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第55話 ビルギット

 連れていかれたのは総務部内にあるオペレーションセンターだ。

 本部の中枢といってもいい。

 多くの情報が集まり、ここから各員に適切な情報が発せられる。

 正面の大きな画面に映されているのは市街区の地図だ。それぞれの地区に数字が振り分けてあり、特に5と書かれている地区に赤い点が次々と出現している。

 帯状になっている青の点は防衛戦を守る防衛隊の人間をあらわしているのだろう。

 そして、同じく青い点が5番地区とその周辺の地区を囲むように移動している。その他にも支援隊や狙撃人員とみられる点がいくつも地図上を移動している。

「アルマさん、こんにちは」

「?」

 声をかけられ顔をあげるとオペレーターの緑の制服を着た女性が立っていた。

 栗色の髪はショートカットにされておりメガネの奥の瞳は黒色。生真面目そうでもあり優しそうでもある雰囲気を纏った女性だった。

「と、申しましても分かりませんね。こうして直接顔を合わせるのは初めてですから。戦闘部特殊攻撃隊専属オペレーターの総務部所属、ビルギット・オリアンと申します」

「あ、いつものオペレーターさん!」

「はい、そうです。怪我も治ったようでなによりです。これで私もオペレーターの仕事に戻れそうですし」

「もどれる……?」

 ビルギットは軽く頷く。

 ふわりと彼女が使っている香水なのか花の香りがした。

「ええ、特殊攻撃隊の中でも私はアルマさん専属のオペレーターですので。特殊攻撃隊は1人1人に専属オペレーターがついているんですよ?」

「……へぇ」

「何より、その人個人の特徴や行動を理解しなければいけませんので。特殊攻撃隊の隊員というのは個性的ですからね」

 その言葉には苦笑するしかなかった。

「じゃあ、今もオペレーターの仕事はなし?」

「いえ、今はあなたに情報提供をしにやってまいりました。これを見ていただけますか?」

 ビルギットはタブレットを差し出す。

 受け取って見てみるとそこには顔写真と武器の写真がセットで並んでいた。

「これは?」

「こちらは戦闘部支援隊の中でも狙撃手の顔写真とその武器になります。主に狙撃銃、長銃、弓、ボウガンといったものを扱うメンバーですね。そしてこちらが現在の彼らの配置です」

 画面上をビルギットの指がなぞると違う画面に切り替わる。

 正面の巨大スクリーンに映し出されている地図でも5番地区付近を中心にを拡大したものだ。

 それぞれの点に触れると、その人の情報が新たなタブで開かれていゆく。

「ユニータさんが率いる支援隊。その中でもこの方ですが……」

 開かれたのは金髪碧眼の女性の情報だ。配置されているのはかなり本部寄りの防衛線といったところか。

 その写真の横には弓とクレア・レミントンという名が表示してある。

「この人が?」

「名をクレア・レミントン。彼女の武器である弓ですが、ある欠点を抱えています。それの解決策がないか知恵を貸していただきたいのです」

「……ボクの?弓なんてわからないよ?」

「クレアレアの扱いが一番うまいのはあなたですので。聞いていただけませんか?」

「……まあ、聞くだけなら」

「弓とは通常矢を打ち出し攻撃するものですよね?」

「まあね」

「その矢がなくなったらどうしますか?」

「へ?」

 矢がなくなったら、私なら次の矢を持ってきて使うかその技術があるのならばつくりだすかする。

 しかし、これまで現実で弓を扱ったのはアーチェリーで数度程度だ。

 ゲーム内ならば何度もあるが、あれは矢がきれることなどない。

「あ……。このクレアって人もイスクでしょ?なら矢がきれることなんてないんじゃ?」

「ご名答。そう、通常ならばイスク達が武器を具現するように矢も次々とつくりだしきれることはないのです。ですが、彼女は矢は使えば減りやがてはきれるもの、というイメージが強すぎるがゆえに『矢切れ』を起こしてしまうのです」

「……そうだよねぇ、クレアレアはイメージが強く関係してくるからね」

「それを解決するにはやはりイメージを訂正するのが早いと思うのですが、それがなかなかできないのです。他に解決方法はないかと模索しているのですが、私にも話が回ってくるほど見つからないようで」

