第116話 誓約
「アルマー」
名前を呼びながら部屋のドアをノックする。
しかし中から返事はない。
「片山さん、アルマ知りませんか?」
ほど近い場所にあるアラキアの自室前で待機していた彼ならば何か知っているだろうと後ろについてきていた男に声をかけてみる。
「昨晩部屋に入ったのを確認したきりだが? 寝ているんじゃないのか?」
「……寝起き悪いからなぁ」
アラキアはため息をつくともう一度ノックする。
「アルマー、入るぞ」
ドアをスライドして部屋の中に入ると、遮光カーテンが閉まったままで部屋は真っ暗だった。照明をつけるとカーテンを開けベッドの方を振り返る。
「あれ?」
しかしそこに人影はなく布団は綺麗に折りたたまれていた。寝巻も枕元にある。
いつも机の上に用意されているはずの制服はない。
ということは、既に準備を終えて朝食に向かったということだろう。いつもならばどちらかが片方を部屋まで迎えに行き共に朝食をとりに向かう。
(何か怒らせるようなことしたっけ……)
片山を連れて朝食を取りに行くが、そこにもアルマの姿はなかった。
さすがに不安になりゲート広場に向かいアルマの出撃記録を確認する。
ここ数日、戦闘部員を連れて惑星ディーオの調査に向かっているため同行者欄には多くの名前が記入してある。
しかし一番下の段、最新の記録はその欄に記述がない。アルマだけだ。
時刻は今朝の6時ごろ。現在も出撃中らしい。
ひとまずどこにいるのかが分かりホッとする。出撃場所は通常他人に公開してくれないが結城あたりに聞けば教えてくれるだろう。
そう考え踵を返す。
(珍しいな……一人で暴れたくなったのか……?)
惑星ディーオに降下する際には様子見で戦闘部員を連れていくため行動が制限される。途中で送り返す作業もあるため元々ソロ志向の彼女にストレスがたまっていてもおかしくない。
たまには一人で暴れたくもなるだろう。
「結城総司令」
「なんだね、アラキアくん。と、少し待ってくれんかね」
総司令室に入ると結城はホログラムキーボードを開いて何やら作業をしていた。展開用の端末には青い結晶のような記録媒体が繋がれている。
結城はソレを閉じるとアラキアに向き直る。
「よし。……用件を聞こう」
「仕事の邪魔してすみません。大した用事ではないんですけど、その、アルマは今どこに出撃しているのか気になりまして」
「アルマ君が出撃中? 君も連れずにかね?」
「ええ。確認したらそうなっていて。情報開示をお願いします」
結城が頷く前にアラキアの前にはホログラムウィンドウが展開していた。
惑星ハーウィンの地図と赤い丸印が1つ。場所は白亜の塔を指している。
「ありがとうございます。……白亜の塔?」
「惑星ディーオ以外ならば心配いらないだろう。理由は帰ってきたら聞くといい。これでいいかね?」
「はい、ありがとうございました」
「ああ、それと。さっきのは仕事ではなく、ただの趣味でね。……PFOのプログラムを少しいじっていただけだ」
「PFOのプログラム!? それってすごい複雑なんじゃ?」
「クレアレアが組み込まれたことによって以前よりかなり楽にできるようになったものだよ。……まあ、その分複雑になった部分もあるがね。……そうだな」
結城は端末から記録媒体を抜き取ると机の引き出しの奥にしまう。
「光があれば影がある。世の中に出してはいけないモノも存在するということだろうな。……それがどんなに素晴らしいものに見えようとも。しかし、ある人からは素晴らしいものに見えまたある人からは愚かなものに見えるものもある、か。……ああ、独り言さ。忘れたまえ」
「え、ああ、はい。……でも、僕もそう思います。古代人たちもそうだったんでしょうね。神の具現は素晴らしいものに見えた。けれど実際は。見る人によってやはり違うんでしょうね」
「その通りだな」
結城は再び記録媒体をしまった引き出しを開けるとガライアを取り出し机の上に置く。
最新機のようでまた更に小型化されている。
カチューシャのようなものとメガネが合わさった形になっている。どうやらレンズ部分は可動式になっており上にあげたり下げたりできるようになっているらしい。
マイクのような部分が付いているということはVRだけでなくMRにも対応させているのだろうか。
