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第119話 教皇メルクシス


 ロアノス=アインルム・メルクシス。

 先代の継承者、教皇メルクシスはそう名乗っていた。

 歴代で最強の力を持つ教皇として。そして王国最強の騎士として。

 彼は常に民のことを思い続けた。

 だが、彼が聖職に就いたのは民のことを思っていただけではなかった。


 復讐。

 それが彼の本当の目的だった。


 彼の父はアトミアの力が存在することを知っていた。

 故に、メルクシスがその力の継承者となりえる素質を持つことに真っ先に気が付いたのだった。

 そして彼を利用した。

 その結果を目の当たりにした彼は父を憎んだ。憎みながらも父として愛してしまった。父のせいで苦しむ人たちを見て父を憎み、だが、家族としての情は捨てられない。

 そんな中、自分の意に沿わない彼を父は殺そうとした。

 その時、助けられた人の元で養子として成長しながらも、父のせいで苦しむ人を見続けた彼はある決断をする。

 もう一度、父に会ってみようと。

 そうして自らのこの矛盾する感情に結論を出せばいい、と。

 だが、それも目前で潰えてしまう。

 彼が本当の意味でアトミアの力と神を巡る騒動に巻き込まれたのはそこからだった。


「……それでも、私は憎しみを捨てることができなかった。……それが、書に残る憎悪の感情の正体だ」

「……」

「盗み聞きされる心配のない場所で話したかった。……もういないとはいえ、私は私を信じてくれた人たちを失望させたくなかったから」

 私は何も言えずただただ彼を見つめていた。

 こういう時、何と言えばいいのかなんてわからない。

「さて、一番君が気になっているであろうことを言おう。何故、私がこうしてここにいて君と話をできるのか、を」

「え、ああ……」

「ここにいるのは私の、いわゆる魂だ。君なら理解してくれるだろう?」

 彼の言葉に頷く。

 ラースと同じ状態ということだ。

「私は、君と同じ呪いを受けている。死んでも行きつく先はあの海岸。……私の肉体は、アルティレナスを封印する礎……入れ物として、君たちが封印の祭壇と呼ぶ場所にある。君たちがあの場にたどり着き封印ごと打ち砕こうとすれば、力を取り戻しつつあるアルティレナスは仮の器としてその肉体を使用して襲い掛かってくるだろう。……一思いに焼き尽くしてくれて結構だ」

「!」

「そんな顔をするな。私にとってアレはもう必要ない。……どのみち、この災厄の結末を見届けた後は……魂を打ち砕こうと思っているのだから。仮にそれができなくとも、書に宿りアトミアの力の継承者の道しるべになろうと思っていてな。……人を信用していないわけではない。だが、歴史とはそういうものだ。これ以上このことを語るのは私の立てた誓約に反する」

「あなたの誓約は、何かを語らないということなの?」

「……どうだかな。……私は君たち継承者に助言はできても答えを与えることはできない。答えを出すのは君たちだ。納得できる答えを出すといい」

 それは当たり前のことだ。

 他人の敷いたレールの上を歩くことは性に合わない。

 例外はあるかもしれないが、自分で考え行動した先にあった結果が悪くても自分の決断が正しいと信じて歩んでいたのならば、きっといつかは受け入れることができる。

 だが、他人の言いなりで行動し納得のいかない結果となってしまったら、どうしようもない。

「その目つき。君なら大丈夫そうだな。いい意味で頑固でよかった」

「……褒めてるの? 貶してるの?」

「もちろん褒めてるとも。君が継承者でよかった。君に、君たちに後を託せてよかった。……君はこの先、人としては見れなかった景色を見続けていくことになるだろう。これは私が最も伝えたかったことだ。どうか、君自身の意志を見失わないで。その結論が自分のものなのか、他人が作った道の先にあったモノなのかよく見極めよ」

 そう言うと彼は手に持っていた白い槍を差し出す。

「私の愛槍だ。これを君に託す」

「……ありがと」

 受け取るとずっしりとした重みが手にかかる。それでも心地よい重さだった。持っているのが苦にならない。

 神器ロンゴミアント。またの名をロンギヌスの槍、アルトリウスの聖槍。

 その特殊能力は。

 本に書かれていた内容を思い出し一層強く槍を握りしめる。

(……ボクに、やれというのか)

 ずいぶんと重い使命を託されたものだ。結城の提案を受け入れたあの瞬間、いや、アトミアの書の継承者となったあの瞬間から。

「それと君にこの秘術を教えておこう」

「え?」

「『古より続く力の流れ、我は其を制する者なり。誓いと狭間より生まれいでよ』」

 空気が震えるほどの力がメルクシスの右手に集まり光を放つ。

(何をしようと……!?)

