第109話 侵入
「これが……貴様らが、歩もうとしている末路だ」
トガのその言葉と共に景色は遺跡前の広場へと戻る。
地面に座り込みうな垂れているトガの姿が一瞬、白いエルフの騎士に重なる。自分自身の姿と。
(あれが……)
クロノスで見通せるのはその世界が辿る運命。
正確にはその世界が辿ろうとしている未来。
何か分岐点があればその時点で世界は分岐し、視える事象は変わる。今まで視てきたものはこのままいけばその通りになるというもの。
だが。
(トガは……あの世界は……)
明らかに今ここにいる私とは違う運命をたどった世界だ。
結城もアストレも、カストも生きている。一度別れた枝は交じり合うことはない。
だからこそ結末は違うはずなのに。
トガにみせられた記憶とは違う運命をたどるはずなのだ。
その考えをよんだようにトガは口を開く。
「……私は……いくつもの結末を見てきた。……だが、過程は変わろうとも結末は変わらなかった。……確かに、私が介入することによって多少のズレは起きたが、結局は」
「……」
「最後には、死んだ。滅びた。……滅ぼした。アラキアがアルティレナスとなる未来を回避したとしても、どうしても『アルマ』はアルティレナスとなり世界を亡ぼした。結局、結末は変わらない。……『アルマ』さえ、いなければ……回避できる悲劇を、何度も、何度も」
「……だからボクを?」
「その通りだ。私は『アルマ』を殺す。そう、決断したのが1つ前。……なのに、お前が、いつもいつも! アラキア!」
何とも言い表せない複雑な感情を浮かべた瞳でトガはアラキアはにらむ。
「邪魔をするんだ! あと一歩だったというのに!」
「……当たり前だろ」
「っ!」
「あんたがアルマだっていうなら、分かるだろ。約束したんだ。……何があっても守るって」
「……っく!」
「トガ、知っていることを教えてくれないか。まだ間に合う。未来を変えてみせる。滅びの未来は迎えさせない。……だって、ここにはアルマも僕も、そしてお前だっているじゃないか。……お前、ずっと『独りぼっち』で成し遂げようとしてなかったか?」
「……! どうして、今回が初めて直接接触したことを……」
「さあ。なんとなく、だよ。アルマならどうするかって考えた時、一番確率が高いのはそれだろうってね。……まだやったことのないことを試してみよう、『アルマ』」
部屋の中の空気が震える。
それほどの声だった。
ここまで怒った結城とアストレは見たことがない。
あまりの剣幕にカストの目もそちらにくぎ付けになっていた。
「通信も切れ、座標測定も不可能、どれほど心配したと思っているのかね!? 無事だったからこそこうして怒っていられるが、何かあってからではどうにもならないということは分かっているのかね?」
「ごめんなさいぃぃ……」
「慣らし程度、というのに遺跡の方まで行くとは!」
「すみませんでした。……これには訳が」
「訳?」
「ああ。だからあまり叱らないでほしいのだがな」
「!」
総司令室にいた全員の目がアルマに集まる。
先ほどまで今にも泣きだしそうだった顔に浮かぶのはいつもの無邪気な表情ではなかった。冷たい光が浮かぶ瞳は結城を見据える。
しかし、光騎士や結城が反応する前に宙にうき出た黒の剣が全員の動きを止める。
「君はアルマ君ではないな。どういうことだね」
「ご無礼、お許し願いたい。結城総司令。……どうしてもあなた方にお伝えしたいことがあって、二人に協力してもらいました。だから二人を叱らないでいただきたい」
「君は、トガ君かね?」
「ええ、その通りです。……ただし、この体はアルマのもの。所謂、憑依をいうものをさせていただいています。……これしか、今の警備を潜り抜けられませんから。……動くなよ、フィデ」
死角にいるはずのフィデが動いたことに気がつき声を上げる。
「私に、ここにいる人を傷つける気はない。むしろ逆だ。……ラース、見ているんだろう! 手を貸せ!」
「……相変わらず、人使いが荒くはないか」
結城の背後に現れたラースは軽くため息をつくと指を鳴らす。途端、隙間なく展開された光の壁が完全に部屋の内と外を隔てる。
「ふん、どうとでも言え神子。元とはいえ、貴様が私に立ち入りの許可を与えないのが悪い」
「私も努力はしてみたのだぞ……まったく……。そういうところのみ何故《継承者》というやつは……」
「……で、話とはなんだね? ここまでしておいて下らぬことではないだろう?」
「もちろんだ。展開次第では、反逆者として処刑される危険を冒してまで二人が協力してくれる。それだけの価値を持った話だ。……だが、信じるも信じないも貴様らの勝手だ。信じるのならば信じ、信じないのなら信じないでいい。私はどちらにせよ大旅団には手を出さず消える。まあ、まずは」
アルマの体からにじみ出た黒い靄は宙で人型を形作る。やがて黒衣の人型をとった汚灰は背に青い羽を広げ上から結城たちを見下ろす。
「……礼を、いう。アルマ」
「別に言わなくてもいいんだけどさ。ああ、すっきりした」
「ふん、まあいい。……見せながら、話そう」
部屋の中で口を開く者はいなかった。
あの結城でさえ言葉を発せずただ目を見開いている。
それもそうだろう。
(ボクだって)
あんな未来は信じたくない。
それを回避するためにトガを大旅団内に侵入する手助けをしたのだ。結城の元にたどり着くまでが賭けだった。
彼の元にたどり着いてしまえば、いきなり捕縛されることはないという確信はあった。だが、それまでにばれてしまえば今度こそ本当に反逆者にされてしまう。
まず最初にコンタクトをとったのはラースだった。
