第58話 新たなるイスク
「こんなこともあるんだね。すごいな……」
アストレの私室。
いつもは隣が空いている2人掛けソファに今日は空きはなかった。
普通ならここにいるはずがない人物がいるからだ。
「まさか、全然使えない人が使えるようになっちゃとか……うーん、まだまだ分からないね」
「僕もよく分かってないんですよ。とっさに、でしたし」
横で笑うアラキアの左胸にかかる名札には赤い紋章がかきたされていた。
通称、イスクマークと呼ばれるその印は戦闘部員以外でイスクと判定された人間の名札に記載されるマークだ。同時に、戦闘部同様の待遇を受けられるようになる。
この前の襲撃事件で何の拍子か、クレアレアが使えるようになったらしい。
向かう途中、ベイルマンと交戦中に光に包まれ気が付いた時にはラークは全て消滅していた。
力の発生源はアラキアがいた座標あたりなのだが、本人は違うと言っている。
何はともあれ、イスクとして認識されたからには戦闘部員同様、専属医師とまでは行かなくとも担当医師による健康診断が義務化されることになった。
アラキアの場合は例外だったため、こうしてアストレが担当になったというわけだ。
突然のことで最初は驚いていたアストレだが、相手がよく知った相手だと分かるといくらかホッとしたようだった。
「で、アラキアくんは所属は参謀部のままにするのかな?」
「ええ。そのままで行きます。あ、けど、有事の際とか、何かあったら戦闘部員として動くんでよろしくお願いします」
「と、なると、……総司令の事だからアルマちゃんと組ますとか言い出しそうだけどなぁ」
「まさか」
「いや、アルマちゃんが全然気にしないでも援護射撃できるようなイスクっていなくてさ。やっぱり味方でも死角にいられるのが嫌らしくってさ。アラキアくんなら気にしないと思うけど?あと、組ますと言っても毎回じゃなくてたまにだと思うよ?」
「あはは……」
『……面白い現象だな』
「ボクも驚いちゃった」
ベッドに寝っ転がり、モニター越しに会話するのも段々頻度が増えてきていた。
最初は状況の確認だけだったのだが、今では何気ない雑談だけでも5分10分ほぼ毎日話すようになっている。
「そういえば、この前は……ありがとうございました」
『なんだね、急に改まって。……別に総司令として、最も適格だと判断した行動を実行したに過ぎないよ。……あの時点では1つだと思っていた《使徒》の反応が、まさか2つだったとはな。さて、何から話そうか』
話すべき議題は山ほどある。
何故《使徒》やラークが船内に出現できたのか。
何故潜伏していたもう片方の《使徒》に気付くことが出来なかったのか。
何故《使徒》同士が戦ったのか。
何故《使徒》は仲間を殺し喰らったのか。
この際、アラキアのイスクへの覚醒は後回しだろう。
あの時アラキアはとても興味深い証言をたくさんしてくれた。
何より《使徒》に助けられたというのは、一体どういうことなのだろうか。それも自らを大旅団の敵だと称していたトガという《使徒》に。
「じゃあ、一番問題だと思うのから。船内に、しかもマザーシップに敵が侵入出来たっていう点から」
『……そうだな』
ラークやトルムアに対する防衛手段は有れど、それは最大の防御が突破された場合に備えてあったものなのだ。
船はクレアレアによる防御膜に包まれており、船外からの転移も一切を拒んでいる。それが何の工作もなく突破されることはあり得ないのだ。
私達でさえ個人認証がうまく働かなければ中へ入ることさえできないのだ。
『……アルマ君、これはまだ話していないだろうが船のシステムは《マーテル》によって管理されている。クレアレアによって例外的に製作されたAIだ』
「……AI?」
『ああ、そうだ。空調から防衛システムの管理、演算、ほぼすべての機能の中枢だ。そして彼女に干渉できるのは、我々総司令のみ。しかし、彼女は限りなく人に近い柔軟な思考も出来る。彼女自身が認めさえすれば総司令以外でも干渉することは可能となるが、その可能性は極めて低い。が、ありえない話でもない』
