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第112話 鳴動


「……」

 開かれたホログラムウィンドウに映し出されている画像を見て隣にいるカストともどもため息をつく。

 映し出されているのは惑星リエースの森林エリアヴァーホルツだが、面影こそあれどその景色は異様なものとなっていた。

 木は不気味にねじれ曲がり、空は赤く染まっている。先遣隊の報告ではトルムアも異様なほど濃い汚灰はいの影響を受け変容しているという。

 さらには力の供給が途絶え消え去っていたはずのラーク達の姿も見られるようになっていた。

「この現象、お二人はどう考えますか?」

「……うーん」

 異様に汚灰はいの濃度と汚染度が上がった地域はほんの一部だ。

 だが影響は凄まじく、調査任務にも支障が出ている。第0番艦と同じく立ち入れるイスクもかなり限られているためだ。

 だが、ほかの地域だけを見れば状態はいい方へ向かっている。

 それだけその地域のみに汚灰はいの力が集中しているということなのだが。

 蝕灰域しょくはいいきと名付けられたその地域のみに。

汚灰はいの力は蝕灰域しょくはいいきに集まってる。だからトルムアもさらに狂暴化して、今まで影響がなかった自然にも影響が出ている。……原因は」

「器の完成、か。でもそれは完全ではない。けど完成したのは事実で?」

「たぶん、それを察して封印から漏れ出たアルティレナスの残滓が力を募り始めたってとこだろうね」

 書に蓄積された知識を動員しても言えるのはこれくらいだ。

「ああ、……これ以上汚灰はいの力が強まれば地球にもさらに影響が出ると思うよ。向こうに戦闘部員を少し回した方がいいかも。あっちにも蝕灰域しょくはいいきが出るかもだし」

「ええ、わかりました。私からも両総司令へ提言しておきますね」

「うん」

「よろしくお願いします」

 私とアラキアは基本会議には出席していない。

 他の光騎士こうきしと違い自由気ままに惑星に降下したりしているため会議の時間にいないことがあるというのもあるが、私が会議の場を避けているというのが実際のところだ。

 大旅団本隊のみならず地球側ともつなぐためどうしても堅苦しい雰囲気となりやすい。地球の総司令エリックとは面識はあるが慣れているとはいいがたい。

 だが、まったく参加しないのもいけないと思い決定事項の確認はするし、こうしてカストなどを通して意見を伝えてもらうこともある。

 今回は継承者として見解を聞かれたわけだが、

「……」

 この前のトガからの要請も話し合ったが、やはり大旅団が計画を中止し地球に戻ることは即時却下されてしまった。

 封印の場に近づくのは危険だ。だからと言ってこのままラークの殲滅だけを進めていてもいずれ地球にも蝕灰域しょくはいいきが現れ汚染は進むだろう。

 最終的には惑星ディーオにも降下する決定は確実に出る。

 トガの願いは叶わなかったわけだ。

「お二人に依頼があるのですが、いいですか?」

「ん?」

「惑星リエースに現れたこの蝕灰域しょくはいいき、汚染濃度が高くとても並みのイスクでは長時間滞在し殲滅・調査することなどできません。ですので、お二人に調査してもらいたいのです」

「……侵入許可くれるの?」

「あまり汚染させたくないのですがね。先遣隊でさえ対応できたのは私を含め数名のみでした。間違いなく今までで一番過酷な環境です。それにトルムアもラークも強すぎます」

「……ふぅん。……わかった」


 こうして蝕灰域しょくはいいきの調査が決まったわけだが、結城はもう1つ条件を足してきた。

 アストレを同行させろ、と言ってきたのだ。

 私とアラキアは二人とも治癒術が扱えないため、というのもあるだろうが、汚染を進ませないためというのが大きい。 アストレの戦闘能力についてはよく知っている。対応できないわけではないが殲滅は私たちに任せ、彼は治癒と防壁の展開に専念していた。

 猿のトルムア、ピテーは初期訓練が終わったばかりの戦闘部員でも楽に相手ができるくらいの強さだ。私も惑星リエースで任務について初めて戦ったのはピテーだ。だが、蝕灰域しょくはいいきで出会ったピテーは違った。

 とても素早く攻撃威力も高い。何より群れで動くピテーながらの連携は凄まじい。次から次へと襲ってくる攻撃に私はPFOの高レベル推奨エリアを思い出していた。

 あそこのエネミーは姿かたちこそ通常エネミーと同じだったが、高レベル帯向けにパラメーターが強化されていた。ラースも蝕灰域しょくはいいきのことまでは予想していなかったらしく、高レベル帯向けエリアは元からの仕様だったが手ごたえとしてはとてもよく似ていた。

 高い汚染度も相まってこれでは対応できるイスクが少ないのも頷ける。

「アルマ、岩投げくるぞ!」

 その言葉に横に大きく跳ぶと、先ほどまで立っていた場所に人の頭ほどもある岩が次々と降り注ぐ。

 群れの中でも後方から攻撃してくるこの攻撃は一番厄介な攻撃だ。ひっかきや噛み付きはまだ対応しやすい。

 闇雲にひっかいてきてたまに思い出したように石を投げてくるピテーとは大違いだ。大旅団もまるで種類が違うように強化されたピテーについては新たな区分と名前を考えているらしい。

