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第110話 浄化の代償


汚灰はいを取り込んでる……?」

 アストレは眉を顰める。

「……そうか。人ではどれほど取り込んでいるのか見えないのだったな。……アストレ、貴様、最近ふらついたり疲れが取れなかったりしないか?」

「確かにするけど、ただの寝不足……」

「ではないさ。予兆だ。……お前ほどのイスクだと、衰弱し対抗できなくなると死なずにトルムア化する」

「っ!?」

「そうだな、言い忘れていたが……私の世界のアストレは自ら死を選んだ。トルムアとなり傷つけてしまうのならば衰弱した今、安楽死を望むとな。無論止めたさ。だがな、伊達に医療部長を名乗っていなかった。……ヤツはアルクスのどこに何があるかを知り尽くしていた」

 だが、とトガは言う。

汚灰はいを取り込みすぎているとはいえまだ猶予はあるな。……どうだ、私の策にのってみないか?」

「何をする気だね?」

「簡単なことさ。私が喰らえばいい」




「たーって……おっさん、なんで呼ばれたの? ってか、なんでおっさん?」

 弥田の周りをぐるりと取り囲むのは結城をはじめとした幹部陣だ。当然光騎士こうきしの私とアラキアもその輪の中に入っている。

 結城が弥田に秘匿通信を入れてこの部屋に呼び出したのだ。

 私もかなり世話になった部屋。アルクスに。

 私が出てから使われていなかったが、部屋の特性上チリ一つない。まだここにいた頃に聞いたのだが手術室並みだというのは本当だろう。

「弥田さんしか頼める人がいないと思ってさ」

「何を? ってか、やっぱり、何でおっさん?」

「そりゃ、ボクが知ってる中でアストレ先生以外に腕が立ってかつ口が堅いって思えるのは弥田先生だけだし」

「お褒めの言葉どーも。……で、何よ? アルマちゃんじゃあ、なさそうだしね」

「そうだよ。今日はボクじゃない」

 小声で、ボクは元気だし、と付け加える。

 弥田はアストレと交代で私についててくれたため、かなり親しくはなっている。今でも定期的に行われる健康診断で顔を合わせることはある。

 元々弥田は戦闘部員の専属医師ではなく、戦闘部員以外の大旅団員を診る医師だ。分かりやすく言えば外来の医師だというのが、しっくりくるだろう。

 しかしそっちの医師というより、アストレにアルクスに召集されてからはフリーといいながら専属医師に近い立ち位置にいる。

「今日はね」

 入り口の扉が開く音が聞こえ振り返る。

 ばつが悪い顔をしたアストレが入ってくる。

 いつもの白衣ではなくその身にまとっているのは検査着だった。

 その後ろから、嫌そうな顔をしたトガも入ってくる。あの場で死んだヤツにとってここはアラキアと共に長くいた場所ではなく、むしろアストレが死んだ場所としての印象のほうが強いのだろう。

 トガも《使徒》の黒衣ではなく、アラキアがアルクスに入るときに着ていた白い服を着ていた。衛生面の問題ではなく単に正体を隠したいからだろうが。

(……絶対、気づかれてる)

 ヤツは顔を隠していない。《使徒》という存在に直接会ったことがない弥田でも同じ顔をしたヤツが目の前に現れれば驚くだろう。

 案の定、弥田の方を見てみると私とトガを見比べていた。

「どゆこと?」

「今日は、アストレ先生。あいつの顔は気にしないで」

「へ?」

「……実は、汚灰はいの汚染が進んでるみたいでね。でもほら、浄化ができるのは一部のイスクの医師だけでしょ? ……でも、それだと負の連鎖らしくてさ」

 あの後、トガは惑星に降下していないはずのアストレが何故汚染が進んでしまっているのか推論していた。

 医師による浄化とはクレアレアによって汚灰はいを体から分離させ、自らの体に一度取り込むことだ。あとは医師自身の浄化能力で浄化されるのを待つ。

 惑星に降下せず、汚染されることがない医師だからこそできる手法だ。

 地球でコールドスリープ中の大旅団員に行われている大規模な浄化はまた違った方法をとっているがその話は今は関係ない。

 連日高汚染度だった私を浄化していたアストレはきっと自身の浄化能力を超えて浄化を行っていたのだろう。だからこそここまで汚染されてしまった、と。

 そして運悪くアストレはかなり耐性があった。

「……だから医師による浄化をアストレにしたところで意味はない。行った医師が死ぬ、またはトルムア化するだけだ。……だがな、汚灰はいを糧にすることができる存在がいる」

