第108話 末路
「この先、か」
壁も床も白。白亜の塔の様式と酷似しているが、あそこよりもさらに細かく丁寧な彫刻。
とても神々しい場所だというのに、その空間に満ちる汚灰の気配は異様なほど濃い。
アラキアはパージを肩に担ぐ。
その横顔はいつになく緊張している。
「大丈夫だよ、ボクたちなら。だってアラキアはボクの眷属でしょ?」
「あくまで眷属、だよ。《継承者》のアルマには敵わないよ」
「そんなのただのクレアレアの《使徒》の形式でしょ? たまたまボクが《継承者》でアラキアはボクの眷属だった。でもその前に、アラキアはボクの……。大丈夫。ボクが君を守るから」
「それは同じだよ。僕がアルマを守る。だから……いや、何でもない。さっさと終わらせちゃおう」
うん、と笑顔で頷くと二人は正面の巨大な両開きの扉を押し開ける。
その先にあったのは広い間だった。
独特なつくりをしており、祭壇と王座が一体となっている。数段高くなった祭壇ある場所に置かれているのは王座。
本来祈りを捧げたり、王と謁見する場所であるはずのそこには透き通った水晶のような巨大な氷の結晶が鎮座していた。
一目見ただけでそれが《継承者》によってつくりだされたことが分かった。そして、最も目を引いたモノ。それは氷の中心である王座に座って背もたれによりかかり眠るように目を閉じる1人の男性だった。
腰のあたりまで流れるバイオレットの髪やその顔立ちから女性のようにも見えてしまう。
纏う白い衣装からは高貴さを感じる。
右手で抱えた杖は淡く輝いているようにも見えた。
「……この人」
氷の表面に手を押し当てる。
《アトミアの書》の持ち主であった、先代の《継承者》。ラースの言葉から言えば、この人は。
「教皇……か」
「ん……」
氷は冷たく体温でも一向に溶ける気配はない。
さすが、アルティレナスの封印だ。
そして。
「……っ」
彼から感じる汚灰の気配に唾を飲み込む。ここにいるだけでこの場が汚染されていることが分かる。測定器で測るまでもない。
そう感じてアルマは周囲の気配を探った。
これまで立ちふさがる《使徒》はことごとくこの手で屠ってきた。彼を助けようと無我夢中で倒した相手も、怒りに我を任せて切り伏せた相手も、信念をぶつけ合った相手も、力を求め継承するために倒した相手も。
《使徒》というやつらはいつも大切な人を奪っていった。
その最後の相手が、未だに倒せていない双子。そして元凶であるアルティレナス。
それを倒すためにここまで来たのだと、武器を構える。
だいぶ綻んでいるが、まだ封印は解けていない。このままならば渾身の力で剣を振るうだけで終わる。
二人はクレアレアを込めたそれぞれの武器を振り上げる。
「忘れちゃだめだよ」
「まあだだよ」
そんな言葉と共に無数の短剣が降り注ぐ。
障壁とぶつかり合い抹殺されていく攻撃をみながら二人は攻撃対象を変更する。振り返るとアルマは大きく一歩踏み出し宙に飛び立つ。
光の筋となって双子に突進したアルマはグライを狙う。続いて光弾がリティイに向かって撃ち込まれる。
それぞれの攻撃は双子を捉える。
「本当に、《使徒》というヤツは忌々しい!」
抑えてきた感情が一気に溢れ出る。
グライの短剣を弾き、剣を振るうアルマの表情には憎しみがありありと浮かんでいた。それはアラキアも同じだった。双子には、二人とも抑えきれぬほどの憎しみと怒りを抱いていた。
アルマから言えば殺された、アラキアは傷つけられた。そしてカストを殺した相手。
そこに冷静な者はいなかった。
ゆえに、制止する者も、状況を見極める者も。
二人が双子の嗤いに気が付いた時には遅かった。
幼き残酷な笑い声が上がったかと思うと、血の匂いが立ち込めていた。
「ぐっ……!」
互いに何が起きたのかも理解できず白い床に縫い付けられた己の体から伝わってくる痛みに目を見開いていた。
そして同時に傷口から広がるあの冷たい魂を蝕む力を。
「……うっ……くっ……ああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
沸き起こる恐怖と憎しみ、怒りにアルマは叫び声をあげると無理やり体を引き抜き闇雲に攻撃をする。
流れ出す血にはもはや意識さえ向けていなかった。貫通している傷口はいつの間にかふさがっていた。
無意識のうちに書の力を引き出し振るわれる圧倒的な攻撃を前に双子でさえなすすべもなく切り刻まれてゆく。
その顔に、笑みを浮かべながら。
「……はぁ……はぁ」
肩で息をし、全身に血を浴びて立ち尽くしている彼女の前には2つの黒い影が倒れ伏していた。
その影に向かい剣を振り上げる。
ゆっくりと振り上げられた剣を逆手に持ち替えると切っ先を子供の心臓へと向ける。
「……アルマっ!」
「……」
本能と感情のまま機械的に動いていた身体がその声で動きを止める。