「……つまり何者かが干渉した可能性があるって?」
『いかにも。しかしそれに関してはこちらでどうにかしよう。幸い管理者権限は私の手元にもあるのだからな。無論、ディアル総司令にも内部の洗い出しをしてもらうさ』
ちょうど退屈していたところだ、と魚肉ソーセージのビニールを剥き頬張りながら結城は呟く。
公の場に出る際にはしっかりと止められている赤ローブの留め具も外されはだけたローブの下からいつもの白衣がはっきりと確認できる。
緩められたネクタイもここ最近は暇だったと言わんばかりだ。
『して、そうなると観測システムもあやしいな。ならば、次の議題は』
「《使徒》トガの行動かな?」
『……それについては憶測でしか話はできないがね』
何しろ分からないことが多すぎる。
前にトガが渡してきたデータは地図と大まかな惑星の情報のみでそれ以外は全く何も分かっていないのだ。
彼らについて分かっていることと言えば、《使徒》がラークを統率し、それぞれの《使徒》ごとに配下のラークの系統が分かれているということだけだ。
インヴィディアは竜の様な外見のラーク。しかしインズはどの《使徒》の配下でもあるらしい。
トガは有翼種のラークであると考えられているが、滅多に出会わない上にかなり強い部類に入る。そのため調査が進んでいなかった。
そして他にも種類があることから《使徒》はさらにいるはずなのだ。
『……少なくともあと2人はいるはずだ。獣系、そして先日新たに確認された水生生物系。近々、先遣隊が新たな惑星へ降下するだろう。水の惑星ハーウィンへ』
「ハーウィン……」
『水に覆われた惑星だ。……驚いたことに知的生物の痕跡が見つかっている。かなり綺麗な状態で保たれている遺跡群だ。カストの報告によると水の惑星だけあって水生生物系が多いらしいがね。しかもまるで遺跡を守るかのように古代の遺産だろうか、機械で出来た守り番が襲って来るらしいが』
「今まで以上に面倒だね」
『……強さもこれまでの比ではないらしい。気を付けたまえ。ああ、それと君に1つ頼みたいことがある』
「ん?」
小さなウィンドウが画面端に開かれる。
そこに映し出されていたのは惑星ドラクの浮遊大陸エリアだ。
それも私が最初にインヴィディアと戦い、基礎がむき出しになってしまったあのエリア。
「これが?」
『実はこの四角い物体はコンソールらしくてな』
さらにアップにされたのは戦闘後寄りかかっていたあの石板だ。
確かに他の物に比べ大きく、段差もあった。そして斜めっていたり傷ついている青い基礎の中で唯一あれだけがきれいな状態で残っていた。
『今、これを調べているのだが起動以上の事が出来ないでいる。起動はクレアレアを用いてすればいいのだが、……ロックの解除はできなくてな。いろいろ試してはいるが、どうにもならない。……ならば大旅団の中で一番最初に触れたであろうアルマ君が起動してみればどうだ、という意見が出ていてな』
「……無理でしょ?」
『はて、可能性なのだが』
結城は口元に面白がるような笑みを浮かべると、机の引き出しからもう1本魚肉ソーセージを取り出し頬張る。
「……やってみるのはいいけど、どうすればいいの?」
『なに、簡単さ。パスワードなどではなく、ただ触れればいいらしい。認められればロックが解除される仕組みだろうとの見解だからな』
「……」
『それに、もし解除出来たらそこにある情報を全て大旅団の情報ベースへ移行する作業もある。今まで謎だったものがいくつかとけるかもしれん』
明らかに面白がり、同時に何か考えられている。
ビルギットといい結城といい、何故私に話を持ち込んでくるのだ。
今まではうまくいっていたからいいが、それも当てずっぽうの行き当たりばったりが運よく通っていたからに過ぎないというのに。
「……分かったよ。やってみる」
『その意気だ、アルマ君。では、武運を』
こうやって結城にうまくのせられていくのだ、と心の中で独りごちた。




