第50話 互いの呼び名
真っ白な天井をぼうっと見上げる。
どこか夢うつつで目を閉じればすぐにもう一寝入りできそうだ。
横向きになろうと力を入れた瞬間、全身に痛みを感じ思わず声にならない悲鳴を上げて丸くなる。特に痛むのは額だ。
何となく自由だと感じた右手で触ると包帯が指先に当たる。
そこでようやくどんな状況なのか思い出した。
《使徒》インヴィディアを名乗る女性と戦闘になり傷を負ったのだ。
その後アストレが駆けつけてくれ、本部に戻り治癒を受けていたのは覚えている。どうやら途中で眠ってしまったらしくその前後の記憶はあやふやなものしかない。
見える範囲の物で状態を把握した限り大丈夫そうだが、これはあの時と同じくアストレを呼ぶべきなのだろう。
コールを探して右手で枕もとを探り始めて、とあることが気になり視線を横に向ける。
「……ぁ」
予想通り、その人物はいた。
窓際に置かれたソファに横になって眠っている。またしても私服の上に白衣というお決まりの服装から見て自分の部屋に戻らず直接来たのだろう。そしているうちに自分が眠くなってしまい、眼鏡をはずすことを忘れ寝てしまったといったとこか。
「……アラキア」
一度呼びかけても彼が起きる気配はない。私の声はやはり小さいらしい。
だからと言ってこの状態で起き上がってあそこまで歩いていく気力はない。
「……ねぇ、アラキア」
少しだけ声をはってみた。
それでも小さいらしい。少し身じろぎはしたもののまだ起きない。
「ねぇ……アラキアぁ……。……凪くん」
「ん……?」
最後の抵抗として本名を呼んでみたが、反応されほんの少し気まずさが沸き起こる。これまでこの名を声に出して彼を呼んだことがないのだ。
ずっとハンドルネームで呼んできた。
「……アラキア、起きてよ」
「んん?……あれ、アルマ。おはよう」
「おはよう……。あの、さ……ありがと」
「ああ、ってそうだよ。大丈夫?」
「ボクなら大丈夫。……痛みには、慣れてるつもりだから。だから……」
「よかった」
安心したような凪の顔にこちらも自然と安心する。
何故だろうか。
何故、こんなに安心するのだろう。
そんなことをふと、思った。
「ああ、もう訳わかんなぁあい!」
椅子に座ったハルは背伸びをするように伸びあがる。その重さで背もたれがガクリと音を立てる。
「何なのあの現象!汚灰のエネルギー集合体?ブワアァァってなって、ドッカーン!って!」
乱雑とした机の上にハルは資料を投げる。
そこにはあのインヴィディアの攻撃についてが書かれていた。通信は途切れ詳細なデータこそ取れなかったが、幸い大まかなデータは戦闘員が各自装備している通信機に内蔵された計測器から復原できたのだ。
攻撃の結果あの地域一帯は、長い年月をかけてつくられたであろう土壌やそこに生えていた植物は吹き飛び、その下にあった基盤のみが残る結果となった。
凄まじい威力だったことは確かだ。
直撃していればクレアレアを完全展開したイスクでさえただでは済まない。
切り傷と打撲で済んでいるのは彼女の判断が正しかったということだろう。
しかし相手は何者か分からず攻撃も明らかにトルムアやラークとは違う。今後の対策を練るために分析を依頼された。
それでも高威力かつ連発は出来ないであろうということしか分からないのだ。
「……わかんなぁい。……ああぁ」
「まあまあ室長、実際に攻撃受けた彼女からも話が聞けたんですし、もう少しがんばりましょう?ね?」
「それでも分かんないもんはわかんないのぉ……。それよりアルマで試したいことの方が……」
その言葉に研究室内に置かれたソファに座っていた小さな人影がピクリと動く。
「ダメですよ、絶対!怪我人相手に……ではなくて、許可なしに実験したらまた総司令から怒られます!しばらくおとなしくしていてください。……この前のハルタロー事件もまだ全部解決したわけじゃないんですから」
「……はぁい」
部下の必死な説得にしぶしぶ返事をしたハルだったが、その目はまったく反省の色を示していなかった。




