第17話 休養
何か音がしたような気がしてうっすらと目を開く。
初めに見えたのはぼやけた白。
目をこするとややはっきり見えるようになった。
見覚えのない場所だが雰囲気では似たところを知っている。
ベッドの周りはカーテンで仕切られていて外の景色や部屋の全体像は見えないが、匂いだったり壁に備え付けられている物をみて確信を得る。
(どうしてこんな所にいるんだ……?)
何故、病院なんかにいるのだろう?
いや、病院とまでは行かずとも医療部の建物かもしれないが、それでも意味しているところは同じだ。
ゆっくりと起き上がると軽い目まいと吐き気に襲われる。
少なくとも自力で起き上がれるこの状態で何故、こんなに厳重な管理をされているのだろうか。
分かるだけでも胸には心電図の電極、右手にはパルスオキシメーター。左腕には点滴の針が刺さっている。
ずれないようにしっかり固定されているあたり、私の寝相の悪さや癖を知っているのだろう。いつも、そこまで動かしている自覚はないのによく液漏れを起こすのだ。
その先に繋がっているのはよく知ったものだ。
水分補給のためのもの。
(……何が、起きてこの状況なんだ?)
確か結城達が開発したVR技術を使って模擬実戦を行っていたはずだ。
ポイントについて、そのあと。
「……?」
何が。
(そうだ……あの仮面の……)
仮面の人物と戦い、その後、いきなり感覚が消えたのだ。
だんだんと酷くなってきていた平衡感覚が消えるような目まいに耐え切れなくなってきて横になる。
どうにか治まってきた時にふと、気が付く。
壁際に誰かいるのだ。
首を少し動かして顔を見ると凪だった。
パイプ椅子に座り腕を組んで壁に寄りかかって眠っている。部屋に戻っていないのか白衣を着たままだ。
「……アラキア」
自分の口から洩れたのはかすれた声だった。
何時間寝ていたのかは知らないがかなりの時間が立っているのは明らかだ。
とりあえず誰か呼ぶべきだと考え辺りを見渡すと、あった。
枕元に添えられていたナースコールに手を伸ばすと押した。
「仮面……」
結城は唸る。その顔はいつにないほど険しいものだった。
あの後、部屋に来た深川に結城を呼んでもらったのだ。
結城にあの仮面の人物の事を話し今に至る。
「その人物は大旅団計画を中止しろ、と。……だが、人ではない気配か」
「ん」
軽く頷いて肯定する。
「あの後、櫓木君にデータを復旧してもらったのだが、全く痕跡が残っていなくてな。お手上げ状態だったが。……この件についてはこちらで調べるとしよう」
ところで、と結城は組んでいた腕を解く。
「紫苑君、君が無事で本当によかった」
「……やっぱり、まずかったの?そのハッキングって」
訓練に入る前に、もしかしたら起こりうる事態についても説明は受けていた。なにしろ完全に安全なわけではなくバグも全て解決しているわけではない。
技術もまだ完璧なものでない。
もしかしたら最悪の事態も起こり得る、と。
「ああ、1歩間違えば。……ところで深川君、紫苑君はどうだったかね?」
「あ、そうですね。開口一番、説明する暇もなく結城さんを呼んでほしい、でしたからね。ちゃんと今の状態を説明しないと」
そうだ。
そう言えばそれが今一番気になることだった。
感覚的には脱水といったところだろうが、他に何かないとも限らない。
「と、一番心配だった脳への損傷もなかったよ。若干ふらつくだろうけど手順を踏まずに切断したことと脱水によるものだろうから、そのうち治るよ。点滴はいつ目を覚ますか分からなかったからで、その他も様子見でとってたようなものだから。しばらく安静にしてて欲しい」
「……分かった。1ついい?」
大体のことは理解でき、新たな疑問が浮かんできていた。
彼からしたら今まで話題にされなかったことは不本意だろう。
「何かな?」
「……アラキアはどうしてここに?」
「それは私が呼んだからだよ。彼には知らせておこうと思ってね。君が見当たらなくて心配するのは彼だろう?」
「へ?」
確かに夕食などは共にとっていて共にいてとても楽しいのだが、彼がそこまで私の事を心配してくれるだろうか?
その答えは結城の次の一言と今まで壁際でおとなしくしていたアラキアの制止する声だった。
「慌ててたよ」
「ちょ、ちょっと待ってください、結城さん!それは……!」
「ちなみにすぐに飛んできて……。君はずっとそこにいたのかね?」
「……いま、した」
チラリと壁にかかる時計を見ると既に時刻は夜の9時過ぎ。ハッキングがあったのが午前の訓練なのだから、少なくとも7時間ほどはいるということか。
「……」
いろいろと考えた挙句、一言だけ答えておいた。
滅多に言うことはない言葉を。
「……ありがと」




