第63話 バカンス
「……むうぅ?」
「だーかーらー、今日は戦闘部全員で休暇なのよ!」
手には牛乳の入ったコップと皿のハッシュドポテトに突き刺したフォーク。口には紅茶クロワッサン、と、なかなかに行儀の悪い恰好で上官を見上げる。
今日もいつも通りあの気持ち悪い魚類系トルムアを引き付けては殲滅するという、もはや作業となりつつある任務だと思っていたのだ。だからこそ、朝食をしっかりとっていたともいえる。
とりあえず口の中に入っていたクロワッサンを牛乳で飲み込むとフォークを置く。
昨日の時点ではそんな連絡なかったはずだ。
いや、だからこそユニータ自ら私に話しかけてきたということか。
本来なら個人装備の端末や担当医師、専属オペレーター経由で知らされるはずなのだから。そして、まず私の場合見ず知らずの人から伝言されるということはあり得ない。
どうりで今朝のユニータは軽装なはずだ。
制服に光騎士をあらわす赤マントなのは変わりないが、携帯用の食料や応急手当セットの入ったカバンを身に着けていない。何よりいつも背負っているアーマライトAR-50がない。
「どういうこと……?」
「総司令がね。あ、ディアル総司令ね。綺麗な景色の海岸もあるのだし、休暇は有れど任務続きじゃ疲れるだろって今日を戦闘部一斉休暇日にしようって。あ、ただ警備とかの防衛隊はまた別の日だけれども」
「……急に?」
「ええ。いきなり言い出すものだからゲート広場でもジュークとフィデが張り込んで伝えてまわってるわ。私はこうやって歩いて知らない人がいないか探しているのだけれども」
「……」
「ああ、カストは捕まえられないわ。自室にもいなかったし、どうせ何かおもしろい情報でも掴んでるんでしょうけれど。いつもの事よ」
いつものことなのか。
それにしてもいきなりの休暇。
普通の休暇なら1週間前には知らされているからアラキアと合わせて2人でだらだらと過ごしたり情報交換したり、それでも予定が合わないときはPFOや図書館で過ごすことが定番になっていた。
そして明日が通常ならば休暇日のはずなのだが。
(あ、連休だ)
ならばご飯を食べることは二の次になる。
今日ならば夜更かししても誰にも怒られない。無論、アストレにばれなければだが。
わかめの和風サラダにベーコンエッグ、重ねられたハッシュドポテト。そしてデザートであるリンゴヨーグルトを食べ終えると席を立とうとする。
「あ、ちょっと待ってアルマちゃん」
「?」
「暇でしょ?」
「……え?」
暇ではない。PFOで行きたい場所はあるし図書館で読みたい本もある。部屋でのんびり過ごしたいのもあれば、アストレのところでのんびりするのもいい。もちろんアラキアが暇ならばいっしょにいるという選択肢も魅力的だ。
しかし、実質いつでもできることなのはかわりはない。
そして彼女が上官であるという認識はあるわけで。
「……何か?」
「実はね、惑星ハーウィンの海岸にみんなで泳ぎに行くのはどうかなって」
またとんでもない事をいいだしだ。
惑星ハーウィンの海岸エリアは一度エネミーが集まってしまえば釣られるようにゾロゾロと集まってくるが、数や頻度としては他の惑星に比べて少ない傾向にある。だからと言って汚灰による汚染が進んでいないかと聞かれれば、これまで訪れた3惑星の中で一番汚染が進んでいると言っていい。
それ故に汚灰に対する負荷実験で許可を得たイスクのみ降下を許すという決まりまでできたくらいだ。
調査隊のメンバーもイスクのみに統一されてしまいかなり規模が縮小しているといえる。すぐにメインコンソールの調査が終わり手がかりが掴めると思われていたのだから、これはかなりの打撃だった。
そんな中で一斉休暇、しかもそんな惑星へ行くなどどうかしてる。
「……」
「もう、そんな顔しないでよ。冗談よ、冗談。……一種のジョークのつもりだったのだけれど」
「えーっと?」
「惑星ハーウィンに降下なんて許可が出るはずないもの。でも海岸……海なのはあってるわよ?」
「……?」
もう、これは流されるしかない。
危険な場所でなければまだいい。
「それでね」
そろそろと足を踏み出す。素足の先に触れたのはさらさらの砂である。
どこから持ってきたのか知らないが今までこんな砂浜は歩いたことがない。すくなくとも私の知っている日本の海岸のモノではない。
今いるのは第78番艦ウォーラン。本来の使用目的は水の貯蔵とその大量の水を有効活用した魚や貝類の養殖だ。
