第117話 隠された遺跡
「……」
無言で手を掲げると暗闇に閉ざされた通路に明かりがともる。
惑星ハーウィンに降下した私は書の記憶を頼りに街の裏手に回ると入り組んだ道を進むと鍵付きの格子で封じられたほの暗い通路を見つける。
白亜の塔から伸びる下水道だ。
そこの錠を無理やり開くと足を踏み入れる。
いまだに機能している水路には下水というには綺麗な水が流れている。両脇には通路が整備されており照明もあった。
ラークやトルムアはいない。
整備を行う魔導兵士はいたが、警備を行うものはいなかったためここにきてから剣を抜いていない。
今回の目的ではそちらの方が集中できて好都合だ。
私が発した問いに絶句したラースは、それだけは避けたいと言いながらも答えてくれた。可能性はあるがそれは限りなく不可能に近いと。
書の力ほど強力な力に穿かれればいくら呪いを受けた魂でも砕け散ってしまうのではないかというのだ。
そしてラースでも知らない知識が残されている可能性がある場所を教えてくれた。
白亜の塔には神子と教皇のみが入れた場所がある。塔から伸びる隠し通路もその1つだ。出入り口に侵入者を拒む結界が張られているのだ。
そのほかにもいくつかの隠し部屋がある。メインコンソールが置かれていた部屋のような場所がそれにあたる。
ラースはその図面を私に渡してくれた。
そこを調べに行くのだ。何か対抗策がないか探すことも重要だが、それ以上に。
(ボクは先代の継承者について知りたい)
何代にもわたって積み重なってきた書に込められた記憶。その中で特に強く残り響いてくる思いが先代のものだ。一番新しい記憶だからというのもあるだろうが、それだけではない。
夢に見る記憶はバラバラだった。教皇としていることもあれば、槍を片手に戦場を駆けていることもあった。
それでいて時々囚われる聖職者らしからぬ強い憎悪の念。
それは汚灰を生み出すような強い負の感情だった。
彼が継承者となったばかりの時代はまだアルティレナスは具現していなかった。ゆえに一番危惧しなければいけないことは違う。
アルティレナスの復活と同じくらい恐ろしいこと。それは継承者自身が負の力に囚われアルティレナスのような災厄の存在になることだ。
結果的に彼は具現に力を貸したのだから同じことになってしまったのだろうが、もし、彼が具現に力を貸さなかったとしたら。彼はその憎悪に飲み込まれなかっただろうか。
何がそこまで彼を包み込んでいたのか。
記憶を継承する私たちはその憎悪に飲まれることはないだろうか。
なにより。
彼は継承者として何を見て何を誓ったのだろうか。何が彼をそこまでさせたのだろうか。
書を読み解く中で彼が誓約を行ったあとを見つけたのだ。そしてそこから誓約の術を読み解いた。
術に関すること以外は隠されており、彼が何を誓ったのかは全く読み取ることができなかった。方法や様式に関しては読み取れるのに記憶は読み取れない。
しかし、いつか私たちの技量が追い付きその記憶が読み取れるようになったら、私たちは歴代の継承者たちの記憶を受け止めることになる。幾人もの記憶をだ。
真正面から受け止めていてはもたないだろう。
それこそ力に囚われかねない。それを防ぐために対策もしているが未熟な私たちの施した術でどこまで対抗できるのかはわからない。
下水道をしばらく進むと横道にそれ、突き当たりのドアにアトミアの紋章が描かれていることを確認する。扉に書を押し当てると鍵が外れたような音がして扉が開く。
そこからさらに入り組んだ道を進むと広い空間に出た。
進む先は大きな石橋が対岸まで渡してあり、下は大量の水が流れ轟音を立ててている。
古代の技術を信用していないわけではないが念のため羽を広げて宙に飛び上がると対岸まで飛ぶ。