「『アトミア、我が刃となりて負を貫け!』」

 ほんの少しできた隙に詠唱を完結させる。

 牙をむきとびかかってきたトルムアの体を降り注いだ無数の光の剣が貫く。汚灰はいへと分解され消えていくその体を私は静かに見つめていた。

 トルムアは汚染された生物の成れの果て。もとは普通の生き物だった。

 最初こそ戦うことにいくらかの抵抗はあったが、それも今ではない。

 だが、アルティレナスを倒さねばいずれはその抵抗は最悪の形で自らの前に現れる。

 そうなったとき、私はきっと剣を振るえないだろう。振るえたとしても行き着く先はヤツと同じ。

(アトミアの力をもってしても倒せなかったアルティレナス)

 未だに倒す方法は見つかっていない。

 今のままではあの未来を繰り返してしまう。

「……んー」

 一向に策は浮かんでこない。

「アルマ!」

「!」

 木の上から飛び降りてきたピテーの影が落ちる。

 剣を両手で構えるとそのまま突き出した。

 ズシリと重みが伝わってきた刹那、その重みは消える。

「……」

「どうした、アルマ? 調子でも悪いのか?」

「いや、考え事。……でもそうだよね。今やれることはこれだけなんだからそれに集中しないと」

 アラキアは不思議そうな顔で私を見る。

「何かあったらちゃんと言うんだよ?」

「大丈夫だよ、心配しすぎだってば」

「僕個人としてはまだ本格的に任務に出したくないんだけどね、お二人さん?」

 後方で防壁を展開していてくれたアストレが魔杖剣まじょうけんを手に言う。その顔には笑みを浮かべているが内心、私の戦い方を心配しているはずだ。

 回避は最低限という戦い方は最初から何1つ変わっていない。

 さっきもとっさに反応できたからいいものの、といったところだろう。

 どうにかアストレの言及を避けつつ奥地へ向かう。

 いつの間にか草が生えている地面のところどころに白い石畳が見えるようになってきていた。

 この惑星で白い石畳がある場所など1つしかない。遺跡へ向かう道だけだ。

 確認のためにビルギットに連絡を入れてみて確信する。

 蝕灰域しょくはいいきは遺跡を中心に広がっている。

 進めば進むほど汚灰はいの気配が濃くなり気持ち悪さが増してゆく。

「アストレ先生、大丈夫?」

 私は再度汚灰はいを取り込んでいるとはいえアラキア共々そこそこ耐性があるのは知っている。しかしアストレに関しては分かっていない。

 次限界を迎えれば浄化する手立てはアラキアが書の力を用いてやるしかない。しかし呪われる危険性がある。これ以上呪われた人間を増やすわけにはいかない。

「僕なら大丈夫だよ。僕としては君たち二人のほうが心配なんだけどな?」

「ボクとアラキアは大丈夫だから。まだまだ余裕。……けど、なんだろうこれ」

「ん?」

汚灰はいの流れがやっぱりいつもと違う。いつもなら汚灰はいは汚染されていないモノを汚染しようと広がっていくんだ。けど、蝕灰域しょくはいいきは違う。逆なんだ。一か所に向かって収束してる」

 恐らく、そこは遺跡の祭壇だ。

 いや、正確にはその先。

 あの白い空間に。

 前に訪れた時には分からなかったが書の知識を得た今、あそこはアルティレナスの『口』だったのだと分っていた。

 アルティレナスとて最初から災厄の邪神だったわけではない。

 元は人々に恩恵をもたらす神だった。だからこそ祀られていたのだ。

 そして力の流れを認知できた歴代の教皇によって人々が祈りを捧げる場所としてふさわしい場所に神殿が建てられた。人々の祈りや願い、想いこそ力の源。

 神に力を届けやすい地点が『口』。

 故に、今は復活のための力を欲して汚灰はいを集めている。

 あの場が封印されていた理由は力を与えないためだったのだ。トガはそのことを伝えようと私たちを招いたが双子に邪魔をされてしまった。

 もう一度封印したいのだが、今汚灰はいを蓄えた私たちが近づけばいい餌を与えに行くことになってしまう。こうなれば、やはり本体を直接叩きに行くしかないだろう。

 そう覚悟を決めた。

「アラキア、ここまでにしよう。これ以上は危険だよ」

 遺跡前まで来て声をかける。

 トルムアやラークの情報や現地のサンプルは十分とった。

 これ以上危険をおかす必要はない。アラキアも同意見だったらしく3人そろって踵を返す。

 その時だった。

 気味の悪い感覚と共に地面が揺れる。

(地震……!?)

 先遣隊や調査隊の報告では、惑星リエースにはプレートもなければ断層もない。地震の発生源はないのだ。

 揺れが収まり二人の顔を見るとどちらも困惑している。

 寒気がする。

「……っ!」

 違う。

 気温が下がったのではない。気分が悪いのでもない。

 書を掲げると障壁を展開させる。

 そこに打ち付けられたのは、鋭い爪が光る硬いうろこに覆われた足だった。

「……う、そだろ」

 アラキアのつぶやきはもっともだ。

 私の身長の何倍もある躯。2つの首。

「オルトロス……」

 次の瞬間障壁がバラバラに崩され消え去る。

(まずい……)

 これの相手をしてはいけない。そう本能が告げてくる。

 へたな《使徒》よりも確実に強い。

「……逃げて!」

「アルマちゃんも!」

「こいつ、絶対素早い! 背中を向けたら降下地点まで戻る前にやられる。ボクがひきつける。……ボクは飛べるから。アラキア、アストレ先生お願い。早く!」

 そう言っている間にもオルトロスの足は唸りをあげて、辛うじて残っていた彫刻を粉々に打ち砕く。

「わかった!」

 二人の気配が離れていくのを感じながら剣を構える。

 なぜか、コイツと対峙するのは初めてではないような気がしていた。


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