第115話 惑星ディーオ
惑星ディーオ。
意味は神の星。
少しずれた次元に存在し、力無き者の侵入を拒む星。
降下できたのはイスクでも第0番艦に対応できた200人程度であり、その彼らでさえ長期滞在はできない環境だった。
まるで蝕灰域かと思えるほどの濃い汚灰。さらに強力なラーク。
「……酷い汚灰」
ねっとりとした空気に眉間にしわを寄せる。
降下した場所は広大な草原で遠くには雪をかぶった急峻な山も見える。
そして整備された広い街道の先は緩やかな丘になっており、そこには城壁に囲まれた街が見えた。町は白で統一されており、中心部には西洋風の城がそびえたっている。
ここが教皇の住まう大聖堂がある王国の王都なのだ。
ラースから貰った地図を握りしめる。
今回は調査ということで対応できたイスクの中から精鋭30名ほどを引き連れて降下地点から封印の祭壇があるという王都前まで来てみたが、現在残っているのは私とアラキア、そしてアストレにカストのみだ。ほかの光騎士も別動隊で動いていたようだが、そちらも連れてきた戦闘員の消耗が激しくすぐに全員を送り返したらしい。
「それにしてもこれこそ信じられないな。城といい城壁といい、草原に街道……完全にRPGの世界だ……」
「……」
「どうした?」
「……書の記憶が」
この景色を見て最初に感じた感情は懐かしさだ。
もちろんここに来るのは初めてだ。
同じ継承者であるはずのなのに私とアラキアでは感じることができる書の記憶が違う。私の方がより深く読み解くことができるのだ。
今回も同じことが起きているようだ。
人の表情までは分からないが、服の様式や風景などはぼんやりとわかる。地理関係は完璧に把握できている。
それに比べてアラキアはなんとなく地理が分かる程度らしい。
「不思議だよね。ほかの人の記憶が勝手に思い浮かんでくる。……帰ってきたんだなって思っちゃうんだ」
この感情は先代の継承者の記憶だろう。私は特に先代の継承者の記憶がよく浮かんでくる。
彼の思いは強すぎて時々夢にまで見てしまう。
教皇、と呼ばれたラースの親友。
その人の視点から回想するように夢ではなるため姿は見たことがない。だが、いつも温かな気配は感じていた。
「あ!」
「なに!?」
いきなり大声をあげた私に前を歩いていたアラキアが勢いよく振り返る。
「ごめん。ちょっとずっと気になってたことが分かって思わず声あげちゃった。何でもないから大丈夫」
「ならいいんだけど……。まったく、心臓に悪いよアルマ……」
ごめん、と謝る。
眷属の契約をするとき、後ろから手伝ってくれたあの気配。あれはきっと。
「教皇……か。……死んでも死にきれないほどの思いを抱えて……それが、呪いになった?」
彼自身が拒んでいるのか最低限の情報以外のその記憶自体を辿ることはできないが、書に残されている感情は抑えきれなく漏れ出てくる。
その中には聖職者とは思えないような感情もあるが、それはそれで親近感がわく。
どんな人物だったのか興味は尽きない。
どこからか呆れたようなため息が聞こえた気がした。
当初の予定通り王都の入り口まで行き引き返した。
入り口から見えた城下町は長い間人の手が加えられていないというのが信じられないほど保存状態が良かった。まるで昨日、いきなり人が消えたような状態だったのだ。
中までは調べていないが、食べ物までそのまま残っていそうな気がしてならない。
結局のところ私とアラキア、そして眷属の契約を交わした人員しか指定ポイントまで到達できた戦闘部員はいなかった。
総力戦と言えど、大旅団側の戦力は心もとない。
これにはラースも頭を抱えていた。
その時にラースが示した最終案は受け入れがたいものだった。それはラースも同じらしくその顔には焦りと自分自身への怒りが浮かんでいた。
ラースの示した案。
それはアルティレナスを実体化させるというものだった。
