第60話 コンソール
東京。
本来ならば喧騒で包まれているであろう大都会は人通りもまばらで静まり返っている。
その中でもひときわ巨大な敷地を誇る近代的な施設内を歩く黒スーツの男がいた。他の人間が空から降り続ける汚灰を避けるため屋根付きの回廊を歩むのに対し、男は傘をさすこともなく中庭を突っ切る。
男の自殺まがいのこの行動も、もはや地球の大旅団員には見慣れたものであり男に声をかける人もいない。
いるとすれば最近交代でコールドスリープから目覚めた人員くらいだろう。
汚灰による汚染が進まぬよう、一定期間のサイクルでコールドスリープと浄化、そして勤務が繰り返されている。
サイクルを経験していないのは最後の1チームと総司令くらいだろう。
その中にあの男、片山賢も入っていた。
片山は耳元の通信機に手をやると軽く息を吐き出した。
「了解しました。すぐにまいります」
何者かにそう返すと踵を返し再び来た道をたどり始めた。
「かまわんかね?」
最上階にある総司令室、窓を背にし机に両肘をついて軽く手をつく結城は目の前に立つ男に問いかける。
男は知る由もないが普段の結城とは違い、正装である赤ローブはきっちりと着こなされている。
「断る理由はありませんので」
「いい返事をもらえてよかった。あちらには私から連絡しておこう。引継ぎを明後日までに終わらせてくれ。いいかね?」
「了解しました、結城総司令」
「なに、そう身構えることはないさ。……ただ、決して勘ぐられぬように」
「もちろんです」
「……と、いうわけだ。急遽大旅団本隊に合流することになった」
「なるほどな。了解した」
片山は目の前に座る大柄な男性を一瞥すると懐から取り出した何かをテーブルに置く。
「分かってるだろうが土方、私がいなくなったからと言って飲みすぎるんじゃない」
「分かってる分かってる。それじゃいただきま……」
「と、でも言うと思ったか」
開封直前の缶酎ハイを土方の手からひったくると片山は懐へしまい込む。
「これが欲しかったら、一緒に来い。腕のいい相棒が必要だ」
足元の石をかかとで軽く小突く。
コツコツと音がするが特に面白いことはない。
石に走る光の青いすじを見るのも飽きたが、だからと言ってここに植物はない。インヴィディアの攻撃で土壌ごと吹きとんでいるからだ。
復帰してすぐ惑星ドラクの浮遊大陸エリアの例のコンソール調査に向かわされたのだが何度かトルムアの襲撃に合い負傷者が出ているのだ。
私は治癒術が使えない。
だからこそ調査チームに医療部からイスクの医師や戦闘部支援隊から治癒術士が派遣されているが連携がとれていないのだ。
そしてそれは私と調査チームを護衛する戦闘部員にも言える。
思えばこれが初めての集団行動になる。
今までソロでいたためにチームでの連携の仕方を知らないのだ。もともとの気質のせいもあるだろう。
そんなこんなでじわじわと被害が広がっているのだ。
唯一連携がとれるとすれば。
「アルマ」
頭の上に無造作に置かれた手に、その主に顔を向ける。
「アラキア」
「相変わらずすごい攻撃だね」
「……それは……アラキアが、援護してくれるから。……思いっきりいけるだけだよ」
初期訓練を終えて初めての任務がこの調査チームへの同行だった。参謀部からの派遣という意味もあるが、イスクとして戦闘に慣れさせるという意味もあったのだろう。
トルムアと遭遇するたび背後から的確な射撃で援護してくれる。そして私は前に出て敵が接近しないように暴れまわる。
回復役こそいないがとても戦いやすい一種のチームになっていた。
それでも連携がとれていないところから徐々に崩れていく防御を突破されないように動いてはいるが負傷者が出てしまう。
「……ねぇアラキア、ボクが先に見てくるとかダメなのかな?」
「さすがにダメだと思うよ。僕も見届けろって言われてるから他の部署も同じなんじゃないかな?」
「……やっぱりダメかぁ」
羽を広げると地面から数十センチ浮かび上がりくるくると回ってみせる。かなり精度も上がり飛ぶことにも慣れてきて歩くこととほぼ同義になりつつある。
楽しくてよく遊んでいたのもいい練習になったのだろう。
はじめは好奇の目で見られていたがいつの間にか飛んでいるということが当たり前になったのか、今はそこまで視線は感じられない。
「いいなぁ」
「アラキアも飛んでみればいいじゃん」
「無理だって。クレアレアにも慣れてないんだから……って、おわっ!」
アラキアの両腕を掴み地面から体を浮かす。無論、落ちても全く問題ない高さだ。
「身体全体をクレアレアで包み込んで支える感じ。……で、背中に生える羽はバランスと方向変換のために、このあたりから」
「うぅーん……」