しかし、リゾート地並みの砂浜といいヤシの木といい、そして更衣室といい、設計者はここで遊ぶ気満々だったと考えられる。
水は飲み水としても使われるものだが、魚を養殖していることもありどちらにせよ浄水処理されるため有毒性さえなければ許可があれば何をしてもいいらしい。だからと言ってここで泳ごうというのはどうかと思えるが。
「ほうら、行く行く!」
「え?え!?ちょ、ちょっと……」
背中を押され、というよりも腕を掴まれ更衣室から引きずり出される。
「ま、待ってよぉ……ボクだって……心の準備っていうものが」
最近制服ばかり着ていたのもあり半そで、ましてや水着など久しぶりだ。
それに今は日本で言えばまだ夏にはちょっと早い。いくら普段着に近い形の水着とはいえ、この腕を引っ張る人に比べられてしまうともう虚しささえ感じる。
「あ、もしかして泳げない?」
「お、泳げるけど……」
「日焼けでも心配してるのかしら?」
「太陽を模した照明だから日焼けしないよっ!」
「ならどうしたのかしら?」
「……」
泳げる、そしてバーベキューと聞いて渋々承諾したはいいが、まさかユニータがかなりの人数を誘っているとは考えていなかったのだ。
今考えれば当たり前なのだが、今朝はそこまで頭が働いていなかったらしい。
ただでさえ大勢いるところは嫌いだというのに。
しかも水着まで用意されているとは。
半そで短パンの水着なのだがデザインはいい。露出面積が水着にしては多くないのもいい。
だがそれでも。
「やっぱり、ボク……!」
「だーめ。アルマちゃんは私と一緒に遊ぶのよ」
「ふあぁぁぁー!」
遠距離職だというのに何故振りほどけないのだろう。が、その疑問も次の言葉で解決した。
「私、リアルでは元軍人なのよ?」
そういえばそうだった。光騎士はほぼ全員が軍人か軍の出身だった。
例外はカストぐらいだろうか。
諦めて引っ張られるまま水辺まで行くといきなり襟首を掴まれる。
「ふぇ?」
そのまま持ち上げられたかと思うと、躊躇も手加減もなく放り投げられる。そう、楽しそうな声と共に。
「うわあぁぁぁぁっ!」
宙を飛ぶ、というのには慣れているがあくまでそれは自分の意思で飛ぶことであり、今回のように放り投げられることではない。口から悲鳴が漏れる。
羽を広げることなど思いつく暇もなく頭から『海』の中へ頭から落ちる。
海と呼ばれていても塩水ではないらしい。波もなければ岩もなく、水もきれいで言ってしまえば底に砂が敷き詰めてあるプール。
そして、また新たな発見をする。
地上での運動能力の向上は嫌というほど実感しているが、それは水中でも変わらないらしい。
まず第1に息がかなり長い間続く。
普通ならあれだけ叫んだのだからすぐに浮かび上がらねば苦しいはずなのだが、まだまだいける。そうでもなければ水中の景色など見てはいられなかっただろう。
元から泳ぐのはそこそこ得意だったが、一段と動きやすい。
そんなことを考え砂地の方へ水中を泳いでいるといきなり目の前で無数の白い泡がはじける。
驚いて一目散に逃げだそうとするが全然進んでいる気がしない。それどころか首根っこを掴まれているような。
「……!?」
チラリと背後を見てみるといたのはユニータだった。
そのまま一気に水面まで浮上させられる。
「わ、わ、ななな、何!?」
「それはこっちのセリフよ!溺れちゃったかと思ったんだから!」
「……えーっと」
「もう……心配したんだから……」
「……ご……ごめんなさい」
「分かればよろしい。……にしても、ここまで身体能力が強化されてるなんて私も初めて知ったわ。ほんとにクレアレアってなんなのかしらね。と、それは置いておくとして、みんなでバーベキューしましょう。何て言ったっけ……スイカ……スイカをこう、日本では定番なのよね?」
「……スイカ割り?」
「そうそう、ソレよ。スイカ割り!楽しみましょう!」
「海だ、夏だ、バーベキューだあぁぁっ!ひゃっほー!」
そんな声と共に盛大に水しぶきが上がる。
「……日本じゃ夏じゃないですってば。何度言ったら分かってくれるんですか室長」
続いて更衣室から現れた須賀谷はため息をつきながら水に沈んでいった上司をのぞき込む。その脇にはしっかりと浮き輪が抱えられている。
その横にはもう1人海パン姿の男性が立っていた。
あまり日に焼けていないながらもそこそこ筋肉はあるらしく引き締まっている。
