ。原住民ということはないでしょうし」

「それ、新しい任務?」

「そうね。殲滅ついでによろしく」



 そうして依頼された対象にこんなにも早く出会うとは思ってもいなかった。

 いつもより水生生物の姿が少ないことをいいことに木陰で少し休憩しようとした時だった。

 背後に感じた気配に振り返り距離をとる。

「そんな警戒しなくてもいいじゃん、ねぇ?」

 紫色の長い髪を後ろで1つに束ね片眼には長めの前髪がかかっている。どこか寒気がする甘ったるい声。

 これがクレアレア完全展開中の姿なのだとしたら相当の変態かナルシストといったところか。

 しかし。

『アルマさん、その方、データにありません。例の……ナンパ魔かと思われます』

 コイツが、か。

「……誰?何の用?」

「ヤダなぁ。会ったことないっけ?僕だよ、僕」

「……ボク、人の名前も顔も覚えるの苦手なんだ。それにこんなところで会う約束なんかするはずないし」

「ふぅん?まあいいや。暇なら一緒にお茶でもどう?」

「……」

 なんなんだコイツ。

 警戒を通り越して呆れさえ感じる。

 本来なら関わらずに逃げ出すところだが、これも任務。そう割り切って男をみる。

「名前教えてくれるのならいいけど?あと何者なのか」

「名前、うーん名前かぁ。……みんなからはラストって呼ばれてるけど。そういうお嬢さんは?」

「え、……ボクは……アルマだ」

 何を馬鹿正直に答えているんだ。

 阿保かボクは。

 任務集中しなければ。情報を聞き出すのが一番の目的だ。相手に情報を与えてはならない。

 しかし、何を話せばいいのやら。

 結局口調は変わらない。

「で、何者?」

「……何者、か。完全に警戒されてるね。僕はただお話ししたいだけなのに。これを言っちゃったら逃げられちゃうんじゃないかな?」

「……さあ、……じゃあ危害を加えない限り逃げないって言ったら?」

「それ、本当?」

 ここは覚悟を決めなくては。

 いや、いざとなったら逃げればいい。

「約束しよう。……危害を加えない限り、だけれども怪しい素振りをみせたら」

 ヤツの正体に予想はついているが今までのヤツラとは何かが違う。

 もしかしたら私でも運よく情報を聞き出せるかもしれない。

「分かった。僕は《使徒》ラスト」

「ふぅん?」

「……ほんとだ。逃げないんだ?」

「別に今のところ危害は加えられてないし」

 しれっと答えたつもりだ。

 しかし。

「それにしては警戒されている気がするんだけどなぁ?」

「……そ、それは、性格だ」

「へぇ?」


「……でさ、ラストはボクに何の用なの?」

 ヤシの木の陰に並んで座り――とは言っても少々間隔は開いているが――しばらくしてから珍しくこちらから声をかけてみる。

「んー、なんでだっけなぁ。……女性に声をかけないなんて僕が許せないからなぁ?」

「……」

 は?、と言いそうになるがすんでのところで飲み込む。

 そもそもこの男に対してまともに相手をしてはいけない。

 しかし私の事を女性などとは変わったやつだ。身長なのか性格なのか見た目もなのか。これまで子ども扱いされたことは有れど、女性として扱われたことはあっただろうか。

 それをどう捉えたのかラストは悲しそうな顔をする。

「やっぱり《使徒》はこわいかな?」

「え、いや……ボクの場合は……」

「うーん、君の隣にいるとまるでトガの隣にいるみたいに落ち着くんだけどなぁ」

「!」

 トガ。

 その言葉に反応する。

 何度か『殺す』と言われ襲われているが、いつもヤツは自分から手を引いているように見える。

「あのさ、トガってどんな奴なの?」

「あれ?僕の事よりトガの方が気になるの?ま、いっか。……と言っても僕もよく知らないんだけどねぇ。何考えてるかなんてわからないし」

「……仲間じゃないの?」

「《使徒》に仲間意識なんてないよぉ。あ、でも共通意識はあるかな。それを僕たちは《使徒の本懐》って呼んでるけど。ま、程度は多かれ少なかれ、だけど。……僕はあまり影響を受けてない方かな。じゃなきゃ、こうやって大旅団の人となんて話してないし」

