第57話 想いの力
「くっ……!」
物陰に転がり込むと荒い息を必死に整えようとする。
なんとか直撃こそ避けているものの、体のあちこちに刻まれた傷からは絶えず血が流れ出ている。
彼女がいる影響なのか、周辺にラークがいないことだけがよかったことだ。そのおかげでどうにか致命傷を負わずにいれる。
インヴィディアも本気でアラキアを殺そうとしているわけではないようだった。
反応からアルマを知っていると思われたのだろう。
まるで拷問のように少しずつ削られていっている。いつか動けなくなり根をあげるのを待っているのだ。
または、彼女が戦場に出てくることを。
アルマが待機命令中だとも知らずに。
「……」
お守り代わりのようにずっと持ち続けている長銃も血で滑り抱えて移動するのが精一杯だ。
なぜ重いというのに持ち続けているのか、そんなものはわからない。
アンには興味がなくなったのか、こちらばかり狙ってくるのをいいことに少しずつあの場から引き離してはいるものの戦闘音は小さくなっていた。
包囲網の中心へと向かってしまったのだ。
こちらの方面ではさらに避難施設は遠い。そして狙われているこの状況では逃げ込むことはできない。
歩み寄ってくる高い靴音が消える。
右足に力を入れると思いっきり左へ跳んだ。
次の瞬間、轟音を立てて今まで隠れていた場所が吹き飛ぶ。
右足に鋭い痛みを感じ見てみるとまた新しい傷が出来ていた。
「……っ」
こんなにも痛いのか。
そんな戦場を彼女は戦い抜いてきたのか。
「そろそろ終わりにしましょう?ぼうや?」
「……!」
ガラリと変わった気配に全身が泡立つ。
振り上げられた黒い斧は黒い瘴気に包まれ輪郭線がおぼろげだった。
(……もっと強ければ)
戦う力があればこんなことにはならなかったのかもしれない。
クレアレアが扱えれば。
イスクならば。
彼女と並んで戦えたかもしれない。
「さようなら、ぼうや。おやすみなさい」
振り下ろされた斧から闇を纏った衝撃波が繰り出される。
地を穿ち、迫りくるそれに固く目をつぶった。
「……?」
しかし、痛みは襲ってこなかった。
代わりに全身を包むのはあたたかな力。
うっすらと目を開けると全てがスローモーションのようだった。
力の源は。
「……これは、……あの銃なのか?」
手に持っていた銃は伝統的な猟銃だったはず。
しかし、今手にしているのはどこか近未来的で非現実的なデザインの長銃だった。深い海の様な青をベースとし金色の装飾が見事だ。
構えるとまるで自分のためにつくられたかのような感覚さえ覚えてしまう。
顔をあげると、大きく横へ跳ぶ。
軽く飛んだつもりが予想以上に跳んでしまい驚くが銃を構えるとインヴィディアの手元を狙い連射する。
「……なんですって?!」
宙を舞った斧にインヴィディアは声を漏らす。
「……何が。……どうしてクレアレアが!?」
「……きっと」
クレアレアは想像の力。
突き詰めて言えば意志の力、心の力。
ならばこれは。
「想いの力だ。僕の想いはお前なんかに負けはしない。アルマに手出しはさせない。僕が守ってみせる」
「……っち!生意気ね、ぼうや!いいわ、もう手加減はしない。来なさい、私の子たち!」
周囲に巻き起こった禍々しい気配。
だが、全く恐怖はなかった。
軽い体で駆けながら銃で一掃してみせる。
その度彼女は呼び出すが、それも一掃。
きりがない。
そして、慣れぬクレアレアの使役に段々と疲労が蓄積していっていた。
「なっ……!」
最後の1匹、と油断していたのか。バイに気をとられていたのか。
予想以上に接近していたベイルマンの斬りあげ攻撃を避けようと体をひねったのだが、そのままバランスを崩して地面に倒れ込む。
「……!」
ほぼ零距離の射撃でなんとかベイルマンは倒すが、目の前に立つのは。
「あら、大口叩いてたくせに……。呆気ないわね。……でも楽しめたわ。ありがとう、ぼうや」
立てない。
この攻撃を避けるのは、不可能だ。
今度こそ諦め目を閉じる。しかし、見えたのはその右手を貫く剣先だった。
怒り狂ったような悲鳴を上げのけぞった黒衣の女性は、腕に刺さった数本のレイピアを無造作に引き抜く。
骨まで撃ち抜かれたというのにその右手に斧を持ち、剣が飛んできた方向をキッと睨み付ける。
「よくも……!」
「……ちゃんと見たほうがいい」
「!」
背後から聞こえた声に目を見開いたインヴィディアの背から血しぶきが上がる。
それでもなお立ち続ける彼女は斧を振り上げると、背後に立つ人物に向けて振り下ろす。
金属同士がぶつかり合う音が響き、あまりの衝撃に空気が震える。
「……え?」
憎悪に歪んだインヴィディアの瞳が一瞬にして戸惑いの色を宿す。
刃を受け止めた人物は似たような黒衣。そして返り血なのか、血の滴る仮面の下から見える口元は真一文字に結ばれていた。
「……私は、大旅団には手を出すなと言ったはずだ。……奴らは私の獲物だ、インヴィディア」
「……トガ?」
「……」
「ねぇ、どうしてそんなに怒っているのかしら?お姉さんはあなたのために……っ!」
ドス、とその胸を赤黒い剣が貫く。
「……私は、……《使徒》だ。……貴様も《使徒》なら《使徒》らしく我が糧となれ。……貴様の役目は終わった」
「……ト、ガ」
貫かれた体はまるで力尽きた後のラークのように濃い汚灰のように分解し、仮面の人物へと吸い込まれてゆく。
全てを喰らいつくした仮面の人物は、ふと、アラキアの方をみた。
「!」
茫然をしていたが、その視線に起き上がると銃を構える。
「……」
しかし、依然として攻撃する動作さえ見せずにただ立ち尽くしこちらを見てくるだけの相手に少しずつ銃口が下がってゆく。
「……ア」
「え?」
「……」
小さく呟かれた声は聴きとることはできなかった。
そのままトガは踵を返すと、両手に持った剣の柄同士を打ち合わせる。
カシャン、と小さな音がして1本の両剣となったソレを地面に突き刺すとそこを中心に巨大な魔法陣が展開される。雪の結晶を模したような魔法陣はみるみるうちにラーク出現区域を包み込むと、凄まじい光を発した。
あまりの眩しさに腕で顔を覆う。
遠くで氷が砕けたような音が聞こえ、光が消え去った時、その姿はどこにも見当たらなかった。




