第51話 嵐の前
ここでの日常というのはこんなにも穏やかなものだっただろうか。
傷が完治するまで待機を命じられて早数日。インヴィディアの事を総司令に報告しに行ったり研究部へ進捗を聞きに行ったりと、最初の内は忙しかったがここ2、3日は穏やかな日々が続いている。
もちろん戦闘もなく、訓練は少しはするが出撃する時ほど動くわけでもなく。10分ほど軽く体操をしただけで終わらしているのだ。
アストレからあまり運動しないように言われているのだ。
朝1番に検診に来るのも何かを気にしているらしい。頭に強い衝撃が与えられた、という点から予想はついているが、今のところその予兆もないため比較的本部の建物からも離れている。
それでも位置測定のための装置と任務時より詳細な生体情報測定装置を持たせるあたりなにかしら心配はあるのだろう。
たかがほんの少し深い切り傷というだけでやりすぎな気もするが、あれが普通なら死ぬような攻撃だったというのと前例がないというので警戒していると考えられる。
これまで怪我をするイスクは絶えずいたが、それはトルムアやラークにやられたもの。
それに比べて今回の《使徒》の攻撃は威力も規模も桁違いだ。
アストレの言葉を借りれば念には念を入れて、らしい。
これでも戦闘部員のため私服ではなく制服を着用してシップ内を歩いているのだが、ところどころですれ違う警備中の戦闘部員の視線を感じて心地が悪い。
話が伝わっているのか接触してくることこそないが、今は強化された感覚が嫌になってくる。
大通りから外れ裏路地に入るとそのまま木が並ぶ遊歩道まで抜ける。
道路は車などがない代わりに無人の輸送機器が行き来している。安全対策はされており目隠しをして歩いても安全なのだが、それでも性なのか輸送機器も人の往来もほとんどない道を好んで通る。
それなのに前から人が歩いてきた時には驚いた。
しかも同じ白のクロークなのだ。
この大旅団内で日本のイスクに出会うとは珍しい。
相手も気が付いたのか、視線を感じる。
そして驚いたことに軽く手をあげたのだ。
「おーい、アルマー!」
聞こえたのは男性の声だ。
警備だということは防衛部だが、知り合いはいただろうか。それも日に焼けてがっしりした体型の男性は。
そこまで考え、任務中ということはクレアレアを完全展開しているのだということに気が付く。
服装が私の場合は騎士装になるのだが、目の前の男は完全展開しても制服を着用しているようだ。
これは極端に任務に服装が合わなかったりすると命じられることがある措置だ。
「……カイ」
あのペアの男か。
ならば説明がつく。いくら何でも海パン姿で街をうろつくことを許可するはずはない。
たまたまここが任務地だったのか。
「よう!調子どうだ?」
「……」
もっと早く気が付いていれば逃げたものを。
共に訓練をしたとはいえ、この男と話すことは少なかった。故に慣れていないのだ。
あの付き合いは訓練だったから仕方なく。
何を話せばいいのかもわからなければ、話す意味さえ見いだせない。
それをどう捉えたのか、カイはあ、と声をあげる。
「そういや負傷して待機中なんだっけか。すまねぇな」
「……」
「なんだ?俺の顔になんかついてるのか?」
「……いや、……ただ、どう伝わっているのか気になっただけ」
「アンタの事か?」
「ん」
ここは適当にはぐらかしてとっとと退散することにしよう。
「ただ単に頭に包帯巻いてる日本のイスクは待機命令中だからって話が回って来てるだけだ。他はなーんもだ」
「そ。……ボク、もう行くね」
「おう!またな!よければ今度、戦闘訓練に付き合ってくれよ!見回りだけじゃ腕がなまってそうでよ」
「……気が向いたら」
そう言いカイの横をすり抜けると地を蹴って宙に跳びあがる。
そのまま両手を広げるとふわりと体が浮く。
背には薄い水色の羽が2対。これはこの前の戦闘の時どうしたらもっと飛びやすくなるのか考え編み出した1つの解決策だった。飛行に関する制御をなるべく背の羽で行ってしまえばいいのだ。
鳥のものというよりは妖精だかそういったものの羽に近いが、原理はほぼ同じだと考える。
羽ばたくことをイメージすると大きく体が前進してゆく。
完全展開しないこの姿でも行えるとは、とても便利だ。
そのまま手ごろな建物の屋上に降りると、置いてあったベンチに腰掛ける。
『アルマちゃん、アストレだけど』
「……なに?」
『今クレアレアの数値がいきなり上がってたんだけど何かしたかな?』
「……飛んだよ?」
通信機の向こうでアストレが唸るのが聞こえる。
「なにかまずかった?」
『いや、特に問題はないからいいんだけど。……ああ、さっきアラキア君がアルマちゃんのこと訪ねてきてたよ。暇だったから来た、って言ってたけど。今ならまだ本部内にいるんじゃないかな』
その言葉に勢いよく立ち上がるとビルから飛び降りる。
そのまま羽を広げると本部の方へ飛び始めた。
『どっかにぶつかったりしないでね!?』
「アラキアー!」
どこからともなく聞こえた声にアラキアは周囲を見渡す。
「上ー!」
「え?……えぇぇぇ!?」
見ると制服姿のアルマが勢いよく降下してきていた。
「え、わ、アルマぁ!?」
混乱して両腕を広げる。その中に飛び込んできた彼女の勢いのまま後ろに倒れる形となった。
「ああ、驚いた……」
「……ごめん……なさい」
隣に座ってうなだれる彼女に首を横に振る。
「大丈夫だって。ちょっと驚いただけだし、尻もちついただけだからさ。それよりも空から来るってどういうこと?」
「あれね、クレアレア使ってやってるんだ。こうやって羽広げて。……はじめは本がとれなかったから飛べないかなってやってみたんだ。そしたら出来て、だから飛んでみようって思って」
「はは……アルマらしい」
「……」
どこが、と不満げだが羽を広げたままでは座りたくなかったのか、すぐに降り立ち隣に座り直す。
「それで、街は楽しかった?」
「……どこが」
どうやらさらに機嫌を損ねてしまったらしい。
こういう時には黙っておくか、どこかへ誘うのが一番だ。
だからと言って誘う場所は限られている。
「ねえ、アルマ。……アルマ?」
何も答えないのはまだ普通。だが、彼女はまっすぐ前を向いたまま首を縦に振ることさえしなかった。
その瞳はどこも見ていない。
「アルマ?」
「……っ!」
そっと肩に触れると驚いたようにこちらを見る。
ビクリと上がった手元が一瞬光ったように見えた。
それが何なのかは資料で知っている。クレアレアで武装を具現する際に一瞬みられる、まるで光が収縮していくように見える現象の一端だ。
幸いこちらのことを認識してもらえたのが早かったから武器を突きつけられることはなかったが。
「どうかしたの、アルマ?」
「え、あ、いや、ただ……ぼおっとしてて。ごめん、ボク……今日は」
「送ってくよ」
「うん……」