 トガがそう言うと、弥田もヤツが何者なのか気がついたようだった。

 一瞬クレアレアの光が宿るがすぐに消える。

「その感じ、クレアレアを完全展開しようとしたのか。……そういえば、弥田はイスクだったな。ああ、めんどうだから展開するなよ」

 アルクスという環境下で医師である弥田はクレアレアを完全展開することができる。だがヤツも弥田の展開した時の性格や姿を知っているのだろう。

 あれははっきり言うが、やめてほしい。

 弥田であることが分かっているネカマを相手にするのは精神が擦り切れていくのが分かる。

「なんてったって《使徒》が本部内に……」

「それについては後々話すが、まずは弥田君を呼んだ本題を片付けるとしようか。いいかね?」

「おっさん、何すりゃいいわけですかね?」

「簡単なことさ。アストレ君のバイタルのモニタリングをしてほしいだけだ」

「んあ?」

「今からアストレの体に蓄積された汚灰はいを私が喰らうという形で浄化する。だがな、喰うというのは本来《使徒》を喰らうことだ。相手の生死など関係ない。むしろ殺しにかかる。……だが、アストレを殺すわけにはいかないだろう?」

 その言葉に弥田は頷く。

「……相当無理なことだ。体への負担は計り知れない。少なくとも汚灰はいを放置するよりはいいと言えるくらいだな」

「うーん……」

「どうしたのアラキア?」

 先ほどから何か言いたそうに先ほどからうなっているアラキア。そういう時はたいてい何か引っかかっている時だ。そしてそれは聞いておいた方がいいことが多い。

「いや、前……双子にやられた時、トガはアルマの汚灰はいを喰らってた。あれも同じならそんなに危険なことなのかなって思ってさ」

「ほう」

 おもしろい、といったようにトガは腕を組むが苦笑交じりに言う。

「あの時は猶予がなかったからだ。そのまま放置してもうまくいなかなくても死んだ。結果的にはうまくいっても数週間かけて弱っていき死んだがな。いっそのこと、あの場で死んだ方が楽だったな」

「おい」

「ああ、弥田さん怒らないで。あまり言いたくないけど、きっとその通りだから。トガもボクのことを貶めようとしてるんじゃなくて、本心を言ってるだけだし」

「ん……ああ……」

 必死に説明してどうにか弥田を踏みとどまらせると、ホッと息を吐く。

 私とトガの関係を知らない弥田にしたら先ほどのトガの言葉は酷い言葉に聞こえただろう。なにより医師という存在を否定しかねない言葉だ。

「それについても……後で説明するからさ。トガ、さっさとやっちゃおうよ」

「……我ながらせっかちだな」

「あぁ!?」

「事実だろうが」

「何だと貴様っ!」

「あーもう、言い争ってる場合じゃないってばアルマ」

 アラキアの言葉に私もトガもうな垂れる。

 言われてみればそうなのだが、どうも納得がいかない。だが、そのまま言い争っても埒が明かないし意味もない。

 間に流れる微妙な空気を無視して先を促すとトガが一瞬忌々し気に私をにらんできた。

「……先ほども言ったように、危険性は高い。そいつの場合は意識を失ってたから苦痛はなかったはずだが、今回はそうもいくまい。本当に危険な場合は途中でやめるという手もあるが、途中でやめれば残りは逆に肉体に固着するだろう。そうなればもはや手立てはない。まあ、《継承者》を犠牲にするというのなら、できないこともないが?」

