第54話 襲撃
エレベーターホールを駆け抜けるとその脇にある階段へ飛び込む。
この状況では待っている時間はない。
1階まで駆け下りる間に多くの人とすれ違った。市街区から避難してきた住人たちだろう。有事の際は本部が避難場所にもなるのだから。
いつもなら閉じているはずのゲートも解放されている。
狭い場所を駆け抜けるのはもどかしく、イスクならではの身体能力をいかして飛び越えた。
本部の出口までもう少し、といったところで目の前に1人の人が立ちはだかる。
正装の結城と同じ赤いローブを羽織ったあの男は。
「ディアル総司令っ!?通してください……!」
「ここは通さないよ、アルマ。君には待機命令を出しているはずだ」
「ですがっ……!」
「聞こえなかったかな?」
「……くっ!」
右足を一歩引き左腰に下げられた剣の柄を掴む。《双氷剣》グライオスなどの武装とは違いこれは本物の剣だ。クレアレアを展開しなくとも使える武装の1つとして各戦闘部員に1つ、個人の特性にあった武器が支給されている。
私の場合はハルからもらった光剣とあわせて2本となってしまっているが、それとは別にこの剣を支給された。
細剣のように細い刀身ながら斬ることも問題なくでき、かつ軽量で見た目も制服に合わせ洗練されている。
今までこの剣を使ったことはおろか抜いた事さえない。
使う必要がなかったのだ。
私の相手はトルムアやラークであってクレアレアを使わないで戦える敵などいなかったのだから。
「それがどういうことだが、わかっているのか?アルマ」
「……」
私だって上官に剣を向けることがどういうことかぐらい分かる。
だが、その結果を気にしていられる場合ではないのだ。
なぜ船の中にラークが現れたというのにここを通してくれないのか。
動けるというのに、何故私の仕事をさせてくれない。
「さあ、私と共に来い。……君はまだ戦場に出るべきではない。失うわけにはいかないのだ」
「……」
「君は強い。光騎士に匹敵する、いやもしかしたらそれ以上の逸材かもしれない。……分かるだろう?君が出るべきはここではなく『さいご』だ」
「……それは……他の戦闘部員なら、失ってもいいと?」
「……総司令としての答えならば、yesだ。私は結城総司令より汚灰の殲滅を最優先にせよとの命令を受けている。だがな、それはあくまで総司令としての答えだと理解してくれるか?」
「……」
納得はできないが、彼の気持ちを理解できないわけではない。
司令官として合理的な決断であることも。
そして、何より彼は戦闘部員達の事を信頼している。彼らなら負けないと信じている。
だからたちが悪い。
逆らうにも逆らえない。
エレベーターが下りてくる音がして後ろから軽い足音が聞こえてくる。
「アルマちゃん!」
「……アストレ……先生」
彼も同じことを言うのだろう。
「ディアル総司令……分かりました」
ほんの気まぐれだった。
本部へ参謀部からの報告書を提出しにやって来て、せっかくだからマザーシップ内の構造を把握しておこうと街に出ていた時だった。
振動と共に爆発音が聞こえたかと思うと街の連絡装置から緊急警報が流れ出したのだ。
なんとか建物内に避難することはできたが運悪く避難施設からは遠い場所だったらしく、その店の店員と思われる数人と閉じ込められている状態だ。
最初はあると思っていた避難用通路も設置されておらず外に出るのは、クレアレアを使える人がいないこの状況では自殺行為。だからと言ってここでじっとしているのも時間の問題だろう。
前に見た報告書ではトルムア、ラーク共に人のみを敵とみなし悪意を持って襲い掛かってくるという。そしてそれゆえか人の気配を感じ取るのがうまいとも。
ここにいては戦闘部員が駆けつけ殲滅してくれない限りいずれは餌食となってしまう。
(僕がどうにかしなければ……)
アラキアは建物の2階にある窓から通りを見下ろす。
既にラークの尖兵と言われるインズが数匹、通りを闊歩している。
その内に他のラークも現れるだろう。
どれほどの範囲に出現しているのかは分からないが、このあたりだけでないことは明らかだ。
大旅団が『もしも』のために定めたマニュアルでは本部前の緑地と市街地を隔てる水路を最終防衛線とする防衛戦をいくつかの要所要所に設置し、そこは防衛隊が担当する。
ラークの出現が局所的だった場合はそのエリアを攻撃隊が包囲し1匹残らず殲滅していくことになっている。全域に出現してしまった場合は防衛戦をはるのは同様だが、各チームで見つけ次第殲滅になる。
交戦の音が比較的遠くから聞こえてくるだけであるということは局所的な発生であったということ。包囲しているのだろう。
だが、ここに戦闘部員達が到達するまでどれほどの時間がかかるかは分からない。
やはり、指定の避難施設にたどり着くのが一番だ。
場所は分かっているが遠い。
間違いなくラークと出会ってしまうだろう。
「うぅー……」
両手でくしゃくしゃと髪をかくと机に突っ伏す。
参謀部員だというのに何もできないのがもどかしかった。
自分に戦う力があれば、と両手を握りしめる。
「あの」
「……はい?」
「そんなに心配しないでも、きっと、戦闘部の人が助けてくれますよ。……きっと」
冷静な風を装っているがこの男性店員の差し出すコップは小刻みに震えている。
気づかないふりをして受け取ると礼を言っておく。
部屋の奥にはうずくまって涙を流している女性もいる。
どちらの店員も外国人らしく男性、女性共に金髪碧眼だ。
自分1人ならどんな行動をとっても結果が返ってくるのは自分1人で済むのだが、この2人に参謀部員という自分の身分を打ち明けた時点でこの2人も自分の作戦にのってくることは確実だ。
「……ここにいるって、知らせられれば……ダメか」
そう言って始めに思いついたのは煙だが、船は閉鎖空間だ。普通に生活するくらいなら船内の循環装置で間に合うがなるべく資源を消費する行為は避けたい。
大声を出すのもありだがそれは戦闘部員が近くにいるという前提でだ。下手をすればラークに気付かれてしまう。
信号弾を打ち上げることも考えたが、ここは比較的高い建物が立ち並んでいる。それに手持ちの信号弾はあっても打ち上げるための銃がなかった。
本来は惑星に降下した際の戦闘部員や他の班との簡易連絡に使うもののため今回は持ち合わせていなかったのだ。弾も前回返却し損ねたものがあるだけだ。
「……」
どうすればいい。
彼女も今は待機命令が出ている。仮に通信機があったとしても個人的な通信はこの状況下では制限されてしまう可能性が大きい。
「……本当に……どうすればいいんだ。……アルマ」
呟いた声は誰にも聞こえていなかった。