船内に入れなければ結城の元にたどり着けないため、セキュリティを一時的に解除できないか聞いてみたのだ。だが、ラースと言えど管理はしているが、全権を担っているわけではないためできないという。
試しに解除してもらおうと思ったのだが、見事に総司令の権限に阻まれてしまった。光騎士の権限解除権も3人そろわねば発動できずお手上げだった。
最終手段として私の体にトガが憑依するという形をとったのだ。
トガは肉体を持たない。クレアレアで構成されているためそんなことができるというが、それは私でのみ実現可能らしい。
所謂同一存在同士でしかできない。
それまで完全にヤツが私だろ言うことを信じることができていなかったが、流れ込んできたクレアレアと意識に、なによりヤツの記憶の断片に認めざるを得なかった。
「……結城、さん」
「ああ、すまんな。あまりにも衝撃すぎたものでね。……そう、だな。カスト君?」
「結城総司令、例の件についてこれでつじつまが合いますが……ですが、これは公表しては混乱を生むだけでは」
「あの血液か。……トガ君、君は……数か月前、遺跡でほかの《使徒》と戦闘を行わなかったかね? そして怪我をしなかったかね?」
「……ああ。……双子に襲われたが? よく知っているだろうが、あの短剣でわき腹をぐっさりとな」
トガはわき腹に手を当てる。
「短……剣……」
自分でも分かるほど血の気が引く。
(まだ……怖いのか……)
ただし、その対象は変わっている。
前は自分が苦しむことや死ぬことが怖かった。だが今は違い。
実際に自らが感じたあの苦しみを他人が感じることが怖い。特に彼にはそんなものを感じてほしくない。
だが、あの冷たい刃の感触。そして耐えがたい苦しみ。
両手で体を抱える。
「……っ」
「アルマ……?」
不安が伝わってしまったのか、アラキアが私の背に手をまわしてくる。温かな体温が伝わってきていて震えがだんだんと収まる。
その様子を一瞥したトガは頷く。
「……あの刃は……あの感覚は、恐怖は消えることはない。……私も、私の世界で殺された。その感覚は、理解できる」
「どうしてそんな平然としているの?」
「……私が《使徒》だからだ。いや、元アルティレナスだから、というべきか。……心を偽りで塗りつぶすことには慣れている。目的のためには、手段を択ばない。……そう、この手を汚すことさえいとわない」
「トガ、あなたの目的とは何ですか? 少なくともアルティレナスの復活ではありませんよね?」
「もちろんだ、カスト。見せただろう、世界の末路を。……私の目的はソレを避けること。……アルティレナスの復活の阻止、いや、大旅団をアルティレナスに近づけぬことだ。そしてそれは芽を摘み取ることだと、気が付いた。『アルマ』という器を。だが、お前たちはあと一歩の場所まで来てしまっている。……なにより『アルマ』は、対ごと刈らねば死なない存在となってしまった。私は『私』を殺すことはできても、彼を殺すことはできない。彼こそ本懐……なのだから」
アラキアが介入するたびヤツは引かざるをえない。
だが、そうしていては私を止めることはできない。
『この世界』では私に対し打つ手はなくなってしまったから、こうして大旅団に働きかけに来た。そしてたまたま利害の一致があったため私とアラキアを巻き込んだ。
ヤツはまた次の世界に行けばチャンスはあるはずなのに、あがき続けている。
きっと、それは全員が生き残っている世界が初めてだから。そして自ら大旅団に接触したのが初めてだから。次も同じ未来を導ける確証がないからだ。
生き残り幸せに暮らしてくれる未来を諦めきれないのだろう。
そのために大旅団をどうしても止めたい。
「あなたの言い分はわかりました。……ですが、すぐに結論を出すことができないことはわかりますね? 確かにここに集っているのは大旅団の幹部。言ってしまえばここにいる人間のみで意思決定は可能です。ただ、それをどう大旅団員に伝え納得させるかは地球側とも協議が必要です。世界規模の組織形態からしても大旅団自体の存在意義からしても、計画を中止するのは難しいでしょう」
「……封印に近づかないのならば何も言うことはない。……そうすれば、私が近づかなければ適合者は存在しえないはずだ。器がなければ、アルティレナスは復活できない」
「いいだろう。ではトガ君、君とは結論が出るまでは休戦でよいかね?」
「もちろんだ。もとより私は大旅団を襲う気がないからな。……だが、封印の場に近づこうというのならば……容赦はしない。人は、腕や足の1本2本失ったところで死にはしないからな」
「最後にもう1つだけ聞かせてください。あなたは、わずかな可能性は信じないのですか?」
「……《継承者》によるアルティレナスの討伐。……それを試みた成れの果て。……それが私だ。これで十分だろう、カスト」
「十分です」
カストがそう答えたのと同時にトガはラースが展開していた光の壁を打ち破る。
「トガ、何を?!」
「もう私がここにいる必要はないだろう。伝えるべきことは伝えた。あとは貴様らの決断次第だ。……もし次会うとすれば、それは封印の場でのみ。敵としてだ」
「……ま、待って!」
踵を返したトガに向かってアストレが駆け寄ろうとする。
だがその体は、グラリと傾く。
「浩二!」
カストはその腕をつかみ床に倒れこむのを阻止する。
「……ごめん兄さん。ちょっとふらついただけだから。大丈夫大丈夫」
「ならいいのですが」
その様子を見ていたトガはまさか、と呟く。
「……どうして。そんな」
「どうかしましたか?」
「アストレ、何故そこまで汚灰を取り込んでいるんだ!? お前はここでは惑星に降下していないはずだろう!?」




