第111話 約束
「アラキア……、離れて」
どうした、と問いかけてくる気配に続きを口に出す。
本当の理由は言わない。言ってしまえばきっと自分がやると言うだろうから。
「トガの力が暴走したら、きっと普通のイスクの力じゃ防御しきれない。だからアストレ達を守っててほしいんだ」
「……何考えてるのかいまいち読み取れないけど、本心じゃないでしょ」
「……お願い」
「約束は、守ってくれるよね?」
「もちろん。ボクがいるのは君の隣だよ」
決して離れない。
いかなる時も生きる希望を失わない。必ず生きて帰る。
私だって、もう彼を残して死ぬなど考えたくない。滅びの未来も向かえない。変えてみせる。
その決意が伝わったのか軽く頭を撫でられると彼が遠ざかっていくのが分かった。
「食べすぎはよくないよ。トガ」
書を構えると右手を伸ばす。
先ほどまでのトガと似た姿勢だ。
「少し、ボクにも分けてよ」
「……貴様、やめろっ!?」
言葉が届いたのかトガと目があう。だが、次の瞬間膨れ上がった気持ちの悪い汚灰の気配に私たちは包まれていた。
(すごい力だ)
集中しないと意識ごと引き込まれてしまいそうなほどの力。必死に足を踏ん張る。
アラキアが防壁を作ってくれているのか私たち以外の気配は感じない。
その範囲を無理やり抑えつけながらクレアレアを完全展開させ、汚灰この身に取り込む。
浄化してくれたアストレやトガには悪いが、滅することができない以上こうするしかヤツから引きはがす術はない。
それに。
(身体が軽い)
取り込めば取り込むほど体が軽くなっていくような気がした。アストレに浄化をしてもらう度感じていたあの感覚は本当だったのだ。
「……やめろ……貴様、死にたいのか」
「死ぬ気はないよ。だけど、アルティレナスの器を作らせる気もない」
そんな会話をしている間も絶えず汚灰を喰らい続ける。
体が軽くなる感覚と共に悪寒もし始め額に汗が浮かぶ。身体が汚灰を拒否している。そう感じた。
「もう、十分だ。喰らうのをやめろ。これくらいなら制御できる」
「わかった」
腕を下すと汚灰の流れが途切れる。
それと同時に酷い眩暈に襲われ私は意識を手放した。
黒く具現してしまうほど濃い汚灰が収束していくのを見てアラキアは隔離障壁を解く。
真っ先にアルマの元へと駆け寄った。
「アルマ」
「ん……」
抱え起こし呼びかけてみるとかすかに反応が返ってくる。
トガは、と見てみると側にうつ伏せに倒れていた。そちらも気を失っているようだ。
「アラキアくん、ちょっと」
「アストレ先生いいんですか? 安静にしてろってトガは……」
「それは念のためってことで。大丈夫だから。アルマちゃんのことを診せて」
「わかりました」
アストレはそのまま自分のために用意されていたベッドにアルマを横たえると次はトガの方へと近づく。
「……」
彼女も同じベッドに運ぶと弥田に持ってこさせた簡易汚灰測定器を二人にとりつける。だが、けたたましいほどの警告音に眉間にしわを寄せると装置を取り外した。
「僕が浄化していた時以上だよ。……酷い」
「トガは《使徒》だから元々でしょう? それに、アルマも書の継承者です。そんな簡単にやられはしませんよ。大丈夫です。今は一気に取り入れすぎて気を失っているだけですから」
「でも。……って、アラキアくん、君なんでそこまで分かるんだ?」
「前にも言いましたよね。僕も書の継承者だと。それに迎えに行ったとき、不思議なつながりができたみたいで互いのことが分かるんです。すべてとは言いませんけど。なんとなく。今は放っておいてほしいんだなとか、一緒にいたいんだなとか」
そんなことを話している間にアルマは意識を取り戻したらしい。
彼女のそばによると静かに言い放つ。
「……アルマ、言いたいこと、分かるよね?」
伝わってくる静かな怒りに、ごめんなさい、と口ごもる。
彼が怒るのはもっともだ。