しばらく目を閉じ集中していたアラキアだがやがてガクリとうなだれる。
「……もうちょっとクレアレアの扱いに慣れてからにしてください」
「しょうがないなぁ」
掴んでいた手を放すと地面に落下したアラキアは反動を感じない様子で集団の先頭へと歩き始めた。
「あそこまで身体能力強化されてればかなり扱いなれてるんだと思うけどなぁ……」
「ほえー……」
足元を見下ろして思わず声をあげてしまう。
あの後どうにかこうにかコンソールまでたどり着いた調査隊だが、安全に調査するため単独で近辺の敵性反応を殲滅しに行った帰り。空から改めてこの場所を見てみて驚いたのだ。
なぜあの時気が付かなかったのだろう、と。
インヴィディアと戦う前は基盤の上には土壌があり見えなかったからだろうが、それでも基盤の石のみを見ればそれらが階段状になっているのが分かる。
コンソールがある場所が最上段だ。
今はそこを取り巻くように調査隊が集まっていて何やら相談している。
着陸用にあけてくれているのか、その人の中にぽっかりとあいた空間に向かって急降下すると降り立つ。
「お、帰って来たね。アルマ」
「……ただいま?」
「おかえり。……で、さっそくお仕事だってさ」
そう言ってアラキアが指したのはコンソールだ。
ただの石だと思っていた四面体の上部にはキーボードと画面部分であろう四角がうかびあがっていた。
そしてもう1つ、明らかに人の物であろう手形と≪authentication≫の文字。
「あれが誰がやってもダメなんだってさ。で、最初に触れたであろうアルマならどうかなって」
「……そう簡単にいくわけないじゃん。だって、未知の文明のだよ?」
「まあまあ。……あのね伝言の伝言なんだけど、結城さんから」
アラキアは口をつぐむ。
続いてどこからともなく声が聞こえる。個人に干渉してくる通信機の様な頭に直接響くような聞こえ方だ。
『マーテルもアルマがやれってさ』
「!?」
内容にも現象にも驚いているとアラキアが面白そうに笑う。
「これね、中、遠距離職用に開発された新スキルらしいんだけど、特定の相手と声を介さないで会話できるってやつみたいでね。クレアレアさえ使えれば誰でも使えるし、通信機が使えなくなった時の代用として考えられてるみたい」
「……ソロには関係ないか」
「まあまあ。確かに範囲はその人のクレアレアの強さに依存するし、基本パーティーで扱うことを前提にしてるけど知ってて損はないと思うよ?」
「……まあね。で、アレどういう意味?」
「さあ?僕もただ伝えろって言われただけだからね。特にその意味については考えてないし参謀にも情報は入っていないよ」
情報が入っていればアラキアなりビルギットなりから聞き出せるはずだ。何もなかったということは本当に情報はないということなのだろう。
とりあえずは試してみることにしてコンソールへ近づき覗き込んでみる。
キーボード部分はただ区切ってあるだけで何の表記もないがおそらく数からみて地球の物と同じ配置である可能性は高い。それだけでも驚くべきことなのだが、先ほどから気になっているのは何故ここに英語があるのかということだ。
手形の上に表示されている≪authentication≫の文字。翻訳が働いているため本来ならば日本語で≪認証≫と表記されるはずなのだ。
地球とは何億光年、何兆光年と離れているはずのこの場所、場合によっては次元さえ隔てている可能性があるこの場所で何故このようなものが見つかるのだろうか。
このような詮索は情報部や参謀部に任せた方が得策だ。
あちらのほうが情報が集まってくる。
とにかく、今やるべきことはただ1つ。私にこのロックが解除できるか手をかざしてみるだけだ。
右手を置いてみると台座が発光し右手の甲に紋章が現れる。
どこかでみたような紋章だったがそれがどこかは思い出せない。ただ、大旅団の物ではないことは確かだ。
「えっと……」
この後どうすれば、と聞こうと手を置いたまま振り返ると調査隊の面々が絶句していた。
「……ふぇ?」
続いて起こった歓喜の声にアラキアを見上げる。
「いや、僕の事見られてもね?」
「え?……え?」
状況の理解が追い付かず、かといって聞ける雰囲気でもなく。
そろそろとコンソールから離れるとアラキアの背後に隠れる。
「いや、僕の後ろに隠れられても……アルマぁ……」
「だって、だってぇ……」
「解除出来たってことらしいけど?」
「そうなの?……え、そうなの?……へぇ」
のちのちコンソールの情報は全て開示されたが、その中で思わぬ発見があった。
今まで回ってきた惑星は1つの文化圏ないだったことが分かったのだ。そしてそこに高度な文明が発達していたことも。
そして、彼らもクレアレアを扱っていたことも。