「……じゃあさ、矢をうたなければいいんじゃん」

 は、という顔をしたビルギットに自然に口元が笑う。

「矢じゃなければ『矢切れ』は起こさないんだからさ」




 チクタクと時計が時を刻む音が戦闘音の合間に聞こえてくる。

 あれから30分経つが未だに戦闘部員の姿を見つけられない。

 通りのラークの数は増え続け、時々ベイルマンと思われる影も見かけるようになってきていた。その他にも爬虫類のような見た目をした未報告のラークが数種類ほど確認できる。

「……」

 この30分の間にここの店員の情報を聞き出していた。

 案の定どちらもクレアレアを扱えないらしい。それぞれ男の方がエル、女性がアンといい兄妹であるらしい。

 戦闘部に妹がいるというが、それについては詳しく聞けなかった。

 情報が増えたとはいえ、状況を変えられるようなものはない。名前が役に立つ時があるとすれば、もしもの時ぐらいだろう。それだけは絶対に避けなくてはならない。

 先ほどより戦闘音は大きくなってきてはいるが、それでもまだ遠い。

 避難施設まで、誰か人のいる場所まで一般人が無事駆け抜けられる距離ではない。

 だが、ここで待っているのも状況を悪くするだけだというのが分かってきていた。

 時間がたてばたつほど強力なラークが出現しているというこの状況で、より敵に発見される確率が高まっていくだけ。そして、万が一見つかった場合逃げ切れる可能性も低くなっていっている。

 これならばまだインズのみが出現している頃に、賭けでここを出て走ってみればよかったという思いだけが強くなっている。

「あ、あの、アラキアさん!あれ!あれ見てください!」

 ずっと窓から外の様子をうかがっていたエルがいきなり立ち上がると外を指さす。

「なに?」

「いいから、早く!」

 隣までいってカーテンの隙間からのぞいてみるとそこに見えたのは。

「人……!?」

「そうです!……俺、行ってきます!」

「え、待てっ!」

 そう言った時には彼は部屋を飛び出していた。

 あの人も逃げ遅れた人間だろうが、外に飛び出すのは危険すぎる。ラークがいるというのに、クレアレアでない人間が護衛なしでとび込むのは自殺行為。

「……お兄ちゃん!」

 同じことを思ったのか、アンも涙の痕が残る顔をあげ後を追いかける。

「ちょっと!……ああ、もう!」

 手ぶらはさすがに不安だった。

 ちょうど飾ってあった長銃を手にするとアラキアも部屋を出て階段を駆け下りる。

 1階の出入り口から飛び出すと同時に耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。

「!?」

「お兄ちゃん!お兄ちゃんっ!」

 状況を理解するよりも早く彼女の肩を掴んで全力で店側に引き戻していた。

 先ほど2階から見た人物の足元には血だまりが出来ていた。

 しかし、その血はその人物の物ではなく。

「エルさん……」

 その人物の足元に倒れるエルの腹から流れ出る血だった。

 ピクリとも動かないその身体にはたった1撃、深い切り傷が刻み込まれている。血だけではなく、今まで見たことがないもの、それでもそれが何かは容易に想像がつく。

 内臓、なのだろう。

 濃厚な血の匂いが十数メートル離れたこの場所にまで届いていた。

「っ!」

 口元に手を当て必死に吐き気を堪える。

 いくらクレアレアによる治癒術が使えたとしてもあれはもう無理だ。

「……アンさん、はやくこっちに!」

「いや……いやよ……!」

「あなただけでも逃げないと!」

 無理やり彼女を腕を引っ張るが、日本人とアメリカ人。アラキアより身長が大きい彼女の力に負けれしまった。

 するりと手から抜けた彼女は兄の方へ駆け寄った。

「……あら」

 それまで退屈そうに血だまりに沈む男の体を見下ろしていた人物はアンに気が付いたのかゆっくりと顔をあげる。その右手に握った斧からは血が滴っている。

「アンさん!」

 危ない、と叫ぼうとした時には遅かった。

 斧を持っていない左手がアンの首元を締め上げる。

 紫の双眸がイラついたように細められる。

「……あなたじゃないわ」

「んー!んーーっ!」

 アンは必死に足をばたつかせるが女性は軽々と宙に左手一本だけで持ち上げる。

「……つまんないわね」

 女性は呟くと斧を振り上げる。

「っ!」

 パアン!と言う音と共にその斧が微かに軌道を変える。

「……?」

 振り上げられたまま動きを止めた斧。

 妖絶な美貌に深い縦じわが刻まれる。

 まるでいらなくなったおもちゃかのようにアンを放り投げると彼女はある一点を見つめる。

 微かに火薬の臭いがするその方向を。

 銃を構えたままアラキアは動けないでいた。

 幸い銃には弾が入っており整備も行き届いていた。本で得た知識のみで一か八か撃った銃弾で斧をはじくのに成功したが、その後は何も考えていなかった。

 それに撃った時の衝撃も想像以上で右手がしびれている。

「あら、いい度胸してるじゃない」

「……!」

 1歩、2歩と歩み寄ってくる女性から逃げなくてはいけないというのに体が動かなかった。

「ぼうや、いいわ。あなたなら知ってそう……。……アルマはどこかしら?」

「……あ、アルマ?……どう、して」

 何故この女性からアルマの名が出てくるのだ。

 そんな中たった1つの単語が浮かんでくる。

 《使徒》。

 アルマに怪我を負わせたのは確か。

「……インヴィ……ディア」

 その言葉に女性は驚いたように目を見開く。それからにっこりと微笑むと斧を振り上げた。



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