「分かればよろしい。調子は?」
「……なんて言えばいいのかな。すっごく調子がいいんだけど調子が悪い」
前にも感じていた《使徒》とさえ互角に戦えると感じる。だが、それと同時に気持ち悪さも感じるのだ。
一気に汚灰を取り込んだからなのか、クレアレアと衝突している感覚もある。互いに拒絶しあっているような感覚だ。
「……今は、動きたくない」
「わかった」
その言葉を聞いて目を閉じる。
彼の気配が離れていく。しばらくするとどこからか椅子を持ってきたのか、ベッドの傍らに何かを置く音がした。
疲れからくる睡魔に襲われながら左手を伸ばす。
手がぬくもりに包まれるのを感じ、私は再度意識を手放した。
起きてみると隣に寝かされていたはずのトガは少し離れた場所にあるベッドに移されていた。
そして相変わらず握られていた左手に軽く笑みを浮かべると寝返りをうった。
「……や、……めて」
「?」
聞こえたかすかな声は私のものと間違えそうなほど似ている声だった。だが私は声を発していない。
ともすれば声の主はただ一人。
起き上がると隣のベッドの方を見る。
仮面を外したトガの顔をまじまじと見たことはなかったが、本当にそっくりだ。身長はヤツのほうが高いがそれは私だとばれないよう意図してヤツが変えていたと見える。長い間その姿でいたため気を抜いても元の身長には戻らないのだろう。
クレアレア展開時の姿であるためその肌色は現実よりも白い。
ベッドを枕に寝てしまってる彼を起こさぬように左手を抜くとトガのベッドサイドまで歩いてゆく。
「……」
息苦しそうなその表情に服を緩めてやると声が聞こえた。
「……アルティ……レナスが……」
「……」
意味のある言葉だがトガの意識があるわけではなさそうだ。
悪夢でも見ているのかうなされている。青白い顔には汗が浮かんでいた。
きっと、内容は滅びた未来だろう。
起こしてあげたいが揺すったところで意識が戻る気はしない。さらに運が悪ければ半覚醒状態の今、揺すった感覚は夢にも投影され攻撃されかねない。
ただでさえ寝相が悪いという定評があるのだ。
アルクスは頑丈に作られているが、《使徒》が全力で紡ぎだした魔法に耐えられる保証はない。
そうでなくとも私に向かって打ち出されればこの距離では防御壁を展開するまでもなく直撃する。
起こすことは諦め。いつもアラキアがやってくれているように手を握った。
「トガ、それは夢だよ。大丈夫、もう現実にはならないから。させないから」
「……」
「……アルマ」
後ろから手が回され、トガの手を私の手の上から包みこむ。
「……トガは、独りぼっちなんだなって。ボクにはアラキアがいてくれるけど、トガのアラキアはもういない。……寂しいよ。君がいなかったら」
それに彼女はアラキアを自分の手で殺したのだ。
悔いたに違いない。それでも諦めず何度も同じ時を繰り返した。
「ボクたちで終わらせよう、アラキア」
「ああ」
「……それ、でもさ……もし」
続きは言わせてもらえなかった。
痛いくらいの力で抱きしめられたのだ。
耳元で具もった彼の声が聞こえた。
「もしも、はなし。そんなこと起こさせない。絶対に。一緒に地球に帰ろう」
「ん……」
頷く。
呪われた継承者である私たちはもう『人』ではない。
けれども心は人だ。それは変わらない。
人ではない、という問題は今すぐに問題になるわけではない。問題となるとしても何十年か先だ。
それに結城はその問題を解決してくれると言ってくれた。今はソレを信じるしかない。
「……地球に帰ったら」
「ん?」
「やっぱ、なんでもない。……ううん、地球に戻って家族のコールドスリープを解除して日常に戻れたら……話すよ」
そう言って彼は笑う。
トガが目を覚ましたのはそれから数時間後だった。
そして礼をいうなり姿を消したのだった。
それ以降、彼女から連絡があることはなかった。