そのまま通路を進む。流れ落ちる水の轟音が聞こえなくなったころ、白い扉を見つける。曲がった先にも道は続いているが地図では赤でバツ印が付いている。行くな、という警告だろう。
扉を開けると塔の内部の様式と似通った通路に出る。
幅1メートルほどの通路だが、水路よりも白の装飾が多い。抜け道といった感じだ。地図通りに進むと袋小路に入ってしまう。
「……この辺……あった!」
壁に指を這わせると小さなくぼみを見つける。
カバンから短剣を取り出すとそのくぼみに突き刺しすぐに引き抜く。すると突き当りの壁が横へスライドして人一人が通れるくらいの隙間ができる。
私がそこを通り抜けるとすぐに隙間は閉じてしまう。
出た場所は階段だった。上を見ると天井がかなり近くまで迫っている。
ラストと戦ったあの円形の広間のすぐ下あたりだ。
「……さてと」
手に持ったままだった短剣をカバンに戻す。この短剣はラースに託されたものでなくすわけにはいかないものだからだ。
柄をよく見てみるとイルタレンシア聖教の紋章が刻んであったから神子に伝わる短剣だったのだろう。
塔のカギになっているため一時的に貸してくれたのだ。
短剣の代わりに地図を取り出すと広げる。
大きく丸印がつけられている個所は全部で3つある。それぞれ神子の私室、隠し書庫、地下礼拝堂だ。
神子の私室は神子の許可があればだれでも入れたらしいが、残りの2つは違う。完全に隠された部屋だ。ラースの時代で言っても古代の遺産と言えるような部分だ。
この塔自体もかなり古いものだが、世界に眠るアトミアに関連する遺跡はさらに古いものだ。
遺跡の上に、『遺跡』ともいえる建築物が立っていることも少なくない。現にこの塔がそうだ。
地下水路や塔の『表』の部分はまだ新しい部分。だが、神子しか入れないような場所は大昔から存在するもの。ラース曰く《神の時代》と呼ばれた時代から。
事実、この塔に入るため通ってきた地下水路は町のような構造や様式を持つ部分があった。
そこならば、何かある可能性はある。
だが危険だ。
神子と教皇しか入れない場所、ということはただ単に結界が張ってあるわけではない。
万が一、他者が入り込んでしまった時のための仕掛けがあると考えたのだ。当然それは力を示さねばいけないモノだろう。
なにはともあれ、最初は危険性が全くない神子の私室からだ。
階段をのぼり、円形の広間に移動するとしいてある陣の上で教えてもらった合言葉を唱える。一瞬にして空中回廊へと移動した。正面に十数段ほどの階段と扉がある。
扉は近づくと勝手に開く。
「……」
技術に感心しつつ部屋に足を踏み入れる。
神子の私室は塔の内部と同じ白を基調とした部屋だった。神子という割には質素な部屋でベッドと執務机、クローゼット、ソファと机といった最低限の家具に壁に掛けられたイルタレンシア聖教の紋章入りのタストペリー、部屋の端に置かれた観葉植物。そして適度な大きさの本棚が目に入った。
執務机の上には羽ペンと印、ガラスで作られた写真立てが置かれていた。写真立ては意図的にそうされたのか伏せられている。
手に取って写真を見てみるとそこにはラースとメルクシス教皇と思われる人物が写っていた。場所は塔の内部らしく背景は白い。
どちらも微笑をたたえており仲が悪そうではない。ラースの言う通り親友同士だったのだろう。決戦前に伏せたのだろう。
本棚を見るといくつも宗教に関する本が並べてあった。
適当に1冊とって開いてみる。目に飛び込んできたものに息をのむ。
「どうして……」
イルタレンシア聖教はこのあたりの惑星独自のもの。
地球とは関係ないもののはずだ。
なのに、どうして。
「……こんなものが」
開いたページには11個の丸とそれをつなぐ線が描かれている。
そのほかのページをめくってみるが時々挿絵程度の図が入るのみでほかは文字がびっしりと書かれている。翻訳機能のおかげで読むことはできる。