 こんな強大な力を感じたことはない。

 少なくともクレアレアではこんな強力な術は使えない。

 あるとすれば、アトミアの力。

「……くっ!」

 あまりの力に体が重い。

「『厚き境界を打ち砕き、血も肉も喰らい顕現せよ』」

 あまりのまぶしさに一瞬目を閉じるが、感じた強大な力の気配に剣を抜き目を開く。

 目に飛び込んできたのは異形の化け物だった。しかし私に対しての敵意はないらしく出現したその場でとどまっている。

「これは……?」

「……魔神。そう呼ばれる存在だ。……神の如き力を持つ存在。魔を宿すもの。聖王の真の眷属。……かなりの力量と技量を要するが、心強い存在だろう?」

「うん。……でも、神々しいのに禍々しい。支えに感じられるけど、どこか」

 アトミアの産物というよりは、どちらかと言えば汚灰はいに近い。

「そこまで感じられるのか。なら話は早い。……これは禁呪と呼ばれる類のものだ。使い方を間違えれば、一歩制御を間違えれば自らはもちろん、最悪、世界まで巻き込む災厄となる。よく知っているだろう?」

「あ! アルティレナス……!」

「その通り。このほかにも私が把握している禁呪はいくつかあるが……どれも私では使いこなすことはできなかった。使いこなす術を見つけることはできなかった。……まあ、禁呪と呼ばれたものだ。それが正解なのだろう」

「それを、何故ボクに?」

「……《使徒》と呼ばれる存在。その中にアトミアの力を秘めた存在を感じた。それだけではない。仮にアルティレナスの封印のほころびがさらに進めば、アルティレナスはさらに多くの魔神、魔獣を生み出すだろう。……原理はこれと同じだということだ。下手に手を出すとどうなるか」

 少しでも制御を誤れば身を滅ぼす。

 それを逆に利用するという手もあるが、リスクは大きすぎる。これ以上災厄が増えてたら対応しきれない。今でさえ怪しい状態なのだ。

 彼の真意を聞いても、きっと答えは自分で考えて出せとしか言ってくれないだろう。

「……」

 ロンゴミアントと右手に持つと穂先を地面に向ける。

 槍は使ったことがないが、不思議と手になじむ。私は右腕を大きく引くとクレアレアを流し込む。発動したその冷たい力に手先がかじかむ。

 床を蹴ると高く跳躍し槍で魔神を貫く。

 貫いた先から魔神の身体は凍り付き、粉々に砕け散っていった。

「……それが君の答えか」

「……うん」

「そうか。……そうなのか。それが君の覚悟か。……そうだな」

 振り返ると彼の姿はどこにもいなかった。

 しかし、書に宿って見守っているのだろう。気配は感じた。

 託された槍を握りしめると転移魔方陣を起動させた。



 どうにか夜明け前には本隊に戻ることができた。

 のだが。

 ゲート広場に入るなり、アラキアが駆け寄ってきたのだ。

 時刻は既に夜中の3時を回っている。とっくに寝ていると思っていたアラキアの出現に一瞬思考がマヒする。

 朝の6時には出撃していたため疲れきっている。

「あれ? なんで、アラキアがいるの?」

「なんで、って。何も言わずに出撃して、反応も途絶えてるし夕飯の時間になっても戻ってこないし心配したんだよ! 探しに行こうとしたけど結城総司令から待機命令でて……」

「……ごめんなさい。でも、どうしても調べたいことがあったんだ」

「それで何が、分かったのかな?」

「うーん……、その前に……おふろぉ……。眠い……」

 埃まみれのまま寝るわけにはいかない。報告はそのあとだ。

 そう思いつつ足を踏み出したのだが、そこでその日の記憶は途切れていた。


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