そのほかにもチョーカーのような補助機器もセットらしい。クレアレアの安定供給のために一時的にストックするのか、チョーカーには青い宝石のようなものが付いている。
そのほかにもいくつかアクセサリーにも見える補助機器を箱にまとめて入れるとアラキアに向っかて差し出す。
「……これを、アルマ君に届けてほしい。ガライアの最新型の試作機だ。それと、ついでに眷属と片山君、土方君にも頼む。もちろん君の分もある」
「ありがとうございます!」
「これまでの試作機と君たちの通信機は、動作確認が済み次第こちらで回収したい。そう伝えといてもらえるかね?」
「え? 通信機もですか?」
通信機と言えば大旅団発足当初から変わらず使い続けてきたものだ。戦闘部は邪魔にならないようイヤリング型のものが支給されている。
これまで使ってきて特に支障があった覚えはない。
「実は新型機の中に通信機も組み込んであってね。さらに今まで個人端末で行ってきた情報閲覧などの行為もできるようになっている。権限も与えておいたから今回のようなことがあってもいちいち私の元へ聞きに来なくても済むだろう」
「へぇ! すごいですね!」
それに気をよくしたのか、それとも自分の開発した技術だからなのかいつも以上に饒舌な結城は先を続ける。
「処理速度も大幅に上がっている。これならばPFOの完全同期も可能だ。……まあ、動作確認はこれからだが。成功すれば順次、大旅団員全員の端末をこの形に取り換える予定だ。汚灰の干渉も受けづらいだろうから通信が途切れる心配もほぼないと言っていい!」
「決戦に向けて準備してるんですね……」
「これ以上死者を出さずに帰るためならば、これくらいなんてことはないさ。……君に言うのもなんだが、もう霊安室は開けたくないからな」
「……あ」
鮮明にあの光景を思い出し言葉に詰まる。
もしあの時ラースが来てくれなかったらどうなっていたか想像もできない。
落ち着いた後、大旅団員全員にある調査が行われた。アラキアやアルマにも同様の書類が回ってきた。
内容は死後の体の処理だ。
世界中から人が集められているだけあって様々な宗教の人がいる。そのため船内には礼拝堂の役目を持った施設もある。
もちろんそれぞれの施設を管理する人もいれば、宗教ごとにキリスト教なら司祭、牧師などの聖職者と呼ばれる人もいる。さらに宗派ごとに最低1人は所属しているとなればその部署がつくられなかった方が不思議なくらいの大所帯となっている。
アルマも時々そういった人々の元を訪れて話をしていたが、特定の宗教だったというわけではなく仏教かと思えばキリスト教と様々な場所をめぐっていた。
それ故に彼女の遺体の処理方法が分からず問題になった。
いちいち家族をコールドスリープから起こすわけにもいかないため、各員に希望を聞くことになったのだ。幸いここには成人した人間しかいない。
アルマとアラキアは特殊な方法を選んだ。
互いに片方が生きており身体が残っていれば戻ってこれる可能性があるからだ。迎えに行く準備が整うまで体は凍結処理してもらうことになっている。
仮にどちらも死んだとしても可能性はある。
どうなるにしろ対処は同じだ。
それは二人の覚悟でもあった。
そして眷属の契約以外に互いに術を掛け合った。
呪いとも言える術を。
言い出したのはアルマだった。
汚灰が解決すればアラキアたちは正体を隠しつつ、表舞台にたちこの力の証人とならなくてはならない。そこには少なからず人の思惑というものが変わってくる。
中には理解されず拒絶されることもあるだろう。心が折れそうになることも。
そんな中、自分の役目から逃げるわけにはいかない。だからこそ、逃げぬために自らに呪いをかけた。
休養している間、暇を持て余したアルマは連日書を読み解いていた。
その中に『誓約』という術の記述があったのだ。
必ず守ると誓った事柄を言葉による約束だけでなく術によって自らを縛りつけるのだ。そうすることによってその誓いを破ることができなくなる。
破るには大きな代償が必要になるのだ。だからこそ呪いとも言える。
古代には強力な術者の力を借りてこの誓約を行い、誓約をかける代わりに人智を超えた力を手に入れたこともあったらしい。
詳しくは読み取れていないが、使い方を間違えれば恐ろしいこととなる術だ。
だが、二人は必要だと判断したのだった。