優しい温かさに包まれ、上に掲げたままの右手に手が添えられる。
「……もう……十分だろ。これ以上、ヤツらも、君も、傷つく必要はない」
「……」
「放っておいても、それだけ傷つければ《使徒》とはいえ死ぬだろう。僕だってヤツらを許せないのは同じだ。……けど、僕たちは復讐をしに来たわけじゃない。本来の役目を果たそう。……そして、一緒に帰ろう。みんなの思いを無駄にしないために」
「……ん」
頷き、黒衣の子供たちから目を反らす。
踵を返すと再び氷の封印へと向き直った。
二人が共に振り上げ、そして振り下ろした青く戦列に輝いた剣は氷を粉々に打ち砕く。その中に聞こえたのは負の絶叫とほんの少しのやさしさだった。
(これで……終わったんだ……)
そして、もう1つ。
「あはははははは!!」
背後から聞こえた笑い声。
振り返る間もなく、強い衝撃に襲われる。だが、アルマには傷1つつかなかった。
彼女をかばいその身で双子の最後の攻撃を防いだアラキアは壁際まで吹き飛ばされる。
「アラ……キア……!」
既に傷だらけで今にも倒れそうだった彼。今の攻撃でどれほどの傷をさらに負ったのか。そしてどうなるのか。
一度死んだ身で分からないわけがなかった。
今度こそとどめを、と踏み込んだアルマの姿を双子は見ていなかった。
「なんだ、そっか」
「そうかそうか」
「君たち、ただのイスクじゃないんだ」
「あなた達、イスクを演じてるんだ」
重い腕を振り上げる。
言葉の意味は解していなかった。
「はは、最後に」
「ふふ、おわりに」
「勝ったのは」
「笑うのは」
「ぼくたちだ」
「私たちよ」
アラキアに向けられた手に集まった黒い靄にも見えてしまうほど濃い汚灰はすさまじい勢いで放たれる。まるで《使徒》そのものと言ってもいいほどの汚灰だった。
無我夢中で彼との間に飛び込みそれを受け止める。
「……っ!」
「作戦通りだね、リティイ」
「思った通りだね、グライ」
「これで……」
「ああ、やっと……」
「復活する」
「蘇るわ」
うっとりとした表情を浮かべた双子は最期に嗤うと声をそろえて言う。
「……アルティレナスが」
一瞬の間の後、今しがた吸収した汚灰と身の内に蓄積された汚灰が混ざり合いあふれだす。
「……うぅっ! うああぁぁぁっ!」
既に身体の自由は奪われていた。
双子の体も汚灰に分解され渦巻く汚灰の渦の中へ交じり合う。
しかし、それだけで終わりではなかった。
宙を漂うアルティレナスの残滓。完全には破壊しきれなかった封印から洩れた力も。
「……アル、マ」
アラキアは呻くと辛うじて動く体で床を這いアルマの元へ近づこうとする。
それに応えたかのようにアルマもゆっくりと振り返りアラキアのほうへ手を伸ばす。その瞳には涙が浮かんでいた。
「ああ……せめて、最期に……」
そう呟いた。
――……酷い話だ
あれほど憎み、恨んできた存在へと成り果てるとは。
――守ると誓った人を殺す存在へ
彼から目を反らしアルマは膝をつく。
「……させる、……ものかっ」
声が聞こえ、手が伸ばされる。
アルマは目を見開き、首を小刻みに横に振る。
「やめて……やめてよ……。そんな……アラキアだけでも……」
逃げてくれ、という言葉は声にならなかった。そして、逃げないのなら。私を、という言葉も。
「やだよ……やめて……」
「……ごめん、アルマ」
汚灰が伸ばされた彼の腕へ向かって収束しいてゆく。その顛末を見届ける前に意識は途切れていた。
そのあと、どうしたのかは覚えていない。
そう、闇の中トガは語る。
次に覚えているのは荒れ果てた地球、東京の街で彼の体を抱いている自分だったと。アルティレナスと化したアラキアを自らの手で屠り、迎えた末路。
だが、それだけで終わりではなかった。
「『アルマ』には、汚灰を浄化する力はほとんどなかった。彼女にあるのは汚灰を喰らい自らの力とする能力。そして《継承者》の力」
アルティレナスは汚灰そのもの。そして元をただせばクレアレアそのもの。
実体をなさず、適合する器さえあれば何度でも復活する負の化身。
まさに、理想ともいえる《継承者》という器を逃すはずがなかった。今まで仲間だった大旅団員に武器を向けられた。
アルティレナスとなった彼女を止められる者はいなかった。
すべてを亡ぼした後、わずかな浄化能力でも自我を散り戻せたのはそれから何年たった後だったのだろうか。
誰もいない、誰も来るはずがない本当に独りぼっちの世界。アルティレナスの残滓を纏い目覚めたのはそんな世界だった。手元に残っていたのは《アトミアの書》とクロノス。
全てを失った彼女に恐れるモノはもうなかった。
こうして彼女は《使徒》となり、ただ1つの願いのために時を超えた。
『我が名は《使徒》トガ。この身に背負うは全ての罪科。本懐はただ1つ』
彼を守ることのみ。