それを自分の端末にすべて記録すると、ほかの本も同じように記録し誰にも見られぬようロックをかける。
その作業をするうちに一枚のメモを見つける。内容に目を通し用紙を折りたたむとカバンにしまう。
そうするなり部屋から飛び出すとらせん階段をかけ下りるのもめんどくさくなり、飛び降りエントランスまで行く。ちょうど落下した場所にあった陣のくぼみに短剣を差し込むと隠し階段の入り口が開く。
階段を駆け下りると扉があるたび短剣を差し込み開いていく。
たどり着いたのは私の身長の数倍もの高さがある本棚がたくさん並ぶ空間、隠し図書館だ。
塔の内部とは思えない石造りの空間には年代物らしい重厚感のある本棚が一生かかっても読みつくせないかと思えるほど並んでいる。一通り回ってみるとその様式はイルタレンシア聖教というよりは、アトミアの書の装飾や図と近い。
この施設が古い証拠だ。
ここには汚灰の影響を受けるような生き物はいないはずだが、何故かあの嫌な感じが空気中を漂っている。何か語りかけてくるような感じだ。
「このどこかに……! どこに……!?」
広い図書館内を見渡す。神子の私室に残してあったメモにはこの図書館のどこかに神器――アンチ武器の一覧表があるとかかれていた。
そこになら未だに不明なアラキアのパージの特殊能力を知ることもできる。運が良ければ対抗策となりうる神器もあるだろう。
それ以外に優先度としては低いが先ほどの図形についても調べたい。あくまで個人的な興味だ。
ふと、視界の端で何かが光ったような気がしてそちらを凝視する。
夜目はきく方だと思うし、クレアレアで身体能力は強化されている。微かな灯りでも全く問題はない。
念のため光剣を手に近づくと光ったように見えた本を持ち上げる。埃を払ってみるが表紙にも背表紙にも何も文字は書いていない。
開くと真っ先に目についたのは槍の画だった。
着色もされているようで白を基調に金色と赤色の装飾が入っている。
名は。
「あれ?」
いくつかの名前が書いてあるのだ。
「アルトリウスの聖槍……?」
他の2つは聞いたことがある。ロンゴミアント。ロンギヌスの槍。
翻訳のせいでこう見えているとも考えられるが、わかりやすくていい。
どうやら武器種ごとに並んでいるようだ。銃はかなり後ろの方にあった。
「パージ……浄化の銃!?」
浄化。『負を払う浄化の銃』
「……想いを込めた弾丸は、負を払う。……これだ!」
まさか真っ先に汚灰に対抗する方法を見つけられるとは幸運だ。しかもそれが大旅団の手元にあるとは。
一通り内容を読むと私のクロノスの記述もあった。
「……っ!」
一番最後のページを開くとページは破られていた。
何かしらの術で保護されているとはいえ多少の劣化は見られる。だが、切目は効果が切れているのか触るとポロポロと崩れてゆく。
指先についた破片を払い落とすと本をもとあった場所に戻す。
適当な本を取り出しては簡単に読む作業を繰り返す。
隠されているだけあってその内容で無駄だと思えるものは一切ない。
何時間たっただろうか。
通信機から時刻を知らせる電子音が聞こえた。外ではとっくに陽が沈んでいるらしい。
敵はおらず戦闘もなかった。本を読みふけっていたため時間感覚もない。
そろそろ戻らねばアラキアあたりが心配するだろう。
だが、ここは古代の遺跡。
簡単に出れるわけがなかった。
いくつ目かの扉かは分からないが、開かないのだ。
「……なるほど。一方通行ってわけだね」
力を持たない者が入ったら最後。
ここに閉じ込められ死を待つしかない。
入った時に感じたあの感覚は積もりに積もった死者の怨念だとかそういわれるものなのだろう。力を得てからそのようなものが少なからずあることを感覚的に知っている。
ラースからもらった地図を開いてみると矢印は図書館の奥へと続いてる。
礼拝堂の探索は後日にしようかと思っていたが、そうもいかないようだ。