「そんなことしたら汚灰はい以上の災厄を生み出しかねないよ?」

「そんなことは分かってる」

「それにアストレを呪うわけにはいかないからやらないよ?」

「だろうな。できる説明としては以上だ。……準備はいいか?」

「いつでも」

 アストレは緊張した面持ちで頷いた。

「では、始めようか」

 アストレへと掌を向けたトガの体を《使徒》特有の黒い靄のような汚灰はいが包み込む。同時に黒衣姿へと戻ったトガの赤い瞳はアストレだけを見つめていた。

「……全てを、喰らいつくすっ!」

「っ!」

 ヤツから感じた《使徒》の気配に思わず身を固くする。

 次の瞬間、アストレが言葉にならない悲鳴を上げて身体をくの字に曲げる。

「すまんが耐えてくれ。気を失うなよ」

 溢れ出てきた汚灰はいを喰らうトガの顔にも苦痛の表情が浮かんでいる。汚灰はいはアストレに向けた右手に収束する。

 しばらくするとその腕に添えていた左手が胸元に動く。

「くっ……!」

 トガは肩を使って大きく呼吸をする。

「……様子がおかしくないか?」

「どういうこと?」

「アルマの汚灰はいを喰らっているときヤツは平然としていた。状況は同じはずなのに」

「アストレは?」

「慣れてきたのか落ち着いてるように見えるけど」

 アストレのほうを見てみると目が合い頷かれる。大丈夫そうだった。

 だが私たちにできることと言えば見守ることだけだ。手を出してしまえば書の力が暴発する可能性もある。

「……これで……終わりだ」

 息も絶え絶えに言うと右手を下す。その体の周りには喰らった汚灰はいが目に見える状態で浮遊していた。その汚灰はいも少しずつ吸収され消えてゆく。

 トガが長々と息を吐く。

「アストレ、気分は、どうだ?」

「……すっごく疲れたけど、体が軽い」

「それでも今日いっぱいは、ここに……いるんだな……」

「ああ。わかった。それはいいとして、トガ」

「……なん、だ」

「君は、大丈夫なのか?」

 自分の心配としたらどうだ、とトガは言うがアストレが心配するのも分かる。

 はっきりと分かるほど顔から血の気が引いている。

「《使徒》にとって汚灰はいは害にはならない。……大丈夫だ。……問題ない」

「そう言いつつ、トガ。ずっと左手が胸元に添えられたままだよ。ボクはアルマだって分かってるよね?」

「……忌々しい」

「そりゃそうだね。隠そうとしてることを暴かれるんだし。……で?」

 ここまで追い詰めれば話すだろう。

 逆にやられたら嫌だが、私が隠そうとすることにろくなものはない。特に体調面に関しては。放っておけば悪化するだけだ。

 ヤツが私なら同じことだろう。

 その予想はあたり、ヤツはしぶしぶといった感じで口を開いた。

「……馴染まんのだ。……いつもならすぐに吸収できるはずの汚灰はいの力がうまく吸収できない。いや、吸収はできているが私の力というよりは、別の意思を……もって、いる……よう、な?」

「トガ?」

 目が大きく見開かれ両手が胸元へあてられる。

「……いやだ」

「え?」

「嫌だ、やめろ……。私の本懐は、アルティレナスの復活ではない。私は守りたいだけなんだ。生きていてほしいんだ。……ううっ……あ、あああああああぁぁぁっ!」

 膝をついたトガの体から喰らったはずの汚灰はいが溢れでる。

「近づかないでっ!」

 一歩踏み出したアストレに向かって叫ぶ。

 書から得た知識が近づいてはいけないと警告する。

 同じことを感じたであろうアラキアと顔を見合わせると《アトミアの書》を具現させる。

「封じろ闇を、災厄を。いけ!」

 書からあふれた光はトガの周りで鎖となり包み込む。

(トガという《使徒》の器としての限界を超えて汚灰はいを取り込んだ?)

 確かにインヴィディアを喰らい、スペルビアも大半をトガが喰らっている。

 しかしそれを言ってしまえば私は、審判者にアケディア、ラストとヤツより多くの《使徒》を喰らっている。前に私には浄化の力でなく、汚灰はいをため込みその力を抑える傾向が強く出ていると言われていたのだからあっているだろう。

「あ……」

 トガはその私がため込んでいた汚灰はいを喰らい、今アストレが引き受けていた分も喰らった。

 《使徒》の力がトガに集っているのだ。

「いけない……!」

 アルティレナスの復活に必要な条件。

 適合する器に糧として多くの汚灰はいを集わせること。

 それさえできてしまえば、封印されているアルティレナスの核がその器本体の魂を抑え込み支配するだけ。

 今、その器が出来上がろうとしていたのだった。




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