「須賀谷さん、その浮き輪は?」
「俺、泳げないんだよ。ほら、金づちってやつだ。金づち。で、室長がいるってなると、ほぼ確定でいや確実に沈められるってやつだよ、アラキアくん」
「あー……」
巻き込まれかねん、と足早にその場を立ち去ろうとしたアラキアの腕を須賀谷はがっしりと掴む。
「お願いだアラキアくん、見捨てないで……!」
「それは……ああ、もう無理です。すみません」
須賀谷の背後に見えた影に苦笑すると、どこからとりだしたのか手に持った水鉄砲で須賀谷の額を1撃。緩んだ手を振り解くと次の瞬間、彼の体は水中から伸びてきた手にさらわれていった。
「須賀谷さーん、お元気でー!」
「え、ちょ、待って、え?ええ!?ええええええええぇ!?」
「いってらっしゃーい」
あの人ならば死ぬことはない。
それにハルとてそこまですることはないはずだ。
たぶん。
そんなことを考えていると左手を引っ張られる。こんなことをする人は大旅団といえど1人しかいない。
「どうした、アルマ?」
「……」
「アルマ?」
振り返ると疲れ切った顔をした彼女がいた。
いつもとは違い水着と思われる服の上には長めのフード付きカーディガンを羽織っている。誰かからの借りものなのかぶかぶかで白地にうすい青、更に背中には何かの紋章が刺繍されている。
「……」
この様子だと最初こそ海で遊んでいたが、ユニータが呼んだであろうたくさんの人との付き合いに疲れたといったところだろう。逃げるにもワンシップはユニータの権限下で逃げ場はなし。むしろよく今まで耐えたほうだと言えよう。
「はいはい、お疲れさま」
「……むうー」
「僕も泳ぎたいんだけどなぁ」
「……」
なんとかユニータや他の招待者に見つかる前に少し遊んでおきたい。という思いも叶えられることなく。
あるいはアルマが動いた時点で見つけられていたのだろう。
「はぁーい、アラキア君。やっと来たわね」
「うっ……こんにちは、ユニータさん」
「今からスイカ割りやるけれどどうかしら?あなたの事、みんなにも紹介したいしね。新しいイスクだもの」
「あー、はい」
「というわけで、アルマちゃんも一緒に行く?それとも」
「……」
手がさらに力をこめて握られるのを感じて振り返ると、アルマはまるで瞬間移動したかのようにアラキアの背後に隠れていた。いつの間にかフードを目深にかぶっている。
無意識にクレアレアを展開しているのか、瞳の色だけが変わっていた。
「……そんな警戒しなくても大丈夫だよ、アルマ。さっさと終わらせて帰りたいのはアルマだけじゃないし、長話はしないから」
「……」
「すぐ終わらせるよ。そしたら2人で遊ぶなり帰ってゆっくりするなりしよう?」
「……ん」
なんとか承諾がとれたところでユニータに連れられバーベキューを楽しむ戦闘部員達の元へ挨拶をしに行ったが、なるほど世界中から集まっただけあってかなり個性的なメンバーが多い。
そしてガツガツくる。
この雰囲気では彼女が逃げ出したくなるというのも分からなくはない。
背中に隠れ沈黙を貫くアルマのためになるべく急いで挨拶を終わらせると群衆から距離をとる。
「さ、何したい?」
「……泳いで……寝たい」
「遊びたいけど疲れたって?」
「……でも話も、したい」
「大丈夫だよ。今日はもう何もないから一緒にいれるよ。……人を相手にするの嫌なんでしょ?」
「ん」
どうやらかなりお疲れのようだ。
立ったまま寝そうな彼女の手を引くととりあえずひと泳ぎすることにする。眠そうだからと1人で置いて行ったら機嫌が悪くなることは目に見えている。
だいぶ時間も経過しそろそろおやつ時だろう。
バーベキュー軍団はいまだに賑やかだった。変化といえば各々の手に酒が握られているといったことぐらいだろう。いったいどこから調達してきたのか。
アラキアとアルマはその集団から大分離れた木陰で大きめのシートを広げ拠点としたが、そこも今では2人の昼寝スペースと化している。
「……ん」
アラキアは起き上がると隣で気持ちよさそうに丸まって眠る人影を見下ろす。彼女の気持ちよさそうな寝姿につられて寝てしまっていたらしい。
それもだいぶ前なはずだ。
一体いつまで寝る気なのだ。
「……アルマー」
「……むぅ」
軽く小突いてから思い出す。
(そういやコイツ寝起き悪かった)
それからあの手この手を使って起こしたが、後々その判断は皆から感謝されることとなる。