 なにが可笑しいのかラストはクツクツと笑う。

「……あ、でも、こんな内部情報話すのは君だけかも。……やっぱり、似てるなぁ」

「え?」

「……むかーしの、知り合いに君の纏ってるクレアレアが似てるんだ。……知り合い、何ていったら怒られちゃうだろうけど」

 そこまで言うとラストは思いっきり伸びをして立ち上がる。

「あーあ、ひさしぶりにこんなにしゃべれて楽しかった」

「……それは、よかった」

「あれ?話した情報が嘘だろ、とか何とかないの?」

「……え?」

「いやー、てっきり僕のことまだ疑ってるんじゃないかってさ。まあ、でも、嘘はついてないよ。神様に誓って、ね。……聖なる光のために」

 ラストは十字をきるのと似た動作をする。だがどこか違うように見えたが一度だけだったから分からなかった。

「……《使徒》にも神はいるの?」

「……いる、よ。少なくとも最古参の《使徒》にはね。……いや、神がいるからこそ僕ら《使徒》がいるといってもいい」

「……神……やっぱり、天地創造とかそういう話があるの?」

「いや、ないよ」

 ラストは人差し指をピンとたてる。

「あくまでそういう神とは違う神なんだ。……失敗したんだよ。はるか昔に、ね」

「昔……?」

 新しい情報はかなりの量得られたが、これでは新たな謎が増えただけではないか。

 情報は全て記録されているだろうからこちらで覚えている必要はないが。覚えている限りのことから推測できることといえば。

(ボクらはとてつもないものを相手にしているんじゃないか?)

「ああ、そうそう」

 ラストが何か思い出したように手を打つ。

「僕さ、人を探してるんだけど、何か知らないかな?」

「人……?なに、またナンパ……?」

「ナンパなんて酷いなぁ。……まあ、でも探してるのは僕にとって大切な人なんだけどね。君のその蒼い髪を見てたら思い出しちゃった」

「……?」

「と、言っても男の人なんだけどね。蒼っていうよりは青い髪で、背はちょっと高いぐらいかな。胸ぐらいまでの髪の長さでね、瞳の色も青いんだけど」

「うーん……それだけだとなぁ……」

「……名前は、ラース。ラース・ディエゴ。世間知らずだけど、新しい環境に適応するのは早くてね。……僕が人間だった時のご主人様なんだ」

「え」

 人間だった時。と、いうことは《使徒》とは元は人なのだろうか。

 だとしたら、一体汚灰はいとは、《使徒》とは、ラークとはなんなのだろうか。

「これ以上話しちゃうとトガに怒られちゃうし、ここまでかな」

「え、あ、うん」

 そういえば今私は《使徒》と話しているのだった。あまりの話しやすさにいつの間にか警戒を忘れていた。

 彼がやる気になれば一瞬で殺されてしまう。

「……ねぇ、ラストも大旅団の敵なの?」

「君達が汚灰はいを無くそうとする限り、僕らは敵だろうね。でもね、それは仕方ないことなんだよ。汚灰はいは全てのモノにとって有害。……できることならば、止めてほしい」

「え?」

「けれどもね、近づかずこのまま滅びを受け入れる方が長く生きられるかもしれないよ?……いや、これを決めるのは君達だったね。もう1つだけ教えてあげる」

 ラストは前にトガが持っていたようなあの小さな記録媒体を取り出す。

「君達の真の敵を知りたければ、生き残る未来を知りたければ、白亜の塔ウーゾトゥルムのメインコンソールをしかるべき人物が調べるといい。僕は選択の先の1つで待とう。でもその選択をした時、僕は手加減はしない。……人の時からの誓い故に」

 手から弧を描き落ちてきた媒体を両手でキャッチする。

 それを確認したラストは《使徒》特有のあの闇に包まれると姿を消した。



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