つまり、封印を解くということだ。
封印されたままでは純粋なクレアレアによる攻撃しか通じない。それができるのは今回ポイントまでたどり着けたメンバーのみだ。
しかし実体化させればクレアレアによる攻撃を当てることができるようになる。
だが、そのためには。
「……誰かがアルティレナスの器になりアルティレナスを道連れに死ななくてはいけない、か」
ベッドに腰掛け、一人呟く。
力の強いものが器となればアルティレナスの力もより強大なものとなる。しかし力の弱いものが器になればその力が弱まるかと言えば違う。そもそも器として耐えきれなければ実体化することはできない。
このことから生贄は継承者か眷属レベルのイスクになる。それはこちらの戦力を削ぐこと。
「ああああ!! ややこしい! 難しい!」
両手で頭を抱えるとブーツを脱ぎ捨てベッドに倒れこむ。
あくまで最悪の案だが、解決策がない以上実行される可能性はある。
こんな時、書に残された記憶をすべて読み解くことができたら何か解決策は見つかるだろうか。
(……読み解く方法ってあるのかな)
私は書を抱えると部屋から出て行った。
片山はアラキアの方へ行っていたのか部屋の前にいなかった。
おかげで彼の目をかいくぐる必要がなかったといえる。
私が訪れたのは第0番艦の結晶の間だ。ラースがいる場所ともいえる。
「そろそろ来ると思ってた。アルマ」
「何? どうしてわかったの?」
部屋に入るなりそう言われ少々面食らうが、彼のことは既に受け入れている。逃げるということはしない。
「カン、だ。貴方の行動はとても似ているからね。私の親友と。……で、なにかな?」
「じゃあ、単刀直入に。回りくどいのは苦手なんだ」
「ああ、もちろんだ」
「書の記憶を読み解く方法はない? それか、ラースが知っていることだったら教えてほしいんだ。先代の継承者、親友だったっていう教皇のこと」
「……すまないが、読み解く方法については教皇に伝わる秘儀だ。それも扱えた教皇は先代以外知らない。……とはいっても、彼は自分でその方法を見つけたか、知ったかなのだが。彼は、彼の先代の教皇フェルトトゥムナから一切秘儀は伝えられていないはずだからね」
「フェルトトゥムナ教皇……? ラースの親友の教皇はなんていうの?」
「彼は……メルクシス。……私はロアノスと呼んでいたけれど。どれ、私の記憶で彼の姿を再現してみるか」
クレアレアの光が集まりホログラム映像のような人影が宙に映し出される。
白いローブを着た髪の長い男性だった。右手に杖とアトミアの書を抱えている。前にトガにみせられた記憶の中で見たことがある姿だ。
あの男性がそうだったのか。
「……あのさ、教皇って騎士なの?」
「それも書の記憶か?」
「うん。……それにラスト、ハイルが話してたんだ」
「ロアノスは、複雑な事情があってね。教皇であり、教会騎士でもあった。……ハーウィンが落とされた時も見事な指揮だったよ。まったく太刀打ちできなかった」
「へぇ。でね、聞きたいのは……」
書の記憶を読み解くことができないのならばしょうがない。他人の経験を覗き見たとこで自分の力でできるとは思っていなかったがそれでも知らないよりはましだっただろう。
継承者としての力を強めることはもう実戦に任せるしかない。
戦いに集中するために聞いておきたいことがあったのだ。
「アラキアなら書の力を使ってアルティレナスを浄化できると思う?」
「浄化に関しては貴方よりもアラキアの方が適任だろう。貴方だと逆に取り込みかねない。あれだけの負を浄化しきれるかと聞かれれば……保証はできない」
「可能性はあるんだね。じゃあ、もう1つ」
私が発した問いにラースはしばらく言葉を失っていた。
「ボクがアルティレナスの器となりアラキアに殺されたら、今度も戻ってこれるかな?」




